こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

価値観

マーガレット・J・ウィートリー『リーダーシップとニューサイエンス』―秩序と変化を両立させる複雑系


リーダーシップとニューサイエンスリーダーシップとニューサイエンス
マーガレット・J・ウィートリー 東出顕子

英治出版 2009-02-24

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 数年前に『U理論』をヒットさせた英治出版の本なので、U理論のように全体主義につながるような危なっかしいニューサイエンスが紹介されていたらどうしようかと思ったのだが、読んでみたら何てことはない、「複雑系」の理論に関する本であった(U理論については、ブログ本館の記事「【現代アメリカ企業戦略論(4)】全体主義に回帰するアメリカ?」を参照)。複雑系の理論を使うと、伝統的なリーダーシップと現代のリーダーシップの違いを説明することができる。

 近代科学の祖であるニュートンの機械論的組織観に従うと、組織は要素還元可能な複数の部品から成り立っている。これは、それぞれの部品間には有機的な連携がないことを意味する。組織の中身も、部品が単線的につながっているだけで、部品以外の空間は空っぽである。こういう組織を動かすには、トップが強力なリーダーシップを発揮して、それぞれの部品に働きかける必要がある。

 これに対して、複雑系の理論では、構成要素間に有機的なつながりがあると考える。つまり、要素間の「関係」を重視する。だから、ニュートンのように要素還元することはできない。そして、この有機的につながり合った要素を覆っているのが「場」である。ニュートンが考える組織とは違って、組織は空ではない。

 組織の場を構成する具体的なものとしては、例えば組織の価値観などがある。価値観とは、組織が諸活動に関する意思決定を下す際によりどころとする判断基準のことである。価値観は想いと言い換えてもよいだろう。こういう主観的な要因が組織を充填している。そして、組織が環境からの変化を感じ取ると、その情報は場を媒介として、有機的につながり合った要素に一斉に伝わる。ニュートン的組織では、トップが部品を1個ずつしか動かすことができないのに対し、複雑系の理論における組織では、場が組織全体を動かす土壌となり、情報が各要素の有機的連関の間を一瞬にして駆けめぐる。そのスピードは、価値観がよいものであればあるほど速くなる。利己的なものではなく、社会全体の利益を考えたものであればあるほどよい価値観であると言える。

 なぜ、複雑系の理論における組織では、情報が即座に移動するのだろうか?物理学では光より早く移動するものは存在するのかが議論になっている。物理学者ジョン・ベルは、「即時的遠隔操作」が起こり得ることを証明した。

 まず、2つの電子を組み合わせて対にする。つまり、相関させる。次に、その対の電子が、たとえ距離が離れていても、一体化した1つの電子として活動し続けるかどうか、そのスピンをテストする。電子は軸に従って、上下もしくは横から横へとスピンする。ただし、量子の現象であるから、軸が客観的な現実としてあらかじめ存在しているわけではない。科学者がどの軸を測定するかを決めるまでは、軸は可能性としてのみ存在する。電子にとって固定的なスピンはない。電子のスピンは、科学者が選ぶテスト対象に基づいて現れる(※)。

 (※)これが量子力学の大きな特徴の1つである。量子力学では、物質の振る舞いを客観的に、かつ事前に予測することはできない。物理学者が何を測定したいのかを決めると初めて、測定されるものが定まる。例えば、光は粒子と波動の両方の側面を持っている。観察者が粒子を観察したいと思えば粒子が観察されるし、波動を観察したいと思えば波動が観察される。近代科学は観察する主体と観察される客体を分離したが、現代科学においては主客は一体である。

 一旦2つの電子が対になると、もし一方が上向きスピンとして観察されれば、もう一方は下向きスピンになる。あるいは、もし一方が右向きスピンとして観察されれば、もう片方は左向きスピンになる。この実験で、2つの対の電子は別個に存在している。理論上は、対となり得る電子は宇宙全体に無限に存在する。どんなに距離が離れていても、1つの電子のスピンが測定される瞬間、観察者がその軸の挙動を観察したいと考えていた第2の電子が即座に正反対のスピンを示す。この第2の電子は非常に離れているのに、物理学者によってどの軸が測定対象として選ばれたのかが解っていることになる。

 この実験は、光の速度より早く移動する物質はないという定説を否定している。そこで物理学者は、2つの電子は目に見えない関係で結ばれていると解釈する。2つの電子は、空間的にどんなに離れていても、パーツに分解できない不可分の全体である。ここでは2つの電子のみを取り上げたが、宇宙に散らばるあらゆる電子はいずれも、全体からは切り離すことができない関係によって結びついている。だから、1つの電子の変化が他の多くの電子に即座に波及することは容易に想像できる。これを組織にあてはめれば、ある要素の変化は瞬時に他の要素を変化させることになる。どんなに他の要素が遠く離れていても、光よりも早い速度で影響するから、組織全体の変化は一発で起きる。

 しかも面白いことに、それぞれの要素は他の要素から受け取った情報や変化をそのまま反映するわけではない。少しずつ異なる解釈によって、その情報や変化を受け止める。これは、それぞれの要素は有機的・自律的な存在であり、場を構成する価値観を解釈する方法が要素によって少しずつ違うことが影響している。よって、各要素の振る舞いはバラバラになる。

 すると、組織は混乱に陥るのではないかと思われるかもしれない。実際、環境からの変化を受けた諸要素はバラバラに動く。だが、全体として見ると、一定の極めて美しい秩序が観察できるという不思議な現象が起きる。これが「決定論カオス」である。これによって、組織は崩壊せずに、新しい秩序へと移行する。通常、秩序と変化は両立しないと考えられる。ところが、複雑系の理論においては、組織は秩序を保ちながら変化する。いわゆる「自己組織化」である。

 こうして、組織は環境が変化しても自律的に自らを変革することができる。これは、例えば市場・顧客ニーズが変化した場合に、組織全体が自律的に変化して、新しいニーズに合致した新製品・サービスを自発的に生み出すことが可能であることを意味している。組織はマーケティングの力を十分に備えている。

 では、組織が環境の変化に反応するのではなく、組織の内部から変化を起こすようなイノベーションの場合はどうであろうか?イノベーションでは、組織の要素の1つであるイノベーターが内なる声に従って(内発的に)画期的なアイデアを実行する。これは複雑系の理論で説明できるのであろうか?

 ここまで環境と組織を便宜的に分けて書いてきたが、現実には両者の境界性は相対的である。環境も組織も、さらに巨視的な視点に立てば、1つの全体的なシステムに含まれる要素であり、相互に結びついている。マーケティングの場合は環境が組織に働きかけ、両者を包摂する全体的なシステムを変化させた。イノベーションの場合は組織が環境に働きかけ(より正確に書けば、まず組織内の特定のイノベーターが組織の他の要素を瞬時に変化させ、さらにその変化が環境に瞬時に伝播して)、全体的なシステムを変化させると解釈できる。

 従来のイノベーション理論によれば、イノベーションには普及段階があって、死の谷、魔の川、ダーウィンの海を順番に乗り越えないとイノベーションは成功しないと言われてきた。ところが、複雑系の理論に従うと、イノベーションであっても、環境を即座に変化させる、つまり新しい市場を瞬く間に創造する可能性があることが示唆される。そして、その変化の力は、システム全体を覆う場の力、つまりよい価値観の力が強いほど大きくなるのではないかと考えられる。

エド・マイケルズ、ヘレン・ハンドフィールド=ジョーンズ、ベス・アクセルロッド『ウォー・フォー・タレント―人材育成競争』―人材の奪い合いではなくマネジャー育成の本である


ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)
エド・マイケルズ ヘレン・ハンドフィールド=ジョーンズ ベス・アクセルロッド マッキンゼー・アンド・カンパニー

翔泳社 2002-05-18

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 16年前の本を今さらながら読んでみた。「ウォー・フォー・タレント」というタイトルからすると、優秀な人材を企業間で奪い合うかのようなイメージがある。実際、昨今のシリコンバレー企業やウォールストリートの金融機関は、各大学の優秀な人材(特に理系の学生)を囲い込んで圧倒的な競争力を実現しようとしており、それが企業間の業績格差の拡大、ひいてはアメリカ人の賃金格差の拡大につながっていると言われる。Googleは本社まで社員を乗せる無料の送迎バスを走らせているのだが、Googleの社員が金持ちになり、本社周辺の土地や家賃が値上がりしてしまった結果、昔からその土地にいた人が住めなくなったとして、送迎バスに対して抗議のための投石をするという事件も発生している。

 だが、本書は優秀な人材を外部から奪うというよりも、内部のマネジャーをいかにして育成するかに焦点が当てられているように感じた。だから、サブタイトルも「人材”獲得”競争」ではなく、「人材”育成”競争」になっているのだろう。日本企業では、最近になってようやく経営者のサクセッションプラン(後継者育成計画)を作成し、優秀な若手社員を選抜して特別な幹部候補育成プログラムを受講させるようになった。しかし、その対象はせいぜい数十人程度にすぎない。

 本書で紹介されている企業の取り組みはもっと大がかりである。すなわち、社内の300~500の重要なポジションについて、その役職に就いているマネジャーの育成方法を検討するのである。しかも、こうした仕事を人事部に丸投げせず、CEOが直接関与する。このマネジャーの仕事ぶりや業績はどうなっているのか、このマネジャーに必要なトレーニングは何か、このマネジャーに対してどのようなフィードバックを与えるべきか、このマネジャーが次に就くべきポジションは何か、このマネジャーの候補者には誰をあてるのかといったことを、300~500のポストについて、全社の関係者を集めて逐一議論する。

 この点を理解するには、アメリカ企業の人事部の特徴を把握しておく必要がある。本社人事部が絶大な権限を握る日本企業とは異なり、アメリカ企業の本社人事部の権限は限定的である。給与計算、福利厚生、全社共通の基礎的な研修ぐらいしかやることがない。一方、採用、育成、配置、異動、評価、報酬に関する権限は、それぞれの事業部門内の人事部にある。事業部門は各地に散らばっているため、全社的に人材育成を検討しようと思ったら、CEOが各地から事業部門やライン人事部のマネジャーといった関係者を招集しなければならない。

 では、マネジャーを育成するとはどういうことだろうか?マネジャーの仕事とは文字通りマネジメントなのだが、このマネジメントというピーター・ドラッカーの発明品は、必ずしも人々に十分に理解されているとは言えない。私の前職の企業は、組織・人事コンサルティングと教育研修サービスを提供するベンチャー企業で、研修サービスの中にはリーダー育成研修があった。人事担当者にリーダー育成研修を提案したところ、「我が社のマネジャーはリーダーシップ以前にマネジメントができていない」という声を随分といただいた。では、この人事担当者がマネジメントの何たるかを適切に理解していたかというと、私には疑問であった。

 私は、マネジメントを、まずは「タスク関連の仕事」と「人間関係の仕事」の2つに分ける。さらに、この2つを短期的な視点と中長期的な視点で見る。短期的なタスク関連の仕事とは、上司から伝わってくる戦略、計画、目標を自部門の目標に落とし込み、その目標を達成するためにPDCAサイクルを回すことである。中長期的なタスク関連の仕事とは、マネジャーやその部下が日々個別具体的な顧客に接する中で潜在的なニーズを見出し、新しい戦略の形成に貢献するようなアイデアをまとめ、上司に提案することである(現場やミドルマネジメントが構想するボトムアップの戦略を、ヘンリー・ミンツバーグは創発的戦略と呼んだ)。

 短期的な人間関係の仕事とは、部下の能力を把握し、適材適所を実現し、部下を訓練し、部下を動機づけ、部下にフィードバックを与えることである。中長期的な人間関係の仕事とは、端的に言えば部下のキャリア開発を支援することである。企業の中長期的な方針と、部下本人の価値観、経験、能力から導かれるキャリアビジョンを擦り合わせて、可能な限り双方のニーズを満たすことができるような今後のキャリアパスをともに検討し、マネジャーはその実現をサポートする。時には、部下の私生活のニーズを考慮し、私生活に関する相談にも乗る。

 そして、この4つの仕事の前提条件として、マネジャーは自社の価値観を十分に理解していなければならない。マネジメントとは、この価値観に基づいてPDCAサイクルを回し、新しいビジネスのアイデアを創造し、部下をマネジメントし、キャリア開発を支援することである。本書で紹介されている企業は、こういうマネジメントをマネジャーに徹底させている。CEOはマネジャーの育成に相当の時間を割く。勤務時間の3割はマネジャー育成に使っているというCEOも珍しくない。

 日本企業の場合、日常業務の内容をマニュアル化していることは多いものの、そこに自社の価値観が適切に反映されているケースはまだまだ少ないと思う。まして、中長期的なアイデアの創出や、人材マネジメント、キャリア開発支援のやり方について、自社の価値観を十分に踏まえた上でドキュメント化している企業は少数派だろう。さらに言えば、文書化するだけでは不十分であり、それがマネジャーの血となり肉となるほどに徹底的に染み込ませている企業となると、もはや数えるほどしかないのが現状ではないだろうか?

 日本の場合、上位のマネジャーになるほど教育や評価の機会が減るという問題がある。DISCO「「社員研修に関するアンケート」結果」(2013年6月)によると、新入社員研修を実施している企業は95.5%、中堅社員教育/管理職前教育(若手研修と言ってよい)を実施している企業は59.7%であるのに対し、初級管理者教育は38.3%、中級管理者教育は27.2%、上級管理者教育は17.3%と、マネジャー向け研修の実施率は上位層になればなるほど低くなる。もちろん、研修が育成の全てではないが、研修実施率の低さは、人事部がマネジャー育成の必要性をあまり感じていないことの表れととらえてよいだろう。

 評価に関しても、やや古い論文になるが、松繁寿和、梅崎修、中嶋哲夫「人事評価の決定過程:企業内マイクロデータによる分析」(2002年6月14日)によれば、一般社員の評価は2段階の調整を行っているのに対し、マネジャーの評価は実質的には1段階の調整で終了してしまい、一般社員よりも評価が手薄になっているという。一般社員の場合、上にたくさんの階層があるから評価も多段階になるが、マネジャーの場合は相対的に上にある階層数が少なくなるため、評価の密度が下がるということは考えられる。ただ、それよりも、普段は一般社員を「評価する」立場にあるマネジャーが、いざ自分自身が「評価される」側になると、評価されることを嫌うという心理が働いているのではないかと推測する。

 アメリカ企業は、大量のマネジャーの人材育成について議論するために、マネジャーの性格、特性、価値観、能力、知識、職歴、経験、過去の評価情報、将来のキャリア志向など多面的な情報を一元管理するデータベースを整備している。この点でも、日本企業は遅れをとっていると言わざるを得ない。アメリカ企業も日本企業も、顧客に合わせた製品・サービスを開発・販売するために、顧客管理システムを導入している。ところが、日本の場合、それぞれのマネジャーに合わせた人材育成計画を立案するために、社員情報を統合的に管理するシステムを導入している企業となると、その割合はぐっと下がってしまう。

 もちろん、給与計算などのための一般的な人事管理システムを導入している企業は多い。しかし、キーマンズネット「人事管理/人事管理システムの導入状況(2013年)」によると、人事管理システムを導入済み・導入予定と回答した企業のうち、「タレントマネジメントの実施状況」の1位は「実施予定なし」で57.1%、2位は「興味はあるが実施予定はなし」で18.2%、3位は「実施している」で15.6%、4位は「実施に向けて検討中」で9.1%であった。

 かつて、日本企業の強みはミドルマネジメントにあると言われたことがあった。ミドルマネジャーがボトムアップダウンを繰り返すことで組織と人を動かしていた。それが戦略を実現する原動力となったし、さらに言えば創発的戦略の源泉でもあった。だが、現在の日本企業のマネジャーは弱っている。日本企業は一般社員はもちろんのこと、マネジャーの育成にもっと投資する必要がありそうだ。

楠山精彦『40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術』―職務経歴書に「確約」を書く点が斬新


40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術
楠山 精彦

日本経団連出版 2005-03-01

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 私が前職の教育研修&経営コンサルティング会社にいた10年ほど前に、ミドル(40代)向けのキャリア研修を開発しようという話になって、ミドルのキャリア開発とはどういうものかを勉強するために買った本である。結局、ミドル向けキャリア研修は開発せず、この本もずっと本棚に眠ったままであったのだが、私自身が40歳に近づいてきたこともあって、自分事としてこの本を読んでみることにした。

 本書のユニークな点は2つある。1つ目は、転職サイトなどの求人情報(これを著者は「顕在市場」と呼ぶ)に注目するのではなく、求人情報を出していない企業(これを著者は「潜在市場」と呼ぶ)に直接アプローチするという点である。いくら労働力不足で売り手市場になっているとはいえ、中高年の転職市場に限定すれば、依然として求人情報は限られており、そこで勝負するとレッドオーシャンに巻き込まれる。そうではなく、潜在市場の中にいる企業に対して、「この人材は我が社の即戦力として使えそうだ」と思わせることができれば、激しい競争に巻き込まれずに済むというわけである。

 ただし、求人情報を出していない=人材が必要だとは思っていない企業に対して、自分が必要不可欠な人材だと納得させるためには、それだけの材料が必要である。2つ目のポイントとして、著者は職務経歴書を書く際に、単にこれまでの職歴をつらつらと並べるだけではなく、自分がその企業に転職したらどのような成果を上げることができるのかを「確約(目標)」として書くとよいと述べている。確約の書き方は、例えばこんな具合である。
 学卒後の通算29年の業務体験を通して研鑽蓄積した物流業務全般のプロフェショナルとして、貴社において以下の項目を達成、実現することにより、業績伸長に必ず貢献することをお約束いたします。
 (1)貴社の物流品質の抜本的な向上対策を策定し、推進展開することにより、貴社製品のトータルなイメージアップをはかります。
 (2)確立した独自の物流ノウハウを駆使して異業種との共配プランを策定することにより、貴社の運送経費の大幅な削減(削減目標年間1億円)をはかります。
 (3)貴社の支店、営業所、倉庫に独自の物流管理システムを導入し、大幅な人件費、事務諸経費の削減(削減目標年間2000万円)をはかります。
 多くのキャリア開発の研修や書籍では、まず自分の価値観を見つめ直し、これまでの職務経験から自分の強みを発見して、その価値観と強みを活かして何がしたいかというキャリアビジョンを描くのが一般的である。ただ、このやり方ではややもすると自分勝手なキャリアビジョンになりがちで、労働市場における需要サイドを見ていないという欠点がある。その点、本書の方法は、需要サイドも分析し、自分がこれから応募しようとする企業がどのような人材を必要としているのか、自分はその人材像にあてはまるのかを問うている点で優れていると言える。

 欲を言えば、その需要サイドの分析方法についてもう少し詳しい解説がほしいところであった。転職が決まった後に、
 会社の経営理念、経営方針、事業内容、会社経歴、取り扱い商品などに加え、できれば業界事情、業界動向、取引関係、そして人事制度、組織構成、人間関係などにまで精通すべきです。
とは書かれているが、これらの情報はできるだけ転職活動時に入手すべきであろう。HPから企業理念、企業概要、事業計画、事業内容、製品・サービスの内容、決算書などの情報を入手し、新聞や雑誌でその企業が取り上げられているページを切り抜き、時には多少お金をかけてでも信用調査会社から調査レポートを購入して、これらの情報を基に、応募しようとしている企業がどのような経営・業務課題を抱えているかを推測する方法が紹介されているとなおよかった。

ピープルフォーカスコンサルティング『グローバル組織開発ハンドブック』―共通価値観とダイバーシティの関係


グローバル組織開発ハンドブックグローバル組織開発ハンドブック
ピープルフォーカスコンサルティング

東洋経済新報社 2016-11-18

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 本書は、グローバル企業の組織開発の視点として、①チーム、②ダイバーシティ、③バリューズ、④チェンジ、⑤リーダーシップ、という5つの視点を提供している。しかしながら、②ダイバーシティと③バリューズは一見すると矛盾する。というのも、一方では企業として全社員が共有すべき価値観(バリューズ)を明らかにすべきだと言いながら、他方では多様な価値観を持った社員を迎え入れなければならないと主張しているからだ。

 企業が固定的な一部の市場セグメントのみを相手にビジネスをしているのであれば、共有価値観のみで十分である。その顧客に対してどのような価値を提供するのか、その価値を提供するために、我が社の社員はどのような行動規範に従うべきなのかを明らかにしていく。その行動規範こそが、共有価値観である。別の言い方をすると、日常業務においてありとあらゆる意思決定をする際のよりどころとなるルールである。共有価値観は業務プロセスや組織のデザイン、そして、業務プロセスや組織に対して経営資源を投入するIT、人事制度、購買制度、予算制度などに反映される。そのルールの量は大小合わせると膨大になるだろう。それをマニュアルに落とし込めば、無印良品のMUJIGRAMのようになる。

 しかし、企業は持続的に成長するために、ターゲット顧客を拡張していかなければならない。また、従来から的を絞っているセグメントの質がいつまでも不変であるとは限らない。そうした市場の変化を先取りするために、従来の社員とは異なる考え方を持つ社員を採用し、社員構成を多様化していく。社会学者のニクラス・ルーマンは、組織が外部の複雑性に対応する方法は、組織自体を複雑化することであると述べた。これがダイバーシティ・マネジメントの目的である。

 ここにおいて企業は、前述の共有価値観のうち、企業として絶対に譲れないものと、環境変化に応じて柔軟な解釈をすべきものを峻別する必要性に迫られる。そして、後者に関しては、従来からの社員と、新しい価値観を持った社員との間で、建設的な対立を促す。これが第1の学習である。新しい顧客にとって最善の価値を提供するために、我々はどのように行動すべきかと問う。このコンフリクトをいかにマネジメントできるかが、ダイバーシティ・マネジメントの成功のカギである。これからの社員には、違いを認める寛容さ、自分とは異なる相手を包容する対話力、違いから新たな意味を導く創造力が求められる。

 新たに生まれた価値観は、古い価値観を上書きする。無印良品が強いのは、堅牢なマニュアルを作ったからではなく、日々の現場の発見に基づいて、あの膨大なマニュアルを、全体の整合性を保ちながら更新し続けているからである。

 もっとダイバーシティ・マネジメントが進んだ企業では、第2の学習が生じる。すなわち、企業として絶対に譲れないものとされてきた価値観に対して挑戦する。企業が深刻な業績不振に陥った時、企業を取り巻く外部環境が著しく変化した時には、これまで多くの社員を引きつけてきた共有価値観ですら無力となる。その場合に、多様な考え方を持った社員が知恵を出し合って(「知恵を出し合って」と書くときれいに聞こえるが、実際には非難、中傷、下品な言葉などが入り混じった暴力的なコミュニケーションになる)、新しい現実に適合した新しい共有価値観を打ち立てなければならない。従来、こうした変革はトップの強いリーダーシップに委ねられていた。しかし、今後は、ダイバーシティ・マネジメントがこの課題をどのように克服していくべきかが問われるであろう。

『寧静致遠(『致知』2017年6月号)』―国家関係がゼロサムゲームである限り「信」を貫くことは難しい、他


致知2017年6月号寧静致遠 致知2017年6月号

致知出版社 2017-06


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 (1)
 古の王者は、四海を欺かず、覇者は四隣を欺かず、善く國を為(おさ)むる者は、その民を欺かず、善く家を為むる者はのその親を欺かず。善からざる者は之に反し、其の隣国を欺き、其の百姓を欺き、甚だしき者は、其の兄弟を欺き、其の父子を欺き、上は下を信ぜず、下は上を信ぜず、上下、心を離し、以て敗るるに至り。
 荒井桂「『資治通鑑』の名言・卓論に学ぶ人物学」より、司馬光の『資治通鑑』の一説を引用した。司馬光は、「信」があれば、周囲の国を欺くことはないと述べている。記事の著者の荒井氏はここで、『論語』にも言及している。子貢が「3つのうち1つ取り除かなければならないものがあるとしたら何ですか?」と孔子に質問したところ、孔子は「兵」と答えた。子貢が「残りの2つのうち1つ取り除かなければならないとしたら何ですか?」と尋ねると、孔子は「食」と答えた。最後に残ったのは「信」である。『資治通鑑』の内容と合わせて読むと、信義があれば兵を持つことなく、隣国とも良好な関係を保つことができる、ということになるだろう。

 だが、現実の世界はそのようにはなっていない。上記のような古典を持つ中国自体が、覇権主義を振りかざして南シナ海を手中に収め、さらには太平洋へと進出しようとしている。国内では信義を尽くすことが双方のためになるのに対し、国際社会ではこちらが下手に出ればかえってつけ込まれることは、ブログ本館の記事「『絶望の朝鮮半島・・・/言論の自由/世界を動かすスパイ戦(『正論』2017年5月号)』―緊迫する朝鮮半島で起こりそうなあれこれ、他」で書いた。

 国内で通用することがどうして国際社会では通用しなくなるのか?という点は、私の頭を悩ます問題の1つである。おそらく次のように考えることができるであろう。国内の人間関係の場合、相手に信義を尽くすことで相手の利益が大きくなり、それが自分の利益に跳ね返ってくるというWin-Winの関係性がある。これに対して、国際社会は基本的に国家による領土の奪い合いである。こちらが下手に出れば簡単に相手に奪われてしまうゼロサムゲームである。

 このように書くと、国家という枠組みがあるからそういう事態になるのだ、国家という枠組みをなくせばよいと左派は主張するだろう。しかし、世界で農業に有利・不利な気候があり、工業化に必要な資源が偏在しているという状況では、より有利な土地をめぐって国家が対立することは不可避であることは上記のブログ本館の記事でも書いた通りである。左派のユートピアが成り立つには、世界中どこに行っても気候や工業化などの条件が同一でなければならない。

 『資治通鑑』や『論語』の教えを現代に活かすには、領土争いのゼロサムゲームを、双方の国の利益が増すWin-Winのゲームに変える必要がある。単に貿易によって双方の経済が活性化するということ以上の利益が必要である。ただ、どうすればそれが実現できるのか、残念ながら今の私には十分な知恵がない。

 (2)中村学園大学教授・占部賢志氏の「日本の教育を取り戻す」という連載記事がある。安倍政権の教育改革によって道徳が科目化されたが、占部教授は以前から、道徳を1つの教科として独立させることに反対している。道徳が教えるべき価値観は、従来の国語、理科、社会などの科目の中で十分教えることができるし、また教師は価値観を教えられるよう授業を工夫すべきだと主張している。

 それをせずに道徳を単独の科目とすると、「いじめはよくない」、「思いやりが大切」といった抽象的なフレーズだけが子どもたちの頭に残る。そういう子どもが大人になると、今度は「安保法制反対」、「戦争反対」と口走るようになる。しかし、彼らは中国の軍艦が尖閣諸島付近で領海侵犯を繰り返し、北朝鮮がミサイルを立て続けに発射していることに対しては、一切反対の声を上げない。占部氏はこうした矛盾を鋭く指摘している。つまり、現在の道徳教育のままでは、具体性を伴った切迫感のある価値観が醸成されないというわけである。

 私はここで、企業が自社のビジョンや価値観を浸透させる研修やワークショップのことを考えていた。これらの取り組みも、一歩運用を誤ると、ビジョンや価値観を丸暗記するだけに終わってしまう。研修では、自社がビジネスの中で直面する具体的な課題を挙げて、ビジョンや価値観に従って意思決定した場合、どのような決断が最適なのかを徹底的に議論することが重要であろう。あるいは、過去の成功例・失敗例をつぶさに分析して、どのような価値観が成功・失敗のカギを握っていたのかを考えさせることも有効である。とにかく、空理空論に終わらないよう、研修と現場での実践とをリンクさせなければならない。

 もう1つ重要なのは、技能・スキル・知識の習得を目的とする研修に、自社のビジョンや価値観を反映させることである。ビジョンや価値観の研修を行っている企業は多数あるが、一般の研修にビジョンや価値観を反映させている企業はそれほど多くないと感じる。なぜ我が社ではこのような技能・スキル・知識が必要なのか?その技能・スキル・知識を用いてどのような業務を行うのか?その業務は我が社のどのような価値観に基づいて設計されているのか?研修の企画担当者は、これらの問いに答えることが要求されるだろう。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
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