こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

山本七平

山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―上下関係とは上から下への一方的な指揮命令関係だけではない


帝王学―「貞観政要」の読み方 (日経ビジネス人文庫)帝王学―「貞観政要」の読み方 (日経ビジネス人文庫)
山本 七平

日本経済新聞社 2001-03-01

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 「貞観政要」は、唐代に呉兢が編纂したとされる太宗(李世民)の言行録である。「貞観」は太宗の在位の年号で、「政要」は「政治の要諦」を意味する。本書はこの貞観政要の内容を山本七平なりに解釈したものである。貞観政要は日本でも幅広く読まれており、特に徳川家康は好んで読んだとされる。

 「貞観の治」と呼ばれる太宗の安定した政治を特徴づけるもののは、何と言っても太宗が臣下からの諫言を積極的に受け入れたことである。もちろん、天命によって君主となった人物とはいえ、太宗とて人の子であるから、臣下からあれこれと注意をされれば気分がよいものではない。事実、諫言をした臣下に対してあからさまに嫌悪感を示しているような、人間臭い一面もある。ただ、それはごくごく例外的で、大半において太宗は臣下からの声に耳をよく傾けた。

 太宗が特に重宝したのが、房玄齢、杜如晦、魏徴、王珪の4人である。房玄齢、杜如晦の2人は唐の律令制度をはじめ、様々な国家制度の整備に尽力した功労者である。面白いのが魏徴、王珪の2人であり、彼らは元々太宗の臣下ではなかった。太宗がまだ君主になる前のこと、つまり李世民だった頃、王位をめぐって李建民・元吉兄弟と争ったことがある(玄武門の変)。実は、魏徴と王珪は建民、元吉側の人間であった。玄武門の変に勝利した太宗は、敢えて敵に仕えていたこの2人をスカウトした。敵にあれだけの忠誠を誓うのだから、自分に対しても高い忠誠心を持ってくれるに違ないと期待してのことだった。事実、この2人は太宗の期待に応え、太宗の政治において重要な役割を果たした。

 特に、魏徴は太宗に対してよく、そして厳しく諫言したことが貞観政要からは読み取れる。随分昔に、旧ブログの記事「部下にだって「上司に物申す時の流儀」ってものがある」で、魏の君主・曹操に使えた郭嘉と孔融という2人を取り上げたことがある。この2人も曹操によく諫言したのだが、孔融は史実を都合のいいように曲げたり、多分に皮肉を含んだ迂言的な諫言をしたりしたために、結局は曹操に疎んじられ、殺害されてしまった。その点、魏徴の諫言は非常にストレートである。中には、「太宗が有終の美を飾るための提言」などというものもあって、まるで太宗に退位を迫るかのようなものなのだが、それでも太宗に受け入れられたのは、よほど厚い信頼関係で結ばれていたためであろう。

 太宗がこれほどまでに臣下の意見を重宝したのには理由がある。太宗は幼い頃から弓矢を好んでおり、その道には熟達していると思っていた。ところがある時、自分が手に入れた良弓を弓工に見せると、「こんなものは真っすぐに飛ばない」とばっさり切り捨てられてしまった。この時太宗は、自分は弓矢の道に通じていると天狗になっていたが、実は全く理解が及んでいないことを痛感させられた。弓矢の道ですらこのような具合なのだから、まして自分が不慣れな政治の道に関しては、様々な過ちを犯すであろう。だから、決して独断で物事を進めずに、必ず周囲の人々の意見を聞くことにしようと決意したわけである。

 古代の中国の政治を見ていると、太宗の例のように、君主から臣下に対する一方通行の指揮命令関係だけでは語れない側面がたくさんある。下から上に対して影響力を及ぼす関係も重要である。これを私はカギ括弧つきの「下剋上」と呼んでいる。通常の下剋上は、下の地位の者が上の地位の者に取って代わることを目的とする。これに対して、「下剋上」の場合は、下の地位にある者が、下の地位にいながら、その自由意思を発揮して、上の地位の者の言動を変化させることを目的としている。決して、地位を乗っ取ろうとしているわけではない点に大きな特徴がある。この「下剋上」があるから、上の階層の者は誤りを犯す確率が減るし、下の階層の者は生き生きと仕事をすることができる。現在のように共産党が強権的に支配する中国ではおよそ考えられないことだろう。

 こうした双方向的な上下関係の原点の一端を、私は『孟子』の中に見て取ることができると考えている。
 舜・帝に尚見(上見)すれば、帝は甥(むこ)を貳室(副宮)に館(み)て、亦舜を饗し迭(たがい)に賓主となれり。是れ天子にして匹夫を友とするなり。下を用いて上を敬する、之を貴を貴ぶと謂い、上を用(もっ)て下を敬する、之を賢を尊ぶと謂う。貴を貴ぶと賢を尊ぶとは、其の義一なり。

 【現代語訳】舜が帝尭に謁見するときは、天子はわざわざ婿の舜をその泊まっている離宮に訪ねていって会われ、また舜を招いて饗宴を催され、二人は互いに賓客となったり、主人役となったりして待遇の礼を尽くされた。これこそ身は尊い天子でありながら、その尊貴を忘れて賢者を尊んで、ただ一介の平民をば友とされたものである。いったい、身分の下のものが上のものを敬うのを貴を貴ぶといい、身分の上のものが下のものを敬うのを賢を尊ぶというものであるが、貴を貴ぶのも賢を尊ぶのも、どちらも尊敬すべき点があるからこそ尊敬するのだから、その道理は全く同じで、決して変わりはないものである。
 これは決して、身分が上の者がへりくだって、身分が下の者に対しておもねることを意味するのではない。また、身分が下の者も、身分が上の者がへりくだってきたことを利用して身分が上の者に接近することをよしとするのでもない。最近は、上司が部下に対して厳しく接することができず、また部下も上司に怒られたくないから、お互いにまるで友達であるかのように振る舞うケースが増えていると聞くが、これは組織における人間関係というものを勘違いしている。
 曰く、その多聞なるが為ならば、則ち天子も師を召さず、而るを況や諸侯をや。その賢なるが為ならば、則ち吾未だ賢を見んと欲して之を召すを聞かざるなり。繆公亟(しばしば)子思を見て、古は千乗の国〔の君〕も以て士を友とすとは如何と曰えば、子思は悦ばずして、古の人言えるあり、之に事(つか)うと曰うも、豈之を友とすと曰わんやと曰えりとぞ。子思の悦ばざりしは、豈位を以てすれば則ち子は君なり、我は臣なり、何ぞ敢て君と友たらん、徳を以てすれば則ち子は我に事うる者なり。奚ぞ以て我と友たるべけんといふにあらずや。千乗の君すら之と友たらんことを求めて得べからず。而るを況や召すべけんや。

 【現代語訳】孟子はいわれた。「物識りだから〔召す〕というのなら、多分その人を師として学ぶつもりだろうが、天子さまでさえも師を呼びつけにはしないのに、まして諸侯ではなおさらのことではないか。また、賢者だから〔召す〕というなら、私は賢者に会いたいからといって、呼びつけるなどという無礼な話はまだ聞いたことがない。

 昔、魯の繆公(穆公)はたびたび子思に会われたが、ある時繆公は『その昔、戦車千台を出すことのできる大国の君でありながら、〔その身分を忘れて〕一介の士を友達として交際した者があるというが、これをいったいどう思うか』といって、暗に自分を褒めたので、子思は〔公が身分を鼻にかけているのを〕不快な様子で『古人の言葉に、賢者には〔その徳を師として〕事えるとこそ申していますが、どうして友達扱いにするなどと申していましょうや』といったということだ。

 子思が不快に思ったのは、それはおそらくこういう腹づもりだったのではあるまいか。つまり『地位からいえば貴方は主君であり、私は臣下です。どうして主君と〔対等の〕友達になろうなどと思いましょうや。しかし徳からいえば、貴方は門人で、私に師事する者です。どうして〔師である〕この私と友達になどなれましょうぞ』。かように、大国の君ですら賢者と友達になりたいとのぞんでもなれないのに、ましてこれを呼びつけるなどどうしてできようぞ」
孟子〈下〉 (岩波文庫)孟子〈下〉 (岩波文庫)
小林 勝人

岩波書店 1972-06-16

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 国家も組織である以上、トップに最高責任者としての君主があり、上下関係で結ばれた臣下がいる。だが、臣下の方が優れている分野に関して臣下の力を借りたいと思う場合には、君主の方から臣下に会いに行かなければならない。決して、身分の高いことを鼻にかけて臣下を呼びつけにしてはならない。古代の中国にはこういうしきたりがあったようである。

 以前の記事「岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』―現代マネジメントへの挑戦状」で、アドラーは垂直関係を否定し、水平関係を重視していると書いたが、個人的にはこのアドラーの主張にはどうも賛同できない。垂直関係があるからこそ、人々は立場が上の人に対して敬意を払うことができる。上の人を思いやることができる。ただ、立場が上の人も、立場が上であることに胡坐をかいているわけにはいかない。立場が下の人の中に知識、能力、経験、人格面で優れている人がいるならば、彼らの元へ出向いて教えを請わなければならない。これによって、立場が上の人は独善的にならずにすむ。そして、組織も抑圧的な権威主義に傾くことを防止できる。

 仮に全員が水平関係にあったら、相手に対する敬意も思いやりも消え、代わりに顔を出すのがエゴをむき出しにした敵意や憎悪である。それが端的に表れているのが、民主的とされるインターネットの世界である。私はそういう敵意や憎悪に触れたくないので、Q&Aサイトや掲示板の類はほとんど見ない。

 ブログ本館の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第42回)】いびつなオフィス構造もコミュニケーション不全を引き起こす原因に」で書いたように、私の前職のベンチャー企業のオフィスでは、若手のスタッフが狭い端っこの部屋に押し込められ、マネジャーは少し離れた大部屋でブースを与えられて仕事をしているという具合であった。私は、大部屋にいるマネジャーから内線電話がかかってきて、「作ってもらった資料について話があるから大部屋に来て」と呼び出されるのが非常に嫌であった。もちろん、当時の私はコンサルタントとしてはカスみたいな存在だったから、マネジャーからそんな扱いを受けても文句は言えなかった。

 だが、たかが歩いて数秒の距離である。もし私が自分よりも優秀な部下を持ったならば、そのスタッフ部屋に直接出向いて話をしようと思ったものである。そして、これだけ知識が目まぐるしく変化する時代においては、自分よりも知識面などで優れいている部下を持つ確率は格段に高まっている。

寺本義也、近藤正浩、岩崎尚人『ビジネスモデル革命―競争優位から共創優位へ』―「共創」とは顧客にコンテンツを作らせること(CGM)ではないだろう


ビジネスモデル革命―競争優位から共創優位へビジネスモデル革命―競争優位から共創優位へ
寺本 義也 近藤 正浩 岩崎 尚人

生産性出版 2007-05

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 本書では、次のような「第5世代のビジネスモデル」が提示されている。
 P*NP∬NW∬SV(H+S)
 日本語で説明するならば、まずハードウェアだけでなく、ソフトウェアを組み合わせたサービスを提供しなければならない。そしてそのサービスは、自社が全て提供することにこだわらず、他社と手を組んでネットワークで提供する。その目的は営利であると同時に非営利でなければならない。つまり、経済的ニーズを満たすと同時に社会的ニーズも満たさなければならないというわけである。

 本書は10年以上前の本なので事例が古い点はご容赦いただきたいのだが、本書の中では、他社と手を組んでネットワークで顧客価値を実現した例として、Appleとサトー(プリンタ、プリンタ関連製品、ハンドラベラー、自動ラベル貼付機器、シールなど自動認識ソリューションを提供)が挙げられている。Appleは携帯音楽プレイヤー事業に参入するにあたって、自社を単なるプレイヤーのメーカーとは見なさなかった。もしAppleがただのメーカーであったならば、そのバリューチェーンは、部品調達⇒組立という単調なものになっていただろう。Appleは音楽レーベル(レコード会社)と手を組むことで、顧客に対して新しい音楽体験を提供することに成功した。Appleのビジネスモデル図には、一般の製造業ではまず登場しない音楽レーベルという存在が書き込まれていた。

 サトーが取り扱う製品の中には、TECをはじめとする大手企業が参入し、サトーにとっては競合相手となり得るものも存在する。大手企業との体力勝負では勝ち目が少ないため、同社は大手企業の製品をむしろシステムの一環として仕入れることで、大手企業とは同じ土俵に立たない仕組みを確立した。これにより、大手企業にとってサトーは競合他社であると同時に大口顧客となった。

 また、本書ではビジネスモデルを4つのサブモデルに分けている。すなわち、①顧客価値創造モデル、②収益モデル、③ファイナンスモデル、④人材モデルの4つである。ブログ本館の記事「DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他」で戦略立案プロセスについて整理したが、人材については、ビジネスモデルやビジネスプロセスを描いた後の戦略的打ち手として、資金調達については、将来の予測損益計算書・貸借対照表を作成した後に検討することを想定していた。このファイナンスや人材を、ビジネスモデルを構想する段階で検討しておくべきだという本書の提言は一聞に値する。

 例えば、セコムは機械警備の導入にあたって、「支払いは3か月分前金、2年契約、契約破棄にはペナルティを課す」という条件をつけた。セコムは、料金を前払いにすることで、莫大な設備投資の資金を調達することに成功した。つまり、セコムのビジネスモデルには、収益モデルだけでなく資金調達の方法についてもあらかじめ盛り込まれていたわけだ。また、本書ではサトーの中途採用を中心としたユニークな人材育成の方法についても紹介されている(ただし、それがサトーの提供する各種サービスとどう関連しているのかがやや不透明であった)。

 ○図1
企業のサブ目的

 ○図2
企業のステークホルダー

 ここからは本書に対する不満。図1についてはブログ本館の記事「【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―「にじみ絵型」の日本、「モザイク画型」のアメリカ、図2については「『一橋ビジネスレビュー』2017WIN.65巻3号『コーポレートガバナンス』―コーポレートガバナンスは株主ではなく顧客のためにある」を参照していただきたい(この2つの図は統合したい(特に、図1からは取引先が抜けている)のだが、私の怠慢で進んでいない)。

 企業がネットワークで価値を提供するという場合、そのネットワークには垂直方向と水平方向の2つがある。垂直方向には自社に対してモノを提供する取引先と、市場や社会のルールを制定する行政がある。企業は取引先を単なる仕入先、外注先として下に見るのではなく、対等なパートナーとしてどのように協業できるかを考えなければならない。また、行政に対しては、行政が市場や社会に対して課している様々な規制のうち、顧客のために変更した方がよい、または導入・撤廃した方がよいものを積極的に提案する役割が今後は求められるだろう(私はこれを山本七平の言葉を借りて「下剋上」と呼んでいる)。

 さらに、これからのビジネスモデルには、モノを提供する取引先だけでなく、ヒトを提供する家族、カネを提供する株主・金融機関、知識を提供する学校も描かれる必要があると考える。そして、取引先をパートナーとするのと同様に、これらのプレイヤーもパートナーと見なす。パートナーとして見なすということは、彼らの目的の達成を企業が支援するということである。取引先に対しては「その企業の業績が向上するために自社として何ができるか?」、家族に対しては「家族の構成員が健康を取り戻すために自社として何ができるか?」、株主・金融機関に対しては「彼らが望むリターンを獲得するために自社として何ができるか?」、学校に対しては「学校が教育ある人を輩出するために自社として何ができるか?」と問う(これを山本七平の言葉を借りて「下問」と呼んでいる)。

 図1では「サブ目的」という表現を使った。これは、企業の第一目的はドラッカーが言うように「顧客の創造」であり、前述の問いに答えることは2次的な目的であるという意味合いである。だが最近は、サブ目的というよりも、第一目的を達成するための「ルール」という表現をした方がよいと考えるようになった。企業は第一義的に顧客の創造を目指すが、その過程で例えば取引先の業績も向上させなければならない。これは必ず守らなければならないルールである。ちょうど、100m走において、目的は「速く走ること」であるのに対し、「決められたレーンの中を走らなければならない」ことがルールであるのと同じ関係である。この辺りはもっと論理的に整理が必要なので、もう少し時間をいただきたい。

 《2018年5月22日追記》
 ブログ本館で、企業の目的と従うべきルールについて整理してみました。
 【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察


 水平方向のネットワークとしては、図1にあるように、まず競合他社や異業種企業との連携がある。これは、自社の経営資源だけではカバーできない顧客ニーズを満たすための協業である。あるいは、協業を通じて顧客に対して新たな価値を顧客に提供することである。もう1つの連携先として、NPOがある。これは、企業が社会的ニーズを満たすための連携である。NPOは社会的ニーズを抱えた人々を多数抱えているが、ニーズに応えるための製品・サービスをどのように開発し、それを事業としてどうマネジメントするかについてはノウハウが乏しい。この点を補う役割が企業には期待される。いずれの連携も顧客の幅を広げるものであり、先ほど書いた企業の第一目的である「顧客の創造」につながっていく。

 このように、第5世代のビジネスモデルにおけるネットワークはかなり広範囲に及び、かつダイナミズムにあふれているのだが、本書の事例(Google、mixi、Apple、サトー、JR東日本、セコム)ではそこまで詳細な分析がなされていなかった。特に、第5世代のビジネスモデルの最大の特徴として非営利を追求する、つまり社会的ニーズを充足するという点が強調されていながら、どの事例もこの点に触れていなかったのが残念である。

 本書には「競争優位から共創優位へ」というサブタイトルがついている。ここで言う共創とは、第1には競合他社や異業種企業、NPOとの協業を通じた価値の創造であり、第2には行政に対する下剋上、自社に経営資源を提供する各パートナーへの下問を通じて達成されるものであると私は理解している。ところが、本書を読むと、googleやmixiが、ユーザの作成するコンテンツをベースに無料で資源を獲得している点を共創ととらえている節がある。いわゆるCGM(Consumer Generated Media:消費者生成メディア)のことである。確かに顧客との共創かもしれないが、これでは共創の意味をかなり限定してしまうような気がする。

藤井厳喜、飯柴智亮『米中激戦!いまの「自衛隊」で日本を守れるか』―【結論】守るのは難しいかもしれない


米中激戦!  いまの「自衛隊」で日本を守れるか米中激戦! いまの「自衛隊」で日本を守れるか
藤井厳喜 飯柴智亮

ベストセラーズ 2017-05-26

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 ブログ本館の記事「『終わりなき「対テロ戦争」(『世界』2016年1月号)』」で、日本は海洋国家であるにもかかわらず、自衛隊の構成が陸自に偏っていることを指摘したが、本書にも同じことが書かれていた。
 飯柴:現在、自衛隊総定員数約24万人のうち、陸上自衛隊員がいちばん多くて約15万人、全体の60%以上です。これは割合がおかしい。まったく同じ予算と総人数で、割合を空4:海4:陸2に変えていかなければいけないと思います。それだけで、かなりの戦力アップになります。軍事費の増額は必要ありません。そうしておいて、米軍を守る兵器ばかりではなく、米軍がいなくなっても自主防衛できるよう、少しずつ軍備もシフトしていく。これがスタートです。
 藤井:日本の国土で自衛隊の戦車が走りまわって戦闘しているようであれば、その時点で日本は終わっているということですからね。かつてはソ連を相手に北海道あたりで戦うつもりだったのだろうと思います。確かに、もう戦車は必要ない。
 ブログ本館では、日本社会の多重階層構造について何度か言及してきた。通常、階層型組織においては、上の階層から下の階層に対して一方的に命令がなされる。また、組織論で言われる「権限・責任一致の原則」に従うと、階層が上に行けば行くほど責任が重くなり、その分大きな権限が与えられる。

 ところが、日本の場合は、下の階層の人間が上の階層の人間の命令に対して、「もっとこうした方がよいのではないか?」と提案する自由がある。これは、上司の命令が絶対である欧米組織ではなかなか考えられないことである(もっとも、最近は部下の意見を尊重するマネジメントを実践している欧米企業も増えつつある)。そして、部下からの提案を受けた上司は、「君がそこまで言うのなら、自分でやってみなさい」と言って、上司が持っていた権限を大幅に部下に移譲する。これを私は、山本七平の用語の使い方に倣って「下剋上」と呼んでいる。

 下剋上が行われると、部下は責任よりも大きな権限を手にし、逆に上司は権限よりも責任が大きくなる。山本七平の言う下剋上では、部下が上司に取って代わろうとしているわけではない点が特徴である。部下はあくまでも部下の立場にとどまり、拡張された自由の中で大いに創造性を発揮する。仮に失敗しても、上司が責任を取ってくれる。これが日本組織の1つの美点であると私は思う。

 下剋上のメリットは、部下が提案活動を通じて上司の仕事の視点を先取りし、より大局的な視点から創造的な仕事をすることが可能となる点にある。ところが、自衛隊の組織は、単に部下に対する権限移譲だけがなされており、部下が俯瞰的に物事を見ることができなくなっているようである。そうすると、例えば軍事技術の開発に携わっている部下は、上司から与えられた潤沢な権限(資源)をバックに、個別の技術レベルを必要以上に上げることばかりに集中してしまい、その技術を軍事システム全体の中でどのように活用するのかという視点を失ってしまう。これを山本七平は、自身の陸軍での体験から「武芸の絶対化」と呼んだ。
 藤井:今、日本で心神(X-2/先進技術実証機)というステルス戦闘機をつくっていますね。それが、エンジンの出力不足でミサイルが格納できないという指摘です。ミサイルを外にぶら下げたままにならざるをえない。それではステルス性がなくなります。細かいエレクトロニクスはよくても、基本的なところがなっていない。(中略)「システムの中でこそ機能するもの」という発想がどうもないんじゃないかという気がしますね。
 システム思考の欠如は、次のような事例にも表れている。
 飯柴:だから、(※日本は)F-22(ロッキード・マーティン社とボーイング社が共同開発した、レーダーや赤外線探知装置などからの隠密性が極めて高いステルス戦闘機)を売ってくれと言っていますが、同じことです。シパーネット(※秘密情報を扱うアメリカの独自ネットワークで、ハッキング不可能)とジェイウィクス(※トップシークレットを扱う専用ネットワークで、インターネットからは物理的にも論理的にも完全に隔離されている)の端末が入っていますし、情報収集は衛星の秘匿回線を通じてするものですからね。(※シパーネットやジェイウィクスにアクセスできない日本が)どう使うんだという話です。シパーネットとジェイウィクスが、F-22を運用していくための基幹システムなんです。だからこれは「役に立たないスマホ」ですよ。
 技術は素晴らしくても、それをシステムとして活用する力が弱いのは、日本軍の伝統である。第2次世界大戦中、イギリスとアメリカは、レーダー用アンテナの実戦配備に成功した。イギリスは、1940年7~10月のバトル・オブ・ブリテンにおけるドイツ空軍による航空攻撃に対する防空邀撃システムの一環として、イギリス本土に24か所の早期警戒レーダー網を展開し、ドイツ空軍の封殺という目覚ましい成果を上げた。このアンテナの名前は”Yagi Antenna”と言う。開発したのは日本人の八木秀次であった。日本軍は八木アンテナの軍事的な有用性に気づかず、その間に技術を米英に盗まれ、実用化されてしまったのだ(杉之尾宜生「「攻撃は最大の防御」という錯誤 失敗の連鎖 なぜ帝国海軍は過ちを繰り返したのか」〔『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年1月号〕)。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 01月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 01月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-12-10

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 いや、システム思考の欠如は、現代においても日本社会の至るところで見られる病巣なのかもしれない。ある電子機器メーカーを取材した中小企業診断士から話を聞いたのだが、このメーカーでは最近、非常に高精度のセンサーを開発したらしい。ところが、診断士が技術者にインタビューすると「このセンサーをどのように使ったらよいのか解らない」という答えが返ってきた。IoT(Internet of Things)がこれだけ注目されており、センサーはIoTシステムの重要な構成要素であるのに、ソリューションとしてのシステムが構想できないのである。せっかく権限移譲されても、個別最適に陥り巨視的な視点を欠くという悪癖がここでも見られる。

 それでもまだ、部下に対して権限移譲がされているならましなのかもしれない。最近の防衛省や自衛隊は、部下に対する権限委譲もされず、上からの命令を絶対視し、融通が利かない官僚組織と化しているようである。
 飯柴:実戦形式の合同演習を行ったときの話です。シナリオが4つありました。仮にそれらをA-B-C-Dとしておきましょう。基本的に順不同です。撤収の効率などを考えると「C-A-B-Dの順番が面倒にならないのでそうしましょう」と、米軍が提案したところ、いや、それはできません、という答えなんですね。「演習の順番は防衛省に報告済みだからできない」と言うんです。違うことをやるわけではないから、司令官権限でできるでしょうと言っても、「それはできない」と。
 藤井:「官僚主義」というやつですね、それは。順番が違っていただけで、背広組にいじめられるとか、まして、野党の政治家や朝日新聞に嗅ぎつけられたらえらいことになるということですね。現場の判断で制服組が動いたことが問題にされるわけです。
 戦場ではいつ何時何が発生するか解らない。よって、現場で状況に応じて柔軟に意思決定をすることが不可欠となる。したがって、海外の軍隊では、絶対にやってはいけないことだけをあらかじめ定めておき、それ以外は現場の裁量で自由に実行できるようになっている。これをネガティブリスト方式と呼ぶ。ところが、日本の自衛隊の場合は、やってよいことだけをあらかじめ明記するというポジティブリスト方式を採用しており、世界的に見れば異端である。この方式で、果たして海外からの攻撃に自衛隊が対応できるのか、私としては非常に不安である。

山本七平『徳川家康(上)』


徳川家康(上) (ちくま文庫)徳川家康(上) (ちくま文庫)
山本七平

筑摩書房 2010-12-10

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 本書を読んで徳川家康に対するイメージが変わった点が2つある。家康は幼少の頃に今川義元の下に人質として取られ、苦労したと思っていた。ところが、戦国時代の人質はいわば外交カードであるから、そんなに人質をぞんざいに扱うことはない。家康はむしろ義元によって大事に扱われた方で、今川家の分国法である「今川仮名目録」や、そのベースとなった「貞永式目」を学んだのではないかと山本七平は指摘している。戦国時代は、国の外に出れば血なまぐさい戦闘があったが、国の内部は法と秩序によって整然と統治しなければ人心を掌握することができない。そういうルールの重要性を、家康は人質時代に学習した。

 信長、秀吉、家康の3人の性格を比較する有名な言葉として、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」、「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」というものがある。家康の我慢強さを表した言葉であるが、本書によると、家康とて鳴かぬホトトギスを辛抱強く待ったとは言えなさそうだ。

 家康は自分より強い者に対しては平身低頭で従う一方、自分より弱い者は徹底的に攻撃した。家康も自分の弟をはじめ親族を何人も殺しているし、江戸幕府を開いた後に秀頼・淀君を執拗に追い詰め、ついに豊臣家を滅亡させた。だから、家康も「鳴かぬなら殺してしまえ」と思っていたのであり、これは何も信長に特有なのではなく、戦国時代とはそういう時代だったと考えるのが自然である。

 もう1つ、私の歴史知識が浅薄だったと思うのは、関ケ原の合戦は家康と石田三成の対決だと覚えていたことである。正しくは、家康と毛利輝元の戦いである。大坂城に秀頼という秀吉の後継者を抱え、江戸までを広く支配下に置いていた家康に対しては、当然のことながら快く思わない連中が出てくる。上杉景勝は前田利長と同盟を結んで家康を攻撃しようとした。ところが、利長は家康暗殺計画に関与したとして没落し、同盟の話は立ち消えとなった。そこで、景勝は西方の輝元と結んで、家康を東西から挟撃することを思い立った。

 実際に両者の同盟を具体化させていたのは、景勝の下にいた直江兼続と、輝元の下にいた安国寺恵瓊である。この2人の計画に三成が絡んで、密約が成立していた可能性を山本は指摘している。まず、景勝が家康を攻撃しようとしているという情報を流す。家康は五大老の合議で、景勝に対し、家康を攻撃する意図がないならば上洛せよと命じた。これに対して、兼続はそんな疑いをかけられるのは心外だという内容の文書を家康に送った。ここまでは計画通りである。もし家康がその手紙に反応すれば、大坂城にいる家康は、景勝を攻撃するために江戸の方に出てくる。大坂城が留守になった隙に輝元が秀頼を奪い、家康は秀頼に反した裏切り者であると宣言して、諸国大名を結集させるのが狙いであった。

 果たして輝元は秀頼を奪うことに成功した。ところが、秀頼を奪われた淀君は、家康を裏切り者とは見なさなかった。むしろ、三成らの陰謀にかかっているため、江戸にいる家康に対して、早く大坂に戻ってきてほしいというメッセージを送った。こうなれば、大義名分は輝元側ではなく家康側にある。上方に転進した家康と輝元が激突することになったのが関ヶ原の合戦である。

 だが、輝元は五大老の一員であり、景勝に上洛を勧めた張本人である。その輝元が家康と敵対しているというのはおかしな構図である。山本は、元就は権謀術数を駆使する稀代の戦略家であったと評価しているが、輝元については何を考えているのか解らない人物だとバッサリ斬っている。そこで、西軍を動かしていたのは三成ということになるわけだが、三成は官僚組織の中でうまく立ち回ることについては長けていたものの、戦闘となるとさっぱりであった。

 明治の初めに日本の士官学校に教官として来日したプロシアのメッケルは、関ヶ原の布陣図を見て即座に西軍の勝ちと断定したという。しかし、実際に勝ったのは東軍である。家康は西軍にスパイを送り、西軍が組織としての体をなしていないことを突き止めていた。東軍にはスパイからの情報が次々と上がってくるが、西軍にはそういう動きがほとんどなかった。山本は、関ヶ原の合戦は作戦の戦いではなく、政略の戦いであったと評している。
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

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