こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

中小企業


経済産業省『中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック』


中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック

経済産業省 2016-03-14


中小企業基盤整備機構HPで詳しく見る by G-Tools

 これは書籍ではないのだが、非常に役に立つ内容だったので紹介させていただく。中小企業が海外に進出する際に直面することが多いリスクを、進出計画段階、進出手続き段階、操業段階に分けて解説し、対応策を整理した冊子である。自社の潜在リスクを確認するチェックリストもついている。

 リスクマネジメントの一般論に加えて、国別、特にアジア各国に固有のリスクをまとめた表もあり、大変有益であった。今回の記事では、その国別リスクの中から、特に参考になった部分をまとめておく。

 ①中国
 「外国人を狙った誘拐事件は多くなく、狙われる対象は主に富裕層の中国人である」。この点は少々意外であった。金持ちだと思われている日本人は、海外では誘拐のターゲットになりやすい。誘拐犯は”ビジネスとして”誘拐を行うため、用意周到に誘拐の計画を立てる。この辺りについては、ブログ本館の記事「中央支部国際部セミナー「ここがポイント!中小企業の海外展開―海外案件経験診断士からのメッセージ」に参加してきた」で書いた。

 ②香港
 「団体交渉権、標準労働時間等が法制化されていない」。1997年に中国に返還される前には、香港では法律により労働者の基本的な権利である団結権、団体交渉権、争議権が保障されていたが、返還後に権利が剥奪されたらしい。

 標準労働時間が規定されていないとは恐ろしい話である。経営者は社員を何時間でも働かせることができる。現在、政府は標準労働時間や残業代支払に関する規定の導入を検討しているようだが、企業にとってはコスト増となり、「中小企業約7,000社が赤字に陥る可能性」があるとも言われる(日本の人事部「香港 標準労働時間導入で企業の人件費が大幅増」〔2015年8月28日〕を参照)。

 ③台湾
 「即答することを美徳とする傾向が強くあり、対応が早い反面内容が正しくない場合がある」。これは台湾に限らず、アジア各国でよく見られる傾向である。ベトナム人も「できます」と即答するが、いざやらせてみるとできないことが多い。その理由を問うと、「半年後にはできるようになります」などと反論してくる。

 タイ人もすぐに「はい」と言う傾向がある。ただし、これは目上の人からの命令を断っては失礼にあたると考えているためだ。インド人は仕事の進捗を確認すると、「ノープロブレム」と答える。だが、実際には問題だらけであることが後から発覚する。インド人にとって「ノープロブレム」とは、「問題と思われることが発見できない」ということであり、「問題がない」という意味ではない。

 ④韓国
 「高い人口密度・都市化率の中、経済成長を遂げた結果、大気汚染・水質汚染を中心とした環境汚染が深刻化している。世界的にもまれな多種多様な賦課金があり、環境保護を達成する目的の一方で行政機関の貴重な財源となっており、注意が必要である」。例えば、資源リサイクル法で定められた製品・包装材(レジ袋も含まれる)のリサイクル基準を達成できない場合は、所定の算出式に基づいて賦課金が徴収される。

 ⑤タイ
 「企業が振り出す小切手は何度不渡りを出しても、日本のように銀行取引停止にはならない為、小切手での取引は回収不能となる恐れがある。この為銀行が保証する預金小切手の利用やCOD(Cash On Delivery:受渡し時現金)とする、できるだけ銀行振り込みとする等の対策が必要である」。すごい国だ・・・。

 「公務員が社会的儀礼・慣習として利益を受領することが許容される場合があり、年末に監督官庁へバスケット(日本の歳暮に相当する詰め合わせの品)を贈る習慣が残っている」。汚職の問題はアジア共通である。日本の公務員はよく高給取りだと批判の対象となるのに対し、アジアの多くの国では公務員は特権階級である。彼らが許認可を出したり、規制を緩和したりしてくれなければ、企業はビジネスを展開できない。公務員の仕事は、国民や企業に対するサービスである。だから、サービスの対価(=賄賂)をもらうのは当然だとされるわけだ。

 ⑥ベトナム
 「ベトナムは贈答社会といわれ、人や仕事を紹介した場合、必ずお礼をする習慣がある。仲介者・紹介者へのキックバックやマージン等の手数料が発生する場合がある点に注意が必要である」。

 ⑦インドネシア
 「法人税予納制度による実績確定後の還付請求の際、必ず税務調査が実施され、結果的に還付を認められないケースが多い。また、税務調査において、親会社の提供する経営指導や債務保証に対する対価をすべて配当とみなす、ロイヤリティー・ブランドフィーを否認するなどの運用が明確な根拠なくなされる場合がある」。日本国内であれば還付申告は喜んで実施するだろうが、インドネシアでは「どうすれば還付申告を受けずに済むか?」を考えなければならない。

 引用文にある通り、還付申告をすると必ず税務調査が実施される。すると、損金が否認されて、還付どころか追徴課税を受けてしまうことがある。だから、還付申告をしなくてもいいように、源泉税などで前払いした税金を上回る税金を確定申告時に納められるようにする必要がある。端的に言えば、それだけ高い利益率が求められるということだ(以前の記事「吉田隆『コンサルタントの現場と実践 インドネシア会社経営』/『インドネシア税務Q&A』」を参照)。

 ⑧ミャンマー
 「原則として国内での代金決済は現地通貨チャット建である。国内の決済システムの電子化は殆ど進んでいない為、現金決済が主流であるが、小切手の使用や口座振り込みも可能である」。ミャンマーは金融機関のシステムが十分ではなく、窓口に大量の紙幣を持ち込んで手続きをしている写真を見たことがある。

 やや話は逸れるが、中小企業診断士の実務補習に、日本銀行のOBが参加されたことがあった。その方は海外事務所での勤務も非常に長く、なぜ今さら診断士の資格が必要なのか不思議だった。話を聞いてみると、定年退職後は中小企業のお役に立ちたいという、非常に高邁な志をお持ちの方であった。実務補習を終えて診断士になった後、しばらくは国内の中小企業の支援をしていたが、日銀出身というキャリアもあってか、ミャンマーからお声がかかり、現在はミャンマーで金融システム構築の支援をされているという。つくづく凄い方である。

 ⑨インド
 「人口・生産年齢人口共に多く、かつ増加しているが、教育水準の高い層は一部に限られ、国全体の識字率は7割を下回る。この為、一定の教育水準を持った労働力を確保するのは容易ではない」。インド人は英語ができてITに強く、優秀な人材が多いというイメージがあるが、人口の約7割は未だに農村部に住んでいる。また、英語ができるのは、人口の1~3割程度にすぎないと言われている。

 ⑩フィリピン
 「小切手決済が主流で、不渡りへの罰則規定がなく、先日付小切手の取扱いに注意が必要である。代金回収方法の1つとしてコレクションエージェントと呼ばれる代金回収業者があり、利用頻度が高い。不渡りになった場合の対応として、法人の場合は訴訟に持ち込むケースが多い」。

 ⑪マレーシア
 「マレーシアには支払手形が無く、銀行取引停止のシステムも無い。このため、期日内に支払う習慣が浸透しておらず、支払いにルーズな会社が多い」。タイ、フィリピン、マレーシアは支払手形や小切手が不渡りになった場合の債権回収リスクが高そうである(ちなみに、手形と小切手の違いについては「手形と小切手の違いを正しく理解していますか?手形と小切手の特徴を解説」を参照)。

 ⑫シンガポール
 「税率が低いため、日本のタックスヘイブン対策税制(現地法人の所得を日本親会社の所得に合算して課税する制度)の適用を受ける可能性がある。低課税を期待して進出したにもかかわらず、同税制の適用除外基準の判断誤りなどにより、後々高額な税負担となるケースがある」。タックスヘイブン対策税制については、JETRO「タックスヘイブン対策税制:日本」を参照。

稲田行徳『採用の教科書2 即戦力採用は甘い罠?―中小企業向け、求める人材像の設定編』


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稲田 行徳

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 仕事にやりがいがあって、どれだけ人間関係がよくても、生活できる給与でなければ、結局辞めざるをえません。また、何年働いても生活水準が変わらないのであれば、結婚や子供、住宅や将来の人生設計のことを考えると、ほかの会社に目移りするのも当然です。昇給がまったくなければ、未来にも希望を持てないですしね。
 以前の記事「鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』」で、給与は成果に対する見返りではなく、社員の生活費をカバーすることが目的であると書いた。生活費は一般的に年齢とともに上昇するから、給与体系は年功制以外にはあり得ない、というのが最近の私の考えである。近年、シニア社員は昇給しない(それどころか下がる)賃金モデルを採用する企業が増えている。しかし、シニア社員こそ、親の介護と自分自身の医療で最も生活費がかかる世代である。だから、シニア社員にも昇給がある元の賃金体系に戻すべきだと思う。
 ほめることは、会社としてお金を1円も使わない報酬でありながら、職場環境がよくなるという、画期的で今すぐにできる改善策なのに、これを上手に活用している管理職や経営者は少ないのが現実です。
 どうすれば社員のモチベーションが上がるかに悩んでいる経営者は多いと思う。ここで、やや回り道になるが、私の考えを書いてみたい。社員にお金(給与)を払っているのは経営者である。お金を払う側がお金をもらう側のモチベーションを気にすることがいかに不自然であるかは、顧客と企業の関係を考えるとよく解る。顧客はわざわざ企業のモチベーションを上げてくれるだろうか?

 同じことは、教育訓練にもあてはまる。しばしば、経営者は社員の育成に投資すべきだと言われる。しかし、本来的には、教育訓練は社員の自己責任で行うべきものである。もらった給与の一部を、自己啓発に回さなければならない。ここでも、顧客と企業の関係を考えてみよう。顧客は企業が組織能力を伸ばすために、わざわざ余分なお金を払ってくれるだろうか?

 ここで私は、2種類のメッセージを発している。社員に対しては、「会社にいてもやる気が出ない」、「うちの会社は研修をしてくれない」と言うのは甘えだと伝えたい。既述の通り、自分のモチベーションや能力を高めるのは社員自身の責任である。ただ、だからと言って、経営者は社員のモチベーションや人材育成を全く考えなくてもよいわけではない。むしろ、全く逆である。経営者は社員のモチベーションと能力向上に投資すべきである。これが経営者へのメッセージである。

 顧客と企業の関係と、経営者と社員の関係には、1つ大きな違いがある。顧客は、ある企業の製品・サービスが気に入らなければ、さっさと別の企業に切り替えることができる。これに対して、企業は社員の仕事ぶりが気に入らなくても、簡単に社員を挿げ替えることができない。新しい社員を連れてきても、その人が自社に馴染むまでには時間とコストがかかる。だから、経営者としては、現有社員の能力とモチベーションを最大限に引き出すことが最善となるのである。

 社員のモチベーションを上げる方法としては、大きく分けて(1)モチベーションが上がるような仕事をデザインすることと、上記引用文のように(2)モチベーションが上がる言葉をかけることの2つがある。

 (1)に関しては、ブログ本館の記事「ウィル・シュッツ『自己と組織の創造学』―「モチベーションを上げるにはどうすればよいか?」そして「そもそも、なぜモチベーションを上げる必要があるのか?」」で詳しく書いた。簡単に言えば、①顧客からのフィードバックがあること、②一定の裁量を与えられていること、③複数の能力を使わなければならないこと、④能力のストレッチが要求されること、⑤周囲の社員との協業が必要であること、という5つの要因から構成される。

 一般的な戦略論においては、まず戦略(ターゲット顧客層、提供する製品・サービス、競合優位性)を定めて、その戦略を実現するためのビジネスモデルやビジネスプロセスをデザインし、プロセスを支える組織を設計して適切な人員配置を行うのが定石である。つまり、ここでは戦略が全体を定める出発点となっている。

 ここで発想を変えて、社員のモチベーションを全体の出発点とすることはできないだろうか?つまり、社員のモチベーションが上がるような戦略、前述の5つの要件を満たす戦略を選択するのである。ちなみに、以前の記事「鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』」は、年功的な賃金カーブを出発点として戦略を構想することを提案した。このように、人材側から戦略を作るという新しい戦略論を構築できないものかと最近は色々考えているところである。

 (2)に関しては、ブログ本館の記事「エニアグラムのタイプ別に見たモチベーションの上げ方(私案)」をご参照いただきたい。エニアグラムにおいては、人間の性格を9つのタイプに分類する。ただ、この記事を書いておいてこんなことを言うのもやや無責任だが、個人的にはこういう分類は参考程度に受け止めておくべきだと思う。人間の性格はもっと複雑である。どんな言葉がその人に響くのかを見極めるには、その人に深く寄り添う必要がある。

 エニアグラムなどを活用すると、ある社員には褒め言葉が、別の社員には叱咤激励が有効だと解ることがある。しかし、ある社員のことは褒めておきながら、別の社員は叱ってばかりいると、部下はマネジャーのことを一貫性のない人だと評価するようになる。この問題をどうすれば回避できるのか、私は長年疑問だった。だが、最近になって、解決策はあまりにも簡単であることに気づいた。つまり、フィードバックする時は、褒めるにしても叱るにしても、他の社員の前で行うのではなく、社員を会議室に招いて1対1で行えばよいのである。

藤原敬三『実践的中小企業再生論〔改訂版〕―「再生計画」策定の理論と実務』


実践的中小企業再生論〔改訂版〕~「再生計画」策定の理論と実務~実践的中小企業再生論〔改訂版〕~「再生計画」策定の理論と実務~
藤原 敬三

きんざい 2013-04-19

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 藤原敬三氏はみずほ銀行、東京都中小企業再生支援協議会支援業務責任者を経て、現在は中小企業再生支援全国本部統括プロジェクトマネジャーを務めている。以下、士業やコンサルタントに対する辛口コメント。私も気をつけます。
 分析手法の前に「事業の理解」がある。ここを勘違いしている事業DDがいかに多いことか。今後の再生計画ではほとんど役に立たない外部環境分析を長々と記述し、収益に与える影響の少ない要素をこねくり回して、最終的に具体性のない施策が並んでいるDDなど事業を見極めるという役割を果たすことができないDDが多いことも事実である。
 再生支援協議会の例でも、たとえば「営業力の強化」とか「原価管理の徹底」という一言で数値計画の説明がなされていた例があるが、「強化・徹底」では説明にならない。つまり企業にとっても「どこの工程の原価部分」、あるいは「どこの営業拠点」、。また「生産拠店(ママ)のどの部門のどこが問題なのか」といった具体的な指摘に基づいた施策の提案でなければ、経営者の納得感は得られない。
 事業再生の目的の下、債権者が関与できない方法によって債権カットを目的に実行される会社分割については、詐害行為取消権の適用を認めた裁判例、否認権行使を認めた裁判例、法人格否認の法理により別会社に対する請求権を認めた裁判例など法的に否定されるケースも出てきており、法的な問題をはらんでいることに留意する必要がある。

 このような手法を再生手法として喧伝しているコンサルタントや士業が現実に存在しており、債権者としては、このような濫用的な事例が判明した場合、詐害行為取消権の行使や破産申立てをするなど毅然とした対応をとることが望ましいとさえ思えてならない。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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