こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

日本思想史


丸山眞男『日本の思想』


日本の思想 (岩波新書)日本の思想 (岩波新書)
丸山 真男

岩波書店 1961-11-20

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 丸山眞男の『日本の思想』をもう一度読み返してみた(前回のレビュー記事は「丸山眞男『日本の思想』」を参照)。

 ブログ本館の記事「山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1)(2)」では、日本の多重階層社会を前提として、①垂直方向には上の階層に対する「下剋上」と下の階層に対する「下問」が、②水平方向には組織内におけるコラボレーション、同業他社や異業種との協業が必要であると書いた。だが、上下関係に基づく指揮命令系統に加えて、なぜこれらの動きが必要なのかはあまりきちんと書いていなかった。

 ①まず、下剋上に関しては、ある階層の人が、より上位の階層の視点に立って、物事を広い視点から考える訓練になる。こうした思考は、その人が将来的に出世して上位の階層に立った時に必ず役に立つ。一方の下問については、自分が上司だからという理由だけでは部下を思い通りに動かすことができないことを思い知る契機になる。部下のニーズを汲み取り、部下の目標達成を支援することが、部下からの信頼の獲得につながる。部下から信頼されることで、上司は指揮命令による権限の発揮を補強することができる。

 水平方向のコラボレーションについては、日本が多神教文化であることが関係している。欧米(特にアメリカ)の一神教においては、個人が信仰によって神と契約を結び、その契約を履行する。神は絶対であるから、契約もまた絶対である。その絶対的な契約を確実に履行することを「自己実現」と呼ぶ。ただし、全員が神との契約を結べるわけではないし、せっかく神と契約を結んだのに、本人の怠慢などによって契約が実現しないことがある。よって、自己実現に成功した者とそうでない者との間には大きな格差が生じる。

 一方の日本は多神教文化であり、それぞれの人や組織に異なる神が宿ると考える。しかもその神は、一神教の神とは異なり不完全である。だから、個人や組織がどんなに内省しても、神の姿を知ることができない。自分に宿る神の姿を知るために効果的な方法は、自分とは異なる神を宿しているであろう他者と交わることである。しばしば言われるように、異質との出会いは学習を促進する。

 だから、社員は自分の強みを知るために組織内を頻繁に異動するし、企業は自社のコア・コンピタンスを知るために同業他社や異業種と連携する。ただし、他者(他社)の神もまた不完全であるから、自分の神の姿を完全に知ることはできない。初めから不可能だと解っているにもかかわらず、それでも我々は学習を続けなければならない。これを我々は「道」と呼ぶ。日本中の人々や組織が「道」を追求する限り、アメリカのような大きな格差は生まれず、多様性が保たれる。

 以上は、私が考える日本社会の理想である。これに対して、現実は異なっていると丸山は指摘する。まず、水平方向のコラボレーションについては、組織がタコツボ化しているという現実がある。これは、日本の学問の輸入方法に原因の一端がある。丸山は、欧米の文化をササラ型、日本の文化をタコツボ型と呼ぶ。ササラ型の場合、哲学であれ宗教であれ、まずは根っことなる学問が存在し、そこから様々な学問が枝分かれした。科学の発展に伴って、それぞれの学問は専門化が進んだ。日本は、専門化が進んでからの学問を輸入したため、学問相互間の関係に無頓着であった。これがタコツボ化を生む遠因となっている。

 欧米のササラの根っこにあたるものは、戦前であれば天皇であっただろう。戦後はマス・コミュニケーションがその役割を果たすはずであった。ところが、マス・コミュニケーションは誰の利害も代表しない表面的な情報を流すことで、かえってディスコミュニケーションを生んでいると丸山は批判する。丸山は、タコツボ化を打破するために、組織内の言葉が組織外でどれだけ通用するか試すべきだと提案している。タコツボ化した組織の言葉は、当人が意識しないうちに、往々にしてその組織内でしか通用しない言葉になっているものである。

 垂直方向の下剋上と下問を理解するには、「である」と「する」という言葉の区別が有益である。丸山は、債権者「である」ことに胡坐をかいて、債務者に請求「する」という行為を怠ると、時効が成立して債権が消滅することを引き合いに出して、地位に安住することに警告を発している。社会を有効に機能せしめるためには、不断の「する」が決定的に重要となる。

 上司と部下の関係は、典型的な「である」の関係である。上司「である」から部下に命令することが許されるし、部下「である」から上司の命令を聞かなければならない。しかし、「である」だけの社会は硬直的であり、変化に対して過剰に反応するか、変化を受け入れられずに崩壊する。そこで、「する」という行為を取り入れなければならない。下剋上や下問は、上司や部下「である」ことから必然的に生じる行為ではない。本人が意識的に「する」必要がある。「である」に「する」を加えることで、組織を活性化することができると私は考える。

丸山眞男『日本の思想』


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丸山 真男

岩波書店 1961-11-20

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 私に丸山眞男の考えなんてこれっぽちも解るわけがないのだが、頑張って記事を書いてみることにする。

 通常、理論と精神は固く結びついている。基本的な精神の上に理論は構築されている。ところが、日本の場合は、外国から次々と新しい理論が入ってきて、それらが雑居(雑種ではない)するという状態が見られる(私はこれを小国らしい「ちゃんぽん戦略」だと評価するのだが、丸山の場合はそうではなさそうだ)。日本に導入された理論は、時系列に従って整然と整理されていない。だから、理論の生みの親である西洋では既に時代遅れになったものが、未だに日本ではもてはやされるという事象が頻繁に見られる。また、ある理論が否定されると、その代わりに突如として昔の理論が思い出されることもある。

 一方の精神はどうかと言うと、日本の精神は抽象化されず、直接的に把握されるという特徴がある。本居宣長の国学が追求したのはこの点であった。明治時代には「国体」という言葉で日本精神を統一し、国体のために戦争に突入したわけだが、その中身はついに煮詰められることがなく終戦を迎えた。端的に言えば、国体の中身は空っぽであった。空っぽなのだから何でも受け入れる余地がありそうなのに、実際はそうではない。日本の国体は、普段は沈黙しているが、自分が気に食わない精神は徹底的に排撃するという暴力性を備えている。

 丸山は、日本にはイデオロギー論争がなかったと指摘する。通常、イデオロギーを議論の俎上に載せるには、その前提となる精神を抽象化しなければならない。その上で、その精神が正当であるかを問うことを通じて、理論の効用を論じるという手順を踏む。ところが、前述のように、日本の場合は、次々と新しい理論が流入する一方で、精神の側が空っぽであるから、論争にならない。

 理論と精神の関係は、社会科学と文学の関係と言い換えてもよい。近代の日本において、社会科学と文学の関係が最も強固な形でもたらされたのが、マルクス主義(とプロレタリアート文学)であった。しかし、日本には理論と精神を固く結びつけるという伝統がない。そこに、社会科学と文学ががっちりと手を結んだマルクス主義が流入したことは、日本にとって大きな衝撃であった。とはいえ、日本にはマルクス主義を受け入れる精神が存在しない。マルクス主義によって、ようやく文学における自然主義が認識される程度であった。

 精神の側がそんな具合だから、理論の側もマルクス主義の衝撃を受け止めることができなかった。マルクス主義に限らずどんな理論でも必ずそうだが、理論は論理的一貫性を通すために、現実の一部を敢えて捨てている。この意味で、理論はフィクションである。日本人はこの点を理解することができなかった。現実が理論と等しいものと勘違いしてしまった。この時点で、理論は敗北を喫している。

 理性的なもの(社会科学)を追求する根源的なエネルギーは非理性的(文学)である。理論(合理的)を現実(非合理的)に適用するには、一種の賭けをしなければならない。この意味でも、理論(社会科学)と精神(文学)の固い絆は不可欠である。だが、その絆を我がものにできなかった日本では、理論が現実に歩み寄ってしまった。これはちょうど、日本という理想を中国という現実に合わせて、中国に対して土下座外交をしたと指摘した山本七平の主張に通じるところがあるように思える(ブログ本館の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『日本人と中国人』―「南京を総攻撃するも中国に土下座するも同じ」、他」を参照)。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
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