働く人の資本主義 〈新版〉 出光佐三 春秋社 2013-10-18 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
人間は働かなければならない。しかも、お互いのために働かなければならない。自分のためのみでなく人のために働く。そこに真の福祉がある。そして人のために働くなら能率をあげなきゃならない。こういうことになってくるんです。この能率をあげることでは資本主義が最も適している。ただ、資本主義の欠点は資本家の搾取です。それだから資本主義から資本家の搾取をとってしまえば能率主義になりますね。社会主義・共産主義は働く人を尊重するところはいいが、社会主義は国営だから非能率であり、共産主義は悪平等で、人間性の無視である。そこで社会主義・共産主義の働く人のためというところをとり、能率主義の資本主義とくみあわせる意味で「働く人の資本主義」という言葉を使ってみたんです。出光佐三の言う「働く人の資本主義」とは、資本主義、社会主義、共産主義のいいところどりである。これはいかにも日本人的な発想であると思う。ブログ本館で、世界の大国は二項対立的な発想をすると何度か書いた。現代の大国はアメリカ、ロシア、中国、ドイツである。そして、アメリカ&ドイツという資本主義圏の国と、ロシア&中国という旧共産主義圏の国が対立している(実際には、この4か国の対立はもっと複雑なのだが、その点についてはブログ本館の記事「『小池劇場と不甲斐なき政治家たち/北朝鮮/憲法改正へ 苦渋の決断(『正論』2017年8月号)』―小池都知事は小泉純一郎と民進党の嫡子、他」を参照)。
日本は経済大国だと言われるものの、私は所詮極東の小国にすぎないと感じている(今後、少子高齢化が進めばますますそうだ)。大国の二項対立に挟まれた小国が生き延びる道は、対立する双方の大国の長所を採用して、それをちゃんぽんにし、西側からも東側からも攻撃されにくい独自のポジションを確立することであると考える(ブログ本館の記事「『トランプと日本/さようなら、三浦朱門先生(『正論』2017年4月号)』―米中とつかず離れずで「孤高の島国」を貫けるか?」を参照)。この意味で、出光佐三の発想は非常に日本人的である。
出光佐三は、世界中の人々が「働く人の資本主義」を採用し、互譲互助の精神を発揮して、「お互いに仲良く」すれば、世界の様々な対立は消えると主張する。そして、世界で最も「働く人の資本主義」が発達している日本こそが先頭に立って、世界各国をリードすることが日本の使命であると述べている。
出光佐三の理想は非常に素晴らしいが、個人的には、残念ながら日本にはそこまでの力はないと思う。日本がある思想や主義を世界に広めようとするとたいてい失敗することは、豊臣秀吉の朝鮮出兵や、太平洋戦争における大東亜共栄圏の構想を見れば明らかである。日本は出しゃばる必要はない。仮にある国が、対立抗争に疲れ果てて日本の精神に学びたいと言ってきたら、その国に進んで協力するというぐらいのスタンスがちょうどいいように思える。
さて、出光佐三は、資本主義の利点として能率の高さを挙げている。ところが、海外の資本主義圏の国の人々は、基本的に「お互いが対立すること」が出発点となっている。そこで、対立する人々を企業の共通目的に向かわしめる仕組みが必要となる。具体的には、組織、機構、法律、規定、技術、管理などである。欧米の企業は、放っておけば対立する大勢の社員をかき集めて、これらの仕組みを総動員することによって生産性を上げている。確かに、欧米企業が次々と開発する様々なマネジメントの仕組みは目を見張るものがある。
これに対して、日本企業の場合は、出光佐三が何度も繰り返し本書で述べているように、「お互いに協力すること」が精神の根底にある。よって、対立に時間を費やす必要がなく、欧米企業よりも少人数で欧米企業と同じ成果を上げることができる。本書でも、満州では欧米の石油会社が何百人もの社員を抱えていたのに、出光は数十人の社員で運営していたというエピソードが紹介されている。
この少数精鋭の経営に、欧米流の生産性向上のための仕組みを上手くドッキングさせることができれば、日本企業の生産性は欧米企業のそれをはるかに凌駕することになるのにと思う。生産性が向上すれば、社員の賃金が上昇し、消費が刺激されて適度なインフレが実現されるであろう。ただ、日本企業は仕組みを活用するのがどうも苦手であることは、以前の記事「一條和生『グローバル・ビジネス・マネジメント―経営進化に向けた日本企業への処方箋』―日本人は「仕組み化」ができないわけではないが、「道具」の使い方が下手」でも書いた。
日本人は勉強熱心であるためか、欧米企業の最新の仕組みに飛びつきやすい。ある仕組みが開発されると、我先にとそれに飛びつく。数年が経ってまた新たな仕組みが開発されると、以前の仕組みをあっさりと捨て去って、それに飛びつく。だが、このような刹那的なやり方では、生産性向上はあまり期待できない。出光佐三は、人間が組織、機構、法律、規定、技術、管理などを使うのであって、組織、機構、法律、規定、技術、管理などに人間が使われてはならないと本書で警告している。この点は我々も十分に心に留めておく必要があるだろう。
マネジメントの仕組みというのは必ずしも普遍性があるとは限らず、むしろある特定の状況においてよく機能するものが多い。日本企業は、欧米企業の組織、機構、法律、規定、技術、管理などがどういう状況の下でよく機能しているのかを研究し、仮にこれらを日本企業で機能させるためにはどのような修正を施さなければならないのかを検討する必要がある。新しい仕組みが出るたびにとっかえひっかえするのではなく、各国、各企業のいいところどりをして、それらを融合させ、自社に固有の仕組みへと磨き上げていくことが肝要である。ここでもまた、日本人は小国ならではのちゃんぽん精神を上手に発揮することが要求される。