米中激戦!  いまの「自衛隊」で日本を守れるか米中激戦! いまの「自衛隊」で日本を守れるか
藤井厳喜 飯柴智亮

ベストセラーズ 2017-05-26

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 ブログ本館の記事「『終わりなき「対テロ戦争」(『世界』2016年1月号)』」で、日本は海洋国家であるにもかかわらず、自衛隊の構成が陸自に偏っていることを指摘したが、本書にも同じことが書かれていた。
 飯柴:現在、自衛隊総定員数約24万人のうち、陸上自衛隊員がいちばん多くて約15万人、全体の60%以上です。これは割合がおかしい。まったく同じ予算と総人数で、割合を空4:海4:陸2に変えていかなければいけないと思います。それだけで、かなりの戦力アップになります。軍事費の増額は必要ありません。そうしておいて、米軍を守る兵器ばかりではなく、米軍がいなくなっても自主防衛できるよう、少しずつ軍備もシフトしていく。これがスタートです。
 藤井:日本の国土で自衛隊の戦車が走りまわって戦闘しているようであれば、その時点で日本は終わっているということですからね。かつてはソ連を相手に北海道あたりで戦うつもりだったのだろうと思います。確かに、もう戦車は必要ない。
 ブログ本館では、日本社会の多重階層構造について何度か言及してきた。通常、階層型組織においては、上の階層から下の階層に対して一方的に命令がなされる。また、組織論で言われる「権限・責任一致の原則」に従うと、階層が上に行けば行くほど責任が重くなり、その分大きな権限が与えられる。

 ところが、日本の場合は、下の階層の人間が上の階層の人間の命令に対して、「もっとこうした方がよいのではないか?」と提案する自由がある。これは、上司の命令が絶対である欧米組織ではなかなか考えられないことである(もっとも、最近は部下の意見を尊重するマネジメントを実践している欧米企業も増えつつある)。そして、部下からの提案を受けた上司は、「君がそこまで言うのなら、自分でやってみなさい」と言って、上司が持っていた権限を大幅に部下に移譲する。これを私は、山本七平の用語の使い方に倣って「下剋上」と呼んでいる。

 下剋上が行われると、部下は責任よりも大きな権限を手にし、逆に上司は権限よりも責任が大きくなる。山本七平の言う下剋上では、部下が上司に取って代わろうとしているわけではない点が特徴である。部下はあくまでも部下の立場にとどまり、拡張された自由の中で大いに創造性を発揮する。仮に失敗しても、上司が責任を取ってくれる。これが日本組織の1つの美点であると私は思う。

 下剋上のメリットは、部下が提案活動を通じて上司の仕事の視点を先取りし、より大局的な視点から創造的な仕事をすることが可能となる点にある。ところが、自衛隊の組織は、単に部下に対する権限移譲だけがなされており、部下が俯瞰的に物事を見ることができなくなっているようである。そうすると、例えば軍事技術の開発に携わっている部下は、上司から与えられた潤沢な権限(資源)をバックに、個別の技術レベルを必要以上に上げることばかりに集中してしまい、その技術を軍事システム全体の中でどのように活用するのかという視点を失ってしまう。これを山本七平は、自身の陸軍での体験から「武芸の絶対化」と呼んだ。
 藤井:今、日本で心神(X-2/先進技術実証機)というステルス戦闘機をつくっていますね。それが、エンジンの出力不足でミサイルが格納できないという指摘です。ミサイルを外にぶら下げたままにならざるをえない。それではステルス性がなくなります。細かいエレクトロニクスはよくても、基本的なところがなっていない。(中略)「システムの中でこそ機能するもの」という発想がどうもないんじゃないかという気がしますね。
 システム思考の欠如は、次のような事例にも表れている。
 飯柴:だから、(※日本は)F-22(ロッキード・マーティン社とボーイング社が共同開発した、レーダーや赤外線探知装置などからの隠密性が極めて高いステルス戦闘機)を売ってくれと言っていますが、同じことです。シパーネット(※秘密情報を扱うアメリカの独自ネットワークで、ハッキング不可能)とジェイウィクス(※トップシークレットを扱う専用ネットワークで、インターネットからは物理的にも論理的にも完全に隔離されている)の端末が入っていますし、情報収集は衛星の秘匿回線を通じてするものですからね。(※シパーネットやジェイウィクスにアクセスできない日本が)どう使うんだという話です。シパーネットとジェイウィクスが、F-22を運用していくための基幹システムなんです。だからこれは「役に立たないスマホ」ですよ。
 技術は素晴らしくても、それをシステムとして活用する力が弱いのは、日本軍の伝統である。第2次世界大戦中、イギリスとアメリカは、レーダー用アンテナの実戦配備に成功した。イギリスは、1940年7~10月のバトル・オブ・ブリテンにおけるドイツ空軍による航空攻撃に対する防空邀撃システムの一環として、イギリス本土に24か所の早期警戒レーダー網を展開し、ドイツ空軍の封殺という目覚ましい成果を上げた。このアンテナの名前は”Yagi Antenna”と言う。開発したのは日本人の八木秀次であった。日本軍は八木アンテナの軍事的な有用性に気づかず、その間に技術を米英に盗まれ、実用化されてしまったのだ(杉之尾宜生「「攻撃は最大の防御」という錯誤 失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか」〔『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年1月号〕)。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 01月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 01月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-12-10

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 いや、システム思考の欠如は、現代においても日本社会の至るところで見られる病巣なのかもしれない。ある電子機器メーカーを取材した中小企業診断士から話を聞いたのだが、このメーカーでは最近、非常に高精度のセンサーを開発したらしい。ところが、診断士が技術者にインタビューすると「このセンサーをどのように使ったらよいのか解らない」という答えが返ってきた。IoT(Internet of Things)がこれだけ注目されており、センサーはIoTシステムの重要な構成要素であるのに、ソリューションとしてのシステムが構想できないのである。せっかく権限移譲されても、個別最適に陥り巨視的な視点を欠くという悪癖がここでも見られる。

 それでもまだ、部下に対して権限移譲がされているならましなのかもしれない。最近の防衛省や自衛隊は、部下に対する権限委譲もされず、上からの命令を絶対視し、融通が利かない官僚組織と化しているようである。
 飯柴:実戦形式の合同演習を行ったときの話です。シナリオが4つありました。仮にそれらをA-B-C-Dとしておきましょう。基本的に順不同です。撤収の効率などを考えると「C-A-B-Dの順番が面倒にならないのでそうしましょう」と、米軍が提案したところ、いや、それはできません、という答えなんですね。「演習の順番は防衛省に報告済みだからできない」と言うんです。違うことをやるわけではないから、司令官権限でできるでしょうと言っても、「それはできない」と。
 藤井:「官僚主義」というやつですね、それは。順番が違っていただけで、背広組にいじめられるとか、まして、野党の政治家や朝日新聞に嗅ぎつけられたらえらいことになるということですね。現場の判断で制服組が動いたことが問題にされるわけです。
 戦場ではいつ何時何が発生するか解らない。よって、現場で状況に応じて柔軟に意思決定をすることが不可欠となる。したがって、海外の軍隊では、絶対にやってはいけないことだけをあらかじめ定めておき、それ以外は現場の裁量で自由に実行できるようになっている。これをネガティブリスト方式と呼ぶ。ところが、日本の自衛隊の場合は、やってよいことだけをあらかじめ明記するというポジティブリスト方式を採用しており、世界的に見れば異端である。この方式で、果たして海外からの攻撃に自衛隊が対応できるのか、私としては非常に不安である。