致知2016年4月号夷険一節 致知2016年4月号

致知出版社 2016-4


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 《参考記事(ブログ本館)》
 日本とアメリカの戦略比較試論(前半)(後半)
 『目標達成(DHBR2015年2月号)』―「条件をつけた計画」で計画の実行率を上げる、他
 『稲盛和夫の経営論(DHBR2015年9月号)』―「人間として何が正しいのか?」という判断軸
 森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他

製品・サービスの4分類(修正)

 またしてもこの図(※何度も言うが未完成である)を用いることをご容赦いただきたい。アメリカが強い左上の象限のイノベーションは、どういう製品・サービスが成功するか予測が困難であると書いた。ただ、過去のイノベーションを見てみると、いくつかの共通項は存在するようである。

 ①作り手の思いを強く反映させる
 イノベーションは必需品ではないため、前もって市場のニーズを予測できない。今まで誰もほしいと思わなかったものを作り出すわけだから当然である。イノベーターは、典型的な市場調査に頼ることができない。その代わりに、自分を最初の顧客に見立てて、自分が心の底からほしいと思うものを自分で作るのである。そして、聖書にある「己の欲する所を人に施せ」方式で、世界中にイノベーションを普及させる。Appleのスティーブ・ジョブズも、facebookのマーク・ザッカーバーグも、twitterのジャック・ドーシーも、自分がほしいものを形にしたと語っていた。

 ②顧客に敢えて不自由を経験させる
 以前の記事「『デザイン思考の進化(DHBR2016年4月号)』」でも書いたが、イノベーションは快―不快で判断される。だから、顧客に経験価値を提供することが重要となる。必需品が効率性で評価されるのとは違うわけだ。ところが、この”快”という感情は非常に複雑で、顧客がすんなりと価値を享受できれば快く感じるかというと、必ずしもそうではない。ディズニーランドのアトラクションには何時間も待たなければ乗ることができない。ヒット曲はサビが重要だが(そして、たいていの人はサビしか覚えないのだが)、サビに至るAメロやBメロがなければ曲として成立しない。それでも(いや、それゆえに)、顧客は満足する。

 ③顧客から見ればどうでもいいところに強くこだわる
 ①で、イノベーターは製品・サービスに自分の思いを強く反映させると書いた。だが、往々にしてイノベーターの強すぎる思いは、顧客への提供価値とはあまり関係ない部分にまで注入される。AppleがAppleⅡを開発した時のジョブズのエピソードは有名である。開発スタッフにジョブズが要求したのは「マシン内部の配線を真っ直ぐにしろ」ということであった。「内部の配線など誰が見るのか?」と反論するスタッフに対し、ジョブズはこう言い放った。「僕が見るのだ」と。

 (※)ここまでの内容は、ブログ本館の記事「『創造性VS生産性(DHBR2014年11月号)』―創造的な製品・サービスは、敢えて「非効率」や「不自由」を取り込んでみる」を参照。

 私はブログの自己紹介でも書いているように、北海道テレビの水曜どうでしょうが大好きである。水曜どうでしょうはテレビ界におけるイノベーションだと思っているのだが、ここまでに書いた①~③の要件を満たしている。

 ①の作り手の思いに関しては、4人が「旅のプランを事前に計画しない」、「笑いの素材は旅先で現地調達する」という価値観で一致しており、それが番組にも色濃く反映されている。②については、①の結果でもあるのだが、番組を見ていても旅が一向に進展しないし、脇道ばかりに逸れる。ひどい場合は、旅が終わらないうちに企画が乱暴に終了してしまう。③としては、藤村Dの緻密な編集が挙げられる。水曜どうでしょうは、他の番組と異なり、映像と音声をかなり自由に切り貼りして組み立てられている。また、文字スーパーの使い方にも独特の特徴がある。

 前置きが大分長くなってしまったが、『致知』2016年4月号を読んでいて、花仙庵 仙人温泉 岩の湯(長野県須坂市)が上記の②を非常に重視して旅館サービスを設計していることを知った。同旅館は1年先まで予約がいっぱいだそうだ。
 廊下の一部はそれまであった壁やガラス張りの部分を取り外し、外の自然と融合できる空間にしました。暖房の効いた廊下の先にある自動ドアが開くと、そこには屋根と廊下しかない豊かな雪景色が広がり、その空間を抜けて次の自動ドアを進むと再び暖かい廊下が待っているというイメージです。紅葉のシーズンですと、枯れ葉が舞い落ちます。それを踏んで自然の感触を味わっていただく、遠くの絶景ではなく身近な環境です。

 このような廊下を随所に作ったのは、現代人が便利さや快適さを追求する一方で、忘れてしまっているものがあるように思ったからです。私たちは不足、不便、不揃いという不の部分にこそ、便利さに慣れた現代人の心の奥底にある潜在ニーズがあると考え、それらを最高に生かすことをとても大事にしています。
(金井辰巳「飽くなき理想土の追求が山間の温泉宿を変えた」)
 旅館業でもIT化が進む中、うちにはホームページはありませんし、受付はすべて電話です。人間はそんなに器用ではないですから、便利さに慣れると逆に見えない世界が生まれてきます。人間的であるべきと思うところは退路を断ってアナログをとことん磨いていくということなのです。(同上)