グローバル人材マネジメント論―日本企業の国際化と人材活用 (BEST SOLUTION)グローバル人材マネジメント論―日本企業の国際化と人材活用 (BEST SOLUTION)
キャメルヤマモト

東洋経済新報社 2006-10-01

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ワトソンワイアット(現タワーズワトソン)のキャメル・ヤマモト氏の著書である。一般的な論理構成からすれば、「自社の強み・価値観の明確化⇒戦略の立案⇒組織構造の決定⇒グローバル人事制度(等級制度・評価制度・報酬制度)の構築」となるはずだが、本書はいきなりグローバル人事制度の話から入って、組織構造⇒自社の強み・価値観⇒戦略という順番で話が進むため、私にとっては非常に理解しづらかった。タワーズワトソンは人事コンサルティングの会社であるため、人事制度の話を最初にしてしまいたかったのだろう。

 論理的な順番はこうである。まずは、自社の強みや価値観を明らかにする。価値観とは、自社が重要な意思決定を下す上で拠りどころとなる規範やルールのことである。自社のこれまでの成功や失敗のプロセスを丹念に検証すると、自社がどういう価値観に基づいて事業を行っているのかが見えてくる。通常、コア・バリューなどの名前で自社の価値観を明文化している企業が多いが、実際の価値観は重要なものから些細なものまで多岐に渡るのが普通である。強みや価値観に加えて、外部環境の分析も行うことで、自社の戦略を構想する。

 その次は、その戦略を実現するためのグローバルな組織体制の構築である。本書にもある通り、組織には大きく分けて機能別組織、地域別組織、事業部別組織の3つがある。自動車メーカーのように、単一の製品を国際水平分業で製造・販売している場合は、機能別組織になる。例えば、イギリスとオランダの子会社で開発を行い、タイとインドネシアの子会社で生産をし、アメリカとカナダの子会社で販売している場合(国名は適当である)、イギリスとオランダの子会社を統括する開発部門長、タイとインドネシアの子会社を統括する生産部門長、アメリカとカナダの子会社を統括する販売部門長が本社に置かれる。開発部門長、生産部門長、販売部門長のレポーティングラインは社長となる。

 ネスレのように多種多様な製品を扱い、経営の現地化が進んでいる企業では、地域別組織が採用される。例えば、ヨーロッパの子会社を統括するヨーロッパ部門長、北米の子会社を統括する北米部門長、アジアの子会社を統括するアジア部門長、アフリカの子会社を統括するアフリカ部門長などが本社に置かれる。各エリアの部門長のレポーティングラインは社長となる。

 多種多様な製品を国際水平分業で製造・販売しており、かつ本社の意向を強く反映させる場合は、事業部別組織となる。例えばAという製品は中国の2か所で設計し、タイの2か所で製造し、ベトナムの2か所で販売しているとする。この場合、まず、中国の2か所の設計拠点を統括するA設計部門長、タイの2か所の製造拠点を統括するA製造部門長、ベトナムの2か所の販売拠点を統括するA販売部門長が本社に置かれる。さらに、A設計部門長、A製造部門長、A販売部門長の上にA事業部長が設けられる。A事業部長のレポーティングラインは社長である。同様に、Bという製品については、B設計部門長、B製造部門長、B販売部門長が本社に置かれ、彼らの上にB事業部長が設けられる。Cという製品については、C設計部門長、C製造部門長、C販売部門長が本社に置かれ、彼らの上にC事業部長が設けられる。各事業部長のレポーティングラインは社長である。

 組織構造が決定すると、次にグローバル人事制度に着手する。理論的に言えば、まずは海外を含めた全ての職務について職務分析を行い、職務の難易度・責任をスコア化し、スコアに応じていくつかの等級を設ける。次に、全社員の能力・知識などを評価し、各社員がどの等級に属するかを決定する。その後、戦略に合わせて、経営陣から末端の現場社員まで、適材適所を実現するための大々的な異動を行う。当然のことながら、国境を越えた異動も頻繁に発生する。

 ただし、これではあまりに作業量が多くなるため、現実的には組織構造を見ながら、グローバル人事制度の対象を限定する。機能別組織では、日本本社の社長、各機能部門の統括長、現地子会社の社長までが対象となる。地域別組織では、日本本社の社長、各地域の部門長、現地子会社の社長までが対象となる。事業部別組織では、日本本社の社長、各事業部長、各機能部門長、現地子会社の社長までが対象となる。これに加えて、現地子会社の次期後継者もグローバル人事制度の下で育成するならば、必要な等級は4~5となる。これらの等級に関してはグローバルで統一された基準の下で運用されるが、それ以外の現地社員についてはそれぞれの現地子会社が独自に運用をしてもよい。

 グローバルで統一された等級に関しては、その等級で要求される人材要件を定める。能力はもちろんのことだが、価値観も明文化する。この価値観には、企業としての価値観が強く影響する。どんなにパフォーマンスが高くても、組織の価値観に合致しない人材は組織にとって害である。人材要件が定まれば、それがそのまま人材を評価する項目となるから、評価制度も構築できる。あとは報酬制度であるが、海外では職種別の標準的な報酬のデータが公開されていることが多いため、その値を参考にして、競争力ある報酬制度を構築していく。

 ここまでが一連の流れであるが、これは日本本社の価値観をベースにした制度設計になっている。本書にも書かれているが、海外事業が大きくなると、現地子会社の価値観を無視することができなくなる。ここで、日本本社の価値観を一方的に現地子会社に押しつけるのは得策ではない。日本本社の価値観と現地子会社の価値観の融合が必要になる。世界各地で局地的に価値観の融合が起きると、やがては日本本社がグループ全体としての価値観を見直さなければならなくなる。価値観を見直すということは、戦略の見直しにつながる。戦略を見直せば、組織やグローバル人事制度も手直しが必要になる。

 つまり、「自社の強み・価値観の明確化⇒戦略の立案⇒組織構造の決定⇒グローバル人事制度の構築⇒自社の強み・価値観の見直し⇒戦略の立案⇒組織構造の見直し⇒グローバル人事制度の見直し⇒・・・」という形でぐるぐるとサイクルを描くことになる。本書は価値観の融合の重要性を指摘しておきながら、この全体のサイクルについては記述がなく、この点でも残念であった。