こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

ロシア

陳破空『米中激突―戦争か取引か』―台湾を独立させれば中国共産党は崩壊する


米中激突 戦争か取引か (文春新書)米中激突 戦争か取引か (文春新書)
陳 破空

文藝春秋 2017-07-20

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 さらに重要なポイントは、ここで言う「我々の」とは、「アメリカの『一つの中国』政策」という意味であり、「中国の『一つの中国』政策」ではない、という点である。言いかえれば、「一つの中国」政策について、北京には北京の、ワシントンにはワシントンの見解がそれぞれあり、2つは別物である、ということだ。

 北京の見解とは、「世界には一つの中国があるだけで、大陸と台湾は、共に一つの中国に属し、中華人民共和国政府こそが中国を代表する唯一の合法政府である」というもので、ワシントンの見解とは、「アメリカの『一つの中国』政策とは『米中間の3つのコミュニケ(上海コミュニケとも言われる、1972年2月のニクソン大統領の訪中に関する米中共同声明など)』、アメリカの『台湾関係法』、アメリカ議会の『台湾に対する6つの保証』などの法案に基づくもの」というものである。
 ブログ本館で、現代の大国であるアメリカ、ドイツ、中国、ロシアはいずれも二項対立的な発想で動くという特徴があると書いてきた。こうした伝統は、少なくとも「正」に対しては「反」が存在すると主張したヘーゲルにまで遡ることができる。私の二項対立論はまだ非常に軟弱なのだが、改めて整理すると次のようになる。

 今、A国とB国という2つの大国が二項対立的な関係にあるとする。実はA国とB国の国内も二項対立になっており、A国内には反B派(A国政府派)と親B派(A国反政府派)が、B国内には反A派(B国政府派)と親A派(B国反政府派)が存在する。最前線で観察できるのは、A国の反B派とB国の反A派の激しい対立である。だが、もう少し詳しく見ていくと、そこには複雑な関係がある。まず、A国の反B派はB国の親A派を、B国の反A派はA国の親B派を支援している。さらに、A国の親B派とB国の親A派は裏でつながっている。これによって、A国内の反B派と親B派、B国内の反A派と親A派も対立する。これが大国同士の二項対立の構造である。この構造の利点は、A国・B国ともに、国内の対立の処理に配慮せざるを得ず、両国が全面的に対立しなくても済むという点である。

 二項対立のもう1つの利点は、一方が誤りだと判明した場合、すぐさまもう一方が正として前面に出てくるということである。仮に、上記の例で、A国内の反B派が誤りであることが判明したとしよう。すると、反B派と親B派の立場が逆転する(親B派がA国政府派になり、反B派がA国反政府派になる)。そして、A国の動きに呼応して、B国でも同様の逆転が生じる。その結果、表面的にはA国の親B派とB国の親A派が手を結ぶようになる。しかし、両国は完全に同じ船に乗っているわけではない。依然としてA国内には反B派が、B国内には反A派がいる。A国の親B派はB国の反A派と、B国の親A派はA国の反B派と対立する。さらに、A国内では親B派と反B派が、B国内では親A派と反A派が対立する。

 日本人的発想に立つと、せっかくA国の親B派とB国の親A派が仲良くしているのだから、その関係を保てばよいのにと思うところだが、この複雑な関係にもメリットがある。それは、大国同士が完全に融合して、超大国が誕生するのを防ぐことができるということである。二項対立の関係にある大国は、右手で殴り合いながら左手で握手をしているようなものであり、状況に応じて殴る右手の方が強いか、握手をする左手の方が強いかという違いが生じるにすぎない。こうした関係を通じて、大国は勢力均衡を保っている。

 仮に、A国内で二項対立が消えたとしよう。A国は国全体が反B派になるか、親B派になる。つまり、A国が全体主義になったケースである。A国全体が反B派になった場合、A国はB国を潰しにかかる。親B派になった場合、A国はB国を吞み込もうとする。いずれにしても、A国の全体主義の目的は、B国を完全に消滅させることである。全体主義の場合、国内対立がもはや見られないため、B国に向かうエネルギーを抑制する要素がない。A国は全力でB国に向かってくる。

 全体主義は、人間の理性が完全無欠であることを前提としている(以前の記事「大井正、寺沢恒信『世界十五大哲学』―私の「全体主義」観は「ヘーゲル左派」に近いと解った」を参照)。だが、歴史が証明しているように、人間の理性が無謬であることはあり得ない。国の方向性が間違っていることに気づいた国民は、やがて国家に対して反旗を翻す。二項対立的な発想をしていれば、反対派を国内の二項対立の構造に押し込めて対処することもできるが、全体主義国にはそうした装置がない。したがって、全体主義国は反対派を抹殺するしかない。だが、国家による暴力は国民のさらなる反発を招き、やがては自壊に至る。

 前置きが長くなってしまったが、米中関係を二項対立の構図でとらえてみたいと思う。まず、中国は内部に中華人民共和国(=反米派)と台湾(=親米派)という二項対立を抱えている。一方のアメリカは、反中派(=親台湾派)と親中派(=反台湾派)という二項対立を抱えている。表面的にまず観察されるのは、中華人民共和国とアメリカの反中派の対立である。加えて、中華人民共和国はアメリカの親中派を支援し、アメリカの反中派は台湾を支援する。これによって、アメリカ国内の反中派と親中派、中国内の中華人民共和国と台湾の対立が激化する。

 中国の場合、中華人民共和国と台湾の関係が入れ替わることがないというのが難点だが、形式上は一応、大国同士の二項対立の構図に収まっている。中華人民共和国が共産党の一党独裁でありながら崩壊しないのは、逆説的だが台湾という対立項を内部に抱えているからだと私は考えている。

 だから、逆に言えば、中華人民共和国、正確には中国共産党を崩壊させようとするのであれば、アメリカは台湾を独立させてしまえばよい。そうすると中国は全体主義に陥る。中国は、中華人民共和国と台湾の関係が固定的であるため、国内で反乱分子が生じた際にそれを国内の二項対立の構図で処理する術を持たない(反乱分子を台湾に押し込めるわけにはいかない)。簡単に言えば、反乱分子の取り扱いに慣れていない。そのため、現時点で既に、年間約18万回の暴動が起き、約10万人の共産党関係者が逮捕・検挙され、約100万人の国民が取り締まりを受けているという。この国家が全体主義に陥った時、内乱が拡大し、自ずと崩壊の道をたどるであろう(ただし、崩壊するのは中国共産党であって、中国自体は二項対立的な発想に従って新たな国家を建設するに違いない)。

堤未果『アメリカから<自由>が消える【増補版】』―アメリカも中国も似たような監視社会


増補版 アメリカから<自由>が消える (扶桑社新書)増補版 アメリカから<自由>が消える (扶桑社新書)
堤 未果

扶桑社 2017-07-02

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 ・金融機関は顧客情報やクレジットカード情報を、通信事業者は通信情報を、医師は患者のカルテを、図書館の司書は利用者の貸し出し記録を、本屋は顧客の購買履歴を、といったように、国内の様々な機関や団体は政府から要請があった時はいつでも個人情報を提出しなければならない。

 ・政府は、テロ容疑者は戦争捕虜に関するジュネーブ条約の対象外であるとし、捕まえた容疑者のほとんどを海外に移送して拷問している。

 ・政府は従軍記者の取材に大幅な規制をかけ、戦争報道支配を開始している。メディアは、軍の許可を受けた情報以外は一切外に出すことができない。さらに、新聞社やテレビ局など組織への介入ではなく、ジャーナリスト個人が直接召喚されるケースも増えている。

 ・政府はインターネットの世界にも介入してくる。近年、政府を批判する記事を書いたブロガーが投獄される事件が増加している。運よく投獄を免れた場合でも、反政府的なHPには政府からアクセス制限がかけられる。

 ・政府や行政は、自らにとって都合のよい政策や法律を議会で通すために、大手広告代理店を利用してメディアで大々的にキャンペーンを展開する。政府や行政のみこしを担ぎ、反政府派を批判するコメンテーターや評論家は、広告代理店を通じて政府や行政から多額の報酬を得ている。

 これは中国の話ではない。アメリカで起きていることである。21世紀で最悪の法律と言われる『愛国者法』(日本の共謀罪のモデルとなった)をはじめ、ありとあらゆる法律を駆使して、アメリカ政府は国民を監視する。当初の目的はテロの防止であったが、だんだんと目的が拡大し、最近では反政府的な動きがないかどうか、国民の一挙手一投足まで細かく監視するようになっている。これはジョージ・オーウェルが小説『1984』で描いた監視社会とまるで同じである。

 私は書籍の大半をAmazonで購入している。ところが、ある人から「Amazonでは買い物をしない方がよい」と言われたことがある。Amazonは顧客の購買履歴を政府に提供しているというのだ。アメリカ政府は、外交の場において、各国の要人がどのような政治的思想の持ち主なのかを調べるために、Amazonの購買履歴を活用しているらしい。もっとも、私はアメリカの外交に関与するほど偉い人間ではないから、そんなことは気にしなくてもいいのだが・・・。

 ブログ本館の記事「マイケル・ピルズベリー『China 2049』―アメリカはわざと敵を作る天才かもしれない」で、かなりざっくりとだが下のような図を作ってみた。

4大国の特徴

 「アメリカ&ドイツ」VS「中国&ロシア」の対立は、冷戦構造の名残である。だが、この対立構造は最近複雑化している。まず、アメリカはEUの盟主であるドイツと覇権を争っている(アメリカによるフォルクスワーゲンの提訴はその一環だと思っている)。中国とロシアは旧共産圏の国であり、お互いを戦略的パートナーと見なしているものの、例えばウクライナ問題をめぐっては微妙に対立している。

 一方で、ドイツとロシアの接近も見られる。両国は第2次世界大戦で激しく戦火を交えたが、戦後は関係深化に努めてきた。現在、両国は経済的に深く結びついている。さらに、ロシアがウクライナ問題で国際社会から非難を受けた時には、ドイツのメルケル首相がロシアのプーチン大統領をロシア語でなだめるという一幕もあった(メルケル首相は旧東ドイツ出身なので、ロシア語も堪能である)。

 アメリカと中国の関係も複雑である。軍事面では対立を見せているものの、経済的には両者は切っても切れない関係にある。また、アメリカが旧ソ連に対抗し、旧ソ連と中国の関係の分断を図って中国に接近したという経緯もあり、アメリカと中国は完全な敵対関係とは言えない。そして、トランプ大統領という予測不可能な指導者が現れたことで、アメリカと中国が突然手を結んで日本のはしごを外す日が来るのではないかと私は内心恐れている(ブログ本館の記事「『小池劇場と不甲斐なき政治家たち/北朝鮮/憲法改正へ 苦渋の決断(『正論』2017年8月号)』―小池都知事は小泉純一郎と民進党の嫡子、他」を参照)。

 本書で書かれているように、アメリカも中国のように全体主義化している。非常に安直な考えかもしれないが、似たもの同士がひょんなことでくっつく可能性はゼロではないと思う。事実、第2次世界大戦では、全体主義国であった日本、ドイツ、イタリアが同盟を組んだという歴史がある。

中津孝司『岐路に立つ中国とロシア』―中国とロシアは蜜月関係なのか対立関係なのか?


岐路に立つ中国とロシア岐路に立つ中国とロシア
中津 孝司

創成社 2016-01-20

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 ブログ本館の記事「マイケル・ピルズベリー『China 2049』―アメリカはわざと敵を作る天才かもしれない」で下のような図を用いた。

4大国の特徴

 ブログ本館でも何度か書いたが、大国は二項対立的な発想をする。大国は常に、自国と対立する他の大国を配置することで、自国のアイデンティティを確認する。数十年前までは、世界における大国の対立は、アメリカ対旧ソ連という単純な構図であった。米ソの対立は、資本主義と共産主義の対立である。あるいは、自由主義と専制主義の対立と言ってもよい。そして、アメリカのバックにはドイツが、旧ソ連のバックには中国がいた。

 ところが、近年はこの対立構造が複雑になりつつある。まず、アメリカが中国に接近した。台湾を裏切って中国との国交を回復し、中国との経済的なつながりを急速に深めていった。一方のロシアは、ドイツとの関係を強めつつある。こうして、アメリカ・中国というグループと、ロシア・ドイツというグループができた。

 アメリカと中国の共通点、ロシアとドイツの共通点はそれぞれ、国家主義と超国家主義という言葉で言い表されるのではないかと考える。国家主義とは自国の主権を前面に打ち出す立場のことである。これに対して超国家主義とは、複数の国家を束ねてパワーを発揮するスタンスを指す。つまり、国家主権を超える存在を作り出し、そこで主導権を握る。ドイツは今やEUの盟主であるし、ロシアはEUに倣ってユーラシア経済連合(EEU)を創設している。

 アメリカと中国、ロシアとドイツが接近したことで、従来のアメリカとドイツ、ロシアと中国の関係に微妙な変化が生じている。アメリカとドイツは対立することが増えた。VWの不正問題をアメリカが10年以上も前に認識しておきながら放置したのは、問題ができるだけ大きくなった段階でVWを告発することで、VWの賠償金を巨額なものにし、ドイツの代表企業であるVWを叩きのめして、ひいてはドイツ経済に致命的なダメージを与えるためだったのではないかと私は思っている。

 中ロの関係も一枚岩ではない。中国は元々、スターリン批判をするなど、ロシアに完全にべったりであるとは言いがたい。近年も、中ロの対立局面が目立つと指摘する論者がいる。だから、現在の4大国の関係を図にすると、上図のように複雑なものになってしまう。ただ一方で、中ロは依然として蜜月関係にあると主張する識者もいて、私を混乱させている。実際のところ両国の関係はどうなのかと思って本書を読んだのだが、結局解らずじまいであった。

 <中ロの関係が深いと思わせる出来事>
 ・中ロは協調して欧米社会に対抗するための受け皿として、上海協力機構(SCO)を活用し、アメリカ一極集中を牽制してきた(ただし、インドが加盟申請したことで、SCOの性質が変わる可能性がある)。

 ・ロシアは東シベリア・バイカル湖北方に眠るチャヤンダ天然ガス田とコビクタ天然ガス田を開発し、パイプラインと連結する。パイプラインは天然ガス田からブラゴベシチェンスクに延び、中国へと向かう。総工費550億ドルに及ぶこのパイプラインが2019年に完成すれば、30年間に渡って年間約380億立方メートルの天然ガスが1,000立方メートルあたり350ドルでロシアから中国に輸出される。総額4,000億ドルに上る中ロ間の天然ガス貿易となる。

 ・中国経済の一層の発展にとって、ロシア極東の化石燃料は、エネルギー安全保障の観点からも必要不可欠である。ロシアには天然資源を開発する資本と労働力が不足しているが、中国にはそれがある。

 <中ロが対立していると思わせる出来事>
 ・ロシアはターキッシュ・ストリーム構想を打ち出し、トルコ経由でヨーロッパに天然ガスを供給する計画を持っている。具体的には、バルカン半島諸国に天然ガスを供給する。ロシアによるバルカン半島の囲い込みは、中国の利害と対立する。なぜなら、バルカン諸国は中国が提唱するシルクロード計画の西端に位置するからだ。中国は意図的にバルカン半島諸国との関係強化に動いている。

 ・北朝鮮の中国離れに乗じて、ロシアは朝鮮半島でのプレゼンス強化に乗り出している。2015年2月25日、モスクワで初のロ朝ビジネス評議会が開催された。ここで、北朝鮮北東部の経済特区・羅先に向けて電力を供給する事業構想が打ち出された。羅先は日本海に面する戦略的要衝地であり、不凍港も有する。ロシアは将来的に北朝鮮と軍事的関係を強化して、羅先への進出を狙っている。一方で、中国も羅先に狙いを定めている。

 ・中国系企業はロシアの天然資源にしか興味がないようだ。不動産の取得にも熱を上げるが、ロシアの製造分野には投資しない。確かに、中国の対ロ投資額は2014年1~8月期に前年同期比1.7倍に増えているものの、ロシアに移住する中国人が増えるだけで、中国の対ロ投資はロシア人の雇用促進に貢献していない。ゆえに、中国企業は現地で歓迎されていない。

渋谷謙次郎『法を通してみたロシア国家―ロシアは法治国家なのか』


法を通してみたロシア国家法を通してみたロシア国家
渋谷謙次郎

ウェッジ 2015-10-06

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 本書には「ロシアは法治国家なのか」という副題がついている。著者の評価によれば、ロシアは「かろうじて立憲主義」だという。ロシアでは旧ソ連時代も含めて、何度もクーデターや憲法体制の停止が起きたが、93年憲法以降はそのようなことは発生していない。だから、立憲主義は守られている。

 ところで、立憲主義とは、①人権を認めることと、②権力分立によって国家権力に歯止めをかけることの2つが要件である。93年憲法は欧州人権条約の内容を踏まえており、人権についての規定を持つ。ただし、死刑についてはロシアは廃止していない。三権分立は建前上維持されているものの、三権の上に強大な大統領が立っている。これらの点で、ロシアは「かろうじて」立憲主義なのだという。

 ロシアでは、一般的な法治国家とは異なり、法が権力を規制するのではなく、権力が時の政治情勢に合わせて法を作り出す。大統領はしばしば、議会の承認を得ずに大統領令を発布する。ただ、通常の法律の法源(法に拘束力を与える根拠)が国民主権=国民の意思にあるのに対し、大統領令は大統領の権力に法源があると言ってしまえば、ロシアも立派な法治国家なのかもしれない。

 とはいえ、本書によれば、そもそもロシアは法というものをあまり信用していないようである。多くのロシア人は、裁判所に信頼を寄せていない。また、公式の法には理論的限界があると感じている。そうしたロシア人の心情を、小説家ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』などで巧みに表現して見せた。

 ロシアは元共産主義国である。共産主義は、究極的には国家も法も存在しない世界を目指していた。ブログ本館の記事「栗原隆『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法』―アメリカと日本の「他者との関係」の違い」でも書いたが、神も人間も完全/無限とする世界において、神の下での平等を目指す人間がお互いに自由を確保するためには、連帯するのではなく、逆に孤立しなければならない。孤立した人間の間には、法は不要である。人間同士の関係に意味はない。意味があるのは、神と人間の間の関係のみである。

 ただ、この記述はやや正確性を欠いていると反省した。本書によると、キリスト教は本来、反法、反訴訟の宗教だそうだ(そこからどのようにして法の支配という概念が生じたのかについては、別の機会に譲る)。「全てを赦せ」がキリストの教えである。仮に、自由を求める人間が、自由を求めすぎるあまり他人の自由を侵害したとしても、「赦せ」と言うのである。このような世界では、法は意味を持たない。だから、ロシアでは「法ニヒリズム」なる現象が見られるという。

 しかし、ロシアが法ニヒリズムだからと言って、無法状態をよしとしているかというと、必ずしもそうとは言い切れない。共産主義は連帯を掲げながら、実質的には人間が疎外された社会をもたらした。だが、ロシアの歴史を紐解くと、本来的には共同体社会である。人間を放っておいても、ホッブズの言う「自然状態」に陥らないのは、慈悲や相互扶助の精神が息づいているからだと著者は分析する。

佐藤優『甦るロシア帝国』


甦るロシア帝国 (文春文庫)甦るロシア帝国 (文春文庫)
佐藤 優

文藝春秋 2012-02-10

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 池上彰氏と佐藤優氏の対談をまとめた『新・戦争論―僕らのインテリジェンスの磨き方』のあとがきで、池上氏が佐藤氏のことを「バケモノ」と評していた。月に70本の連載を抱えながら、定期的に書籍を出版し、さらに講演活動もこなすというのだから、まさにバケモノである。

新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)
池上 彰 佐藤 優

文藝春秋 2014-11-20

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 『甦るロシア帝国』を読むと、さらにそのバケモノぶりが解る。同志社大学時代には神学を研究する一方でマルクス主義を学び、外務省に入省後30代でソビエト連邦に渡ると、モスクワ大学においてロシア語で神学の講義を行ったそうだ。私みたいに大学時代に遊び呆けてしまい、就職後もふらふらと仕事を変えている人間からすると、単線的に特定の分野を極めている人は羨ましく思える。私のように色々と回り道をしてしまった人間が、こういう人とまともに勝負するには一体どうすればよいのだろうかと考え込んでしまう。

 私が政治関連の書籍を読むようになったのは最近のことであるから、全くもって浅学なのだけれども、政治の本には少なからぬ不満を抱いていた。一応私も経営コンサルタントの端くれであるから、物事をフレームワークに落とし込むという作法に慣れ親しんでいる。ところが、政治の場合はフレームワークが提示されない。特に国際政治になると、著者がどういうロジックで主張を組み立てているのか丁寧に追いかけなければ話が理解できない。それが個人的に少し嫌であった。

 だが最近は、政治にフレームワークがないのは、至極当然のことだと思うようになった。ブログ本館の記事でも示したように、世界は「言語→歴史→宗教→道徳→政治→社会→経済」という構造を持つ。経営は経済の中の下部に位置しており、世界全体から見れば末端の営みである。その末端は、それほどの知識や経験がない人にも理解できるように、単純化する必要がある。だから、フレームワークを用いた思考が有効であると言える。

 ところが、政治は経営に比べると上位の営みである。政治は、あらゆる手段を講じて国民の生命・財産を守らなければならない。国外に目を向ければ、自国の領土や国民を狙うならず者が少なからず存在する(領土であれば中国、国民であれば北朝鮮など)。彼らの手から自国を防衛するために政治は戦略を立てるのだが、その戦略がシンプルすぎると、みすみす敵に手の内を見せることになる。フレームワークが提供する予測可能性は危険なのである。

 企業戦略の場合も、フレームワークが単純な戦略を提示すれば、競合他社につけ込まれるのではないか?という反論もあるだろう。確かに、企業は日々激しい競争を繰り広げている。ところが、大局的に見ると企業は共存共栄を目指すものだ。競合他社を永遠に市場から駆逐しようとは考えない。とりわけ、和を重んじる日本企業はこの傾向が顕著である。だから、フレームワークが示す単純な戦略が競合他社に知れ渡っても、致命的な痛手とはならない。むしろ、共存共栄のために、戦略の共有が推奨されることすらある。日本企業は、GEがベストプラクティスという言葉を持ち出す前から、競合他社の事例を研究するのが大好きだ。

 これに対して国際政治の舞台では、明確に他国を滅ぼす意図を持ったプレイヤーが存在する。しかも、どの国が実際にそのような意図を持っているのかは完全には知ることができない。このような状況で、自国の戦略をフレームワークによって披露するのは自殺行為以外の何物でもない。

 自国がフレームワークを使わずに、容易には理解できない戦略を立てるのと同様、他国の戦略もまた不透明である。自国が戦略を立てるためには相手国の情報が重要なインプットとなる。しかし、相手国の情報は断片的にしか漏れてこない(仮に、そのような情報がオープンに共有できるほど信頼関係が構築できていれば、この世に戦争は存在しない。以前の記事「植木千可子『平和のための戦争論―集団的自衛権は何をもたらすのか?』」を参照)。どんな種類の情報がどのくらいの精度で入手できるか解らない状況では、フレームワークは機能しない。

 以上の点で、政治と経営は異なる。時々、経営コンサルタントが上がりのポジション(?)として政治評論家のような立場に立ち、経営の知識を使って政治を語ることがあるのだが、個人的には傍ら痛く思う。私ももっと政治を語りたいと思うが、安易に経営の知識に依拠しないよう注意したい。

 (※)ちなみに、上記の論理に立つと、政治より上位に位置する言語、歴史、宗教、道徳は、もっと複雑なものになるはずである。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,500字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
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