ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム (日本労働研究機構研究双書)ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム (日本労働研究機構研究双書)
佐藤 厚

日本労働研究機構 2001-03-01

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 ホワイトカラーの仕事の実態とキャリアを調査した1冊。タイトルに「スペクトラム」という言葉が入っているように、ホワイトカラーの仕事の多様性に着目している。だが、この本も章によって使われるフレームワークが変更されるため、非常に理解しにくい1冊であった(以前の記事「清家彰敏『顧客組織化のビジネスモデル―小規模事業集団の経営』―「『顧客を組織化する』とはこういうことではないか?」という4形態」でも似たような問題を指摘した)。著者に言わせれば、ホワイトカラーは多様なのだから、分析するフレームワークも多様であってしかるべきだということなのだろう。だが、多様性をありのままに記述するのはジャーナリストの仕事であって、研究者の仕事とは、多様性の背後にある本質的な共通点を見出し、他のカテゴリーに援用可能なヒントを提供することではないかと思う。

 まず、著者はホワイトカラーを①管理職、②専門・技術職、③創造的事務職、④定型的事務職の4つに分類する。創造的事務職とは、主に人事や経営企画部門において、新しい分野(製品・サービス、業態など)を開拓する仕事、複数のテーマが与えられる仕事、プロジェクトチームなど動態的な組織で動く仕事、取引先や他の部署と連携を取る必要がある仕事などに従事する事務職のことを指している。専門・技術職は、異動はするもののキャリアの初期段階から特定の職種に就くことが多いのに対し、創造的事務職は他の職種を経験する異動を繰り返しながら、ある時期から特定の職種に絞られることが多いと指摘されている。

 本書では、専門・技術職として、テレビ局番組制作業務や新聞記者の事例が取り上げられている点が興味深い(ちなみに、以前の記事「川喜多喬、小玉小百合『実証研究 優れた人材のキャリア形成とその支援』―私は修羅場を乗り越えられなかった経験を活かして顧客企業の心に寄り添えるコンサルタントになりたい」で取り上げた書籍では、デザイナーやアナウンサーのキャリアが研究されていた)。創造的事務職に関しては、大企業事務系ホワイトカラーと自動車ディーラーの営業職の比較がなされている。終盤では、中小企業にフォーカスを当て、主にサービス業のホワイトカラーに関する考察を行っている。

 ここからが私の問題意識。まず、ホワイトカラーを前述のように4タイプに分けておきながら、実は管理職と定型的事務職については研究結果が一切記載されていない。この点で、「スペクトラム」はかなりの片手落ちになっていると言わざるを得ない。私なりにホワイトカラーを分類すると図1のようになる。

 ○図1
ホワイトカラーの4分類

 「創造性を発揮する余地が大きいか否か?」と「管理職か否か?」という2つの軸でマトリクスを作り、4つのタイプに分類している。<象限①>は非管理職であり創造性を発揮する余地が小さい仕事に就いている人であるから、本書で言うところの定型的事務職に該当する。<象限②>は創造性を発揮する余地が大きい非管理職であり、本書で言うところの創造的事務職にあたる。

 <象限③>は創造性を発揮する余地が小さい管理職を指している。<象限③>はさらに、部下が創造的な仕事をしているか否かによって2つのタイプに分けることができる。上司も部下も定型的な業務を行っているケースは解りやすい。上司は定型的な業務を行っているが、部下は創造的な業務を行っている例としては、IT導入プロジェクトなどにおいて、管理職がプロジェクトマネジメントの定型業務を担当しているようなケースが考えられる。

 <象限④>は創造性を発揮する余地が大きい管理職であり、これもまた、部下が創造的な仕事をしているか否かによって2つに分かれる。上司も部下も創造的な業務を行っているケースは解りやすい。上司は創造的な業務を行っているが、部下は定型的な業務を行っている例としては、人事部長が人材戦略を立案し採用計画を立てて、部下がその計画に従って採用業務を行うケースがある。

 本書ではホワイトカラーのキャリアの分析にあたって、異動や転職の回数に着目している。前述の通り、創造的事務職は他の職種を経験する異動を繰り返しながら、ある時期から特定の職種に絞られることが多い。確かに、大企業事務系ホワイトカラーを分析した章ではこの点が確認されている。一方、自動車ディーラーの営業職を分析した章では、「人材調達が内部労働市場によるか外部労働市場によるか?」、「異動が多いか否か?」という2軸からなるマトリクスが新たに登場し、ディーラーの営業職は内部労働市場によって調達されるが、異動が少ないという結果が導かれている。これは先ほどの創造的事務職の特徴と矛盾する。

 終盤の中小サービス業のホワイトカラーの章では、「転職回数が多いか否か?」という軸に加えて、新たに「資格を保有しているか否か?」という軸が登場し、また新しいマトリクスが作成される。だが、中小企業についてのみ資格の有無を問題にする理由が不明であり、この点が本書の理解を難しくしている。

 ○図2
外的キャリアを見る視点

 私なら図2のように、「異動が多いか否か?」、「職種変更が多いか否か?」、「転職が多いか否か?」という3軸で8パターンのキャリアを想定し、図1のホワイトカラーの4タイプ(厳密には6タイプ)のそれぞれについて、どのようなキャリアのパターンが多いのかをあぶり出そうとするだろう。そして、例えば<象限②>の創造的事務職の中に複数のキャリアのパターンが認められる場合には、図1を修正して、ホワイトカラーのカテゴライズを見直すと思う。

 本書には管理職についての分析がないものの、著者は、ホワイトカラーの時間管理が弾力化されるに従って、管理職の役割はいよいよ重要になると主張している。今年の国会では「働き方改革」と銘打って裁量労働制の適用拡大が試みられたが、私は裁量労働制を導入したからと言って時間管理をしなくてもよいという考え方には反対である。管理職の仕事の1つは、部下の仕事の生産性をチェックすることである。そして、ホワイトカラーの生産性は、「アウトプット÷労働時間」で算出される。裁量労働制の導入で時間管理をしないということは、管理職はマネジメント業務を放棄したに等しい。これは明らかに愚策である。

 管理職の仕事に関してもう1つ言うならば、部下の裁量が大きくなるに従って、伝統的なPDCAサイクルを見直す必要があるということである。従来は上司が詳細な計画を立て(Plan)、それを部下が忠実に実行する(Do)ように要求していた。そして、部下の仕事に問題がないかを確認し(Check)、改善が必要な場合は必要な措置を取る(Action)というのが今までのPDCAサイクルであった。

 だが、部下の裁量が大きくなると、管理職が詳細な計画を示すことは難しくなる。管理職が部下に示すことができるのは目標(Goal)にとどまる。その目標をどのように達成するかは部下の裁量に委ねられる(Do。もちろん、企業として守るべきルールや価値観、行動規範には従わなければならない)。計画の詳細を知っている管理職ならば、部下が計画から逸脱した場合には即座にチェックを入れることができた。だが、部下に大きな裁量がある場合、管理職にできるのは部下の目標達成を支援(Support)することである。ドラッカー流に言えば、「あなたが目標を達成する上で、管理職である私に何かできることはないか?/管理職である私が阻害要因になっていることはないか?」と部下に尋ねることである。

 部下が仕事を完了したら、管理職は部下の仕事を評価(Assess)する。Assessとは価値を評価するという意味である。部下の仕事の価値、自社にとっての意義を評価するとともに、部下本人の人材価値を評価する。具体的には、部下がどんな能力を伸ばすことができたか、一方でまだ課題がある能力は何かといった点をめぐって、管理職と部下が対話を行う。このように見ていくと、従来のPDCAサイクルは、GDSA(Goal⇒Do⇒Support⇒Assess)へと修正されるだろう。

 最後にもう1点。本書では異動や転職に注目しており、キャリアの外的側面にフォーカスしていると言える。だが、キャリアには内的側面もある。そして、通常、キャリア開発と言う場合には、組織の視点に立った外的キャリアよりも、個人の視点に立った内的キャリアの方が重要な意味を持つ。なぜならば、結局のところ、キャリアとは働く個人本人の心理的課題であるからだ。内的キャリアを定義することは非常に難しいが、私なりに暫定的に定義すると次のようになる。
 まず、一見バラバラに見える、仕事を中心とした過去の様々な経験について、上司、同僚、部下、その他企業や組織の関係者、さらには友人、家族など多様な人物を登場させつつ、自分なりに意味づけをすることによって筋の通った1つの物語を編纂し、自分は何者なのか(自分はどんな価値観を大切にしているのか、自分には何ができるのか、自分は何をしたいのか)という自己認識を持つこと。

 その上で、企業や組織を取り巻く環境の変化を把握し、周囲から中期的に期待されている役割を理解するとともに、個人的な問題や家族の問題との葛藤が生じた時、そこに自己認識の物語を照射し、納得のいく意思決定を下して、仕事を中心とする人生の中期的なビジョンを構想すること。
 「ホワイトカラーがどのようにして内的キャリアを開発しているのか?」といった点が、今後の重要な研究課題になると思われる。