アジア労働法の実務Q&Aアジア労働法の実務Q&A
安西 明毅 小山 洋平 中山 達樹 塙 晋 栗田 哲郎

商事法務 2011-11

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 小山洋平氏が書いたインド労働法に関する章だけ読んだ。以前の記事「久野康成公認会計士事務所、株式会社東京コンサルティングファーム『メキシコの投資・M&A・会社法・会計税務・労務』」でメキシコのユニークな労働法に触れたが、インドにもインド特有の規定がある。
 労働紛争法25G条は、ワークマンを普通解雇する場合、使用者との間で別段の合意が存しない限り、使用者は、原則として、そのワークマンが属する部門において最後に雇用された者を解雇すべき旨規定する(「last come first goルール」)。したがって、使用者の判断により普通解雇の対象とする者を選択することはできない。
 ワークマンの定義については、インド求法記「インド労働法解説その2-「workman」と「non-workman」-」(2008年7月23日)を参照。最後に雇用された者から順番に解雇するとは、なかなか厳しい規定だと感じた。普通解雇(インドでは普通解雇と整理解雇は区別されていない)は、企業の業績悪化などを理由として行われるわけだが、私なりに解釈すると、経営者が第一義的に責任を負うことはもちろんとして、社員にも業績に対する一定の責任を負担させることだと言える。だとすれば、社歴が長い社員ほど業績に対する責任は重いと考えるのが通常であろう。ところが、インドではそれが逆になっている。

 最後に雇用された者というのはたいてい若手社員であるから、last come first goルールは、若者から順番に解雇するという規定とも解釈できる。若者から順番に解雇する企業は、大体その後ロクなことにならない。社内では、「もっと先に首を切られるべき人が上の職位にはいるのではないか?」という猜疑心が生まれる。若手社員は給与が低いため、業績回復のために普通解雇をするのであれば、若手社員を多く解雇しなければならない。すると、社内からごっそりと人がいなくなる可能性もあるわけで、残った社員は精神的に動揺する。

 私の前職のベンチャー企業では、業績不振を理由に大小様々なリストラを行った。そのうちの1回は、私が業績の数字を分析して、このままではとても会社が持たないからリストラすべきだと経営陣に直訴して行われたものである。その時の私はあまりに若すぎたので、リストラ候補者の一覧に、若手社員をたくさん入れてしまった。リストラ後に残ったのは、30代後半~50代の管理職ばかりで、一般社員が私ともう1人の2人だけという、非常にいびつな組織になってしまった。

 管理職の人たちは、以前から経営方針をめぐってしばしば対立していた。しかし、若手社員が一定数いたことで、彼らが一種の緩衝材の役割を果たしていた。それが急に消えたものだから、社内の雰囲気は最悪と言う言葉では足りないくらいに最悪なものになってしまった。このリストラは私にとって失敗だったし、私の余計な進言によって離職を余儀なくされた人には申し訳なく思っている。

 以上のような厳しい規定がある一方で、こんな規定もある。
 労働紛争法25H条は、ワークマンが普通解雇された場合において、使用者が新規採用を行なおうとする場合、普通解雇されたワークマンに対して再雇用する機会を提供しなければならず、かつ、そのワークマンは他の者に優先する旨規定する。
 インドでは、普通解雇したワークマンの出戻りをOKにしている、というかOKにしなければならない。日本の場合、転職する理由の第1位は職場における人間関係の悪化であると言われる。だから、転職した人が元の企業に戻ることはなかなか考えづらい。ましてや、自分を解雇した企業に戻りたいと考える人は、日本だったらよほどの変わり者と見なされるに違いない。私がいた前職のベンチャー企業を解雇された人で、もう一度あの会社で働きたいと思う人は皆無であろう。

 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューのどの論文だったか忘れてしまったが(後で調べておきます)、社員の離職率を下げるには、(結婚・出産以外の理由で)一度退職した人をもう一度採用するのが有効である、と書いた論文があったと記憶している。他の企業からの転職者が離職してしまうのは、仕事に慣れることができなかった、新しい職場での人間関係が上手く構築できなかった、入社前の期待と現実とのギャップが大きすぎた、などの理由が考えられる。

 その点、以前その企業に勤めていた人であれば、仕事や人間関係にもある程度慣れているし、その企業の酸いも甘いもよく知っている。それに、一度辞めた自分を再び雇用してくれたのだから、もう次は会社を裏切ることができないと感じる。そのため、離職率が下がるというのがその論文の内容であった。普通解雇された人で、再び同じ企業で働くことになったインド人がいたら、一体どういう気持ちで仕事をしているのか是非聞いてみたいものだ。