「神」と「仏」の物語 (ベスト新書)「神」と「仏」の物語 (ベスト新書)
由良 弥生

ベストセラーズ 2016-05-10

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 ブログ本館の記事「義江彰夫『神仏習合』―神仏習合は日本的な二項「混合」の象徴」、「島薗進『国家神道と日本人』―「祭政一致」と「政教分離」を両立させた国家神道」で「神仏習合」について書いた。日本は元々八百万の神であるが、6世紀に百済から仏教が伝えられた後、奈良時代に入ると神道と仏教の融合が図られた。神社の中には「神宮寺」という寺院が建てられ、僧侶が住みついた。そして鎌倉時代中期には「本地垂迹説」が生まれた。これは、仏・菩薩を本地とし、神は衆生救済のためにこの世に姿を現した垂迹とする考え方である。

 これによって、各神社に祀られている神の本地が定められることになった。例えば、天照大神の本地は大日如来、八幡神(応神天皇)の本地は阿弥陀如来といった具合である。古事記や日本書紀にあった神々の名前も、仏の名前へと書き換えられた。本書では「仏教の方が優位であった」といった記述が目立つ。

 しかし、ここで1つ素朴な疑問が生じる。仏教の方が優勢であったのならば、なぜ仏教は神道を駆逐しなかったのであろうか?影響力の点では仏教の方が上であるが、神々の子孫である天皇を日本社会の頂点にいただいている限り、関係としては神道の方が仏教より上に立つ。だから、実際には仏教が神道の下に潜り込み、下から神道を突き動かした(変質させた)と表現するのが適切である。この関係は、明治時代に神道が仏教を徹底攻撃した廃仏毀釈とは対照的である。

 ブログ本館において、日本では「二項対立」ではなく、しばしば「二項混合」が起きると書いた。つまり、ある事柄Aに対して、それと対立する事柄Bが生じると、BはAを排斥するのではなく、Aの下に入り込んでAと融合するのである。Aに対してBが強い力を及ぼすことを、山本七平は「下剋上」と呼んだ。一般的な下剋上では、下の階層が上の階層を打ち倒すが、山本の言う下剋上とは、上の階層を生かしながら、下の階層が自由に影響力を発揮することを意味する。

 日本で長らく続いた朝廷と幕府の二元体制はこの文脈で理解することができる。近現代で言えば、経営者と労働者、資本主義と共産主義も二項混合の関係にある。このような二項混合は、結果的に社会構造を多層化・複雑化させることになる。しかし、逆説的であるが、日本社会は階層が多重化した方が安定するという特徴を持つ(ブログ本館の記事「渋沢栄一、竹内均『渋沢栄一「論語」の読み方』―階層を増やそうとする日本、減らそうとするアメリカ」を参照)。

 日本は、アメリカのように階層を減らして、トップに強烈なカリスマを持つリーダーを据える社会とは異なる。どういう理由か解らないが、日本では傑出した能力を持つリーダーが生まれにくいようである。だから、カリスマに満ちたリーダーがトップダウンで社会を動かすことは期待できない。凡人が幾重にも重なってああでもない、こうでもないと検討を繰り返した結果、少しずつ社会を動かす方が、時間と手間はかかるけれども結果的にリスクを回避できる可能性が高まる。これが、日本がしぶとく2000年以上も国家を継続させてきた秘訣である。だから、日本には諸外国のような緊急事態条項は不要である。

 私は以前、神仏習合は日本人の二項混合的な発想の好例であると書いたが、本書を読んで少し考えるところがあった。そもそも、何をもって日本人に固有の発想と呼ぶのかという問題がある。換言すると、①当時の支配層に主流の考え方ならば日本人に固有の発想と言えるのか、それとも、②一般庶民にまで広く行き渡らなければ日本人に固有の発想とは言えないのか、という問題である。

 本書によれば、奈良時代から平安時代にかけて、神仏習合はあくまでも貴族などの支配層に限定された思想であったという。一般市民にとって、仏教は縁遠い存在であり、相変わらず土着の神道を頼っていた。鎌倉時代には鎌倉仏教が生まれたが、それが広まったのは武士階級までであった。武士は人を殺めたことに対する罪悪感を感じており、悪人でも地獄ではなく極楽浄土に行けるという仏教の思想に惹かれていった。逆に言えば、この時点でもまだ、仏教は一般市民と無縁であった。仏教が一般市民にまで広まるのは、江戸時代に入ってからである。幕府が定めた寺請制度によって、仏教は一般市民の身近な存在となった。

 前述の①に従えば、神仏習合は奈良時代から見られる日本古来の思想と言えるだろう。しかし、逆に②に従うと、神仏習合はせいぜい江戸時代に入ってから定着したにすぎない。しかも、江戸時代の一般庶民は、寺院を単なる葬儀業者のように見なしていたから、神仏習合なるものをどこまで理解していたのか不明である。この辺りをもっと掘り下げることが、私の今後の課題である。