こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

二項対立

佐々木卓也『冷戦―アメリカの民主主義的生活様式を守る戦い』―レーガンとトランプという行動が全く読めない2人の大統領の共通性


冷戦 -- アメリカの民主主義的生活様式を守る戦い (有斐閣Insight) 冷戦 -- アメリカの民主主義的生活様式を守る戦い (有斐閣Insight)
佐々木 卓也

有斐閣 2011-11-14

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 冷戦はアメリカの「生活様式」をかけた戦いだったという。冷戦とは、端的に言えば自由主義と全体主義の戦いである。トルーマンは、自由主義的な生活様式とは、「多数の意志に基づき、自由な諸制度、代議政体、自由選挙、個人の自由の保障、言論・信仰の自由、政治的抑圧からの自由」によって特徴づけられる一方、全体主義的な生活様式は「多数者に対して強制される少数者の意志に基づく。それは恐怖と圧制、出版と放送の統制、形だけの選挙、そして個人の自由の抑圧に依存している」と述べた。

 ここでは、生活様式=政治となっている点が興味深い。以前の記事「丸山俊一『欲望の民主主義―分断を越える哲学』―民主主義の実現のために国民は政治に直接参加した方がよいのか?」で、アメリカ人は間接民主主義を採用しているが、心のどこかで政治に直接参加することを望んでいるようだと書いた。また、全体主義は、ブログ本館の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」で書いたように、個人が全体に等しく、民主主義が独裁と両立するため、個人が全体であり、全体が政治であるという関係が成立する。個人は政治に参加するというよりも、個人が政治そのものとなる。政治と距離を置きたがる日本人には、なかなか理解が難しい点である。

 ピーター・ドラッカーは著書『産業人の未来』の中で、第2次世界大戦は、自由を全体主義から守る戦いだと述べた。だとすると、共産主義によって全体主義化していた当時のソ連が連合国側に立っているのはおかしな話になる。4年ほど前に、ブログ本館の記事「高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』―戦後の日本人に「自由」を教えるため米ソは共謀した」という記事を書いたが、考えが浅かったと反省している。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 民主主義も全体主義も、啓蒙主義にルーツを持つ自由を内包している。全体主義においては、全ての人間が絶対的な理性を等しく有しているから、完全に自由に振る舞うことができる。その振る舞いは皆同じであるため、自由が衝突することがない。だが、概念上はそうであっても、実際に完全に自由に振る舞えるのは独裁者だけであり、独裁者の自由な意思が全てとされる社会では、人々の現実的な多様性は圧殺される。よって、全体主義は、理念的には自由を掲げながら、現実には大多数の自由を犠牲にするという矛盾を露呈する。

 他方、民主主義の場合は完全な理性を前提としない。理性には欠陥がある。それゆえ、ある人が自由に振る舞うと、別の人の自由を害する恐れがある。そうした利害を調整するためのメカニズムとして民主主義が採用されている。ソ連の自由とアメリカの自由は中身がまるで違うから、両国が日本に自由を教えるために結託したなどというのはちゃんちゃらおかしな話である。

 本書によると、アメリカがソ連と一緒に戦っているのは「偶然の一致」(ジョージ・ケナン)だったそうだ。何ともあっさりとした理由である。トルーマンは大統領になる前の1941年に、「我々としてはドイツが勝っているようであればソ連を助け、ソ連が勝っているようであればドイツを助けるべきである。そうすることでドイツとソ連ができるだけ多く殺し合うことになるであろう。ただし私はいかなる状況であれ、ヒトラー・ドイツの勝利を望まない」と、品性に欠く発言をしたそうだ。つまり、共産主義のソ連もナチスのドイツも恐るべき全体主義であるが、ドイツの方がより脅威であるから、ソ連は味方にしておこうというわけである。

 だが、1917年にレーニンが共産主義的な国際秩序を提唱した時、ウィルソンはこれに対抗する形で自由主義的な国際秩序を提唱している(後の国際連盟につながった)。ということは、1917年の時点で、既にアメリカはソ連の共産主義を警戒していたのであり、なぜそれ以降約20年にわたってその脅威に対処しなかったのかという疑問は生じる。また、共産主義という明確なイデオロギーを持つソ連よりも、1930年代に突然表舞台に登場し、アーリア人至上主義と徹底的なユダヤ人排斥以外にこれといった思想を持たないナチス・ドイツの方を恐れた理由が何であったのかもはっきりしない。今後も考察を続けたい論点である。

 さて、ブログ本館では度々、大国は二項対立的な発想をすると書いてきた。米ソ関係が最も解りやすいため、米ソ関係で説明する。矛盾するようだが、大国は自国の存続のために敵国を必要とする。アメリカは別の大国ソ連を敵として設定する。これが第一段階の二項対立である。ただ、大国も一枚岩で敵国に向かうわけではなく、国内は分裂する。これが第二段階の二項対立である。アメリカ国内は反ソ派と親ソ派に分かれる。同様に、ソ連国内は反米派と親米派に分かれる。アメリカで反ソ派が、ソ連で反米派が主流になる時、両国の緊張は最大となる。ただし、お互いに戦意が高まりすぎており、本当に武力衝突が起きると破滅的な結果が予想されるから、実はこのパターンでは戦争に発展しにくい。

 一方、政権交代などによってアメリカで親ソ派が、ソ連で親米派が台頭すると、対話ムードが生まれ、軍縮へと向かいやすい。戦争リスクが高まるのは、アメリカで親ソ派が、ソ連で反米派が主流になるといった具合に、均衡が崩れる時である。アメリカはソ連と融和したいが、ソ連はアメリカと戦いたくて仕方がない。ソ連からの圧力を受けたアメリカでは、非主流派である反ソ派の声がだんだんと大きくなり、主流派の親ソ派を戦争へと傾かせる。親ソ派はやむなくソ連と戦火を交えるものの、根が親ソであるからソ連に勝つ気はなく、ソ連の前に屈する。アメリカで反ソ派が、ソ連で親米派が主流になった時には、逆の現象が起きる。

 本書を読むと、

 ・第2次世界大戦ではソ連と一緒に戦いながら、内心では反ソであったフランクリン・ルーズベルト
 ・口先ではソ連を全体主義と批判しつつも、限定的な封じ込め作戦にとどまると同時に、中国をソ連に渡した点でソ連寄りであったトルーマン
 ・軍事費削減とソフト・パワーによる外交を掲げてソ連寄りであったアイゼンハワー(ただし、軍事費は減ったが核兵器は増えた)
 ・キューバ危機を経験し、反ソであったケネディ
 ・ソ連との外交樹立(1933年)以来アメリカがソ連と締結した協定数を上回る協定を在任期間中に締結しソ連寄りであったジョンソン
 ・デタント(雪解け)の象徴でソ連寄りであったニクソン
 ・逆に、反デタントを掲げ、反ソであったジャクソン
 ・ヘルシンキ宣言(1975年)という、一見するとソ連の外交の勝利に見える取り決めを結びながら、実は東欧で人権問題を監視するグループを発足させて、後の東欧諸国の共産体制崩壊を招く一因を作るなど、反ソであったフォード
 ・最初はデタントの再活性化に取り組んだが、ソ連のアフガニスタン侵攻を受けて軍事的封じ込めを復活させ、反ソであったカーター

と、アメリカでは政権交代を機に、ソ連に対する態度が変化している。本書は冷戦をアメリカ側から考察したものであるため、ソ連側の視点が少ないのだが、アメリカの政権交代と連動して、ソ連国内でどんな動きがあったのか分析してみたいものだ(ソ連のトップは共産党書記長であるが、アメリカの大統領よりもはるかに任期が長い。特定の書記長の態度が任期途中で変化することは、後に述べるゴルバチョフを除いてほとんどないと思われ、アメリカの政権交代を契機に、反米派と親米派のどちらかが書記長の近くで主流派の椅子を固めることにより、ソ連全体としての態度を形成していたという仮説を持っている)。

 アメリカ大統領で注目すべきは、カーターの次のレーガンである。彼はソ連を激しく批判し、NATOにINF(中距離弾道ミサイル)を配備させるなど、かなりの反ソであった。ところが、ヨーロッパでINF配備に対する強い反対運動が起き、国内でも核凍結運動が広がると、いわゆるレーガノミクスで経済が好調だったにもかかわらず、軍事費の増大により財政赤字が拡大している点を問題視するようになった。また、1983年のNATOの大規模軍事演習がソ連に相当な心理的ダメージを与えたこともあって、ソ連に対する態度を一転させ、ソ連に接近し始めた。

 当時のソ連の書記長はゴルバチョフであった。ペレストロイカ、グラスノスチを掲げて改革路線を進めたゴルバチョフであるが、最初は反米であり、アメリカの軍拡に対抗して軍事費を増やし続けていた。しかしながら、国内経済が不振を極め、アフガニスタン支援の見直しなど軍事費削減の必要に迫られるようになると、アメリカに対する態度を一転させ、アメリカに接近し始めた。そして、核実験の停止を提案し、核保有国の核兵器廃棄を求めた。両国の外交は、INF条約の締結(1987年)という形で具体的な成果に結びついた。

 レーガンの後に大統領となったブッシュ(父)は反ソであり、冷戦終結の前提としてポーランドとハンガリーの自由化・民主化、すなわち共産党体制からの脱却を挙げた。また、ブッシュの時代にはオーストリアの国境開放が実現し、東ドイツ国民が大量に流出した。これがベルリンの壁の崩壊(1989年)につながり、事実上冷戦は終結した。ヨーロッパにおける一連の動きに対して、ゴルバチョフはもはやソ連軍を送らなかった。アメリカは反ソ派(ブッシュ)が、ソ連は親米派(ゴルバチョフ)が主流となり、均衡が崩れて戦争リスクが高まったわけだが、冷戦は文字通り戦火を交えない戦争であったから、アメリカがソ連を押し切って、ベルリンの壁の崩壊という非軍事的要因をもって戦争を終結させたと言える。

 実は、冷戦の終結時期については、世界で見ても統一的な見解がない。通常の戦争と異なり、終戦宣言もなければ当事国間の条約もないからだ。本書の著者は、ベルリンの壁の崩壊とそれに続く東西ドイツ統一によって冷戦が終結したという立場である。ソ連崩壊は冷戦終結とは直接関係のない事象だとしている。しかし、そもそも冷戦とは冒頭で述べたように自由主義と全体主義の戦いであるから、どちらかを完全に打ち砕いたという事実をもって終結とするべきではないかという気がする。この点が非常に曖昧であるから、現在、中国というもう1つのモンスター共産主義国家の台頭を許してしまっているように思える。

 平成という時代が来年4月末で終わることから、「平成とはどういう時代であったか?」という問いがしばしば投げかけられる。「平成」という区切りは日本国内の事情によるものであるから、世界情勢と結びつけるのは不適切だろうと思いながら敢えてこの問いに答えるならば、「平成とは、冷戦が終わったと思っていたのに、実は終わっていなかった時代」と位置づける。

 その中国に対し、20世紀に熱心にアプローチしたのがニクソンとキッシンジャーである。一般に、フルシチョフによる毛沢東批判に端を発する中ソ対立につけ込んで、中国をアメリカの味方にすることで、ソ連を封じ込めるのが目的だったと言われる。しかし、本書によれば、ニクソンは米ソデタントに非常に熱心であった。ニクソンが中国との関係を改善させると、ソ連はまるで中国をアメリカに取られたことに嫉妬したかのようにアメリカに接近し、米ソ関係も改善した。

 個人的には、このデタントを仕掛けたのは、親ソ派ではなく、実は反ソ派であったのではないかと考える。デタントは東西交流の活性化を目指していたが、特にアメリカからソ連に対して、文化、芸術、思想、技術などを伝達することを目的としていた。ソ連は閉鎖的な国家であったため、自国の文化などを輸出することができなかったのに対し、アメリカは自由主義国家であるから、それを行うのは容易であった(旧ブログの記事「旧ソ連の共産主義が敗れたのは大衆文化を輸出しなかったせい?―『ソフト・パワー』(1)(2)」を参照)。アメリカの自由な文化や思想に触れたソ連の国民は、自国の政治体制に不信感を抱くようになり、体制を転覆させる―これが反ソ派の狙いであった。

 反ソ派は、デタントによって長期的にはソ連が崩壊すると読んでいた。だが、そうすると大国アメリカの敵がいなくなってしまう。そこで、ソ連と同じ共産主義国家である中国に目をつけ、中国を大国に育て上げて、将来の敵国にしようと目論んだ。そんな反ソ派の思惑を知らない親ソ派は、反ソ派の口車に乗せられて米ソデタントに走った。その勢いで、親ソ派は親中派となり、中国を積極的に支援するようになった。当時の中国は共産主義国とはいえ、経済的にも軍事的にもひ弱であった。親中派は、過去にアメリカが第三世界に介入して親米政権を樹立させたのと同様に、中国を親米国家に転換するつもりだった。

 半世紀近く前の中国は軟弱であり、反米派と親米派が未分離であった。誰が反米で、誰が親米か解らない、そもそも反米―親米という区分があるのかさえ解らなかったため、アメリカの親中派は手当たり次第に中国人を支援した。その結果、中国はあれよあれよと大国の地位まで上り詰めた。そして、大国の流儀に倣って、国内に反米派対親米派という二項対立を確立した。支援した中国人から多くの反米派が生まれるのを見て、『China 2049』を著したマイケル・ピルズベリーのような親中派は「騙された」と思った。一方、反ソ派は反中派に転じて、当初の狙い通り、大国となった中国の反米派と対峙することになった。

 だが、アメリカの親中派と中国の親米派は、意外と国内で力を持っているように思える。ピルズベリーが中国の「100年戦略」をすっぱ抜いても、アメリカの民間シンクタンク「プロジェクト2049研究所」が中国による台湾侵攻や尖閣諸島奪取の時期をリークしても、中国側は彼らを潰そうとしない。仮に中国の反米派が強ければ、どんな手段を使ってでも彼らを消し去るだろう(ブログ本館の記事「『世界』2018年10月号『安全神話、ふたたび/沖縄 持続する意志』―辺野古基地が米中のプロレスで対中戦略から外れたら沖縄は「他国の紛争に加担しない権利」を主張してよい」を参照)。そして、中国の本当の戦略を特定されないように、高度な情報戦を仕掛けるはずだ。中国がそうした情報戦にあまり積極的でないところを見ると、反米派は思ったほどの力を持っていない可能性がある。

 現在、米中では熾烈な貿易戦争が繰り広げられている。トランプがレーガンに憧れていることは有名だ。レーガンは元々俳優で政治経験がなく、就任当初は知性がないと散々非難されていた。ところが、実際には素晴らしい政治手腕を発揮し、前述のように冷戦終結への道筋をつけるという偉業を成し遂げた。レーガンは、大国の指導者としては珍しく、自分自身を二項対立させ、一方の項から他方の項へと、具体的には反ソからソ連寄りへと途中で態度を転換させた。

 トランプも実業家上がりで政治に疎く、レーガン以上に粗野である。仮にトランプがレーガンを見習うならば、レーガノミクスを真似たトランポノミクスの実現だけでなく、レーガン流の転向を見せるかもしれない。反中から突然中国寄りへと態度を変える可能性である。ここで、中国の習近平が反米を貫けば戦争のリスクが高まり、中国が勝利する確率も上がる。しかし、国内の親米派が一定の力を持っていることから、習近平はゴルバチョフのように、反米からアメリカ寄りへと態度を改める可能性の方が高い。お互いに歩み寄った米中が、ともに日本と協調するのか、逆に日本のはしごを外すのかはよく注視しておかなければならない。

宮田律『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』―カネで外国から尊敬を買える時代はとっくに終わっている


イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか (新潮新書)イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか (新潮新書)
宮田 律

新潮社 2013-09-14

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 この本も、一種の「日本礼賛本」であろう。著者によれば、日本とムスリム社会には、正義の遂行、言行一致、勇敢さ、忍耐、誠実、人情、ウェットな人間関係、面倒見のよさ、集団主義といった共通のメンタリティがあるという。ムスリムは日本の精神をもっと学ぶべきだという風潮があるそうだ。だが、私にはこうしたメンタリティの退廃が日本では著しい速さで進んでいるような気がしてならない。

 明治時代に日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一は、『論語と算盤』という著書の中で、「経済と道徳は両立できる」と説いた。実際には、「『論語』を持って経営をしてみせる」と言っていたぐらいだから、経済よりも道徳の方が優先されると考えていたのだろう。ところが、最近の日本企業では、経済と道徳の優先順位が逆転してしまっているように思える。

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)論語と算盤 (角川ソフィア文庫)
渋沢 栄一

角川学芸出版 2008-10-25

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 企業がそれなりの規模になると、今の成熟社会においてさらに成長するためには、より大きな案件やプロジェクトを取ってこなければならない。そこに、アメリカ式の個人主義、明確な職務定義書、成果主義といった考え方が流入すれば、社員個人の仕事の範囲は限定され、顧客とじかに接する機会が減少することはもちろんのこと、隣の部署、さらには隣の社員が何をやっているかも解らないという状態に陥る。つまり、仕事を通じた人間関係が恐ろしいほどに希薄になる。だから、自分1人ぐらい仕事でミスをごまかしてもバレないだろうと考える輩が出てくる。後から案件やプロジェクトの不正が発覚しても、内部では個々の細分化された仕事が複雑に影響し合っているから、原因の特定が困難になる。

 大きな案件で大変な思いをしたくないという企業は、金融経済に参入する。実体経済は成長が見込めないが、金融経済ではあたかも無尽蔵にマネーを増大させることができるような幻想に浸っている。実際、金融経済は「期待」によって動く世界である。ある対象物の価値が将来的に上がると期待して、その対象物に投資する。実体経済の需要は人口によって制限されるのに対し、期待はあくまでも気持ちであるから、いくらでも膨らませることができる。しかし、膨らみすぎた期待はやがて破裂する、つまりバブルがはじける。すると、金融経済は、次に期待できるものをすぐさま用意する。サブプライムローンが破綻したのならば、次は仮想通貨だといった具合にである。そこには人間関係を差し挟む余地はないし、その経営姿勢の根底には、およそ道徳と呼ぶべきものは見当たらない。

 このようにして崩れた人間関係を取り戻そうと、我々はSNSに飛びついたが、匿名を基本とするtwitterは常に誰かを炎上させようと狙っている意地悪なツールになってしまったし、実名公開を基本とするFacebookも、自分がいかに充実した日常生活を送っているかを自慢する自己本位な場を超えないと感じる。インターネットの世界では、匿名だから罵詈雑言が飛び交うのであって、実名ならばそんなことはないと信じられていたのに、ほぼ実名公開に近いLINEでは、子どものいじめが問題になっている。匿名か実名かは関係ないのである。

 SNSは人間関係を取り戻すには不十分である。真の人間関係とは、何よりもまず生身の他者と直接対峙することである。そして、自らの透明度を高めて、自分が何者であるかを極限まで開示する。すると、相手が自分を信頼してくれるようになる。同時に、「相手が自分のことを十分に知っている以上、それとは矛盾する行動や、相手を裏切るような行為は絶対にできない」という緊張感が生まれる。相手からの信頼を資源として、相手が何を必要としているのか、どのような価値を求めているのかをくまなく読み取る。それを受けて、相手との間にある緊張感で身を律しながら、相手の要求の端々にまで厳格な姿勢で応えていく。これが正義、勇敢さ、誠実といったメンタリティではないかと思う。
 日本には政治的野心がなく、日本が主に望むのは経済交流だということを(※ウズベキスタンの)大統領も知っていて、日本に対して何か政治的役割を果たしてほしいという発言は聞かれなかった。
 これが本書の中で最も私を悲しくさせた一文である。イスラームの国々が日本を尊敬しているといっても、結局は経済支援がその理由なのである。要するに、イスラームの国々からの尊敬は、カネで買ったものにすぎない。だが、カネしか出さない国は、国際社会から本当の意味では評価されないことを我々は湾岸戦争で学んだはずである。1991年の湾岸戦争の時、日本は総額130億ドル(約1兆5,500億円)もの巨額の資金を多国籍軍に提供した。クウェート政府はアメリカの主要な新聞に感謝広告を掲載したが、「クウェート解放のために努力してくれた国々」の中に日本の名前はなかった。これが国際社会の現実である。

 アメリカやロシアのように、中東の国々の政治・経済体制を自国にとって有利なように強制変更させるような政治的野心は持つ必要はない。しかし、小国である中東の国々が紛争を減らすことができるような国家作りの支援ならば、同じ小国である日本にもできるはず、いや日本がすべきであると考える。ブログ本館の記事「『正論』2018年8月号『ここでしか読めない米朝首脳会談の真実』―大国の二項対立、小国の二項混合、同盟の意義について(試論)」でも書いたように、大国であるアメリカとロシアは、二項対立関係にある双方が直接衝突するとあまりにも大規模な戦争に発展してしまうため、自国にとって味方となる小国を集め、その小国に代理戦争をさせている。その典型が中東である。

 小国は大国の思惑通りに代理戦争に巻き込まれるのを防ぐため、対立する両大国の政治、経済、社会、軍事制度などの諸要素を”二項混合”的に吸収し、自国の歴史、伝統、文化の上に独自の国家体制を構築する。さらに、独自の国家体制のメリットや価値を両大国に訴求する。これによって、小国は独立性を保ちつつ、スパイ活動という危険を冒さなくとも、アメリカの情報がその小国を通じてロシアに、ロシアの情報がその小国を通じてアメリカに渡るという状況を作り出すことができ、双方ともその小国には簡単に手出しができなくなる。同時に、代理戦争によって対立していた近隣の小国にも同様のアプローチを取るように促し、代理戦争そのものを無効化する。これを「ちゃんぽん戦略」と呼んでいる。

 中東で紛争が絶えない原因は、もちろんアメリカとロシアの過剰な介入にも原因があるのだが、ムスリムは基本的に二項対立的な世界観に生きているからでもある。セム系のムスリムは二項対立的な発想をすると指摘したのは山本七平であった。大国同士は、二項対立的発想が深刻な紛争を招くのを防ぐ仕組みを自国の中に持っている。ところが、中東の小国が二項対立的な発想をすると、自国=正義、他国=敵という構図を生み出しやすく、紛争の温床になる。

 本書で紹介されている例で言えば、ハワーリジュ派は、この世界を「信仰」と「不信心」、「ムスリム(神への追従者)」と「非ムスリム(神の敵)」、「平和」と「戦争」に分けて考える。サウジアラビアのワッハーブ派も、全てのムスリムは不信心者と戦う義務があると考えている。エジプトのサイイド・クトゥブは、世界は善の力と悪の力、神の支配に服従する者とそれに敵対する者、神の党派と悪魔の党派に分かれると主張した。基本的に、彼らにとっての敵とは欧米諸国のことなのだが、矛先が中東の近隣諸国に向けられると紛争が勃発する。

 セム系の二項対立的な発想は彼らの本質であるから、その思考回路を変えるのは容易ではないだろう。日本は神仏習合に見られるように、歴史的に見れば二項混合的な発想をすることに抵抗のない国であるものの、本格的に二項混合を行うようになったのは明治維新以降と考えてよい。歴史の浅さというハンディキャップを乗り越え、イスラームの本質を十分に理解した上で、中東のそれぞれの小国がそれぞれの国のやり方で二項混合的な国家建設を行うのを支援することが、日本にできる政治的貢献であると考える。

 「イスラームの本質を十分に理解した上で」と書いたが、中東を政治的に支援するにあたって難題となるのがコーラン(クルアーン)の扱いである。西欧諸国にとっては、法治国家は宗教から切り離されたものというのが当然のこととされている。しかし、中東においては、コーランとそれを法源とするイスラム法という宗教が共同体や人々の生活を規定する法律として立派に機能している。

 そもそも、何が宗教で何が法律なのか、厳格に線引きをすることは非常に難しい。西欧諸国は、近代法は啓蒙主義の洗礼を受けた合理的なものであり、宗教は前近代的であると批判する。しかし、例えば、「殺人を犯した者は懲役15年以下に処する」という法律があった場合、「懲役15年以下」という量刑にどれほどの合理性があるか説明できる人は皆無に等しいだろう。他の刑罰の選択肢もあるのに(中世には様々な刑罰の種類があった)、なぜ懲役が選ばれたのか、15年以下という長さがなぜ妥当なのか、これらの問いに対する合理的な答えはない。人々が何となくそういう刑罰、そのぐらいの刑罰に処すれば、社会的制裁として十分であろうと「信じている」からにすぎない。

 やや話が逸れるが、西欧諸国、もっと範囲を広げて、日本を含む資本主義国は、見方を変えると皆宗教国家である。資本主義国家が崇めているのは貨幣である。貨幣など、物質的にはただのコインや紙切れである。しかし、そのコインや紙切れに価値があり、モノやサービスの価値を可視化することができ、さらにモノやサービスと交換可能であると広く人々が信じているのが資本主義国家である。資本主義とは、貨幣礼賛教のことだと言い換えてもよいだろう。

 貨幣も、その価値や使途に関するルールを内包している存在であると広くとらえれば、宗教と法律とを厳密に区分することはいよいよ難しくなる。ブログ本館の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?」で書いたように、中東においては、宗教国家という方向性を真面目に検討してもよいと思う。日本は明治時代に神道を国教として宗教国家を目指し、太平洋戦争によって大きな痛手を被った経験がある。日本は、自らの歴史を踏まえながら、健全に機能する宗教国家の条件を提示することができるのではないかと考える。

 法律も宗教も、「共同体や社会の中で、他者に迷惑をかけずに生きるにはどうすればよいのか?」、「他者に対してより積極的に貢献するには何をすればよいのか?」といった問いに対する答えを示している。法律は国家の権力をバックに、宗教は神の存在をバックに、これらのルールを明確にしたものである。そして、法律や宗教にルールを供給しているのが、道徳である。安岡正篤によれば、道徳の存在なくして法律も宗教も生まれない。道徳、法律、宗教は密接な関係にある(『「人間」としての生き方』〔PHP研究所、2008年〕)。

「人間」としての生き方 (PHP文庫)「人間」としての生き方 (PHP文庫)
安岡 正篤 安岡 正泰

PHP研究所 2008-03-03

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 今、日本が中東各国を支援するには、本記事の前半で述べた「道徳の喪失」という問題を解決しなければならない。道徳を取り戻した日本がちゃんぽん戦略の実行と宗教国家の構築という、言わばソフトとハードの両面からサポートをする時、日本は本当に中東から尊敬される国になるであろう。著者は、中東では日本のポップカルチャーが人気だから、日本は中東から尊敬されていると言う。しかし、ポップカルチャーは流行に左右されやすいものであり、ムスリムがそれに飽きれば日本は簡単にポイ捨てにされる。国際貢献の何たるかを理解していれば、こんな軽薄な発言は出てこないはずである。

陳破空『米中激突―戦争か取引か』―台湾を独立させれば中国共産党は崩壊する


米中激突 戦争か取引か (文春新書)米中激突 戦争か取引か (文春新書)
陳 破空

文藝春秋 2017-07-20

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 さらに重要なポイントは、ここで言う「我々の」とは、「アメリカの『一つの中国』政策」という意味であり、「中国の『一つの中国』政策」ではない、という点である。言いかえれば、「一つの中国」政策について、北京には北京の、ワシントンにはワシントンの見解がそれぞれあり、2つは別物である、ということだ。

 北京の見解とは、「世界には一つの中国があるだけで、大陸と台湾は、共に一つの中国に属し、中華人民共和国政府こそが中国を代表する唯一の合法政府である」というもので、ワシントンの見解とは、「アメリカの『一つの中国』政策とは『米中間の3つのコミュニケ(上海コミュニケとも言われる、1972年2月のニクソン大統領の訪中に関する米中共同声明など)』、アメリカの『台湾関係法』、アメリカ議会の『台湾に対する6つの保証』などの法案に基づくもの」というものである。
 ブログ本館で、現代の大国であるアメリカ、ドイツ、中国、ロシアはいずれも二項対立的な発想で動くという特徴があると書いてきた。こうした伝統は、少なくとも「正」に対しては「反」が存在すると主張したヘーゲルにまで遡ることができる。私の二項対立論はまだ非常に軟弱なのだが、改めて整理すると次のようになる。

 今、A国とB国という2つの大国が二項対立的な関係にあるとする。実はA国とB国の国内も二項対立になっており、A国内には反B派(A国政府派)と親B派(A国反政府派)が、B国内には反A派(B国政府派)と親A派(B国反政府派)が存在する。最前線で観察できるのは、A国の反B派とB国の反A派の激しい対立である。だが、もう少し詳しく見ていくと、そこには複雑な関係がある。まず、A国の反B派はB国の親A派を、B国の反A派はA国の親B派を支援している。さらに、A国の親B派とB国の親A派は裏でつながっている。これによって、A国内の反B派と親B派、B国内の反A派と親A派も対立する。これが大国同士の二項対立の構造である。この構造の利点は、A国・B国ともに、国内の対立の処理に配慮せざるを得ず、両国が全面的に対立しなくても済むという点である。

 二項対立のもう1つの利点は、一方が誤りだと判明した場合、すぐさまもう一方が正として前面に出てくるということである。仮に、上記の例で、A国内の反B派が誤りであることが判明したとしよう。すると、反B派と親B派の立場が逆転する(親B派がA国政府派になり、反B派がA国反政府派になる)。そして、A国の動きに呼応して、B国でも同様の逆転が生じる。その結果、表面的にはA国の親B派とB国の親A派が手を結ぶようになる。しかし、両国は完全に同じ船に乗っているわけではない。依然としてA国内には反B派が、B国内には反A派がいる。A国の親B派はB国の反A派と、B国の親A派はA国の反B派と対立する。さらに、A国内では親B派と反B派が、B国内では親A派と反A派が対立する。

 日本人的発想に立つと、せっかくA国の親B派とB国の親A派が仲良くしているのだから、その関係を保てばよいのにと思うところだが、この複雑な関係にもメリットがある。それは、大国同士が完全に融合して、超大国が誕生するのを防ぐことができるということである。二項対立の関係にある大国は、右手で殴り合いながら左手で握手をしているようなものであり、状況に応じて殴る右手の方が強いか、握手をする左手の方が強いかという違いが生じるにすぎない。こうした関係を通じて、大国は勢力均衡を保っている。

 仮に、A国内で二項対立が消えたとしよう。A国は国全体が反B派になるか、親B派になる。つまり、A国が全体主義になったケースである。A国全体が反B派になった場合、A国はB国を潰しにかかる。親B派になった場合、A国はB国を吞み込もうとする。いずれにしても、A国の全体主義の目的は、B国を完全に消滅させることである。全体主義の場合、国内対立がもはや見られないため、B国に向かうエネルギーを抑制する要素がない。A国は全力でB国に向かってくる。

 全体主義は、人間の理性が完全無欠であることを前提としている(以前の記事「大井正、寺沢恒信『世界十五大哲学』―私の「全体主義」観は「ヘーゲル左派」に近いと解った」を参照)。だが、歴史が証明しているように、人間の理性が無謬であることはあり得ない。国の方向性が間違っていることに気づいた国民は、やがて国家に対して反旗を翻す。二項対立的な発想をしていれば、反対派を国内の二項対立の構造に押し込めて対処することもできるが、全体主義国にはそうした装置がない。したがって、全体主義国は反対派を抹殺するしかない。だが、国家による暴力は国民のさらなる反発を招き、やがては自壊に至る。

 前置きが長くなってしまったが、米中関係を二項対立の構図でとらえてみたいと思う。まず、中国は内部に中華人民共和国(=反米派)と台湾(=親米派)という二項対立を抱えている。一方のアメリカは、反中派(=親台湾派)と親中派(=反台湾派)という二項対立を抱えている。表面的にまず観察されるのは、中華人民共和国とアメリカの反中派の対立である。加えて、中華人民共和国はアメリカの親中派を支援し、アメリカの反中派は台湾を支援する。これによって、アメリカ国内の反中派と親中派、中国内の中華人民共和国と台湾の対立が激化する。

 中国の場合、中華人民共和国と台湾の関係が入れ替わることがないというのが難点だが、形式上は一応、大国同士の二項対立の構図に収まっている。中華人民共和国が共産党の一党独裁でありながら崩壊しないのは、逆説的だが台湾という対立項を内部に抱えているからだと私は考えている。

 だから、逆に言えば、中華人民共和国、正確には中国共産党を崩壊させようとするのであれば、アメリカは台湾を独立させてしまえばよい。そうすると中国は全体主義に陥る。中国は、中華人民共和国と台湾の関係が固定的であるため、国内で反乱分子が生じた際にそれを国内の二項対立の構図で処理する術を持たない(反乱分子を台湾に押し込めるわけにはいかない)。簡単に言えば、反乱分子の取り扱いに慣れていない。そのため、現時点で既に、年間約18万回の暴動が起き、約10万人の共産党関係者が逮捕・検挙され、約100万人の国民が取り締まりを受けているという。この国家が全体主義に陥った時、内乱が拡大し、自ずと崩壊の道をたどるであろう(ただし、崩壊するのは中国共産党であって、中国自体は二項対立的な発想に従って新たな国家を建設するに違いない)。

『2017総予測/経済学者・経営学者・エコノミスト107人が選んだ 2016年『ベスト経済書』(『週刊ダイヤモンド』2016年12月31日・2017年1月7日合併号)』


週刊ダイヤモンド 2016年12/31 2017年1/7合併号 [雑誌]週刊ダイヤモンド 2016年12/31 2017年1/7合併号 [雑誌]
ダイヤモンド社 週刊ダイヤモンド編集部

ダイヤモンド社 2016-12-26

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 ○”2大ギャング”米中の間をしたたかに泳ぐフィリピン・ドゥテルテ大統領。米中の派遣が拮抗する現状が続く限り、フィリピンはキャスティングボートを握って自国の影響力を最大化できる(p61)。
 ⇒大国は二項対立的な発想をするのが宿命である。小国は二項対立の一方に過度に肩入れすると、自国が大国同士の代理戦争の場となり危険である。あまりいい表現ではないが、対立する双方の大国に美人顔をして、双方のいいところ取りをする”ちゃんぽん戦略”が有効である。日本もこれを見習うべきである。
(「大庭三枝編『東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差』」、「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」を参照)

 ○橋本龍太郎政権から森嘉朗政権までの日ロ関係が良好な時代には、中国や韓国は日本に対して大人しかった。中韓がかしかましくなったのは、小泉政権で米国一辺倒になってからである(p67)。
 ⇒前項とも関連。小国が対立する大国の一方のみにべったりくっつくのは危険である。現在の安部政権も日米同盟を重視しているものの、それがかえって中国との対立を深刻化する可能性がある。そして、被害に遭うのは日本である。
(「山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない」を参照)

 ○アメリカは中国と対抗しているように見えて、他方で両国は各種シンクタンクなどを通じて、戦略対話を数多くやっている(p69)。
 ⇒大国の二項対立は、実は複雑である。米中の対立を例に取ると、表向きはアメリカVS中国であるが、アメリカの中には少数だが親中派が、中国の中には同じく少数だが親米派がいる。アメリカの親中派と中国の親米派は裏でこっそりつながっている。アメリカの反中派は親中派のことが、中国の反米派は親米派のことが気に食わない。すると、アメリカでは反中派と親中派が対立し、反中派が勢いづく。同様にして、中国では反米派が勢いづく。こうして二項対立はさらに加速する。ただし、大国同士が本気で衝突すれば壊滅的なダメージを受けることは目に見えているので、大国は対立をギリギリで回避する。
(「アメリカの「二項対立」的発想に関する整理(試論)」を参照)

 ○現在、日本の産業全体で起きていることは、業界や企業の枠を超えた提携である。金融業界では、フィンテックに代表されるように、金融業界とITベンチャー業界が連携して新しいサービスの開発を目指している(p82)。
 ⇒日本の巨大な重層的ピラミッド社会では、垂直方向に「下剋上」と「下問」が、水平方向に「コラボレーション」が行われるのが理想であると書いた。日本企業も一時期アメリカ企業のような自前主義に走ったことがあったが、再び水平方向のコラボレーションが活発化しているのはよい傾向だと思う。
(「日本企業が陥りやすい10の罠・弱点(1)(2)」を参照)

 ○マクドナルドは「ポートフォリオ経営をするつもりはない」と言う。しかし、業界関係者は「近年はマクドナルドやワタミの業績悪化で、単一チェーンの限界をリアルに感じる」と語る(p113)。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 ⇒私がよく使う「必需品か非必需品か?」という軸と「製品・サービスの欠陥が顧客の生命や事業に与えるリスクが大きいか否か?」という軸で構成されるマトリクス図に従うと、マクドナルドはどの象限に該当するのか私も判断に迷う。熱狂的なマクドナルドフリークがいる一方で、マクドナルドのことを徹底的に嫌っている消費者も一定数いるという意味では、【象限③】に該当するかもしれない。この場合、イノベーションが全世界に普及した後は、自社株の購入や配当によって株主に報いながら静かに衰退していくのが運命である。

 一方、マクドナルドは消費者にとって欠かせない存在になったというのであれば、【象限①】に該当する。【象限①】のKSF(Key Success Factor:重要成功要因)は、消費者の消費プロセスを広くカバーするために、多角的に事業を行うか、水平連携を行うことである。多くの飲食店チェーンが異なる業態を抱えているのは、消費者の毎日の食事を取り込むためである。マクドナルドが【象限①】、【象限③】のどちらに該当するにせよ、現在の戦略のままではどうしても苦しい。
(「【シリーズ】現代アメリカ企業経営論」を参照)

 ○過労死の実態に対し社会的な関心を維持していくことも重要だが、消費者一人一人が、自らの消費行動が「労働者の過労死につながる長時間労働や深夜労働を強いていないか」と思いを致すことも重要である(p141)。
 ⇒企業が環境の破壊や人権の蹂躙などの社会的問題を引き起こすのは、顧客からの厳しすぎる要求も一因である。企業が環境や人権に配慮したビジネスモデルを構築することはもちろん重要であるが、最も重要なのは顧客の啓蒙ではないかと考える。我々は、企業に対して過剰な要求をせず、多少の不便や欠陥は許容するぐらいの寛容さを身につける必要があるだろう。
(「『持続可能性 新たな優位を求めて(DHBR2013年4月号)』―顧客を啓蒙するサステナビリティ指標の開発がカギ」を参照)

 ○人口減少社会に突入した現代の日本では、地域で何が課題になっているのか、自ら考えて行動することが強く求められているのに対して、地方の多くが中央集権型の行政運営に慣れてしまっているのが実情である(p150)。
 ⇒日本は最も成功した社会主義国家であると言われるように、国家・政府主導型で急激な経済成長をもたらしてきた。明治時代も戦後もそうである。しかし、日本の歴史全体を見渡してみると、中央集権型で国家が運営されてきた時代は例外なのではないかと考える。江戸時代などは、何百もの藩が並立する分権型社会であった。そして、この分権型社会こそ日本の強みであり、今はそれをもう一度取り戻す時期に来ているように思える。

 残念ながら、現在の地方は中央の言いなりであり、中央が描いた計画に裏書きをしているだけである。地方は、中央が示す大枠に対して、「我々はこうしたいのだ」と強く自己主張することが重要である。一方の中央も、地方に分権化するからと言って、地方に丸投げするようなことがあってはならない。中央は基本的な方針をはっきりと示し、地方に十分な権限を委譲することが肝要である。
(「『アベノミクス破綻(『世界』2016年4月号)』」を参照)

伊藤之雄『元老―近代日本の真の指導者たち』


元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)元老―近代日本の真の指導者たち (中公新書)
伊藤 之雄

中央公論新社 2016-06-21

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 ブログ本館の記事で、「日本社会は権力構造が多重化している方が安定する」、「大国が二項対立的発想をするのに対し、小国である日本は二項混合(時に多項混合)的発想をする」といったことを何度か書いてきた。ここで私の考えをもう一度整理すると次のようなことになる。

 日本では、階層社会のある層に対して対立項が登場すると、対立項が元の層の”下に”挿入されて階層が増え、さらに下位の層から上位の層に対して下剋上(山本七平『日本の歴史(下)』より)が行われる。この下剋上は、上の階層を打倒することを目的としない。あくまでも下の階層にとどまりながら、上の階層からの命令に対して自由を発揮し、結果的に上の階層を変質せしめるものである。

 いくつか例を挙げよう。日本には元々神道があったが、6世紀に百済から仏教が伝わると、時の為政者は国家を治めるために仏教を活用するようになった。しかし、依然として天皇は祭祀を行う存在であり、そこには神道―仏教という上下関係が成立していた。やがて時代が下ると、「神仏習合」という考え方が生まれ、仏がこの世に姿を現したものが神であると解釈され始めた。神々を中心に記述された古事記や日本書紀も、仏の名前に書き換えられた。ここで重要なのは、仏教の方が優勢でありながら、仏教は決して神道を駆逐しなかったことである。

 日本は古代から天皇が頂点に君臨する政治システムを採用している。平安時代には、藤原氏が摂政・関白という、天皇を補佐する下位のポストを活用して実権を握ったことがあった。しかし、藤原氏には天皇を打倒する意思はなかった。鎌倉時代以降は武家社会となるわけだが、幕府もまた、朝廷の下に就いて政治を行った。江戸時代の禁中並公家諸法度などのように、幕府が朝廷を拘束することもあったものの、幕府は朝廷を絶対に排撃しなかった。幕府の内部でも階層が多層化したことがある。鎌倉時代には、将軍を補佐する執権が長く影響力を保った。だが、執権が将軍に取って代わろうとすることはなかった。

 近代になると、資本主義と社会主義の対立が起きた。ところが、日本の場合は、企業ごとに労働組合が結成され、労働組合が経営者の下に入り込んで、経営者との協調路線を敷いた。労働組合の目的は経営者を倒すことではなく、マネジメントの質を向上させることであった。また、別の見方をすると、資本主義と社会主義の対立は、企業と企業に対して労働力を供給する家庭との対立でもあった。ここでも両者は全面的に争うのではなく、家族側から社会保障面の要求が寄せられて、企業が福利厚生を充実させていくという動きが見られた。

 ここで、私の頭を悩ませたのが「元老」であった。元老とは、戦前の日本において、政府の最高首脳であった重臣である。大日本帝国憲法には定めがなかったが、勅命または勅語によって元老としての地位を得て、主権者たる天皇の諮問に答えて内閣総辞職の際の後継内閣総理大臣の奏薦、開戦・講和・同盟締結などに関する国家の最高意思決定に参与した。元老は内閣よりも”上の”立場に立つ。下位層ではなく、上位層が追加されるという事象をどのように説明すればよいのかが、最近の私の課題であった(ブログ本館の記事「『共産主義者は眠らせない/先制攻撃を可能にする(『正論』2016年5月号)』―保守のオヤジ臭さに耐えられない若者が心配だ、他」も参照)。

 本書は、元老研究に関する1冊である。著者によると、元老とは伊藤博文、黒田清隆、井上馨、山県有朋、松方正義、西郷従道、大山巌、西園寺公望の8人である。著者は膨大な文献を丁寧に読み込み、桂太郎や大隈重信を元老と扱う説や、内大臣と元老が協調して後継総理の推薦を行っていたとする「元老・内大臣方式」などの説をことごとく否定している。元老が西園寺1人となり、かなりの高齢となった後も、西園寺が強い影響力を及ぼしていたことを解き明かしている。

 本書を読んで、元老は、内閣の上に挿入された新しい階層ではなく、日本に内閣制度が根づくまでの暫定的な慣例であるとの考えに至った。つまり、明治時代には幕府が倒れて天皇親政となり、天皇が統治権(立法権、行政権、司法権)を握ったわけだが、実際には天皇の下位に内閣(実は、帝国憲法には内閣の定めがない)という新しい層を挿入して、内閣に天皇を輔弼させることにした。ただし、いきなり内閣、特に総理大臣(これもまた帝国憲法に定めがない)が機能する保証がなかった。そこで、明治初期の激動を生き抜いた元老という一部の有力者に後継の総理大臣を選ばせたと解釈できる。

 元老は、このような方式をいつまでも続けるつもりではなかった。元老が見据えていたのは、イギリスのような議院内閣制である。そこでは、成熟した政党が国会に存在し、衆議院で第1党(もしくは第2党)を獲得した政党から内閣総理大臣が選出され、他の国務大臣も政党出身者で占められることが理想とされた。すなわち、現代のような政党政治である。ここにおいて、天皇―(元老―)帝国議会―政党―内閣という上下関係が成立する。元老は、この多重構造を実現させるためのつなぎの制度であった(ただし、帝国議会は単に天皇の立法権を協賛する機関であり、権限は非常に弱かった)。

 残念であったのは、最後の元老・西園寺が倒れた後、昭和天皇が帝国憲法の枠内ギリギリのところで後継総理大臣の選出に関わろうとし、議院内閣制が機能しなかったことである。また、軍拡を主張する陸軍が、本来の意味での下剋上を果たして国会や政党を無用としてしまい、陸軍の息のかかった人間を総理大臣に据えてしまったことである。ここに、天皇≒陸軍という、極めて単層的な社会ができ上がる。そして、単層的な社会は、容易に全体主義へと流れていく。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を抱えながら頑張っています。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
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