組織開発ハンドブック―組織を健全かつ強固にする4つの視点組織開発ハンドブック―組織を健全かつ強固にする4つの視点
ピープルフォーカスコンサルティング

東洋経済新報社 2005-11-01

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 本書にも書かれている通り、「組織開発(Organization Development)」には定まった定義がない。本書では、「組織を強固かつ健全にすること」と定義されている。ただ、これでは何のために組織開発をするのかという目的が抜けているように感じるため、私は「組織が変化に適応できるようにするために、組織を論理面・情理面の両方から活性化すること」と定義したい。

 この「変化への適応」をめぐっては、本書の中で若干の混乱があるように見受けられた。一方では、
 変化に柔軟に対応していくことと、目まぐるしい変化にも揺るがないビジョンを持つことの両方が求められるようになった。逆にいえば、目まぐるしい変化を想定したうえでのビジョンでなくてはならないということだ。
と述べられており、どんな変化にも耐えうるぶれないビジョンを設定するべきだと説かれている。ところが、別の箇所では、
 そして(※変化に対する態度の)3つ目は、「変化を所与とした融通無碍な内面を作っておく」ことだ。(中略)人体制御システムである内分泌系や免疫系はある初期条件化でシステムとして成立するとともに、環境変化に対応して常に変化し、その後固定化するという。
と書かれており、変化に反応して柔軟に姿を変えることが推奨されている。この矛盾は、アメリカと日本の変化に対する態度の違いを十分に峻別できていないことに起因するのではないかと考えられる。もちろん、日米の違いをスパッと切り分けるのは乱暴かもしれない。特に、グローバル化が進んで価値観の統合が進んでいる現代ではなおさらである。しかし、それでも敢えて両者の違いを説明しようとするならば、次のようになる。

 まず、大前提として、アメリカ人は「変化を能動的に創り出す」、日本人は「変化には受動的に反応する」という違いがある。クラックホルンとストロッドベックは、人間の価値観を規定する普遍的問題として、①人間の本質とは何か?(人間性志向)、②人間と自然との関係はどうあるべきか?(人間対自然志向)、③人間の時間に対する志向は何か?(時間志向)、④人間の活動に対する志向は何か?(活動志向)、⑤人間同士の関係はどうあるべきか?(関係志向)という5つを挙げた。このうち、④について、アメリカ人は「する」という行為を重視するのに対し、日本人は「(自然とそのように)なる」という状態の変化を重視するという。

 現代は先が読めない不確実性の高い時代である。ここでアメリカ人は、未来が予測できないのであれば、自分で未来を作ってしまえばよいと考える。リーダー自身が望ましいと思うビジョン、実現したい世界像を内発的に設定する。今この世の中にないものを新しく作ろうというわけだから、そのビジョンには一点の曇りもあってはならない。そして、そのビジョンを達成するための道のりを具体的に描写する。これによって、ビジョンに対するメンバーの理解が促進されると同時に、メンバーは、まるでそのビジョンをメンバー自身が考え出したものであるかのように感じ取る。つまり、メンバーも内発的に動機づけられる。

 あとは、リーダーとメンバーで共有したビジョンの実現に向かって、一直線に進んでいく。本書では、リーダーシップ研究の権威であるジョン・コッターの「企業変革の8段階」に触れられており、事例も紹介されている。その事例を読むと、危機意識を持ったチームが明確なビジョンを掲げ、それを組織全体に浸透させ、変革の障害(抵抗勢力や旧態依然とした制度など)を取り除きながらビジョンに向かって直線的に邁進する姿が描写されている。

 これに対して、日本人は変化が起きるまで待つ傾向が強い。そして、変化が起きてから「さて、どうしようか?」と考える。変化の結果がどのように転ぶかが予想できない(予想しようとしない)のだから、アメリカ人のように明確なビジョンは掲げない。日本人社員はよく、経営陣がはっきりと自社のビジョンを設定しないことに不満を漏らすが、これは日本人である以上仕方がないことである。変化に直面した日本企業の反応は大きく2つに分かれる。変化の影響を過小評価し、現状維持に走る企業と、変化を利用して何か新しいことに取り組んでみようと考える企業である。当然のことながら、よい結果が得られる可能性が高いのは後者である。後者の企業に見られる傾向を本書では「未来傾斜の原理」と呼んでいる。

 変化に対してとりあえず何かをやってみようというのは、具体的に言えば、新しく出現しつつある顧客、現に何かで困っている顧客の下に経営陣や現場社員が総出で出向いて、彼らの声に耳を傾け、問題解決の手助けをするということである。別の言い方をすると、アメリカ人はビジョンによって内発的に動機づけられるのに対し、日本人は目の前の顧客によって外発的に動機づけられる(ブログ本館の記事「『艱難汝を玉にす(『致知』2017年3月号)』―日本人を動機づけるのは実は「外発的×利他的」な動機ではないか?」を参照)。

 日本企業の変化への対応は試行錯誤の連続である。アメリカ企業がビジョンに向かって猪突猛進するのとは対照的だ。日本企業が新しい顧客との間で奮闘を続けるうちに、やっとおぼろげながら自社が新たに向かうべき方向性が見えてくる。だが、それが見えた頃にはまた新たな変化が生じ、日本企業は再びその変化に反応して暗中模索の道に入っていくのである。ピーター・ドラッカーは「変化を創り出すのではなく、既に起こった変化を利用せよ」と繰り返し主張していた。ドラッカーはオーストリア生まれのアメリカの経営学者であるが、このメッセージは日本人によく響くと思う(ブログ本館の記事「【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(上)』―変化を活かすのか?変化を創るのか?」を参照)。

 本書の最後にはキャリア開発の章がある。日本のキャリア開発研究の第一人者である金井壽宏氏は、キャリアの節目ではぼんやりとキャリアビジョンを描くだけで十分であり、普段は様々なことを経験しながらジグザグにキャリアを進んでいくことの方が重要だと言う。このジグザグのキャリアを「キャリア・ドリフト」と呼ぶ。1人の個人でさえ明確なビジョンを掲げることは難しく、日常のドリフトが強調されるのだから、組織、特に日本の組織においては、なおのことビジョンよりもドリフトを重視するべきではないだろうか?これは、「戦略が完璧でも実行力に問題のある企業」よりも「戦略はそこそこだが実行力が強い企業」の方がはるかにパフォーマンスがよいという、本書で紹介されている研究結果とも符合する。