こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

廣宮孝信


廣宮孝信、青木文鷹『TPPが日本を壊す』


TPPが日本を壊す (扶桑社新書)TPPが日本を壊す (扶桑社新書)
廣宮 孝信 青木 文鷹

扶桑社 2011-03-01

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 2012年夏に1か月ほど入院したのだが、退院してから日常生活のリズムを取り戻すためにやったのが「1日1冊本を読む」ことであり、その時テーマにしたのがTPPであった。2015年年9月末~10月上旬にアメリカ・アトランタで開催された閣僚会合において、TPPは大筋合意に達した。そこで、久しぶりに、3年前に読んだTPP関連の書籍を色々と読み返してみた。
 日本は一部農産物を除き、すでに諸外国に比べても遜色ない、場合によってはより開かれた関税水準で貿易を行っています。もちろんコメや蒟蒻など一部は高関税で保護された作物もあります。しかし農業輸出国より低い関税率を見れば、日本の農業は保護をされてきたと言い切れるでしょうか。むしろ農業の苦境の原因は「市場が開かれていたから」とも言えます。少なくとも安全基準以外で輸出入において特定の貿易障壁を設けているわけではないのです。
 日本は95%の品目で関税を撤廃する一方、他のTPP参加国は99%以上の品目で関税を撤廃することにしている。日本は、TPP参加国から輸入する工業製品については、これまで比較的高い関税をかけていた毛皮や革製品などについても、全て関税を撤廃する。一方、農林水産品で関税が撤廃されるのは約8割にとどまる。政府が「聖域」と位置づけていたコメや牛・豚肉などの「重要5項目」に至っては、関税撤廃は約3割のみである(それでも野党は、「3割も関税を撤廃したのは国会決議違反だ」と批判している)。

 「自由化によって日本の農業は弱体化した」と言われるが、農林水産物の中で輸出が伸びているのは、概して日本が関税を低くした品目である。例えば、野菜やオレンジなどがそうだ。逆に、苦境に陥っているのは、重要5項目のように未だに高関税をかけている農林水産物の方である。

 しかも、カロリーベースの食料自給率を上げることを目標にしながら、減反政策によって主食のコメを減らし、小麦(国内消費量の9割は輸入)などの消費を促す農業政策にも問題がある。国内で流通する小麦は、農林水産省の国家貿易を経由する。国家貿易は農林水産省の重要な収入源である。もっとも、コメも国が取引に絡んでいる。しかし、コメと小麦を天秤にかけた結果、小麦の方が儲かるという理由で、農林水産省は減反政策に固執しているのではないだろうか?
 TPPでは加盟国産品と国内品は同じ扱いをすることになりますから、現在のような円高が続けば企業にとって海外進出のメリットは大きくなり、工場や開発にかかるリスクを考慮しても、海外移転のハードルが低くなります。
 日本の製造業の海外移転を促す要因は円高だけではない。日本の自動車産業を考えてみる。日本の自動車メーカーは、日本国内で部品を作ってアメリカに輸出し、アメリカ国内の工場で組み立てる。ここで、アメリカが自動車部品に対して高い関税をかけていたとする。すると、部品をアメリカに持ち込む段階で、高い関税がかかりコストが跳ね上がる。コスト削減を目指す日本企業は、アメリカへの部品輸出を止め、アメリカの工場で部品を製造するようになる。つまり、アメリカの高関税が、日本企業の海外移転を促すというわけだ。

 TPPによって、こういうケースは考えにくくなる。加盟国産品と国内品が同じ扱いをされる、別の言い方をすれば、どの国で作っても同じなのであれば、もちろん国外へ移転する企業もあるだろうが、他方で日本国内にとどまる、日本に回帰する企業も出てくるはずだ。一概に産業空洞化を予測するのは誤りである。

 TPPは、いわゆるリカードの比較優位論に基づき、各国が比較優位に立つ製品・サービスに集中することで、最適な資源配分を実現するものである。それにより、グローバル規模の水平分業システムができ上がる。と、ここまで書いて、ブログ本館の記事「ドネラ・H・メドウズ『世界はシステムで動く』―アメリカは「つながりすぎたシステム」から一度手を引いてみてはどうか?」で書いたことと矛盾するのではないか?という疑念が出てきた。

 この問いに対しては、ひとまずこう答えておきたい。システムには、一部の不具合がシステム全般に波及しやすいものと、そうでないものがある。前者には、金融システム(サブプライムローン問題で脆弱性が露呈した)、情報システム(ハッカーはマルウェアを世界中にばらまくことができる)、国際政治システム(ある国・地域の紛争が、遠く離れた別の国・地域の紛争を誘発する)がある。こういうシステムでは、つながりすぎることはリスクとなる。

 これに対して、水平分業の結果としてできるグローバルなサプライチェーンは、つながりが増えればリスクを分散できる。東日本大震災やタイの洪水でサプライチェーンが寸断されたことが問題になったが、これは東北やタイの限定的な地域に部品メーカーが集中していたことが原因であった。部品メーカーを広範囲に分散しておけば、特定の部品メーカーに不測の事態が生じても、製造ラインが完全に停止することはない(ただし、現代において、モノのネットワークは情報のネットワークと表裏一体である。モノが流れれば同時に情報も流れる。したがって、サプライチェーンも無制限に分散させてよい、というわけでもなさそうだ)。

廣宮孝信『国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ』


国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ
廣宮 孝信

彩図社 2009-02-18

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 国の借金は個人の貯蓄でカバーできているから問題ないというのがよくある楽観論であるが、本書ではもう少し踏み込んで、日本国家全体のバランスシート(貸借対照表)を示し、日本は決して債務超過に陥っているわけではないことを明らかにしている。一見すると、負債の額に比べて純資産の額が少なく、いわゆる「負債比率」という指標を使うと、危険領域に足を突っ込んでいるようにも感じる。しかし、実はバブル期から比べて純資産の額・割合は増加しているという。
○国のバランスシート(2007年)

 《資産の部》
 政府:510兆円
 政府以外:5,353兆円(うち個人:1,490兆円)
 -------------------------------------------
 資産合計:5,863兆円

 《負債の部》
 政府:962兆円
 政府以外:4,619兆円(うち個人:386兆円)
 -------------------------------------------
 負債合計:5,581兆円

 《純資産》
 政府:-452兆円
 政府以外:734兆円(うち個人:1,103兆円)
 -------------------------------------------
 純資産合計:282兆円
 本書の結論は、タイトルにもあるように、「GDPを増やしたければ国債をもっと発行せよ(もっと借金せよ)」という一言に尽きる。アメリカは日本よりも高い経済成長率を維持しているが、裏ではせっせとドル紙幣を印刷している。一般に、通貨量が増えると急激なインフレになると言われる。ところが、アメリカが大量にドルを刷っても、インフレ率は緩やかである。サブプライムローンで痛手を被ったにもかかわらず、相変わらずアメリカ人は借金をして消費を膨らましている。

 日本人は、借金を悪とする風潮が根強い。これは、子どもの頃の日本史の勉強が影響していると考える。日本史では、新井白石、松平定信などのように倹約財政を断行した人物が賞賛され、逆に通貨量を増やした荻原秀重、田沼意次などの政策は改悪と評される。こういう教育を受けているから、「借金をして経済(企業)を成長させる」ことに対して無意識のうちに抵抗する。

 あの稲森和夫氏ですら、創業直後は借金をすると企業の成長の足かせになると考えていたぐらいだ(ブログ本館の記事「『稲森和夫の経営論(DHBR2015年9月号)』―「人間として何が正しいのか?」という判断軸」を参照)。

ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2015年 09 月号 [雑誌]ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2015年 09 月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2015-08-10

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 『一橋ビジネスレビュー(2014年WIN.62巻3号)』の中で、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授・伊藤友則氏が「最適資本構成」に言及している記事があった。引用文の記述は、大方の日本人の感覚をよく表していると思う。金融のプロである伊藤友則氏ですら、キャリアの最初の頃は「借金が企業価値を増大させる」という考えに当惑していたというのが興味深い。
 ファイナンスの理論のなかでも、特に「最適資本構成」の理論は、その当時日本で常識と考えられていた財務理論とは大きく異なり、面食らったのを覚えている。借金をすることが価値を創造する、借金がないというのは非効率な資本構成である、という理論があるのを知りびっくりした。
(伊藤友則「最適資本構成は「最適」か」より)
一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-12-12

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 『国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ』に話を戻すと、同書には「通貨発行益(シニョリッジ)」という言葉が出てくる。例えば1万円札を1枚発行すると、日銀は印刷コスト約16円を除いた9,984円の利益を得る。カナダ中央銀行のHPでは、政府の資金調達手段の1つとして通貨発行益が認められている。だから、日本もカナダと同様に、1万円札をどんどん刷れば借金の問題は解決する。

 しかし、本書では1万円札の増刷よりも、国債の発行の方が推奨されている。なぜ、国債の発行という、ワンクッションを置いた方法が採用されているのか不思議だったのだが、フランスの政治学者エマニュエル・トッドの著書『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』を読んだら、少しその理由が解った。
 人は政府債務というものをたいてい借りる側に目をつけて眺め、借りる側が見境もなく支出したのが悪いと判断します。諸国民は支払う義務を負っている、なぜなら掛け買いで暮らしてきたのだから、というわけです。

 ところが、債務の出発点のところにいるのは、これはもう基本的に借り手ではなく、自分たちの余剰資金をどこかに預託したい貸し手たちです。

 マルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』で明察したように、金持ちたちは政府債務が大好きなのですの!借金をする国家は、法的拘束の専有のおかげで、金持ちたちが彼らのお金を最大限安全に保有し、蓄積できるようにしてやる国家なのです。
「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)
エマニュエル・トッド 堀 茂樹

文藝春秋 2015-05-20

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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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