タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)
中根 千枝

講談社 1967-02-16

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 他の諸社会における「私たち」というものは、それ以外の人々(ヨソ者)という区別にも使われるが、それと同時に、社会には「私たち」に対応する同じような集団がいくつもあり、そのなかの一つが自分の属する特定の「私たち」であるという認識があり、「私たち」はこれら他集団との円滑な関係をもつことによって、社会関係がつつがなく行なわれていくという解釈にたっている。
 インド人や中国人にとっては、実際に知らない人々の中につねに「見えないネットワーク」によって結ばれている人々がいるという大前提がある。それは、同一血縁の者が、同業者か、何らかの同一資格によって結ばれる人々である。知らないからといって日本人のように、「ヨソ者」とは限らないのである。
 インド人や中国人など(引用文には書かれていないが、西欧人も含まれると思われる)は自分が知らない人とも見えないネットワークでつながっていると感じるのに対し、日本人はヨソ者に対して極めて排他的であると指摘した箇所である。

 諸外国の人は、自分が知らない人のことでも情報を収集して理解しようとする。イギリスは調査大国であり、かつての植民地時代には、事前に植民地のことを徹底的に調べ上げたという。アメリカも情報収集が得意な国であって、戦争をする前には相手国の戦力を丸裸にする(ただ、近年はアメリカの情報収集・分析力が落ちており、イラク戦争ではそれがアダとなったと池上彰氏は指摘していた)。

 日本企業が海外で展示会に出展すると、面食らうことがある。それは、日本の展示会では考えられないような大物、具体的には政界・経済界の要人がふらりとブースにやってきて、「御社のWebサイトを見た。是非、御社の製品を買いたい」と言うことである。日本企業は決裁権限のない現場担当者をブースに派遣してしまうので、みすみす大きな商談を逃してしまうことになるのだが、それはともかくとして、海外の人々は日本企業のことをWebサイトなどでよく研究している。日本語のWebサイトしか持っていない企業でも、海外の人は読み込んでいることがある。

 海外の人は、情報さえ入手できれば、相手とある程度知り合いになれると考えるようだ。ただ、逆に言えば、情報さえ用意すれば実在があるように見せかけることができる、ということでもある。海外企業と取引をする場合、相手がWebサイトを持っているからと言って安心はできない。Webサイトがあっても企業としての実体がないことはよくある。Webサイトに記載されている住所を実際に訪れてみると、ただの民家だったり、空き地だったりする。こういう事態を避けるためには、信用調査会社を使ってリサーチするのが有効である。

 日本人は他者との直接的な接触を非常に重視する。自分が知っている人から入手した情報でなければ信用しない。私が属する中小企業診断士のネットワークは、非常に排他性が強い。診断士がコンサルティングをする際、1人で全ての作業はできないで、通常はチームを組む。ここで、誰をチームに入れるかが問題となるのだが、チームがこれから取り組む仕事に要求される能力を持った診断士を幅広く探索するのではなく、チームリーダーがよく知っている診断士を、リーダーがよく知っているからという理由だけで招き入れるのが普通である。

 表向きは診断士も、「他の診断士が何を得意としているのか、情報が簡単に収集できる仕組みがほしい」と言う。そして、こういう要望に応えるために、診断士に関するデータベースが構築される。この種のデータベースは、私が所属する東京協会城北支部にも、診断士協会の全国組織にも存在する。また、中小企業庁が最近開設した中小企業支援策のポータルサイトであるミラサポにも、診断士をはじめとする専門家を検索できる機能がある。

 しかし、私が知る限り、これらのデータベースは十分に機能していない。仮に海外に中小企業診断士という資格があって、こうしたデータベースが完備されていれば、全国各地に散らばる診断士同士で、日々仕事のマッチングが成立していることだろう。ところが、診断士は相変わらず「自分が知っている人でなければ、安心して仕事を任せられない」と公言するのである。診断士の世界でランサーズ(クラウドソーシング)のような仕組みが機能する日は、おそらく来ないであろう。

 海外の人は知らない人でも情報を収集して知り合いになるのに対し、日本人は知り合いの情報しか信用しないという違いは、マーケティングの方法にも表れる。海外、特に欧米の企業は、潜在顧客も含めて市場に関する情報を幅広く収集する。ビッグデータを活用して顧客の潜在ニーズを発掘するというのは、いかにも欧米的な発想である。これに対し日本企業は、自社がよく知る顧客、とりわけ重要顧客の声に直接耳を傾けることを重視する。

 最近、顧客に対して文化人類学者のように密着し、日常生活や消費行動をつぶさに観察する「エスノグラフィー(文化人類学的)・マーケティング」なる手法が注目されている。P&Gの"Livin' it(顧客と一緒に生活してみよう)"、"Workin' it(小売店で実際に働いてみよう(※顧客が小売店の中でP&Gや競合他社の製品をどのように比較・購入するのかを知ることが目的である))"などがその代表である。しかし、こういう取り組みは、日本企業が昔からやっていたことであるように思える。エスノグラフィー・マーケティングは、データによる顧客理解がややもすると表面的になってしまう、という欧米の反省から生まれた手法である。