実践スポーツビジネスマネジメント―劇的に収益力を高めるターンアラウンドモデル実践スポーツビジネスマネジメント―劇的に収益力を高めるターンアラウンドモデル
小寺 昇二

日本経済新聞出版社 2009-03-05

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 著者の小寺昇二氏は、千葉ロッテマリーンズ(以下、マリーンズ)で2005年からターンアラウンド(事業再生)に関わった人物であり、その事例がケーススタディとして本書の随所で紹介されている。小寺氏によると、マリーンズのターンアラウンドを実行するにあたり、3回に分けて人材を採用したという。

 ①2005年上旬のコア人材の採用。
 ②2005年開幕前のエンターテインメント、プロモーション系人材の採用。
 ③2005年下旬の事業開発型マネジメント人材の採用。

 小寺氏が採用されたのは③であり、事業開発にあたっては「指定管理者制度」を受注したことが大きかったと述べられている。マリーンズの本拠地である千葉マリンスタジアムは、土地は千葉県、スタジアムは千葉市の所有というねじれ構造になっていた上、スタジアムの運営管理は千葉市と地元財界による第三セクター「株式会社千葉マリンスタジアム」が受託していた。マリーンズと千葉市、スタジアム会社との間で結ばれていた契約は、以下のような不平等条約であった。

 ・ゲームにおけるスタジアムの使用料はかなり高く、入場料収入の大半がスタジアム会社に持っていかれる勘定となっていた。
 ・スタジアム内の飲食テナントに対する使用料は全てスタジアム会社に帰属し、マリーンズには一切入ってこなかった。
 ・スタジアムのグッズショップの運営はスタジアム会社であり、やはりショップからの売上は一切マリーンズに入ってこなかった。
 ・スタジアム内の広告看板収入は、基本的にスタジアム会社と千葉市に渡り、ごく一部だけがマリーンズに還元されることになっていた。

 球団の収入は、チケット収入、放映権収入の他に、スポンサー収入(企業からの広告収入が中心)、スタジアム内の飲食テナント収入、グッズ収入などから構成されることを踏まえると、マリーンズはかなり不利な立場に置かれていたことになる。指定管理者制度を受託したことでこの不平等条約が見直され、マリーンズの収益源が多角化されたことは、マリーンズの業績を大きく押し上げた。

 それにしても、この第三セクターは、第三セクターとしては珍しく黒字を出していたから、よくマリーンズが指定管理者制度を受託することを容認したものだと思う。本書では、「指定管理者制度の受託がなければ収益性は改善せず、マリーンズは千葉にとどまることができない」と自治体などのステークホルダーを説得したとあるが、この辺りの交渉劇がもう少し詳しく明らかにされているとよかった。

 ブログ本館の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で紹介したマトリクス図に従うと、スポーツは「必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが小さい」という<象限③>に属する。以前の記事「DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―スノーピーク社の戦略について」でも書いたように、<象限③>においては、イノベーターが製品・サービスのコンセプトを徹底的に貫徹するために、できるだけ自前主義をとる。外部の企業を使う場合も、その企業に対して強いパワーを発揮する(Appleを思い浮かべると解りやすい)。

 マリーンズは指定管理者制度の受託によって、スタジアム内の飲食テナントに対して強いパワーを発揮することが可能になった。テナントには、マリーンズのコンセプトに沿ったサービスを提供するよう要請し、業績が上がらないテナント、コンセプトに従わないテナントには退去してもらった。また、グッズの企画・販売の主導権を握ることで、マリーンズのコンセプトをより反映させやすくなった。

 ここで、「マリーンズのコンセプト」とは何かが問題になる。実は、前述の通り、小寺氏が採用されたのが③の時期にあたるため、コンセプト作りがどのようになされたのかについての記述がやや弱い印象を受けた。コンセプト作りは①の段階で行れたものと思われるが、コンセプトも含めて、マリーンズの経営理念、戦略、ビジネスモデルがどのようにして形になっていったのかをもっと知りたかった。また、②の採用を行った後、2005年のマリーンズは立て続けに様々なプロモーションやエンターテインメント企画を実施しているが(リストで4ページ以上に上る)、これらの企画がマリーンズのコンセプトからどのようにして導かれたものであるかについても、もう少し記述がほしかったところである。

 マリーンズのコンセプトの1つとして本書で挙げられているのは、「勝っても負けても楽しいスタジアム」というものである。球団としては、チームが勝利するよりも会社として利益が残る方が重要だから、どうしてもフィールドサイドがビジネスサイドよりも劣位に置かれる傾向がある。だが、ファンとしては、チームが勝つところを見たいものである。意地悪な見方をすれば、先ほどのコンセプトによって、マリーンズは端から優勝を諦めているのではないかと感じてしまう。

 ロッテは2005年に優勝しているが、これはプレーオフ制度のおかげであり、レギュラーシーズンの勝率は2位であった。レギュラーシーズンの勝率1位での優勝となると、1974年のロッテオリオンズ時代にまで遡らなければならない。フィールドサイドとビジネスサイドを対立させるのではなく、マリーンズには是非、「勝ちながら利益を上げる」経営を追求してほしいと思う(他の11球団にも共通)。