勝ち抜く戦略実践のための 競合分析手法勝ち抜く戦略実践のための 競合分析手法
高橋透

中央経済社 2015-01-21

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 競合他社の分析に絞った本はなかなかないと思う。まず、企業のHP、プレスリリース、製品・サービスのカタログや説明書、IR情報、新聞・雑誌の記事といった公知情報を分析する。もし、競合他社の製品・サービスを購入・利用することが可能であれば、一ユーザとして購入・利用してみる。ただし、新聞・雑誌の記事は、取材対象企業をよく見せるために内容が”盛られている”ことがある。また、IR情報の中の決算情報は粉飾されているかもしれない。こうした嘘を見破る方法について解説されているとよかったと思う。

 おそらく、この手の嘘を見破るのが上手なのが欧米のインテリジェンス機関であろう。元外交官で作家の佐藤優氏によると、インテリジェンスの9割は公知情報によるのだという。ただし、その情報を鵜呑みにはせず、その情報が書かれた意図、複数の情報の整合性などを分析し、本当の真実をあぶりだす術に長けている。日本企業も彼らの手法に学ばなければならないのかもしれない。

 日本企業はインテリジェンスがそれほど得意ではないため、競合他社を直接観察することによって弱みをカバーしようとする。私が聞いた話では、ある大手スーパーは、新店舗の出店が決まると1年がかりで競合他社を調査するらしい。商圏内の他のスーパーの品揃えや価格はもちろん調査する。その上で、調査員は街角に立って、通り過ぎる買い物客の手提げ袋の中を観察する。スーパーが何を売っているのかではなく、顧客が実際に何を買っているのかを調査するのである。これだけでは飽き足らず、さらに商圏内にある集合住宅のゴミ箱の中まで漁る。顧客が何を買ったのかに加え、顧客が何を使い、何を捨てたのか(使わなかったのか)まで徹底的に調べ上げるというわけだ。

 私は中小企業診断士なので、顧客企業には中小企業が多いのだが、中小企業の競合他社分析は現実には非常に難しいと感じている。まず、公開情報がほとんど存在しない。飲食店やスーパーなどBtoCの企業であれば、競合他社の製品・サービスを購入・利用することもできるが、下請の製造業のようなBtoBの企業となるとそれもほとんど不可能になる。残るは、社員が持っている情報を活用するか、信用調査会社を利用することぐらいしかない。

 社員、特に営業担当者は、日々の営業活動の中で、断片的ながら競合他社の情報を取得している。それらを総合して分析を行う。経営者は是非、営業担当者に対して、「この商談で競合となっているのはどういう企業か?」、「競合他社はどんな提案を行っているか?」、「競合他社の提案は我が社と比べてどうか?」などを見込み顧客から聞き出すようにプッシュしていただきたい(それができずに失敗した例を、ブログ本館の記事「DHBR2018年4月号『その戦略は有効か』―前職のベンチャー企業の戦略が有効でなかった7つの理由」で書いた)。

 信用調査会社は上手に使う必要がある。調査の目的をはっきりさせずに依頼すると、財務諸表の情報しか得られないという結果になる。競合他社の仕入先はどこなのか?工場の設備はどうなっているのか?工場の稼働状況はどうか?主要な顧客企業はどこか?エンドユーザは誰か?顧客企業・エンドユーザからの評判はどうか?経営者はどのような人柄か?社風はどうなっているのか?など、知りたい項目を明確にした上で調査会社に依頼するべきである。特に、「顧客企業・エンドユーザからの評判」を知りたい場合には、当該企業の調査だけでなく、当該企業の顧客企業やエンドユーザに対するヒアリングも含める必要がある(ただし、その分調査費用はかなり上がる)。

 本書の特徴は、戦略を立案するにあたって、競合他社の戦略の変化を先読みした上で競争戦略を立てるべきだとしている点である。ブログ本館の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」で、戦略立案の外部環境アプローチについて整理したが、この視点がすっぽりと抜けていたことに気づき、反省した。そこで、ブログ本館の別の記事「ものづくり補助金(平成29年度補正予算)申請書の書き方(1)(2)」では、将来の5か年計画を立てる際に、競合他社の増加を見込んで毎年の目標市場シェアを立てるという手法を取った。

 ただ、これでも不十分である。一般的な戦略立案プロセスでは、競合他社の”現在の”ポジショニングに基づいて差別化ポイントを定めることとされている。そうではなく、事業環境の変化を受けて、競合他社がどのようにポジショニングを”変更”するかを予測し、競合他社の”将来の”ポジショニングに基づいて差別化ポイントを決めなければならない。この点が本書で力説されていることである。とはいえ、競合他社の将来の行動を読むのは簡単ではない。競合他社の経営陣の思考・行動様式や、組織に根づいている価値観・文化に対する理解が求められる。アメリカの本であれば、ここでシナリオ・プランニングの手法やゲーム理論を持ち込むのだろうが、残念ながら本書はそこまで踏み込んでいなかった。