こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

年功制


北見昌朗『小さな会社が中途採用を行なう前に読む本』


小さな会社が中途採用を行なう前に読む本小さな会社が中途採用を行なう前に読む本
北見 昌朗

東洋経済新報社 2004-02-27

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 以前の記事「鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』」では、年功制をベースとして、年功制が成立するような事業戦略を選択すべきであると書いた。これは、一般的な戦略立案プロセスの逆を行くやり方である。その際、一般社員、係長、課長、部長の年俸をそれぞれ250万円、500万円、750万円、1,000万円と設定して簡単なシミュレーションを行った。

 一般社員の250万円にはそれほど異論はないだろうが、係長以上の年俸は中小企業の実態からかけ離れているという声も聞こえてきそうだ。だが、目標は高く設定すべきだと言いたい。中日GMの落合博満氏は、「3割を目標にする打者は3割打てない。3割打つ打者は3割3分を目標にしている」と語ったことがある。

 本書では、若年の社員に対しては年功的な賃金体系を採用し、30歳で30万円の給与を払うことを中小企業に提案している。しかし、中小企業にとってはこれでもハードルが高いのが実情だ。そこで著者は、より現実的な案として、30歳で27万円の給与という目標も提示している。本書には、30歳で27万円ないし30万円の給与を支払うことを前提としたモデル賃金テーブルも掲載されている。

 なお、27~30万円という数字の根拠は、以下の文章にある。
 学校を卒業してすぐ入社して30歳になったとします。普通の能力の人が、普通に頑張って仕事をしてきたとします。そのときに会社はいくらぐらいの賃金を支払うべきでしょうか?30歳といえば結婚してお嫁さんをもらう人が多いはずです。私は「賃金総額がいくらなら妻子を養いながら生活できますか?」とセミナー会場などで質問してきました。セミナー会場で参加者に手を上げていただきましたが、最も多い答えは「27万円から30万円」という金額でした。
 著者は、30歳までは年功制を適用するが、30歳を超えたら役職手当などで差をつけるべきだと述べる。この点に関しては、私は30歳以降も年功制をある程度維持すべきではないかと考えている。なぜならば、40代は子どもが中学、高校と進学して教育費がかかる年代であり、50代になると子どもの大学進学に加え、親の介護が始まるからだ。つまり、必要な生活費はどんどんと増えていく。

 現在、育児・介護休業法では「介護休業」と「介護休暇」が認められている。介護休業とは、家族の世話などをするために一定期間会社を休むことで、比較的長期の休業で、対象となる家族1人あたり最大93日が上限となっている。ただし、要介護状態から回復した家族が再び要介護状態になった場合などは、何度でも再取得することが可能である。介護休暇とは、病院への送迎など用事のために取得するもので、対象となる家族が1人の場合は年に最大5日まで、複数の場合は年に10日までの範囲で仕事を休むことができる。

 しかし、介護休業、介護休暇ともに日数は十分でないと思われる。公益財団法人生命保険文化センターの調べによると、介護を行った期間の平均は59.1カ月(4年11カ月)であり、4年以上介護した割合も4割を超えている。介護の長期化のために離職を余儀なくされた人は、再就職に非常に苦労する。たとえ再就職できたとしても、年収は大幅に落ち込む。介護の苦労と収入減のダブルパンチで、精神的に相当ダメージを受けるに違いない。

 『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズで知られる法政大学の坂本光司教授は、近年は障害者雇用に力を入れている企業に注目しているそうだ。もし、坂本教授が5年後ぐらいに新刊を書くとしたら、要介護状態の親を持つ社員を大切にする企業を取り上げるのではないかと思う。

 その企業は、50代の社員の親が要介護状態になったら、3年ほどの介護休業を許可する。そして、その間も給与は全額支払い続ける。しかも、その給与は年功制の賃金テーブルによって高く維持されている。介護が終わったら温かく復帰を認め、一定のトレーニングを行った後に、休業前と同じ職務、介護休業を取得していない同年代の社員と同じレベルの職務を担当させる。そういう企業が現れたら、きっと高齢社会の希望の星になるだろう。

日本でいちばん大切にしたい会社2日本でいちばん大切にしたい会社2
坂本 光司

あさ出版 2010-01-21

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 (※)『日本でいちばん大切にしたい会社2』で紹介されている株式会社樹研工業は、がんで休職した社員に3年半もの間、毎月の給与はもちろんのこと、ボーナスまで支給したという。結局、闘病していた社員は亡くなってしまったが、給与やボーナスの返還は一切要求していない。世の中にはそういう企業も存在する。

鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』


アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇
鈴木康司

中央経済社 2012-06-27

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 アジアに進出している日本製造業の現地法人は、管理職や経営陣の多くが日本本社からの駐在員で占められていることが多い。ローカル社員は、自分が一定以上の役職に昇進できないと知ると、モチベーションを失い、最悪の場合は他社、特に成果主義でいくらでも出世の可能性がある欧米企業の現地法人に転職してしまう。それを防ぐために、ローカル社員を対象とした研修を実施したり、福利厚生を充実させたり、一部のローカル社員を管理職に抜擢したりする。だが、こうした”人事制度いじり”は往々にして上手くいかないと著者は指摘する。

 著者は、企業の構造を①事業系、②”業務”系、③”人”系に分ける。先ほどの人事制度いじりは③に該当する。そうではなく、②のレベルでの処方箋が必要だという。具体的には、企業のミッションや戦略目標を各部門のミッションや目標に落とし込み、さらに部門内の各階層についても、役割や目標を明確にする。それを職務記述書という形で明文化する。組織内のあらゆる仕事を可視化した上で、どこまでを日本人が行い、どこからをローカル社員に任せるのかを決める。こうして、少しずつローカル社員に権限委譲しながら、彼らを育成していく。

 理想論を言えば、せっかく企業構造を3レベルに分けたのだから、①事業系にも踏み込んで、まずは3~5年後にどんな事業を目指すのかという戦略を構想し、その戦略を実現するために必要なビジネスプロセスを設計して、そのプロセスを支える組織構造を組み立てるところから始めるべきだっただろう。ただ、本書の著者はタワーズワトソン(旧ワトソンワイアット)という人事系のコンサルティング会社の方であり、戦略系の話にはあまり踏み込みたくなかったのかもしれない。

 戦略からビジネスプロセス、組織構造へと落とし込んで、人材の要件を明らかにするというのが、人材戦略における正攻法である。ここで、大胆な発想だが、社員の数から事業戦略を立てるという視点を提案したい。まず、3つの前提を設定する。それは、①組織の階層構造を維持すること、②上の階層は10人程度の部下を持つこと、③年功序列で賃金が上昇し続けること、である。

 ①について、最近はフラット型組織がよしとされる傾向が見られる。しかし、日本は欧米のような平等主義ではなく権威主義的な社会であるから、階層は絶対に不可欠である。②に関しては、昔から1人のマネジャーが管理可能な部下の数は何人か?という議論がある。諸説あるが、一応10人が限界とされている。ただ、個人的には、マネジャーたる者は、せめて10人程度は面倒を見るべきだと思う。最近は管理職が無駄に増えたせいで、部下の数が少なくなっている、もしくは部下がいないケースもあるようだが、あまり望ましいことではない。

 ③は、完全に成果主義に対するアンチテーゼである。これを受け入れるには、給与は仕事の対価という発想を転換させなければならない。すなわち、給与は社員の生活費である。生活費は年齢が上がるに従って増加する。だから、給与は常に上昇し続けなければならない。企業が社員の生活費の増加をカバーする給与を支払えば、彼らはゆとりある顧客として日常生活に戻ることができる。これもドラッカーの言う「顧客の創造」の二次的な意味だと考える(ブログ本館の記事「ドラッカー「顧客の創造」の意味に関する私的解釈」を参照)。

企業の成長と人件費(簡易シミュレーション)

 ここで、非常に簡単なシミュレーションをしてみたいと思う。社長が10人の社員と起業したとしよう。この企業は、社長以下に部長、課長、係長、一般社員という区分を設ける。それぞれの役職の給与は、2,000万円、1,000万円、750万円、500万円、250万円とする(部長クラスは1,000万円ぐらいもらえないと夢がない)。また、それぞれの役職の滞留年数は10年とする(一般社員が部長に昇進するには30年かかる。これは実態とそれほどかけ離れていないだろう)。この企業は労働集約的産業であり、人件費が売上高に等しいとみなす。

 起業直後は、社長1人、一般社員10人なので、人件費の合計=売上高は上表の通り4,500万円である。10年経つと、一般社員の10人は皆係長に昇進する。そして、一般社員が100人入社し、係長1人につき10人の部下がつく。この場合、人件費の合計=売上高は3億2,000万円で、起業直後の7.1倍となる。逆に言えば、売上高を7.1倍にしなければ、①~③の前提を守りながら企業を維持することができない。10年で売上高を7.1倍にするには、毎年20%超の成長が必要である。

 20年後には、10人の係長が課長に、100人の一般社員が係長に昇進する。そして、一般社員が1,000人入社する。人件費の合計=売上高は30億9,500万円で、10年後の9.7倍となる。給与が高い社員の割合が増えるため、売上高の増加スピードも上がるわけだ。さらに30年後には、10人の課長が部長に、100人の係長が部長に、1,000人の一般社員が課長に昇進し、一般社員が1万人入社する。人件費の合計=売上高は308億7,000万円となり、20年後の10倍に上る。

 戦略から人材を考えるのではなく、人材から戦略を考えるというのは、このような数字を念頭に置いて、社員に十分なポストと給与を与えながら企業を維持・成長させられる規模の事業を常に模索しなければならない、ということである。よく、「我が社は人材育成に力を入れている」、「我が社にとって人材は財産だ」と言う経営者がいるが、果たしてこれほどまでの高い成長を目指している企業はどのくらいあるだろうか?(本書の内容からは随分と離れてしまった)
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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