平和のための戦争論: 集団的自衛権は何をもたらすのか? (ちくま新書)平和のための戦争論: 集団的自衛権は何をもたらすのか? (ちくま新書)
植木 千可子

筑摩書房 2015-02-04

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 抑止の成功のためには、能力と意図を持っているだけでは不十分で、それを相手に認識させなくてはならない。そのためには、正しくシグナルを送る方法が確保されていることと、シグナルの信憑性が高いことが重要だと考えられている。

 では、正しくシグナルを送り、相手が正しく受ける要素は何か。まずは、信頼関係の存在だ。対立していても、一定の信頼関係がないと抑止は成り立たない。(中略)また、コミュニケーションが取れる方法が確保されていること。これも重要な要素だ。
 思うに、相手国とコミュニケーションが十分に取れて、かつその情報が信頼に足ると思えるほどの関係が構築できていれば、わざわざ武力で相手国を牽制しようとしないのではないだろうか?相手国の情報が信頼できず、相手国が何を考えているのか解らないから、武器を持って抑止力を働かせようとするわけだ。

 北朝鮮はどの程度の性能の核兵器を持っているのか?また、核兵器はどこに配備されているのか?などといった情報は、北朝鮮は絶対に開示しない。だからこそ、日本は脅威を感じる。また、中国の軍事費は毎年二桁の伸びを示しており、いずれはアメリカの軍事費を抜くと言われている。だが、中国の軍事能力に関する情報は錯綜している。そもそも、中国政府が公表する軍事費のデータが信頼できるかどうかさえ怪しい。そのため、日本は下手に中国を刺激できない。

 ここでいきなり中日ドラゴンズの話を持ち出すことを許していただきたいのだが、落合博満氏が監督をしていた時代の中日は非常に強かった(8年間で優勝4回、日本一1回、Bクラスなし)。落合氏は徹底した秘密主義を貫き、自軍の情報が外部に漏れることを嫌った。ケガで戦線離脱した選手の情報も、普通はマスコミを通じて発表するものだが、落合氏はケガの原因を隠した。

 落合氏の退任後、中日の選手が語ったところによると、落合氏が目指していた野球は至って「普通の野球」であった。すなわち、攻撃においては、ランナーが出ればすぐに送りバントをして得点圏に進め、タイムリーを期待する。一方の投手陣は、攻撃陣がものにした数少ない得点を守り抜く。作戦や采配は(開幕投手=川崎憲次郎のような一部の例外を除いて、)非常に平凡であった。ところが、その秘密主義ゆえに、相手チームは「何をしてくるか解らない」と脅威を感じていた。

 フィンランドの危機管理コンサルタントであるピーター・ サンドマンはこう語っている。「危険は大きいが恐れは小さい時、人の反応は控え目である。そして、危険は小さいが恐れは大きい時、人はオーバーな反応をする」 危険の大きさを正しく伝えるのではなく、「危険かもしれない」と恐れを感じさせることが、抑止力になる。だから、田母神俊雄氏が批判したように、集団的自衛権を行使する事例を政府が公表してしまったら、自ら抑止力を放棄することに等しいのである。