一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号) [雑誌]
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-09-09

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 そのために最も大切なことは、市場を選ぶことである。(中略)小さな市場でも、確実に利益が出るところにターゲットを絞り込む必要があるのだ。(中略)もちろん、波及効果が高いに越したことはない。たとえて言えば、ボウリングのセンターピンに該当する市場をねらうようなものだ。
(井上達彦「ビジネスモデルを創造する発想法 〔第1回〕ビジネスモデルとは何か」)
 ブログ本館の記事「三枝匡『戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ』―欧米流経営に対する3つのアンチテーゼ」でも書いたように、私は「戦略をシンプルにする」とか、「選択と集中をする」といった考え方がどうも好きになれない。戦略をシンプルにするのは、コンサルタントがクライアント企業を理解しやすくするためという、コンサルティング会社の都合が働いているような気がしてならない。また、「選択と集中」を行うのは、投資銀行が事業の売却やM&Aで儲けるためである。つまり、いずれのキーワードも企業のためではない。

 私は、特に日本企業の場合は、選択と集中とは全く反対に、事業を多角化すべきだと考えている。日本は多神教文化の国である。それぞれの人には異なる神が宿る。企業にも同じように神が宿る。ところが、欧米の唯一絶対神とは異なり、日本の神はどこか人間らしいところがあり、不完全である。その神の姿を知ろうとする時、欧米人が教会で祈りを捧げ、神と直接触れようとするのに対し、日本人の場合は、いくら自分の中にいる神と対話しても、神の全貌を明らかにすることができない。なぜならば、その神はどこまでも不完全でおぼろげだからだ。

 その場合、学習の手がかりとなるのが、他者の存在である。他者は自分とは違う神を宿している。自分と他者の違いに気づくと、自分が何者であるかが解ることがある。それはちょうど、日本国内にいるだけでは日本文化を知ることができないが、海外に旅行して外国の文化に触れると、日本文化が何となく認識できるようになるのと同じである。ただし、他者の神も所詮は不完全でおぼろげであるから、自分に宿る神を完全に知ることはできない。それでも日本人は、学習を進めるために様々な他者と交流・対話を行う。これを一生続けることが「道」である。

 企業戦略を策定する場合には、自社の強みを活かすことが重要である。その強みを知るためには、社内にこもって一生懸命内部環境分析をしても全く足りない。むしろ社外に積極的に飛び出し、自社とは異なる神を宿しているであろう多様な顧客と交わる必要がある。必然的に、事業は多角化される。多角化によって、日本企業は自社の強みをおぼろげながら自覚できるようになる。

 とはいえ、最初から何でもかんでも手を出せばよいというわけではない。ブログ本館の記事「「起業セミナー」に参加された方にアドバイスした3つのこと」でも書いたが、最初に対外的にアピールする自社の事業や強みは、絞り込まれていた方がよい。逆説的だが、最初の焦点が絞り込まれているほど、それとは別の仕事が舞い込んでくる。私の知り合いの診断士は、「飲食店に強い」ことを売りにしている。だが、実際には飲食店関連の仕事は一部であり、飲食店以外の顧客の方が多い。さらに最近は、自らおもちゃの企画開発まで行っているという。

 引用文にある「ボウリングのセンターピンを狙う」という表現は、看板に掲げる製品・サービスや自社の強みは絞り込まれているものの、実際には多様な仕事を行うことで自社の組織能力を深化させることを的確に表現していると思う。