米中戦争 そのとき日本は (講談社現代新書)米中戦争 そのとき日本は (講談社現代新書)
渡部 悦和

講談社 2016-11-16

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 本書から中国軍の弱点を拾ってみた。

 <技術的弱点>
 ・中国海軍の潜水艦の能力は逐次向上しているが、敵の潜水艦を攻撃する能力=対潜水艦戦(ASW)能力に関しては著しく低く、そのため海上自衛隊や米海軍の潜水艦が東シナ海や南シナ海で比較的自由に活動することが可能となっている。中国は対潜哨戒ヘリZ-9C/DやZ-18Fを保有しているものの、エンジン性能が低く、航続距離も短く、対潜哨戒ヘリとしての能力は低い。また、中国の水上艦艇で可変深度ソナー(VDS)や戦術曳航式ソナーを装備している戦艦は少なく、水上艦艇のASW能力も低いと言わざるを得ない。

 ・中国の潜水艦は、米軍が保有する音響監視システム(SOSUS)などの広域にわたる潜水艦探知網によってその位置を常に監視されているが、逆に中国海軍はSOSUSのような水中センサーを一部しか整備していない。

 ・中国の第5世代機であるJ-31は米軍の第5世代機であるF-22やF-35に似ており、両者をコピーした可能性がある。ただし、J-31のエンジンではパワー不足で、旋回時にアフタバーナーを焚かなければ高度を維持できない。総じて中国のコピー機には優れたエンジンが不足している。そもそも、J-20やJ-31を第5世代機と宣伝したところで、アクティブ電子走査アレイ(AESA)レーダーという高性能レーダーを搭載していなければ、第5世代の基準に到達したとは言えない。

 ・空母キラーとして有名な対艦弾道ミサイルDF-21Dについて、中国はいまだに海上目標に対するDF-21Dの実射試験を実施していない。弾道ミサイルを実戦で運用するためには、キル・チェーン(ほぼリアルタイムで目標を発見、捕捉、追跡、ターゲティング、交戦(射撃)し、射撃の効果を判定するという意一連のプロセス)の全段階をコントロールする、完成された指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察(C4ISR:Command、Control、Communication、Computer、Intelligence、Surveillance、Reconnaissance)システムが必要である。実際に機能するC4ISRシステムを中国軍が保有し、キル・チェーンの全期間を通じ実運用できる段階にあるかは大いに疑問符がつく。

 <組織的弱点>
 ・中国軍は伝統的に陸軍偏重である。しかし、海洋国家を目指す中国は、陸軍偏重からの脱却を図っている。

 ・人民解放軍は腐敗している。国防費のかなりの部分を個人や組織が流用し、本来ならば兵器の購入・整備、訓練のためにあてられるべき資金が消えてしまう。腐敗体質の原因は、かつての最高実力者・鄧小平が軍に認めた「軍独自のビジネス」にあると言われる。鄧小平は、経済成長を優先するために、国防費に充当する資金を制限した。その国防費の不足を補うために、鄧小平が中国軍の独自ビジネスを認め、結果的に軍の腐敗を助長させることになった。

 ・2015年12月31に発表された軍改革の大きな特徴は、60年以上続いてきた旧ソ連方式から米軍方式への転換であるとされている。組織体制を米軍に倣おうとするものだ。ところが、軍に対する共産党の指導制度が厳然として中国軍の組織内に存在している。それが政治委員制度である。政治委員制度では、軍内の監視・監督の任務を有する政治委員が配置されている。軍に軍人の指揮官と政治委員という2人の指揮官が存在する軍内二元指揮制度は今回の軍改革でも温存されており、これは旧ソ連方式である。

 ただ、これらの弱点があるからと言って、中国軍を見くびってよいわけではない。2015年秋に米国のランド研究所が発表した「米中軍事スコアカード」では、「台湾紛争」と「南シナ海紛争」について分析がなされている。具体的には、中国の航空基地攻撃能力、米軍の航空基地攻撃能力、米国対中国航空優勢、米国の空域突破能力、中国の対水上艦艇戦能力、米軍の対水上艦艇戦能力、中国の対宇宙能力、米軍の対宇宙能力、米国対中国サイバー戦、核の安定という10の項目について、米軍と中国軍の能力の優劣を時系列で評価している。

 これによると、台湾紛争については、20世紀末から21世紀初頭にかけて米軍が有利であったものの、2017年時点では米中の能力が拮抗している項目が増えており、項目によっては中国の方が米国を上回っている。台湾紛争に関しては、中国は距離的な近さを利用して、米国よりも優位に立てる分野があるということだ。一方、南シナ海紛争については、中国からの距離が遠くなるため中国軍の方が不利であり、米軍が圧倒的に優位に立っている。しかし、両者の差は徐々に縮まっている点に注意しなければならない。

 藤井厳喜、飯柴智亮『米中激戦!―いまの「自衛隊」で日本を守れるか』(ベストセラーズ、2017年)によると、米中間のMLCOA(Most Likely Course of Action:最も発生可能性が高い軍事衝突)は台湾紛争だとされている。その台湾紛争において、中国が米国と互角になりつつあることは衝撃的な発見である。もっとも、私は、台湾紛争によって米国が勝利し台湾が独立しても、中国が勝利し台湾を中国本土に組み込んでも、中国のファシズムが完成し、それが結果的に中国共産党の崩壊を招くだろうと予想している(以前の記事「陳破空『米中激突―戦争か取引か』―台湾を独立させれば中国共産党は崩壊する」を参照)。

米中激戦!  いまの「自衛隊」で日本を守れるか米中激戦! いまの「自衛隊」で日本を守れるか
藤井厳喜 飯柴智亮

ベストセラーズ 2017-05-26

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 本書では、自衛隊の強化についても述べられている。米中衝突のシナリオとしては、前述の台湾紛争、南シナ海紛争の他に、米中の全面戦争(米国はエア・シー・バトル(ASB)と呼んでいる)と尖閣諸島紛争が考えられる。ASBにおいては、米軍は第一列島線から一旦後退し、体制を整えてから中国に反撃することが想定されている。米軍が後退している間、中国からの攻撃に耐えなければならないのは、第一列島戦上に位置する国であり、当然のことながら日本も含まれる。また、尖閣諸島については、米国は日米安保の対象になると述べているものの、実際には米国が出てくることはなく、日本が独力で防衛することになると言われている。米国は、自国の領土を死守する気概を持たない国を庇護することはない。

 人の振り見て我が振り直せではないが、日本も中国軍を傍観するのではなく、自衛隊が有事の際に効果的に機能できる体制を整えておかなければならない。自衛隊の弱点については、ブログ本館の記事「『天皇陛下「譲位の御意向」に思う/憲法改正の秋、他(『正論』2016年9月号)』―日本の安保法制は穴だらけ、他」、「『正論』2017年11月号『日米朝 開戦の時/政界・開戦の時』―ファイティングポーズは取ったが防衛の細部の詰めを怠っている日本」などでも部分的に書いたが、探せばボロボロと出てくるに違いない。前掲の『米中激戦!―いまの「自衛隊」で日本を守れるか』でも、自衛隊の弱点が数多く指摘されている。

 本書の最後に書かれている次の文章は、非常に身につまされるものである。
 手足を縛りすぎた、この専守防衛というキャッチフレーズのために、国際的なスタンダードの安全保障議論がいかに阻害されてきたことか。集団的自衛権の議論、他国に脅威を与えない自衛力という議論、長距離攻撃能力(策源地攻撃能力)に関する議論、宇宙の軍事利用に関する議論など、枚挙にいとまがない。例えば、「他国に脅威を与えない自衛力」にこだわれば抑止戦略は成立しない。他国に脅威を与える軍事力があるからこそ、他国の侵略が抑止できるのである。