確率思考の戦略論  USJでも実証された数学マーケティングの力確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力
森岡 毅 今西 聖貴

KADOKAWA/角川書店 2016-06-02

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コークの味は国ごとに違うべきかコークの味は国ごとに違うべきか
パンカジ・ゲマワット

文藝春秋 2009-04-23

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 パンカジ・ゲマワットに、『コークの味は国ごとに違うべきか』という不思議な邦題の著書がある。グローバル企業が自社の製品・サービスを国ごとにカスタマイズすべきかを論じた1冊であるが、日本人からすれば、そもそもこんな問いを立てること自体がおかしい。日本人は「現地のニーズに合わせてカスタマイズするのは当たり前だ」と思うに決まっている。実際、日本コカ・コーラは、ジョージアなど日本市場向けの独自製品を販売している。だが、アメリカ企業には日本企業のような発想はない。特に、イノベーションに強い企業ほどその傾向が強い。アメリカのコカ・コーラが日本コカ・コーラに独自製品を認めているのは例外である。

製品・サービスの4分類(修正)

 またこの図を使うことをご容赦いただきたい(何度も言い訳をして申し訳ないが、未完成である。図の説明については、以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」などを参照)。イノベーティブなアメリカ企業は、左上の象限に強い。そして、左上の象限の企業は、カリスマ性のあるイノベーターがリーダーシップを発揮して、全世界に通用する単一の製品・サービスを生み出す。Google、Apple、facebook、Instagram、Youtube、Twitterなどは、細かい仕様の変更はあれど、単一の製品・サービスを全世界で普及させているという点では共通する。各国で仕様が異なるのは、言語面だけである。

 同時に、アメリカのイノベーティブな企業は、データの収集・解析にも多大な投資を行う。彼らの目的は、イノベーションを全世界に普及させるために、各国のそれぞれの市場セグメントの選好を分析し、どうすれば自社のイノベーションを受け入れてもらえるようになるかを検討することにある。自社の製品・サービスそのものを顧客ニーズに合わせていちいちカスタマイズしようという考え方はない。あくまでも、顧客の方を自社の製品・サービスに合わせようとするわけで、どんなプロモーションを展開すれば顧客を”洗礼”させられるのかについて戦術を練る。

 日本企業は、どちらかと言うとデータの活用が苦手である。それよりも、一人一人の顧客に寄り添って、ニーズを丹念にくみ取り、製品・サービスに緻密に反映させていく。だから、カスタマイズされた製品・サービスであふれることになる。そのため、日本企業はアメリカ企業とのグローバル競争で、どうしてもスピード感に欠ける。だからと言って、アメリカ流のデータ分析を取り入れると、今度は現場のことが見えなくなって、独り善がりの製品・サービスが横行する。最近の日本企業の苦境の原因は、この辺りにあるのではないかというのが私の見立てである。

 さて、前置きが長くなってしまったが、『確率思考の戦略論―USJでも実証された数学マーケティングの力』で紹介されているUSJは、アメリカ流と日本流を両方取り入れた稀有な例である。USJはエンタテイメント業であり、上図で言えば左上に該当する。仮にアメリカ企業がUSJを経営していれば、その企業は「我々の考えるエンターテイメントとはこういうものだ」という理想像を顧客に”押しつける”に違いない。ところが、USJはそうしなかった。

 USJはまず、「映画の専門店」から「世界最高のセレクトショップ」というコンセプトに転換した。次に、統計学を用いて顧客セグメントを分類し、購買金額の”伸び代”を特定した。そして、顧客セグメント別に、その伸び代を埋めるために、どのようなカスタマイズサービスを提供すべきかを検討した。

 ファミリー層に対しては、ファミリーエリア「ユニバーサル・ワンダーランド」を作った。最大の集客月である10月には、ゾンビがパークを埋め尽くす「ハロウィン・ホラー・ナイト」を開催した。また、アニメのワンピースなどとのタイアップを進め、アニメファンを取り込んだ。さらに、スリルを求める若者が意外と多いことに気づき、2013年にはジェットコースターを逆向きに走らせる「バックドロップ」を導入した。アメリカのディズニーランドも分析的経営に力を入れているらしいが、USJほど細かくカスタマイズされたサービスを提供しているのか、私にはやや疑問である。