中国――とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国"のカラクリ - 在米中国人経済学者の精緻な分析で浮かび上がる - (ワニブックスPLUS新書)
何 清漣 程 暁農 中川 友

ワニブックス 2017-05-12

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 かつての親中派であったアメリカのマイケル・ピルズベリーが『China 2049』で明らかにしたように、中国は1949年の建国から100年後の2049年までに世界の覇権を握るという目標を立てている。世界の覇権を握るとは、まずは経済面でアメリカを圧倒し、次に軍事面でもアメリカを大きく凌駕することを指す。経済面で圧倒するというのは、解りやすく言えばGDPでアメリカを抜くということだ。中国のGDPは、2025年頃にはアメリカを上回ると予測されている。

 ただし、中国のGDPにはからくりがある。GDPはGDE(国内総支出)と等しく、GDE=(民間最終消費支出+民間住宅投資+(民間設備投資+民間在庫品増加)+(政府最終消費支出+公的固定資本形成+公的在庫品増加)+(財貨・サービスの輸出-財貨・サービスの輸入)で計算できる。中国が手っ取り早くGDP=GDEを上げるためにとった政策が、個人の不動産(民間住宅投資)、民間企業の設備投資(民間設備投資)、公共のインフラ(公的固定資本形成)を増やすことであった。これらの要素は、作れば作った分だけGDPの上昇に反映される。そのため、中国では住宅の建設ラッシュが続き、企業は次々と最新の設備を導入した。国内では、あちこちで作りかけの道路を見ることができる。

 中国の不動産業がGDPに占める割合は、2009年には6.6%であったが、2015年には14.18%にまで上昇している。中国では1人で住宅を2軒、3軒持つのが普通になっており、中には10軒持っている人もいるそうだ。これだけ供給過剰になれば、いつ不動産バブルが崩壊してもおかしくないと考えるのが普通である。

 通常の国では、貨幣を供給する胴元と、価格の妥当性を判断する審判が分かれている。日本のバブルは、貨幣を供給する日本銀行に対して、審判である市場がノーを突きつけたことで崩壊した。ところが、中国の場合は、胴元と審判がイコールになっている。よって、中央銀行が貨幣を増発し、地方銀行がディベロッパーにそれを貸し付け、国民に住宅を購入させ続けるという図式が成り立っている。中央政府が貨幣の蛇口を閉めた途端、中国経済は信じられないほどの大混乱に陥る。そのため、中国はこのギャンブルから降りることができない。

 中国では、民間の設備投資が既に過剰になっているという点も、多くの人が指摘するところである。中国国家発展改革委員会の研究者の分析によれば、製造業の過剰生産能力から周期的な過剰部分を除くと、全体のおよそ15%が恒久的な過剰生産能力と考えられるそうだ。さらにこの研究者は、全ての業種での投資について、1997年から2013年までの投資の35.6%は有効ではなく、その総額は66.9兆元に達するとも述べている。66.9兆元と言えば、日本円にすると1,000兆円超である。日本のGDPの約2倍にあたる額の投資が有効でない、つまりムダになっていると考えると、実に恐ろしい話である。

 中国経済は投資に大きく依存した構造になっている。ということは、裏を返せば個人の消費が非常に弱い。先進国においては、GDPに占める個人消費の割合は5割から6割に達するのだが、中国では3割ほどしかない。中国が本当の意味で健全な経済成長を続けるためには、内需を拡大することが重要な課題となる。以上が本書の大まかな内容である。なお、中国経済のからくりについては、上念司『習近平が隠す本当は世界3位の中国経済』(講談社、2017年)も興味深い。

習近平が隠す本当は世界3位の中国経済 (講談社+α新書)習近平が隠す本当は世界3位の中国経済 (講談社+α新書)
上念 司

講談社 2017-06-21

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 中国の個人消費がこれほどまでに弱い要因は何であろうか?ここからは私の仮説になるが、供給と需要の両面からとらえることができるのではないかと思う。まず、供給面であるが、中国は鄧小平時代に市場を開放して以降、海外から投資を次々と呼び込んだ。中国にやってきたのは製造業が中心であり、中国の安い労働力で安い製品を作り、世界中に輸出するというモデルができ上がった。

 海外から製造業を呼び込む場合、全製品を輸出に回す代わりに税制面で優遇する、という形をとることが多い。これによって輸出を大きく伸ばし、GDPを増加させようというわけだ。だが同時に、国内の生産レベルが上がってくれば、徐々に内需向けの企業を海外企業と国内企業の合弁で設立し、海外企業の技術を吸収する方向にシフトしていくのが普通である。中国では、外資が内需向けの企業を設立することが過度に厳しく制限されていたのではないかと推測する。

 需要面で見ると、個人消費が弱いということは、端的に言えば国民がお金を持っていないということである。外資の製造業の参入によって雇用が増大し、農村から都市への人口流入が起きたものの、その大半はコスト抑制のために最低賃金ギリギリの水準で働かされていた可能性がある。だから、雇用が増えた割には国民の生活がそれほど豊かにならなかったと考えられる。

 中国が内需を拡大するには、外資に設けられているハードルを下げて国内市場向けの供給を増やすと同時に、高い賃金が期待できる高付加価値産業を育成することが重要である。中国は、世界の工場と呼ばれた時代に、輸出面で有利に立つために元安へ誘導したと言われる。トランプ大統領は、これを為替操作だと厳しく批判した。すると中国は、今度は元高になるように為替を操作した。元高になると、中国企業が外資企業を買収しやすくなる。現在、中国が世界中の企業、特に高付加価値産業の企業を買いあさっているのはこのためである。

 だが、買収した企業が中国人の雇用を増やし、彼らに高い給与を支払い、さらにゆくゆくは中国国内に製品・サービスを提供するという戦略を持たない限り、中国の内需は強くならないであろう。ただ単に、買収側の中国企業の株主となっている一部の共産党幹部の懐を温めるだけの結果に終わるに違いない。