グローバル・ビジネス・マネジメント―経営進化に向けた日本企業への処方箋グローバル・ビジネス・マネジメント―経営進化に向けた日本企業への処方箋
一條和生

中央経済社 2017-05-13

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 パンカジュ・ゲマワットが提唱した「CAGEフレームワーク」に従って、日本企業のグローバル化を分析した1冊である。CAGEフレームワークとは、企業が進出先の国・地域を決定する際に使用するものであり、Cultural(文化的)、Administrative(政治的)、Geographical(地理的)、Economical(経済的)に自国と近い国を選択すると戦略の成功確率が高いことを示している。

 本書は、日本のグローバル企業を「CAG型」と「E型」という2つのタイプに分けている。従来の日本のグローバル企業は、E型が中心であった。自動車などの製造業がその典型である。E型企業は、日本で培ったナレッジをベースにグローバル標準化を進める傾向がある。海外拠点の経営はグローバルレベルで統合される。そして、M&Aよりも有機的成長を通じて、規模の経済性によるコスト削減と販売数量の増加を目指してきた。

 これに対してCAG型は、保険、金融、通信などのサービス業に見られる。各国の海外拠点は、その国のローカルのニーズに対応する。E型とは逆に、有機的成長よりもM&Aを駆使し、収益性(付加価値)を重要なKPIとする。

 ただ、私が本書を読んで思ったのは、E型企業は、E(経済)が”共通する”国に進出しているのに対し、CAG型は、C(文化)、A(政治)、G(地理)が”異なる”国に進出している、ということである。つまり、CAGEフレームワークに、CAGEの視点で”共通するか、異なるか”というもう1つの軸が加わっているのである。よって、もし厳密に分析するのであれば、Eが”異なる”国に進出するE型企業と、C、A、Gが”共通する”国に進出するCAG型企業も対象にしなければ、片手落ちになってしまうのではないかという印象を受けた。

 本書では、日本のグローバル企業が抱える課題を調査した結果が紹介されている。日本企業が重要だと考えるが現在はまだ実現できていない課題を見てみると、グローバルレベルでの経営管理システム、情報システム、ナレッジ共有システム、人事制度が構築できていない企業が多いことが解る。端的に言えば、グローバルレベルでの経営の「仕組み化」が弱い。

 逆に、欧米企業は仕組み化に長けている。特に、失敗を教訓に、二度と同じ失敗を繰り返さないための仕組みを構築することを徹底している。これは、欧米と日本の文化の違いに起因する部分がある。安直な二分法になってしまうが、欧米は狩猟社会、日本は農耕社会である。農耕社会では、作物が期待通りに収穫できるかどうかは、言ってしまえば天候次第である。よって、収穫が不良に終わっても、その原因を追求することはしない。

 他方、狩猟社会では、獲物が獲れなければその責任を個人に帰着させる。そして、失敗の再発防止策を入念に練り上げる。2013年にアルジェリアのイナメナス付近の天然ガス精製プラントで人質事件が起きたが(残念ながら日揮の社員が犠牲になった)、プラントを保有していたStatoil社は事件の原因と再発防止策の詳細をHPで公開している("In Amenas Attack")。これが欧米の伝統である。日本では不祥事が起きても、第三者委員会が形だけ設けられ、責任が一体どこにあるのか解らない報告書が作成されて終了になるのとは大違いである。

 ただ、日本人も決して仕組み化が全くできないわけではないと思う。華道や茶道、能や狂言などを見ると、「型」というものがある。これは、人間の一連の所作を高度に抽象化・標準化したものである。型があるからこそ、後代への伝承が可能になる。問題なのは、この型は弟子が師匠を長年にわたって観察・模倣することによってようやく伝承されるものだということである。野中郁次郎教授のSECIモデルに従わず、師匠の暗黙知が直接弟子の暗黙知となっている。

 SECIモデルが示すように、知識創造のスパイラルを加速させるには、暗黙知を形式知に転換し、形式知の形で他者に伝達する必要がある。そして、形式知化とその伝達を手助けするのが「道具」である。日本人はこの道具の取り扱いが苦手だ。もちろん、型も道具を使用するが、その道具は型の一部を構成するものであり(例えば、茶道において、一定の作法に従って茶道具を使うなど)、型を効率的に他者に伝えることが目的ではない。だから、日本人は、行為の仕組み化はできても、行為を広範囲に浸透させる道具の製作が弱い。

 日本人も日本人なりに、経営の仕組みや現場作業の仕組み、人事評価の仕組みというものを持っている。ただ、それが型という抽象的な暗黙知にとどまっているため、それを伝達するには、日本人が海外拠点に直接出向いて、時間をかけて現地の社員を訓練しなければならない。日本企業が欧米のグローバル企業と互角に戦うには、道具の使い方に習熟する必要がある。ITは道具の最たる例である。人事制度のような抽象度の高いテーマであっても、文書によって形式知化できる。もちろん、ITの力を借りられればなおよい。なぜ日本企業は道具の扱いが下手なのかは、今後もっと考察してみたいテーマである。