こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

年功制

経団連事業サービス人事賃金センター『本気の「脱年功」人事賃金制度―職務給・役割給・職能給の再構築』―人事制度は論理的に設計すればするほど社員の納得感が下がる


本気の「脱年功」人事賃金制度―職務給・役割給・職能給の再構築本気の「脱年功」人事賃金制度―職務給・役割給・職能給の再構築
経団連事業サービス人事賃金センター

経団連出版 2017-10-02

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 職務等級制度、役割等級制度、職能資格制度に関する1冊である。ただし、本書でも述べられている通り、職能資格制度は年功的に運用されることが多いというデメリットがあるため、本書の中心は職務等級制度と役割等級制度であり、とりわけ職務等級制度にウェイトが置かれている。

 職務等級制度を導入するには、大前提として事業戦略が明確であることが重要となる。その前提に立って、まずは職務分析を行う。事業戦略を遂行するために必要となる企業内の全ての業務を漏れなく洗い出し、求められる成果の大きさや質、遵守すべきプロセス、外的な制約条件、肉体的・心理的負荷の程度、必要な能力要件などを分析する。それを踏まえて、その業務の総合的な難易度をスコア化する。例えば、営業部門で既存の大企業顧客に製品の継続購入を促す営業担当者の業務は198点、人事部門で新しい人事制度の導入を行うプロジェクトリーダーの業務は243点といった具合だ(点数は私が適当に決めたもの)。

 全ての業務のスコアが判明したら、職務等級を決定する。本書では、等級の決定方法として、等差級数法、等比級数法、等級差等差級数法の3種類が紹介されている。本書の例を使うと、100~145点は1級、146~191点は2級、192~237点は3級、238点以上は4級などと決めることになる。そして、全ての業務がどの等級に該当するかを判定する。先ほどの営業担当者は職務等級3級、人事部門のプロジェクトリーダーは職務等級4級にあたる。

 職務等級が定まったら、今度は給与を決定する。職務等級制度においては、給与は職務給と貢献給(業績給)から構成される。職務給は等級ごとにその等級の難易度を考慮して決める。貢献給は、再び本書の例を使うと、5等級の場合、業績ランクがEならば1万円、Dならば2万円、Cならば3万円、Bならば4万円、Aならば5万円、それよりも難易度が高い6等級の場合、業績ランクがEならば1万円、Dならば3万円、Cならば5万円、Bならば7万円、Aならば9万円などと設定する。最後に、新しい事業戦略に従ってそれぞれの職務に人材を配置し、計画通りの売上高が上がった場合、必要な人件費を支払えるかどうかを検証する。

 職務等級制度は事業戦略に人事制度を従わせており、最も論理的に設計された人事制度と言える。ところが、こと人事制度に関しては、論理的に設計すればするほど、社員の納得感が下がるというパラドクスが生じるように思える。まず、職務の難易度を決める際に、本当に客観的な基準で難易度を決定できるのかという嫌疑が生じる。基準を明文化したとしても、ある特定の業務について、Aさんは○○と解釈して難易度が低いと判断する一方、Bさんは△△と解釈して難易度が高いと判断する可能性がある。それを防ぐために基準を厳密かつ丁寧に記述すると、それらの文言をめぐってさらに多様な見方を生んでしまう。

 等級を決める際に、等差級数法、等比級数法、等級差等差級数法のうち、どれを採用するかも大きな問題である。どの方法を採るかによって等級間のスコアの幅が異なり、それが職務給の違いとなって表れるからだ。3種類の方法のうち、自社ではどの方法を使うことにしたのか、社員に対して納得感のある説明ができる人事部門は果たしてどのくらい存在するだろうか?

 貢献給の決め方も前述のようなやり方でよいのかという疑問が生じる。前述の方法だと、職能資格制度において、特定の職能内で号俸が上がるのと大差ないのではないかと感じてしまう。貢献給は業績の配分であるから、一定のルールに従って企業の業績を社員に配分しなければならない。ただ、この配分ルールが曲者である。私は旧ブログやブログ本館で、納得感のある業績給の決定方法を色々と検討してみたが(例えば、イノベーションに失敗した人の業績給をどうするか、マネジャーの業績給をどうするか、など)、結局、成果には短期のものもあれば長期のものもあり、また失敗した(損失を出した)仕事であっても自社にとって価値があるものがあることなどを踏まえると、単年度の業績を合理的に配分するルールを設定するのは不可能だという結論に至った。

 実は本書では、職務等級制度の給与は原則として「職務給+貢献給」で決まるとしながら、職務のタイプによってさらに細かい給与設定の方法が提案されている。まず、定型的職務に関しては、「職務給+習熟給(もしくは習熟ランク給)」としている。習熟給とは、定型業務に慣れて業務スピードや業務品質が上がるにつれて追加される給与のことである。

 習熟給については、賃金テーブルを使うのが通常だが、習熟給の範囲だけを示した昇給表(本書の例を使うと、3級は職務給23万円、習熟給0~9万円とする、など)や、金額の代わりに指数による昇給表(本書の例を使うと、3級で人事考課がSの場合は200、Aの場合は150、Bの場合は130、Cの場合は50、Dの場合は0とし、今期は100=500円とすることで、人事考課がSの場合は1,000円、Aの場合は750円、Bの場合は650円、Cの場合は50円、Dの場合は0円とする、など)を用いることで、企業の業績に応じて習熟給を柔軟に調整できるとしている。

 一方、非定型的職務のうち、その職務に就いたばかりで、担当者の職能の伸長に応じて課業配分の一部分が変わる職務の場合は「職能給(範囲型)」、職能が一定レベルに達し自己裁量で職務を遂行できる職務の場合は「上限職能給+貢献給」、人事部長、製造課長などの管理職や営業職、研究開発職、ソフト開発技術者など、経営目標達成のため役割や職責があらかじめ設定されている職務の場合は「職務給(役割給)+貢献給」がよいとされている。

 論理的に考えるとそうなのかもしれないが、通常の社員は、まずは定型的職務から始まって徐々に非定型的職務へと移行し、さらにマネジャーに昇進するというキャリアパスを想定すると、最初は職務給で、途中から職能給に代わり、マネジャーになると再び職務給に戻るという複雑な経路をたどることになる。この給与体系に納得できる社員がどれほどいるか私には疑問である。また、キャリアパスの途中から貢献給が加わることになるが、なぜか貢献給に関しては、習熟給のように企業の業績に応じて柔軟に調整する方法が述べられていない点も不自然に感じた。貢献給こそ、業績に応じた調整が必要なのではないだろうか?(もっとも、私自身は前述のように業績配分ルールの設定を諦めているわけだが)。

 最大の矛盾は、本書の前半で、定型課業で構成される職位従事者は能力考課を行い業績考課は行わない反面、非定型課業で構成される職位従事者は能力考課を行わず業績考課を行うと書かれている点である。これは、定型的職務には「職務給」を、非定型的職務の大半には「職能給」を支払うとする先の記述と矛盾する。定型的職務には「職能給」を、非定型的職務には「職務給+貢献給」を支払うとしなければおかしい。このように、本書は人事制度をきめ細かく設計しようとしているが、細部を詰めすぎるあまり途中でボロが出てしまい、残念ながら社員にとって納得感のある制度にはなっていないように感じる。

 私は、人事制度で最も大切なのは「公正さ」よりも「解りやすさ」だと思う。公正さを追求して厳密な制度にしようとすると、本書のように途中で矛盾が生じ、かえって公正さが損なわれてしまう。多少不公平感が残ったとしても、簡便な制度にすることの方を優先した方がよい。その点、日本の年功制は最も優れた制度であると私は考えている。事実、本書にも次のように書かれた箇所がある。
 年齢や勤続年数という基準は、人事考課結果とは異なり、だれもが文句をつけようのない客観的な物差しであり、ある意味きわめてわかりやすい。
 この年功制をベースとしたシンプルな賃金制度について、近日ブログ本館で私案を提示する予定である。

 《2018年6月15日追記》
 ブログ本館に私案をアップしました。
 比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた

日経連出版部『外資系企業の評価システム事例集』―外資系企業でもチーム重視だと能力評価になる


外資系企業の評価システム事例集 (ニュー人事シリーズ)外資系企業の評価システム事例集 (ニュー人事シリーズ)
日経連出版部

日本経団連出版 1999-08

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 以前、ブログ本館で『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』を紹介した際に、次の文を引用した。
 年功序列制度は、チームワークの優劣が組織の業績を左右する企業であれば、現在でも有用である。(中略)ある企業では、現在でも、年功序列型の人事制度を固守し、成功している。この場合、賃金処遇ではほとんど差がつかないが、仕事の内容で光の当たる部分と、やや光の当たりにくい、地味な部分があるだけなのである。この職場の雰囲気は、足の引っ張り合いがなく、チームワークは良い。また、ノウハウを共有できる特徴がある。
 その上で、近年は欧米でもチームワークが重視されているから、成果給・業績給よりも年功制の方が向いているのではないかと書いた。厳密な意味での年功制は、年齢のみによって給与が決まるため、人事考課を必要としない。ただし、多少は給与に差をつけた方がよいだろうということで、人事考課において能力を評価するようになった。こうしてでき上がったのが職能資格制度である。

 本書が出版されたのは1999年である。欧米から成果主義が流入し、大企業をはじめ多くの企業で成果主義が導入された時期である。それだけに、成果主義的な人事制度の事例紹介が多いかと思いきや、意外と能力重視の人事制度を採用している外資系企業もあることに気づかされる。

 例えば、プライス・ウオーターハウス・コンサルタントは大手コンサルティングファームであり、完全な成果主義が導入されていてもよいように思えるが、チーム(プロジェクト)を中心として動く同社は能力評価を重視している。同社では、社員に求める能力を4領域、28項目とかなり細かく設定している。そして、その28の能力項目について5段階評価を行い、能力ポイントが一定の基準を超えるとマネジャーに昇進することができる仕組みとなっている。

 また、同社は社員の能力開発にも注力しており、コーチングシステムが整備されている。社員には上司とは別にコーチがつく。そして、コーチは期初にコーチー(コーチングを受ける人のこと)の能力開発目標を設定し、期末になれば目標の達成度合いと次期に向けた課題を確認する。一般的なメンタリング制度がメンティー(メンタリングを受ける人のこと)の中長期的なキャリア開発を支援するのに比べると、同社のコーチングシステムは短期志向であり、より業務と密接に関連した能力開発を促しているように見える。

 アパレルのSPAであるGAPでは、ビジネス目標40%、対人関係目標40%、能力開発目標30%という比重で人事考課を行っている。対人関係目標というのがユニークであるが、これは部下を持つマネジャーの場合は、部下の育成に焦点を当てた目標が設定される。部下を持たない社員の場合は、自分の同僚やビジネスパートナーに模範を示すことが求められ、それが目標に落とし込まれる。

 能力開発目標は30%と他に比べると比重が低いものの、その評価プロセスは厳密に定められている。同社はハイパフォーマーのコンピテンシーを分析し、11の能力を特定した。同社の能力開発プランニングでは、まず本人が11の能力について自己評価を行い、能力開発計画を作成する。マネジャーはこの能力開発プランに対して適切なアドバイスを行う。期末に能力開発計画の結果を評価する際、その内容が単に人事考課に用いられるだけでなく、同社内の各ポジションの後継者育成計画(サクセッションプラン)にも活用される点が特徴的である。

 ニッポンリーバ(ユニリーバの日本営業会社)の場合はもっと極端である。同社では人事考課制度をストレートに「能力開発計画」と呼んでいる。本書には同社を含め、各社が使用している人事評価関連の雛形がいくつか掲載されているのだが、同社の雛形を見ると、能力開発目標の設定とその評価に大きく比重が置かれていることがうかがえる(書くスペースが他社に比べ圧倒的に広い)。

 もちろん、成果主義が流行した時代に出版された外資系企業の人事制度の事例集であるから、業績給を中心としている企業も少なくない。ただし、基本給の中に固定部分と業績に応じた変動部分があるのは、私にとっては不自然に映る。ブログ本館の記事「元井弘『目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用』―言葉の定義にこだわる割には「役割業績給」とは何かが不明なまま」でも書いたように、基本給は能力と連動する「投資型」、賞与は業績と連動する「精算型」というのが原則であるからだ。

 また、業績評価の結果から最終的な考課結果や報酬を決定するロジックが公開されている事例もあるものの、どのような根拠によってそれらの数式や係数が用いられているのかが不明である。チームワークを重視すればするほど、チーム全体の業績を個人の業績に分解すせるのは難しくなる。それを強引にやろうとすれば、計算式がどうしても複雑怪奇になる。

 人事制度は解りやすいものにすることが大切である。その意味で、チームワークを重視するならば、業績ではなく能力を中心とした評価の方が理にかなっている。もちろん、能力を評価する場合でも、その能力が本人に固有のものなのか、周囲の支援によって発揮されたものなのかを判別しなければならない。ただ、業績評価の場合、チーム全体の業績が100として、ある社員の貢献度合いが20%なのか30%なのかを決めるのは大変な困難を伴うのに対し、能力評価の場合、ある能力が本人固有のものであれば「5」、周囲のサポートを受けたのであれば「3」などと明快に決めることができる点で納得感が高いと思う。

『週刊ダイヤモンド』2017年11月18日号『右派×左派/日立流を阻む前例主義 東電”川村新体制”の苦闘』―職務給・成果給はチームワークを阻害する


週刊ダイヤモンド 2017年11/18号 [雑誌] (右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学)週刊ダイヤモンド 2017年11/18号 [雑誌] (右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学)

ダイヤモンド社 2017-11-13

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 本号の特集「右派×左派」とは関係ないところで1つ興味深い記事を見つけた。
 最近の若者は、与えられた職務には真摯に取り組むが、その一方で、組織の中で分担が曖昧になっている仕事は「誰かがやるだろう」と捉え、率先して取り組むという感性が鈍いといわれている。

 野球の現場もそれと似ており、打つ、投げるという技量の向上には意欲的になる反面、連係プレーにミスが出るケースが増えている。組織(チーム)の危機につながるリスクは、人(選手)の能力ではなく、人と人の間(複数の選手が絡むプレー)から生まれるのだ。

 例えば、ある遊撃手には、三遊間からの送球がそれる癖があるとしよう。悪送球で走者が進めばピンチになるが、一塁手がその癖を把握した上でうまく捕ってやれば、ミスを未然に防ぐことができる。ここ一番の勝負におけるヤマハの弱点は、そうした連係意識の欠如にあると気付いた美甘(将弘監督)は、「ヤマハのミス」という表現で選手たちに強く意識させる。
(横尾弘一「夢の狭間で#43 ニッポン企業の写し絵、社会人野球 ”勝ち運”を持つ男が率いて掴み取った4度目の日本一」)
 私は、最近の若者(個人的には若者に限らないと思うのだが)が組織の中で分担が曖昧になっている仕事をやりたがらないのは、欧米から職務給や成果主義が持ち込まれた影響が大きいと思う。職務給や成果主義では、それぞれの社員の職務範囲や目指すべき成果が明確に定義される。そして、給与とはその職務や成果に対する対価として位置づけられる。

 今後、ますます仕事の不確実性が増し、さらにチームワークやコラボレーションの機会が増えると、あらかじめ想定していなかった仕事が次々と発生する。その仕事は誰かが率先して拾わなければ、チームやプロジェクトが回らない。こういうケースにおいて、職務給や成果給は非常に相性が悪い。職務給や成果給は「自分はここまで仕事をすればOKである」、「自分の給与の額を考えれば、それは自分の仕事の範疇ではない」という境界線を引いてしまう。そういう意識が組織運営に深刻な弊害をもたらすことを、私は前職のベンチャー企業で嫌と言うほど経験した(ブログ本館の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第41回)】自分の「時間単価」の高さを言い訳に雑用をしない」を参照)。

 私は給与を職務や成果に対する対価としてとらえる立場に反対である。普段は保守的なことを書いている私がこういうことを書くと、突然リベラルに転向したのかと思われるかもしれないが、給与に関しては、私は生活給を支持している。つまり、給与とは社員の生活費をまかなうものである。もっと言えば、マルクスが主張したように、給与とは、①社員が生活する、②社員が自己教育に投資する、③社員の家族を再生産する(=子どもを産み育てる)ための費用をカバーするものである。そして、通常①~③のコストは年齢とともに上昇するから、生活給は自ずと年功的になる。私はこれが最も公平な給与制度だと思っている。

 ただ、こう書いておきながら、ここで2つの疑問が生じる。1つ目は、企業が社員に対して支払う報酬は生活給であるのに対し、顧客が企業に対して支払う報酬は、製品・サービスに対する対価、言い換えれば、企業がした仕事に対する対価であるという点である。顧客は企業から製品・サービスを購入しているのと同様に、企業は社員から労働力を購入している。それなのに両者の報酬の性質に違いが生じる理由をどのように説明すればよいかが今の私にはまだ解らない。

 もう1つの疑問は、引用文の通り野球では連係プレーが欠かせないが、プロ野球で生活給を採用している球団は1つもなく、基本的には成果主義的な報酬が採用されているという点だ。それでも連係プレーのミスを防ぐために、どのような工夫をしているのかというのが2つ目の疑問である(広島東洋カープは選手の査定項目を1,000以上設定している。おそらく、その中には連係プレーの項目も細かく入っているのだろう。だが、この方法では査定作業が非常に煩雑になる)。

北見昌朗『小さな会社が中途採用を行なう前に読む本』


小さな会社が中途採用を行なう前に読む本小さな会社が中途採用を行なう前に読む本
北見 昌朗

東洋経済新報社 2004-02-27

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 以前の記事「鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』」では、年功制をベースとして、年功制が成立するような事業戦略を選択すべきであると書いた。これは、一般的な戦略立案プロセスの逆を行くやり方である。その際、一般社員、係長、課長、部長の年俸をそれぞれ250万円、500万円、750万円、1,000万円と設定して簡単なシミュレーションを行った。

 一般社員の250万円にはそれほど異論はないだろうが、係長以上の年俸は中小企業の実態からかけ離れているという声も聞こえてきそうだ。だが、目標は高く設定すべきだと言いたい。中日GMの落合博満氏は、「3割を目標にする打者は3割打てない。3割打つ打者は3割3分を目標にしている」と語ったことがある。

 本書では、若年の社員に対しては年功的な賃金体系を採用し、30歳で30万円の給与を払うことを中小企業に提案している。しかし、中小企業にとってはこれでもハードルが高いのが実情だ。そこで著者は、より現実的な案として、30歳で27万円の給与という目標も提示している。本書には、30歳で27万円ないし30万円の給与を支払うことを前提としたモデル賃金テーブルも掲載されている。

 なお、27~30万円という数字の根拠は、以下の文章にある。
 学校を卒業してすぐ入社して30歳になったとします。普通の能力の人が、普通に頑張って仕事をしてきたとします。そのときに会社はいくらぐらいの賃金を支払うべきでしょうか?30歳といえば結婚してお嫁さんをもらう人が多いはずです。私は「賃金総額がいくらなら妻子を養いながら生活できますか?」とセミナー会場などで質問してきました。セミナー会場で参加者に手を上げていただきましたが、最も多い答えは「27万円から30万円」という金額でした。
 著者は、30歳までは年功制を適用するが、30歳を超えたら役職手当などで差をつけるべきだと述べる。この点に関しては、私は30歳以降も年功制をある程度維持すべきではないかと考えている。なぜならば、40代は子どもが中学、高校と進学して教育費がかかる年代であり、50代になると子どもの大学進学に加え、親の介護が始まるからだ。つまり、必要な生活費はどんどんと増えていく。

 現在、育児・介護休業法では「介護休業」と「介護休暇」が認められている。介護休業とは、家族の世話などをするために一定期間会社を休むことで、比較的長期の休業で、対象となる家族1人あたり最大93日が上限となっている。ただし、要介護状態から回復した家族が再び要介護状態になった場合などは、何度でも再取得することが可能である。介護休暇とは、病院への送迎など用事のために取得するもので、対象となる家族が1人の場合は年に最大5日まで、複数の場合は年に10日までの範囲で仕事を休むことができる。

 しかし、介護休業、介護休暇ともに日数は十分でないと思われる。公益財団法人生命保険文化センターの調べによると、介護を行った期間の平均は59.1カ月(4年11カ月)であり、4年以上介護した割合も4割を超えている。介護の長期化のために離職を余儀なくされた人は、再就職に非常に苦労する。たとえ再就職できたとしても、年収は大幅に落ち込む。介護の苦労と収入減のダブルパンチで、精神的に相当ダメージを受けるに違いない。

 『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズで知られる法政大学の坂本光司教授は、近年は障害者雇用に力を入れている企業に注目しているそうだ。もし、坂本教授が5年後ぐらいに新刊を書くとしたら、要介護状態の親を持つ社員を大切にする企業を取り上げるのではないかと思う。

 その企業は、50代の社員の親が要介護状態になったら、3年ほどの介護休業を許可する。そして、その間も給与は全額支払い続ける。しかも、その給与は年功制の賃金テーブルによって高く維持されている。介護が終わったら温かく復帰を認め、一定のトレーニングを行った後に、休業前と同じ職務、介護休業を取得していない同年代の社員と同じレベルの職務を担当させる。そういう企業が現れたら、きっと高齢社会の希望の星になるだろう。

日本でいちばん大切にしたい会社2日本でいちばん大切にしたい会社2
坂本 光司

あさ出版 2010-01-21

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 (※)『日本でいちばん大切にしたい会社2』で紹介されている株式会社樹研工業は、がんで休職した社員に3年半もの間、毎月の給与はもちろんのこと、ボーナスまで支給したという。結局、闘病していた社員は亡くなってしまったが、給与やボーナスの返還は一切要求していない。世の中にはそういう企業も存在する。

鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』


アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇
鈴木康司

中央経済社 2012-06-27

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 アジアに進出している日本製造業の現地法人は、管理職や経営陣の多くが日本本社からの駐在員で占められていることが多い。ローカル社員は、自分が一定以上の役職に昇進できないと知ると、モチベーションを失い、最悪の場合は他社、特に成果主義でいくらでも出世の可能性がある欧米企業の現地法人に転職してしまう。それを防ぐために、ローカル社員を対象とした研修を実施したり、福利厚生を充実させたり、一部のローカル社員を管理職に抜擢したりする。だが、こうした”人事制度いじり”は往々にして上手くいかないと著者は指摘する。

 著者は、企業の構造を①事業系、②”業務”系、③”人”系に分ける。先ほどの人事制度いじりは③に該当する。そうではなく、②のレベルでの処方箋が必要だという。具体的には、企業のミッションや戦略目標を各部門のミッションや目標に落とし込み、さらに部門内の各階層についても、役割や目標を明確にする。それを職務記述書という形で明文化する。組織内のあらゆる仕事を可視化した上で、どこまでを日本人が行い、どこからをローカル社員に任せるのかを決める。こうして、少しずつローカル社員に権限委譲しながら、彼らを育成していく。

 理想論を言えば、せっかく企業構造を3レベルに分けたのだから、①事業系にも踏み込んで、まずは3~5年後にどんな事業を目指すのかという戦略を構想し、その戦略を実現するために必要なビジネスプロセスを設計して、そのプロセスを支える組織構造を組み立てるところから始めるべきだっただろう。ただ、本書の著者はタワーズワトソン(旧ワトソンワイアット)という人事系のコンサルティング会社の方であり、戦略系の話にはあまり踏み込みたくなかったのかもしれない。

 戦略からビジネスプロセス、組織構造へと落とし込んで、人材の要件を明らかにするというのが、人材戦略における正攻法である。ここで、大胆な発想だが、社員の数から事業戦略を立てるという視点を提案したい。まず、3つの前提を設定する。それは、①組織の階層構造を維持すること、②上の階層は10人程度の部下を持つこと、③年功序列で賃金が上昇し続けること、である。

 ①について、最近はフラット型組織がよしとされる傾向が見られる。しかし、日本は欧米のような平等主義ではなく権威主義的な社会であるから、階層は絶対に不可欠である。②に関しては、昔から1人のマネジャーが管理可能な部下の数は何人か?という議論がある。諸説あるが、一応10人が限界とされている。ただ、個人的には、マネジャーたる者は、せめて10人程度は面倒を見るべきだと思う。最近は管理職が無駄に増えたせいで、部下の数が少なくなっている、もしくは部下がいないケースもあるようだが、あまり望ましいことではない。

 ③は、完全に成果主義に対するアンチテーゼである。これを受け入れるには、給与は仕事の対価という発想を転換させなければならない。すなわち、給与は社員の生活費である。生活費は年齢が上がるに従って増加する。だから、給与は常に上昇し続けなければならない。企業が社員の生活費の増加をカバーする給与を支払えば、彼らはゆとりある顧客として日常生活に戻ることができる。これもドラッカーの言う「顧客の創造」の二次的な意味だと考える(ブログ本館の記事「ドラッカー「顧客の創造」の意味に関する私的解釈」を参照)。

企業の成長と人件費(簡易シミュレーション)

 ここで、非常に簡単なシミュレーションをしてみたいと思う。社長が10人の社員と起業したとしよう。この企業は、社長以下に部長、課長、係長、一般社員という区分を設ける。それぞれの役職の給与は、2,000万円、1,000万円、750万円、500万円、250万円とする(部長クラスは1,000万円ぐらいもらえないと夢がない)。また、それぞれの役職の滞留年数は10年とする(一般社員が部長に昇進するには30年かかる。これは実態とそれほどかけ離れていないだろう)。この企業は労働集約的産業であり、人件費が売上高に等しいとみなす。

 起業直後は、社長1人、一般社員10人なので、人件費の合計=売上高は上表の通り4,500万円である。10年経つと、一般社員の10人は皆係長に昇進する。そして、一般社員が100人入社し、係長1人につき10人の部下がつく。この場合、人件費の合計=売上高は3億2,000万円で、起業直後の7.1倍となる。逆に言えば、売上高を7.1倍にしなければ、①~③の前提を守りながら企業を維持することができない。10年で売上高を7.1倍にするには、毎年20%超の成長が必要である。

 20年後には、10人の係長が課長に、100人の一般社員が係長に昇進する。そして、一般社員が1,000人入社する。人件費の合計=売上高は30億9,500万円で、10年後の9.7倍となる。給与が高い社員の割合が増えるため、売上高の増加スピードも上がるわけだ。さらに30年後には、10人の課長が部長に、100人の係長が部長に、1,000人の一般社員が課長に昇進し、一般社員が1万人入社する。人件費の合計=売上高は308億7,000万円となり、20年後の10倍に上る。

 戦略から人材を考えるのではなく、人材から戦略を考えるというのは、このような数字を念頭に置いて、社員に十分なポストと給与を与えながら企業を維持・成長させられる規模の事業を常に模索しなければならない、ということである。よく、「我が社は人材育成に力を入れている」、「我が社にとって人材は財産だ」と言う経営者がいるが、果たしてこれほどまでの高い成長を目指している企業はどのくらいあるだろうか?(本書の内容からは随分と離れてしまった)
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

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