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清文社 2010-03

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 本書ではトーマツ式の「診療科別損益計算」の方法が紹介されていた。例えば、内科の損益計算を行うとする。まず、外来部門と入院部門に分けて、「医業収益」と「変動費」(材料費などの費用)を計算する。「医業収益」から「変動費」を引いたものが「限界利益」である。ここから外来と入院それぞれの看護師の人件費などを「部門固定費」として引いて「部門貢献利益」を算出する。「部門貢献利益」は、外来と入院の採算性を表す。看護師の人件費は外来と入院に分けて計算できるが、医師の人件費は分けることができない(医師は外来と入院を兼ねている)。そこで、医師の人件費は「診療科固定費」として、「部門別貢献利益」の合計額から引く。これが「診療科別利益」であり、診療科の管理対象となる。

 各診療科の「診療科別利益」の合計から、コメディカル部門固定費、管理部門費、共通費など、病院全体のインフラにかかる費用を差し引いたものが「医業損益」となる。「医業収益」は経営者層の管理対象である。通常の損益計算では、コメディカル部門固定費、管理部門費、共通費を何らかのルールによって各診療科に按分する。ところが、按分ルールをめぐって各診療科でコンセンサスを形成するのが困難であるし、各診療科に配賦されても診療科側でコントロールできる費用ではない。そこで、トーマツ式では思い切って按分を止め、「診療科別利益」の合計から病院全体のインフラにかかる費用を引くという方法を採用している。

 こうすることで、外来部門と内科部門の長は「部門貢献利益」に、診療科の長は「診療科別利益」に、経営者層は「医業損益」に責任を持てばよいという関係がはっきりする。実は、トーマツ式の方法は、管理会計におけるCVP分析(Cost-Volume-Profit Analysis)とよく似ている。CVP分析では、各製品の売上高と変動費を計算し、製品別の「貢献利益」を求める。人件費や設備投資費、管理費などの固定費はそれぞれの製品に按分せず、各製品の「貢献利益」の合計から差し引く。こうして求められるのが「営業利益」である。

 診療科別の損益を計算すると、もっと細かく損益が計算できないものかと欲が出る。例えば、内科のA疾患、B疾患、C疾患・・・の損益はどうなっているのか?といった具合である。そこで本書では、「パス別標準原価計算」という方法も解説されている。パスとは、疾患別に治療プロセスを標準化したものである。パス別標準原価計算では、まずそれぞれの疾患の「パス収益」を集計する。次に、ここから「直接費」を引く。直接費には材料費の他、医師や看護師が患者へ医療行為を提供する時間に要する給与費が含まれる(パスでは、治療プロセスが標準化されているため、ある治療を行った場合にかかる標準的な人件費が計算できる)。こうして求められるのが「パス貢献利益」である。

 「パス貢献利益」からは、診療部門別費用と病院共通費用をパス別に按分した値を「間接費」として差し引き、「パス損益」を求める。「パス損益」は、パスが病院全体の損益に与える影響を見るための利益である。

 個人的には、ここで2つの疑問が生じる。1つ目は、医師や看護師が医療行為を提供している時間の人件費は「直接費」に計上されるが、それ以外の時間の人件費はどこに計上されるのかということである。当然のことながら、医師や看護師は勤務時間の100%を医療行為に割いているとは限らない。それから、次の2つ目の疑問の方がより大きな問題だと思うのだが、「診療科別損益計算」では、コメディカル部門固定費、管理部門費、共通費など、病院全体のインフラにかかる費用を按分しなかったのに対し、「パス別標準原価計算」では、これらの費用を按分して「間接費」として計上することになっている。本書では、医療機関全体の「間接費」を、各パスの患者数に応じて配賦するとよいと書かれている。しかし、この方法こそ、部門間で配賦ルールの合意を難しくするものではないだろうか?