こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

労務管理


小堀景一郎、政岡英樹他『アセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイント』―ブルネイのポイント


アセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイントアセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイント
小堀 景一郎 政岡 英樹 山田 恵子 大野 壮八郎 太田 育宏 中村 洋子 山地 ゆう子

清文社 2012-01-25

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 ブルネイ(ブルネイ・ダルサラーム国)は、人口が約40万人、面積が約5,770平方キロメートル(三重県とほぼ同じ)、経済の中心が石油産業という小国であり、日本企業もほとんど進出していないことから、ASEANの解説本からは外されることが多いのだが、本書はブルネイについても触れており興味深かった。そのブルネイの労務管理のポイントについてのメモ書き。

 ・政府は2011年、180日以上働いている、ブルネイ法により合法的に結婚している公務員の女性に対する産休を8週間から産前2週間産後13週間の15週間に延長した。同規則は、民間部門におけるブルネイの市民と永住者の女性に対しても適用される。国際労働機関(ILO)の勧告では、2000年6月に12週間の出産休暇を14週間に引き上げたが、ブルネイの15週間はこの基準を上回っている。

 ・労働組合法では、団結権、団体交渉権について規定されているが、団体行動権については明記がない。これは日本で言うところの労働関係調整法にあたる法律が存在しないことが影響している。そもそもブルネイには労働組合がほとんど存在せず、ストライキも発生していない。

 ・ブルネイ市民の半数は政府機関に勤務しており、労働条件も国で定められているため、労働紛争の対象となるのは外国人労働者が多数となる。2009年より労働法の改正を行った結果、外国人労働者の紛争案件が改善されて、未払い賃金などの労働紛争が激減している。

 ・よく知られていることだが、ブルネイには個人所得税がない。また、無料の教育・医療制度が特色で、年金制度は北欧並みの社会保障と言われる制度の中で運用されている。法人税はあるが、進出企業は申請を行えば、法人所得税、機械輸入税、原材料輸入税が最大11年間免除となる。

 ・ブルネイの医療保険制度の下では、ブルネイ市民は無料で医療サービスを受けることができ、外国人従業員も最小限の料金を支払えばよい。ブルネイで利用できない医療は、政府の費用負担で海外(シンガポールが多い)で実施される。また、病院がない農村部では、ヘリコプターで最寄りの病院に患者を移送するフライング医療サービスがあるなど、至れり尽くせりの制度となっている。

 ・ブルネイには失業保険がない(ASEANには失業保険がない国が多い。失業保険があるのは、タイとベトナムぐらい)。ただし、雇用はブルネイ市民が優先されるため、失業状態が継続することも少なく、また国王の国民支持率が100%であることを鑑みると、失業ということが市民の生活不安には直結していない。

 ・ブルネイは石油産業によって成り立っている国であるが、いつまでも石油に依存するわけにもいかないため、石油産業以外の産業を育成することが課題となっている。政府は、求職者の能力を向上させるための技術や職業訓練機関を増強しており、ブルネイ工科大学は、石油化学、土木工学、機械工学やコンピュータ研究などの職業訓練システムを212年までに完了させ、2018年にはそれぞれの学科で最小40名、最大80名の学生が卒業できる計画を進行中である。

 また、2011年には、学校職業訓練制度が地元企業との連携に成功し、6か月のOJTを受け、失業者に雇用能力を身につけてもらおうという試みがなされるなど、職業訓練に積極的に取り組んでいる。

高原彦二郎、陳軼凡『実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント』


実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント
高原 彦二郎 陳 軼凡

日本経済新聞出版社 2011-05-14

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 著者の高原彦二郎氏は「海外事業のリスクマネジメント」を専門とする中小企業診断士である。海外事業の専門家、リスクマネジメントの専門家というのはそれなりの数がいるものの、海外事業のリスクマネジメントを専門としている診断士は、他にほとんどいないのではないだろうか?

 中国子会社で人事労務管理を行う際には、日頃から地方政府や労働当局と密にコミュニケーションを取ることが大切であるという。日本の場合は、地方自治体や労働基準監督署、労働委員会などとのリレーションを意識することはあまりないが、中国の場合は関係機関と頻繁に接触することが求められる。

 中国人は給与や人事評価の合理的な根拠を非常に重視する。それに、初対面の人にも「あなたの給料はいくらか?」と聞く。そこで相手との差が不当だと感じると、すぐに労働争議に発展する。よって、「我が社の給与水準・福利厚生はこのように合理を考慮して構築している」と地元政府・行政に説明できるようにしておく。実際に関係機関に説明して、彼らが持つ周辺企業の賃金データと比較したり、社員からどんな不満が出そうか意見を聞いたりすればなおよいだろう。

 経済的な理由に伴うリストラを行う場合には、人員削減計画を労働行政部門へ報告する義務が法律で定められている。しかし、具体的な報告内容に関しては規定がない。したがって、単に形式的な報告を行うだけでなく、労働行政部門が納得する計画を事前に確認することが必要となる。こうすることで、社員に計画を発表した時に、解雇拒否や騒乱などが起こるリスクを低減できる。

 普段から地方政府や労働当局と様々な情報を共有し、関係を構築しておくと、自社がピンチに陥った時に色々と助けてくれる。例えば、工場でストライキが起きた場合には、地方政府や労働当局に連絡すると、工場に公安部隊を派遣し、工場からの社員の脱出を阻止したり、工場周辺の警備にあたってくれたりする。

 ある企業には、リーマンショックの発生直後、地方政府の書記から「中央政府からの通達で地元企業の状況を確認し救済せよという指示が来た。我々としてもできるだけ雇用を確保したい。仕事量の減少は解るが、雇用を確保するために有効な援助を政府が実行するとしたらどのような援助がよいか?」という相談が来たそうだ。協議の結果、入社3か月までのラインオペレーターの給与の半額程度や社外研修費用などを地元政府が負担してくれることになったという。

 なお、共産主義国である中国には自主的に結成された労働組合はなく、工会法に定められた「工会」が唯一の労働組合となる。工会組織はピラミッド構造になっており、各企業の中にある「基層工会」、「産業工会」、県レベル以上の「地方総工会」、中央で全ての工会を総括する「中華全国総工会」で構成される。中華全国総工会の主席は、中央共産党の幹部が担う。よって、工会は、中国共産党の下層執行組織として、党中央の指導を受ける。

 かつては工会の主席に副総経理や人事部長が選任されることが多かったが、現在では出資者とその近親者、総経理、副総経理、人事部長、外国人社員は工会の主席になることができないと定められている。しかし、現在でも工会の主席には、人柄や人望を重視した人選ではなく、製造部長など職制上高位の人が就くことがある。そのため、日本の労働組合とは異なり、管理職の人間が工会の幹部を務めるという形になる。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
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