冷戦史 -その起源・展開・終焉と日本-冷戦史 -その起源・展開・終焉と日本-
松岡 完 広瀬 佳一 竹中 佳彦

同文舘出版 2003-06-11

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 国外の冷戦と国内の冷戦を概観するには適した1冊。アメリカは自由、平等、法の支配、基本的人権、資本主義、民主主義といった普遍的価値を心の底から信じており、これらの価値を世界中で実現するために、時には他国の政治や経済システムにも介入するのだが、本書を読むと、冷戦当初はそれほど価値観の布教に熱心ではなかったのではないかと思うようになった。むしろ、ソ連の方が、社会主義・共産主義の革命を輸出することに躍起になっていたようである。

 第2次世界大戦終結直後、朝鮮半島では朝鮮戦争が勃発し、早くもアメリカ対ソ連の代理戦争の様相を呈した。ところが、当時のアメリカにとって、朝鮮半島はそれほど重要ではなかったという。アメリカにとっては、第2次世界大戦の主戦場となったヨーロッパでプレゼンスを発揮することが第一の命題であった(本書には明確に書かれていなかったが、第二の命題は、中東における石油の確保であっただろう)。アメリカは、ヨーロッパに関しては戦略的”攻撃”、アジアに関しては戦略的”防衛”というスタンスを取っていた。

 ソ連は周辺国に革命を輸出し、共産主義政権の樹立を支援したが、ソ連の強引なやり方に反対して反共的な政権を樹立しようとする動きもあった。これに関しても、アメリカはソ連の周囲に反共・親米的な政権ができることを嫌がっていたきらいがある。いくら戦争が公共事業であるアメリカといえども、世界中で小国同士の代理戦争が繰り広げられるような事態は避けたかったのかもしれない。

 潮目が変わったのは、アメリカが中国に接近してからだと思う。キッシンジャーの電撃訪中、さらにはアメリカと中国の国交樹立は日本中を仰天させたが(田中角栄は慌てて中国との国交を樹立した)、アメリカには泥沼化するベトナム戦争に関して、中国から何とか妥結案を引き出そうとしていた。一方の中国も、文化大革命が大失敗に終わり、経済が停滞し、海外からの直接投資が鈍っていた矢先であったから、アメリカからの支援の申し出は渡りに船であった。

 マイケル・ピルズベリーは著書『China 2049』の中で、「自分は弱い国なので助けてください」と低姿勢に出る中国に対して、バカ正直に様々な支援をしてしまい、結果的に中国を大国にしてしまったことを後悔している(ブログ本館の記事「マイケル・ピルズベリー『China 2049』―アメリカはわざと敵を作る天才かもしれない」)。だが、アメリカのインテリジェンスが中国の歴史を多少なりとも真面目に研究していれば、中国が心の奥底に覇権主義を秘めた大国候補であることは見抜けたはずである。二項対立的な発想をする世界の大国は、常に自分の対抗馬を必要としている。アメリカは、冷戦でソ連に勝利した後を見据えて、中国を新たな敵に仕立て上げようとしていたのではないかといのが私の仮説である。これ以降、アメリカはアジアへのコミットメントを強めていき、現在に至っている。

 最後に大国と小国の国際戦略について、現時点での私の考えを整理しておく。まず、大国であるが、前述の通り二項対立的な発想をするため、常に敵となる大国を必要としている。現代では、アメリカ&ドイツと、ロシア&中国が対立している。アメリカとロシアの対立に限って話を進めると、実は大国の内部も二項対立状態にある。つまり、アメリカ内部には多数派の反ロ派と少数派の親ロ派が、ロシア内部には多数派の反米派と少数派の親米派がいる。ここで、アメリカの親ロ派とロシアの親米派は裏で通じている。アメリカの親ロ派は反ロ派に対して、もっとロシア寄りになるように助言するが、反ロ派はそんな声には耳を貸さず、より一層反ロの姿勢を強める。同様にして、ロシアでは反米の姿勢が強まる。すると、アメリカとロシアは今まで以上に激しく対立するようになる。

 しかし、アメリカとロシアが本気で衝突したら壊滅的な被害が出ることは両国とも解っている。そこで、両大国は周辺の小国を自国の味方に引き込んでいく。その上で、アメリカとロシアの対立を、小国同士の代理戦争に転化させる。あるいは、小国の中に親米派と親ロ派を作り出し、両者を激突させる。中東で長らく続く混乱は、自分の手を直接汚したくない大国の狡猾な戦略の結果である。

 こうした大国の戦略に対して、小国はどのように振る舞うべきか?(私は日本も小国だと考える)まず、対立する大国の一方に過度に肩入れするのは絶対に避けるべきである。そんなことをすれば、早晩大国の代理戦争に巻き込まれる(近年、日本がアメリカ寄りの姿勢を強めているのは危険な兆候だと感じる)。

 小国は、対立する双方の大国から、自国の味方にならないかと様々なアプローチを受ける。その双方のいいところ取りをして、どちらの国の味方でも敵でもないという曖昧なポジションを作り出すのが得策である。ずる賢いと言われればそれまでだが、弱い小国が国際政治の乱気流を乗り切るにはこれしかない。私はこうした小国の戦略を「ちゃんぽん戦略」と呼んでいる(ブログ本館の記事「『トランプと日本/さようなら、三浦朱門先生(『正論』2017年4月号)』―米中とつかず離れずで「孤高の島国」を貫けるか?」を参照)。

 小国は他の小国に対してどのような態度を取るべきか?原則は、相手から求められない限りは動かない、ということである。他の小国は既に、対立する大国のどちらかに取り込まれている可能性がある。そういう小国に不用意に近づくと、大国の代理戦争に巻き込まれるリスクがある。小国は、他の小国から支援を求められた時に限って、必要な支援を行う。その際、支援先の小国も同じようにちゃんぽん戦略へと移行できるように働きかける。

 しばしば、日本は東洋と西洋の中間に位置する地政学的な位置を利用して、東洋と西洋の橋渡しを担うべきだという主張を見かける(以前、私もそう書いてしまった)。だが、地政学的に東洋と西洋のど真ん中にあるのは中東である。その中東の現状は悲惨である。橋渡しなどという夢物語を掲げるのはよくない。小国はまずは自国を守ることに注力し、周囲の小国からの求めがあれば、少しずつ大国同士の代理戦争の場を無効化していくのが望ましいのではないかと考える。