こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

民主主義

佐々木卓也『冷戦―アメリカの民主主義的生活様式を守る戦い』―レーガンとトランプという行動が全く読めない2人の大統領の共通性


冷戦 -- アメリカの民主主義的生活様式を守る戦い (有斐閣Insight) 冷戦 -- アメリカの民主主義的生活様式を守る戦い (有斐閣Insight)
佐々木 卓也

有斐閣 2011-11-14

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 冷戦はアメリカの「生活様式」をかけた戦いだったという。冷戦とは、端的に言えば自由主義と全体主義の戦いである。トルーマンは、自由主義的な生活様式とは、「多数の意志に基づき、自由な諸制度、代議政体、自由選挙、個人の自由の保障、言論・信仰の自由、政治的抑圧からの自由」によって特徴づけられる一方、全体主義的な生活様式は「多数者に対して強制される少数者の意志に基づく。それは恐怖と圧制、出版と放送の統制、形だけの選挙、そして個人の自由の抑圧に依存している」と述べた。

 ここでは、生活様式=政治となっている点が興味深い。以前の記事「丸山俊一『欲望の民主主義―分断を越える哲学』―民主主義の実現のために国民は政治に直接参加した方がよいのか?」で、アメリカ人は間接民主主義を採用しているが、心のどこかで政治に直接参加することを望んでいるようだと書いた。また、全体主義は、ブログ本館の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」で書いたように、個人が全体に等しく、民主主義が独裁と両立するため、個人が全体であり、全体が政治であるという関係が成立する。個人は政治に参加するというよりも、個人が政治そのものとなる。政治と距離を置きたがる日本人には、なかなか理解が難しい点である。

 ピーター・ドラッカーは著書『産業人の未来』の中で、第2次世界大戦は、自由を全体主義から守る戦いだと述べた。だとすると、共産主義によって全体主義化していた当時のソ連が連合国側に立っているのはおかしな話になる。4年ほど前に、ブログ本館の記事「高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』―戦後の日本人に「自由」を教えるため米ソは共謀した」という記事を書いたが、考えが浅かったと反省している。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 民主主義も全体主義も、啓蒙主義にルーツを持つ自由を内包している。全体主義においては、全ての人間が絶対的な理性を等しく有しているから、完全に自由に振る舞うことができる。その振る舞いは皆同じであるため、自由が衝突することがない。だが、概念上はそうであっても、実際に完全に自由に振る舞えるのは独裁者だけであり、独裁者の自由な意思が全てとされる社会では、人々の現実的な多様性は圧殺される。よって、全体主義は、理念的には自由を掲げながら、現実には大多数の自由を犠牲にするという矛盾を露呈する。

 他方、民主主義の場合は完全な理性を前提としない。理性には欠陥がある。それゆえ、ある人が自由に振る舞うと、別の人の自由を害する恐れがある。そうした利害を調整するためのメカニズムとして民主主義が採用されている。ソ連の自由とアメリカの自由は中身がまるで違うから、両国が日本に自由を教えるために結託したなどというのはちゃんちゃらおかしな話である。

 本書によると、アメリカがソ連と一緒に戦っているのは「偶然の一致」(ジョージ・ケナン)だったそうだ。何ともあっさりとした理由である。トルーマンは大統領になる前の1941年に、「我々としてはドイツが勝っているようであればソ連を助け、ソ連が勝っているようであればドイツを助けるべきである。そうすることでドイツとソ連ができるだけ多く殺し合うことになるであろう。ただし私はいかなる状況であれ、ヒトラー・ドイツの勝利を望まない」と、品性に欠く発言をしたそうだ。つまり、共産主義のソ連もナチスのドイツも恐るべき全体主義であるが、ドイツの方がより脅威であるから、ソ連は味方にしておこうというわけである。

 だが、1917年にレーニンが共産主義的な国際秩序を提唱した時、ウィルソンはこれに対抗する形で自由主義的な国際秩序を提唱している(後の国際連盟につながった)。ということは、1917年の時点で、既にアメリカはソ連の共産主義を警戒していたのであり、なぜそれ以降約20年にわたってその脅威に対処しなかったのかという疑問は生じる。また、共産主義という明確なイデオロギーを持つソ連よりも、1930年代に突然表舞台に登場し、アーリア人至上主義と徹底的なユダヤ人排斥以外にこれといった思想を持たないナチス・ドイツの方を恐れた理由が何であったのかもはっきりしない。今後も考察を続けたい論点である。

 さて、ブログ本館では度々、大国は二項対立的な発想をすると書いてきた。米ソ関係が最も解りやすいため、米ソ関係で説明する。矛盾するようだが、大国は自国の存続のために敵国を必要とする。アメリカは別の大国ソ連を敵として設定する。これが第一段階の二項対立である。ただ、大国も一枚岩で敵国に向かうわけではなく、国内は分裂する。これが第二段階の二項対立である。アメリカ国内は反ソ派と親ソ派に分かれる。同様に、ソ連国内は反米派と親米派に分かれる。アメリカで反ソ派が、ソ連で反米派が主流になる時、両国の緊張は最大となる。ただし、お互いに戦意が高まりすぎており、本当に武力衝突が起きると破滅的な結果が予想されるから、実はこのパターンでは戦争に発展しにくい。

 一方、政権交代などによってアメリカで親ソ派が、ソ連で親米派が台頭すると、対話ムードが生まれ、軍縮へと向かいやすい。戦争リスクが高まるのは、アメリカで親ソ派が、ソ連で反米派が主流になるといった具合に、均衡が崩れる時である。アメリカはソ連と融和したいが、ソ連はアメリカと戦いたくて仕方がない。ソ連からの圧力を受けたアメリカでは、非主流派である反ソ派の声がだんだんと大きくなり、主流派の親ソ派を戦争へと傾かせる。親ソ派はやむなくソ連と戦火を交えるものの、根が親ソであるからソ連に勝つ気はなく、ソ連の前に屈する。アメリカで反ソ派が、ソ連で親米派が主流になった時には、逆の現象が起きる。

 本書を読むと、

 ・第2次世界大戦ではソ連と一緒に戦いながら、内心では反ソであったフランクリン・ルーズベルト
 ・口先ではソ連を全体主義と批判しつつも、限定的な封じ込め作戦にとどまると同時に、中国をソ連に渡した点でソ連寄りであったトルーマン
 ・軍事費削減とソフト・パワーによる外交を掲げてソ連寄りであったアイゼンハワー(ただし、軍事費は減ったが核兵器は増えた)
 ・キューバ危機を経験し、反ソであったケネディ
 ・ソ連との外交樹立(1933年)以来アメリカがソ連と締結した協定数を上回る協定を在任期間中に締結しソ連寄りであったジョンソン
 ・デタント(雪解け)の象徴でソ連寄りであったニクソン
 ・逆に、反デタントを掲げ、反ソであったジャクソン
 ・ヘルシンキ宣言(1975年)という、一見するとソ連の外交の勝利に見える取り決めを結びながら、実は東欧で人権問題を監視するグループを発足させて、後の東欧諸国の共産体制崩壊を招く一因を作るなど、反ソであったフォード
 ・最初はデタントの再活性化に取り組んだが、ソ連のアフガニスタン侵攻を受けて軍事的封じ込めを復活させ、反ソであったカーター

と、アメリカでは政権交代を機に、ソ連に対する態度が変化している。本書は冷戦をアメリカ側から考察したものであるため、ソ連側の視点が少ないのだが、アメリカの政権交代と連動して、ソ連国内でどんな動きがあったのか分析してみたいものだ(ソ連のトップは共産党書記長であるが、アメリカの大統領よりもはるかに任期が長い。特定の書記長の態度が任期途中で変化することは、後に述べるゴルバチョフを除いてほとんどないと思われ、アメリカの政権交代を契機に、反米派と親米派のどちらかが書記長の近くで主流派の椅子を固めることにより、ソ連全体としての態度を形成していたという仮説を持っている)。

 アメリカ大統領で注目すべきは、カーターの次のレーガンである。彼はソ連を激しく批判し、NATOにINF(中距離弾道ミサイル)を配備させるなど、かなりの反ソであった。ところが、ヨーロッパでINF配備に対する強い反対運動が起き、国内でも核凍結運動が広がると、いわゆるレーガノミクスで経済が好調だったにもかかわらず、軍事費の増大により財政赤字が拡大している点を問題視するようになった。また、1983年のNATOの大規模軍事演習がソ連に相当な心理的ダメージを与えたこともあって、ソ連に対する態度を一転させ、ソ連に接近し始めた。

 当時のソ連の書記長はゴルバチョフであった。ペレストロイカ、グラスノスチを掲げて改革路線を進めたゴルバチョフであるが、最初は反米であり、アメリカの軍拡に対抗して軍事費を増やし続けていた。しかしながら、国内経済が不振を極め、アフガニスタン支援の見直しなど軍事費削減の必要に迫られるようになると、アメリカに対する態度を一転させ、アメリカに接近し始めた。そして、核実験の停止を提案し、核保有国の核兵器廃棄を求めた。両国の外交は、INF条約の締結(1987年)という形で具体的な成果に結びついた。

 レーガンの後に大統領となったブッシュ(父)は反ソであり、冷戦終結の前提としてポーランドとハンガリーの自由化・民主化、すなわち共産党体制からの脱却を挙げた。また、ブッシュの時代にはオーストリアの国境開放が実現し、東ドイツ国民が大量に流出した。これがベルリンの壁の崩壊(1989年)につながり、事実上冷戦は終結した。ヨーロッパにおける一連の動きに対して、ゴルバチョフはもはやソ連軍を送らなかった。アメリカは反ソ派(ブッシュ)が、ソ連は親米派(ゴルバチョフ)が主流となり、均衡が崩れて戦争リスクが高まったわけだが、冷戦は文字通り戦火を交えない戦争であったから、アメリカがソ連を押し切って、ベルリンの壁の崩壊という非軍事的要因をもって戦争を終結させたと言える。

 実は、冷戦の終結時期については、世界で見ても統一的な見解がない。通常の戦争と異なり、終戦宣言もなければ当事国間の条約もないからだ。本書の著者は、ベルリンの壁の崩壊とそれに続く東西ドイツ統一によって冷戦が終結したという立場である。ソ連崩壊は冷戦終結とは直接関係のない事象だとしている。しかし、そもそも冷戦とは冒頭で述べたように自由主義と全体主義の戦いであるから、どちらかを完全に打ち砕いたという事実をもって終結とするべきではないかという気がする。この点が非常に曖昧であるから、現在、中国というもう1つのモンスター共産主義国家の台頭を許してしまっているように思える。

 平成という時代が来年4月末で終わることから、「平成とはどういう時代であったか?」という問いがしばしば投げかけられる。「平成」という区切りは日本国内の事情によるものであるから、世界情勢と結びつけるのは不適切だろうと思いながら敢えてこの問いに答えるならば、「平成とは、冷戦が終わったと思っていたのに、実は終わっていなかった時代」と位置づける。

 その中国に対し、20世紀に熱心にアプローチしたのがニクソンとキッシンジャーである。一般に、フルシチョフによる毛沢東批判に端を発する中ソ対立につけ込んで、中国をアメリカの味方にすることで、ソ連を封じ込めるのが目的だったと言われる。しかし、本書によれば、ニクソンは米ソデタントに非常に熱心であった。ニクソンが中国との関係を改善させると、ソ連はまるで中国をアメリカに取られたことに嫉妬したかのようにアメリカに接近し、米ソ関係も改善した。

 個人的には、このデタントを仕掛けたのは、親ソ派ではなく、実は反ソ派であったのではないかと考える。デタントは東西交流の活性化を目指していたが、特にアメリカからソ連に対して、文化、芸術、思想、技術などを伝達することを目的としていた。ソ連は閉鎖的な国家であったため、自国の文化などを輸出することができなかったのに対し、アメリカは自由主義国家であるから、それを行うのは容易であった(旧ブログの記事「旧ソ連の共産主義が敗れたのは大衆文化を輸出しなかったせい?―『ソフト・パワー』(1)(2)」を参照)。アメリカの自由な文化や思想に触れたソ連の国民は、自国の政治体制に不信感を抱くようになり、体制を転覆させる―これが反ソ派の狙いであった。

 反ソ派は、デタントによって長期的にはソ連が崩壊すると読んでいた。だが、そうすると大国アメリカの敵がいなくなってしまう。そこで、ソ連と同じ共産主義国家である中国に目をつけ、中国を大国に育て上げて、将来の敵国にしようと目論んだ。そんな反ソ派の思惑を知らない親ソ派は、反ソ派の口車に乗せられて米ソデタントに走った。その勢いで、親ソ派は親中派となり、中国を積極的に支援するようになった。当時の中国は共産主義国とはいえ、経済的にも軍事的にもひ弱であった。親中派は、過去にアメリカが第三世界に介入して親米政権を樹立させたのと同様に、中国を親米国家に転換するつもりだった。

 半世紀近く前の中国は軟弱であり、反米派と親米派が未分離であった。誰が反米で、誰が親米か解らない、そもそも反米―親米という区分があるのかさえ解らなかったため、アメリカの親中派は手当たり次第に中国人を支援した。その結果、中国はあれよあれよと大国の地位まで上り詰めた。そして、大国の流儀に倣って、国内に反米派対親米派という二項対立を確立した。支援した中国人から多くの反米派が生まれるのを見て、『China 2049』を著したマイケル・ピルズベリーのような親中派は「騙された」と思った。一方、反ソ派は反中派に転じて、当初の狙い通り、大国となった中国の反米派と対峙することになった。

 だが、アメリカの親中派と中国の親米派は、意外と国内で力を持っているように思える。ピルズベリーが中国の「100年戦略」をすっぱ抜いても、アメリカの民間シンクタンク「プロジェクト2049研究所」が中国による台湾侵攻や尖閣諸島奪取の時期をリークしても、中国側は彼らを潰そうとしない。仮に中国の反米派が強ければ、どんな手段を使ってでも彼らを消し去るだろう(ブログ本館の記事「『世界』2018年10月号『安全神話、ふたたび/沖縄 持続する意志』―辺野古基地が米中のプロレスで対中戦略から外れたら沖縄は「他国の紛争に加担しない権利」を主張してよい」を参照)。そして、中国の本当の戦略を特定されないように、高度な情報戦を仕掛けるはずだ。中国がそうした情報戦にあまり積極的でないところを見ると、反米派は思ったほどの力を持っていない可能性がある。

 現在、米中では熾烈な貿易戦争が繰り広げられている。トランプがレーガンに憧れていることは有名だ。レーガンは元々俳優で政治経験がなく、就任当初は知性がないと散々非難されていた。ところが、実際には素晴らしい政治手腕を発揮し、前述のように冷戦終結への道筋をつけるという偉業を成し遂げた。レーガンは、大国の指導者としては珍しく、自分自身を二項対立させ、一方の項から他方の項へと、具体的には反ソからソ連寄りへと途中で態度を転換させた。

 トランプも実業家上がりで政治に疎く、レーガン以上に粗野である。仮にトランプがレーガンを見習うならば、レーガノミクスを真似たトランポノミクスの実現だけでなく、レーガン流の転向を見せるかもしれない。反中から突然中国寄りへと態度を変える可能性である。ここで、中国の習近平が反米を貫けば戦争のリスクが高まり、中国が勝利する確率も上がる。しかし、国内の親米派が一定の力を持っていることから、習近平はゴルバチョフのように、反米からアメリカ寄りへと態度を改める可能性の方が高い。お互いに歩み寄った米中が、ともに日本と協調するのか、逆に日本のはしごを外すのかはよく注視しておかなければならない。

丸山俊一『欲望の民主主義―分断を越える哲学』―民主主義の実現のために国民は政治に直接参加した方がよいのか?


欲望の民主主義 分断を越える哲学 (幻冬舎新書)欲望の民主主義 分断を越える哲学 (幻冬舎新書)
丸山 俊一 NHK「欲望の民主主義」制作班

幻冬舎 2018-01-30

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 「欲望の民主主義」というタイトルがついているのは、アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱、フランス極右政党の台頭など、多数の民意を反映した選択は、目先の利益のみを優先しており、協調、協和といった精神からかけ離れたむき出しの欲望が民主主義と結びついた結果であるという意識が反映されているためである。今回の記事では、「民主主義の実現のためには、国民は政治に直接参加した方がよいのか?」というテーマを扱ってみたいと思う。

 アメリカ人は、伝統的に権力を嫌う傾向があり、権力の代表格である政府は小さければ小さいほどよいと考えている一方で、自らの幸福を実現するために政府を必要とするというねじれた感情を持っている。政治家側も、本書で紹介されているように、例えばベンジャミン・フランクリン大統領は、国民と一緒に政治を決定しようとした。フランクリンは何か問題が起きると人々を集め、消防団が必要となれば、どうやって火を消すかを一緒に協議した。同じやり方で、学校や水道、交通、郵便のシステムを作り上げたのもフランクリンである。

 ただし、アメリカ人は、心の奥底では国民と大統領が直接つながることを警戒している。トランプ大統領は、ポピュリズムによって、国民と深くつながりすぎた大統領と見なされている。神学者である森本あんり氏はアメリカを宗教国家であるととらえており、宗教国家においては人々が本当につながりたいのは神であって、大統領や政府ではない。とはいえ、元々アメリカは、宗教の自由を確保するために政府を作った国である。だから、やはり政治は必要なのである。

 アメリカの場合、その政治を担う上で重要な役割を果たしているのが中間者団体である。国民は、中間者団体の活動に協力することによって、政治に近づきすぎることなく、かといって政治を完全に拒絶することもないという絶妙なバランスを取っている。ところが、アメリカの選挙にかかる資金は膨れ上がる一方であり、選挙はマネーゲームの様相を呈していて、資金調達力が強い私欲的な中間者団体が勝つという意味で、民主主義は劣化している。

 歴史の針を戻して、近代フランスに目を向けてみよう。フランスではルソーが啓蒙主義の確立に大きく寄与した。ところが、ホッブズ―ロック―ルソーと続く啓蒙主義の系譜が全体主義につながっていったことは、経営学者のピーター・ドラッカーがまだ主に政治学者として活動していた時期から指摘していたことでもあり、啓蒙主義がどのようにして全体主義に転ずるかについては、ブログ本館の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」でもまとめておいた。本書によると、フランスは、自国発の啓蒙主義がドイツやソ連などでファシズムに発展してしまうのを苦々しく見ていたそうだ。

 それでは、フランス国内の実情はどうであったか?本書によれば、20世紀前半のフランスは、権威(国家)主義VS無政府主義、集団的防衛戦略VS個人主義という対立で揺れ動いていたそうだ。権威(国家)主義者は、人々が国家という暴力装置を作ることで、集団で自らを防衛することを目指した。他方、無政府主義と個人主義の組み合わせは全体主義に流れやすい。啓蒙主義によって絶対視された理性が等しく個人に宿るならば、政府を作らなくても個人が直接政治を行えばよい。しかも、誰が意思決定をしても、その結果は必ず等しくなる。当時は、「右岸はお金を使い、左岸は頭を使うところ」と言われていたという。

 左岸、つまり無政府主義と個人主義の組み合わせのメリットは、アメリカと違って、中間者団体を不要とした点である。国民が政治家であり、政治家が国民であるという一体的な等式が成り立つ。一方、フランスの場合、左岸には協力、連帯が欠けていた。これは当時の国際調査からも明らかになっているそうだ。1968年5月には、パリで学生が労働者や大衆の一斉蜂起を主導し、それに伴う政府の政策転換を謀った事件があった(5月危機、5月革命)。だが、労働者間の協力に欠けるこの運動は、結局は成就しなかった。労働者は口先では連帯を唱えているにもかかわらず、バカンスになると帰ってしまうぐらいだったらしい。

 啓蒙主義が生み出した負の側面を暴いた人物にオルテガがいる。啓蒙主義は理性の力を信じ、自然界や社会の法則を全て明らかにするはずであった。ところが、研究が進むにつれて研究分野がどんどん細分化され、特定の分野を専門とする研究者は、他の研究分野に関心を示さなくなった。自分が取り組む分野と密接に関係する分野ですら理解することができなかった。さらに、こうした研究者は、自らの主張とは相容れない考えを徹底的に排除した。自分が持っている万能な理性が発見した考えに間違いがあるはずがないと信じていたからだ。これが啓蒙主義が生み出した「専門家」の実像であるとオルテガは指摘した。そして、この専門家とセットになっているのが「大衆」である。大衆は、「専門家」の言っていることなら絶対に正しいと、無批判に「専門家」を受け入れた。

 仮に、「専門家」の数が極めて少数で、その「専門家」に「大衆」が従うならば、全体主義となる。マルクスの社会主義は、生産手段に焦点を当てて経済構造を明らかにするという極めて狭い研究分野であったが、それが世界の全てであるかのように宣伝され、大衆を巻き込んだ結果、ソ連では社会主義による全体主義が生じた。啓蒙主義を生んだフランスで全体主義が根づかず、前述の5月危機が失敗したのは、マルクスほどの強烈で排外的な「専門家」がおらず、「専門家」が相当数併存した結果、”ミニ全体主義”とでも呼ぶべきものが乱立し、特定の思想が社会全体を貫くまでには至らなかったためではないかと考える。

 そもそも、政治の役割とは何であろうか?近年、国民国家という概念がグローバル規模の人々の移動によってかなり崩れかかっているが、それでもなお国民国家が有効であるという前提に立つならば、政治の役割は、「歴史的物語に沿った国民像に合致するよう、国民に生きてもらう」ことであり、「国民に生きてもらうための制度、仕組み、システムを設計すること」である(行政の役割は、その設計図に従って制度などを整備することである)。

 こうした政治の実現に向けて民主主義に期待されているのは、①決して万能ではない理性を持つ人間が集まり、相互に知を補完し合うことでより最適な解を目指すこと、②歴史的物語に沿った国民像というゴールや、各種制度という手段に対して、マイノリティや社会的弱者の意見を反映させること、③短期的に国民の欲求を満たすだけではなく、国家の存続・持続的な発展を見据えて、将来世代の利益を確保する意思決定を下すこと、であると考える。

 民主主義には直接民主主義と間接民主主義があるが、大半の国では後者が採用されている。アメリカも間接民主主義の国ではあるものの、冒頭で述べたように、心のどこかには政治に直接参加したいという欲求がある。では、実際に直接民主主義を採用した場合、どのようなことが起こるだろうか?

 まず、①については、参加する国民の数が多すぎて、意見が集約できない。いくらITが発達したとはいえ、政治が扱うのは主に定性的情報であり、ITであっても手に負えない。ここで、AI(人工知能)があるではないかという提案もあるだろう。だが、現在のAIは、まず人間からある情報を与えられて、AIが何らかの判断を下し、人間がAIの判断の正否をフィードバックすることで学習する仕組みになっている。政治の場合、ある政策が完全に正しいとも完全に間違っているとも断定することができず、AIに機械学習をさせることは困難である。

 次に②についてだが、仮に①で述べた欠陥が克服されて、大勢の国民がITを通じてある場にアクセスし、AIを使って政治を行う仕組みを構築することができたとしよう。しかし、この仕組みが健常者による利用を想定しているならば、例えば視覚に障害がある人はその仕組みから排除されやすい。

 ITとAIによる仕組みは夢物語で、現実的には、日時、時間、場所を指定して討議を行うというオーソドックスな形式になるだろう。この場合、討議に参加できない人の割合はさらに増える。そして、往々にして、討議に参加できないのはマイノリティや社会的弱者である。討議を週末に設定すれば、子どもの世話と家事に追われる女性は参加が難しくなるし、地方において討議を駅近くの公共施設で実施すれば、駅から遠く離れたところに住んでいる高齢者は参加が難しくなる。日時、時間、場所をどのように設定しても、精神障害者や性的マイノリティは、討議に参加すること自体が、「私は精神障害者や性的マイノリティである」と告白することに等しくなるため、参加のハードルが上がる。

 最後に③についてである。仮に国民全員(マイノリティや社会的弱者を含む)が参加できる討議の場を形成することができたとしよう。ここで、国家は存続・持続的な発展を目指していることを思い出していただきたい。ということは、まだ生まれていない次世代の人々の利害も考慮しなければならないことを意味する。場合によっては、次世代の国民の利益を守るために、現在の国民の利益を犠牲にする必要があるケースも出てくる。直接民主主義の場合、それぞれの国民は自分の利益が恋しいから、中長期的な視点に立った意思決定は難しい。

 そのため、一定の母集団を代表する人を選出し、その中にはマイノリティや社会的弱者を代表する人も含むとともに、時には自らが代表している集団の利益を犠牲にしてでも、将来世代のために重大な決断をすることが可能な間接民主主義を採用している国が多いと考えられる。代表者が母集団の利益を犠牲にできるのは、代表者は母集団の利益を”代表”している人間であり、代表者の利益と母集団の利益が必ずしも”等しい”とは限らないからである。代表者が母集団の利益を一歩引いた立場から眺め、将来世代の利益との平衡を実現することは、母集団を構成する当の国民に比べれば(多少ではあるが)容易である。

 政治の役割は、「歴史的物語に沿った国民像に合致するよう、国民に生きてもらう」ことであり、「国民に生きてもらうための制度、仕組み、システムを設計すること」であると書いた。国民は政治からの要請を受けて生きなければならない。より具体的には、能力を高め、仕事に勤しみ、市場で取引をし、家族や隣人を助けることなどによって、自ら生きて国家の存続に貢献する責務がある。

 普通は、毎日を生きるだけで精一杯であり、政治に参加することはおろか、政治のことを考える余裕すらなかなかない。とりわけ日本ではそのような風潮が強いと感じる。SNSで政治的発言ばかりをする人や、政治的発言をする芸能人や有名人に対して、周囲の人は「この人は暇なのか?」、「もっと本分を守れ」と思っている(政治的な記事を時々アップしている私も、「本業の経営コンサルティングにもっと集中せよ」と思われているに違いない)。

 だから、日本の場合は間接民主主義がよりフィットしやすい。しかし、それは裏を返せば、国民と政治家の距離が遠いことを意味し、選挙に対する関心が低すぎることや、選挙が終わるとその関心がさらに低くなることに現れている。国会議員に限定して話を進めると、国民と国会議員との間の情報のチャネルがまだまだ未熟であることが要因の1つであると考えられる。「生きる」という本分に集中している国民の意思を尊重しつつも、「生きる」ことに意味を与えている政治への国民の理解度を引き上げることが大切である。

 まず、国民から国会議員に対しては、議員会館への陳情などという仰々しい形を取らなくても、もっと簡便な方法で自らの利害を訴求する機会を作る。だが、先ほど述べたように、国民は普段の生活で手一杯であり、政治に参加する余裕が少ないから、国民側からの積極的なアクションはあまり期待できない。

 もっと重要なのは、国会議員から国民への情報提供である。第一に、国会議員は、自分が何者であるのかを明確にする。言い換えれば、誰の利害を代表しているのかをはっきりさせる。国会議員ともなれば、通常は複数の集団の利害を代表していることだろう。この点を明らかにしなければならない。とりわけ、マイノリティや社会的弱者の利害を代表している場合は、それを強調する。

 第二に、民主主義を通じて、マイノリティや社会的弱者の利害、あるいは将来世代の利害との調整を図った結果、自らが代表する集団の利害に変化が生じる場合には、議論の経緯と今後予想される事態について丁寧に説明しなければならない。この説明を怠れば、次の選挙で自らが代表する集団からの支持を失うだろう。これらの情報提供は、「生きる」ことに忙しい日本人の日常生活の中にすっと溶け込むように、相当の工夫を凝らして行う必要がある。

 ここからはおまけの話である。こういう情報チャネルが充実して、国民と国会議員の距離が近くなると、必ずその関係を悪用する輩が出てくる。ニュースの中だけの話かと思っていたら、私も身近で経験したことがある。安倍政権になってから中小企業向けの補助金が一気に増えた。私は一時期、ある補助金事業の事務局員をしていたのだが、補助金交付のルールをめぐって事務局とトラブルになった中小企業の経営者が、国会議員を使って中小企業庁に圧力をかけ、補助金を無理やり交付させようとしたことがあったらしい。国会議員をまるでヤクザか何かだと勘違いしている人間は現に存在している。

 政治家は、「歴史的物語に沿った国民像に合致するように生きよ」という、国民に対する政治的要請を無視して、卑しい心で動く人間を突っぱねる職業倫理を持っていなければならない。仮に相手から、「補助金がもらえずに俺の会社が倒産したらどうするのか?俺を殺す気か?」などと言われても、「そんな人間なら死んだって構わない」と凄んでみせればよい。その会話を録音されてマスコミに公開されても、その発言には十分な正当性があったと堂々と言い切ればよい。

大井正、寺沢恒信『世界十五大哲学』―私の「全体主義」観は「ヘーゲル左派」に近いと解った


世界十五大哲学 (PHP文庫)世界十五大哲学 (PHP文庫)
大井 正 寺沢 恒信

PHP研究所 2014-02-05

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 作家の佐藤優氏が本書のことを激賞していたが、確かに非常に解りやすい哲学の入門書である。特に、唯物論に関しては理解がしやすい。ブログ本館では、「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」などで、政治哲学についての知識が乏しいまま、全体主義などについて好き放題書いてきた。本書を読んでみると、私の全体主義についての理解は、ヘーゲル左派に近いのではないかと感じた。

 私の全体主義観を改めて簡単に整理すると、以下のようになる。

 ・唯一絶対の神が世界を創造した。
 ・世界には神の設計図が完璧に反映されており、合理的である。
 ・人間は神に似せて創造され、神の性質を継承している(以上、理神論)。
 ・人間は生まれた時点で完全であり、現在という一点において永遠である(過去や未来は存在せず、時間の流れもない)。
 ・神が無限であるのと同様に、人間も物質的には無限である。
 ・どの人間も神と等しく、自己と他者の区別はない。別の言い方をすれば、一(個人)は全体(神)に等しい。
 ・よって、所有権については、私有であると同時に共有であり、政治については、民主主義と独裁が両立する。
 ・人間は神と同じく絶対的であるから、絶対的に自由である。つまり、その自由を制約する法は存在しない。
 ・ところで、現実の人間は、生まれた時の能力が未熟である。しかし、全体主義においてはその能力を完成形と見る。人間が教育を受けずともできることとは、農業である。これと前述の共有財産が相まって、農業共産制が生まれる。
 ・また、現実の人間は死ぬ。全体主義においては、生まれた時点で能力が完成していると見るから、下手に教育を施すことは害である。教育を受けるぐらいなら、完成した能力を持ったまま早く死んだ方がよい。全体主義には現在しか存在しないため、死んだ人間の精神は再び現在に舞い戻って、新たな生として噴出する。こうして、人間は農業共産制を基礎とする革命を永遠に続ける。

 やや長くなるが、本書からヘーゲル左派に関する記述を引用する。
 すなわち、1つは、ヘーゲル哲学から神学的な衣裳をひきはがして、現実を唯物論的にとらえなおす方法である。ヘーゲルでは、現実は、本質としての神が、その創造した世界としての存在(existentia)と合一しているところのものとして神秘的に説明されてあが、この説明はいまや神秘の衣をはがれて、現象(existentia)のなかにその本質をさぐることにより、現実をそのいきたすがたで把握しようとする科学的な方法に変質させられる。

 そうすることによって、ヘーゲルの「現実的なものはすべて合理的である」という命題は、現象的に現実とみえているものがかならずしも真に現実的であるのではなく、日々に合理性をうしないつつあるものは、一見いかに現実的に強大にみえようとも、じつは日々に現実性をうしなってゆきつつあるものであって、反対に、いまは一見いかに力よわく非現実的にみえようとも、真に合理的であるものは、かならず勝利し、現実となる、という革命的な命題に転化させられる。現実は、神とか絶対的精神とかいうようなフィルターをとおすことなしに、そのもの自身にその具体的な諸条件において、とらえられる。―これは、シュトラウスやフォイエルバッハら「ヘーゲル左派」(青年ヘーゲル派)をつうじてマルクス、エンゲルスにいたる方向であった。
 上記のように、私なりに全体主義のことを何とか理解してきたが、実際には上記の内容では説明できないことがたくさんある。一部を挙げると次のようになる。これらの問いに答えていくことが、今後の私の課題である。

 ・実際の全体主義国家は、資本主義国家と同様に、いや資本主義国家以上の熱意を持って、科学的な発展を追求していた。ドイツのヒトラーや旧ソ連を見れば明らかである。人間が科学的に発展するということは、人間の能力が最初は制限されており、かつそれが時間の流れとともに向上することを前提としている。科学的発展の妥当性を全体主義の中でどのように説明すればよいのか?

 ・上記の説明では、全体主義と共産主義・社会主義を区別することができない。しかし、実際には両者は完全には一致しないはずである。両者が異なるからこそ、第2次世界大戦では全体主義のドイツと共産主義のソ連が対立した。両者を厳密に区別するには、どのような説明をすればよいか?また、第2次世界大戦において、ドイツとソ連はなぜ対立したのか?

 ・私の全体主義観では、民主主義と独裁が両立する。1人の政治的意思決定は全体のそれに等しく、全体の政治的意思決定は1人のそれに等しい。よって、意思決定の階層を想定する必要がない。ところが、実際の全体主義国家においては、独裁主義者がヒエラルキーの頂点に立って、権威主義的な政治を展開する。現在の中国がその典型である。全体主義と組織構造の関係、さらには全体主義における意思決定のプロセスをどのように説明すればよいか?

 ・私の全体主義観では、絶対的な人間の自由を制約する法は存在しない。ところが、全体主義が科学的な発展を追求する一方で、科学がもたらす弊害を左派は批判し、人間の諸活動を法によって制約しようとする。この矛盾をどう説明すればよいか?全体主義において、法とはいかなる意味を持つのか?

イアン・ブレマー『スーパーパワー―Gゼロ時代のアメリカの選択』


スーパーパワー ―Gゼロ時代のアメリカの選択スーパーパワー ―Gゼロ時代のアメリカの選択
イアン・ブレマー 奥村 準

日本経済新聞出版社 2015-12-19

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 著者によれば、アメリカの選択肢には以下の3つがあるという。

 ①独立するアメリカ
 ・世界で起こる様々な問題(武力衝突や歴史問題など)の解決は当事国に任せ、アメリカは自国の問題に専念する。
 ・軍事支出や他国への資金援助を削減する。その分の予算を、自国の公共インフラや教育への投資に回す。

 ②マネーボール・アメリカ
 『マネーボール』は、弱小貧乏球団オークランド・アスレチックスが統計学を用いた合理的な手法で常勝チームを築き上げたストーリーである。それに倣い、マネーボール外交政策は、納税者へのリターンを最大化するため、世界でのアメリカの役割を定義し直し、利益中心のアプローチを行う。

 ・世界的な課題において、積極的にコストとリスクを共有する国がなければ、アメリカは引き下がる。
 ・脅威となる外国政府には、戦争より安上がりで効果的な経済制裁を用いる。

 ③必要不可欠なアメリカ
 ・世界の安全と繁栄を永続させるため、アメリカが主導して、世界経済の成長を推進し、紛争を処理する。
 ・非軍事的手段(貿易、制裁、サイバー能力、道徳心への訴えなど)だけでなく、軍事力も引き続き強化する。

 著者が「アメリカにとって最善の道は何か?」と問うた時、著者は迷わず「③必要不可欠なアメリカ」を選択すると私は思った。だが、著者が選んだのは「①独立するアメリカ」である。他国を民主化に向かわせるために政治システムに直接介入するのではなく、アメリカの民主主義を今よりも効果的なものにする。また、アフガニスタンやイラクなどに投資している資金を自国の教育やインフラに回し、アメリカ国民の手元に残る所得を増やすべきだと主張する。つまり、アメリカ自身がもっと魅力的な国になれば、他国はアメリカに憧れて自己変革を行う。それが、アメリカにとっても他国にとっても最も低リスク、低コストであるというわけだ。

 もし本書がアメリカで売れているのならば(売れていなければ日本で邦訳されない)、アメリカは随分と内向きになってしまったと感じる。この傾向が続けば、尖閣諸島を中国が乗っ取ろうとしても、南シナ海で中国とASEANが衝突しても、朝鮮半島で有事が発生しても、アメリカには大した役割を期待できない。また、中東問題は非常に中途半端となり、ロシアのさらなる介入を許すことになるだろう。そして、EUの難民問題に対して、アメリカは何の責任も持たない(そもそも、中東で難民が発生した原因の一端はアメリカにある)。

 かつて、ブログ本館の記事「ドネラ・H・メドウズ『世界はシステムで動く』―アメリカは「つながりすぎたシステム」から一度手を引いてみてはどうか?」で、アメリカは世界の色々な問題に自ら首を突っ込んで事態を複雑化させているから、身を引くことを覚えてはどうか?と書いた。しかし、この記事を書いた時点では、大国と小国の政治的スタンスの違いに考えが及んでいなかった。日本のような小国は、自国が上手くいっていれば、わざわざ他国に介入する必要などないと考える。しかし大国は、大国でありながら、実は常に他国(特に他の大国)からの侵略に怯えている。よって、防波堤を築くために他国に介入し、味方を作ろうとする。

 だが、今アメリカがやろうとしているのは、世界のあらゆる地域に身を乗り出して他国(+テロ組織)との対立を引き起こしておきながら、「やっぱり(お金と労力がかかるので)アメリカは撤退します」と舞台から飛び降りるようなものである。極言すれば、散らかすだけ散らかしておいて、後片づけもろくにせずにその場を去ろうとしているわけだ。アメリカはまだしばらくの間、「③必要不可欠なアメリカ」で頑張る責任があるのではないだろうか?

加茂利男他『現代政治学(有斐閣アルマ)』


現代政治学 第4版 (有斐閣アルマ)現代政治学 第4版 (有斐閣アルマ)
加茂 利男 大西 仁 石田 徹 伊藤 恭彦

有斐閣 2012-03-30

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 現代政治は、欧米各国が近代化の中で構築してきた民主主義を、20世紀初頭に急速に台頭した全体主義から守る戦いの歴史だったと言えるだろう。ただ、現代の政治体制を全体主義―民主主義の二分法で把握するには無理があり、両者の中間的な体制として「権威主義」という体制を唱える政治学者もいるらしい。以下、やや長いが本書より引用する。
 そのことを指摘したのがリンスである。彼は母国スペインにおけるフランコ体制(1939-75年まで続いた専制政治の体制)を念頭において、民主主義体制には当然含まれないが全体主義体制に分類することもできない体制を表す言葉として、権威主義という概念を提起した。

 権威主義体制の特徴は、次のように整理しうる。①限定された多元主義。多数の個人や団体が自由に活動できる民主主義体制とも、単一の独裁政党以外の政党や自主的団体が禁止・抑圧される全体主義体制とも違って、国家によって認可された複数の個人や団体が、限られた範囲で政治参加を認められていることである。

 ②メンタリティー。思想の自由が認められる民主主義体制とも、体系だった国家公認のイデオロギーによる宣伝・強化が行われる全体主義体制とも違って、保守的で、伝統に結び付く感情的な思考や心情の様式、つまりメンタリティーによって体制が支えられていることである。

 ③低度の政治動員。自発的な参加に依拠する民主主義体制とも、体制への広範で徹底した政治動員が行われる全体主義とも違って、限られた政治動員と民衆の非政治化・無関心に依存していることである。
 本書では、権威主義は非民主主義国家が民主主義国家に移行するための過渡的な体制としてとらえられており、特に開発独裁を行う発展途上国によく見られるという。しかしながら、リンスの定義に従うと、日本も立派な権威主義体制であるような気がする。

 確かに、現在は自民党の力が圧倒的に強く、野党が分裂と統合を繰り返して全く一枚岩になれない体たらくを露呈している。だが、中国の共産党に比べればはるかに穏健である。また、日本では法律で制定された各種団体が利益団体となって、政治に対して働きかけを行う。こうした動きは国民からは見えにくいが、政治家は自分の票田ともなる利益団体の意向を無視できない。

 日本には確固たるイデオロギーがないことはブログ本館の記事「山本七平『「常識」の研究』―2000年継続する王朝があるのに、「歴史」という概念がない日本」で述べた。一方で、安倍政権になってからは、教育基本法を改正して愛国心を強調したり、道徳教育の重要性を打ち出したりと、保守的なメンタリティーを醸成して国民からの緩やかな支持を集めようとしている。

 また、国民の政治的関心が非常に低いことは言を俟たない。しかし他方で、前述のように政治的に結びついている利益団体は存在しており、限定的な政治動員が見られる。

 民主主義が最高の政治体制であることは、古代ギリシアの時代からの共通認識であった。しかし、現実問題としては、主権が国民に与えられず、国王が主権を握ったり(=絶対王政)、主権が一部の貴族に限定されていたりした(=寡頭制)。政治の歴史は、彼らから主権を奪還して広く国民のものとする闘争の歴史であった。とはいえ、民主主義が最高の政治体制であることを無条件に信じ込んでよいのかは、議論の余地があるように思える。

 民主主義は、究極的には個人の完全な自由と平等を前提としており、必然的にフラットな社会を志向する。ところが、日本の場合は、ブログ本館の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(上)』(2)―権力構造を多重化することで安定を図る日本人」で述べたように、社会的な階層を増やした方が全体として安定する傾向がある。そして、下の階層は、上の階層の権威を受けている限りにおいて、自由を発揮できる。このことを発見したのは、江戸時代の禅僧・鈴木正三であった(ブログ本館の記事「童門冬二『鈴木正三 武将から禅僧へ』―自由を追求した禅僧が直面した3つの壁」を参照)。

 日本の権威主義にも、評価すべき点がもっとあるのではないだろうか?
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を抱えながら頑張っています。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

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