よみがえる日本、帝国化するドイツ:敗戦国日独の戦後と未来よみがえる日本、帝国化するドイツ:敗戦国日独の戦後と未来
相沢 幸悦

水曜社 2015-11-20

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 本書のタイトルからして保守系の本だと思っていたのだが、実際にはゴリゴリの左翼系で、読んでいて久しぶりにげんなりした。
 これを回避する道は、これからすすむアジアの経済統合に参画することしかない。中国や韓国、アセアンのGDP合計は、日本の3倍はある。日本をあわせれば2000兆円にもなるだろう。虫のいい話ではあるが、そうすると、1100兆円余あまりの政府債務残高のGDP比は50%程度に激減し、財政規律のきびしいドイツよりも健全財政に生まれ変わる。政府債務残高の半分、500兆円あまりの日本国債をアジア諸国の外貨準備に組み込んでもらえば、円の国際化もすすむし、過重な債務負担とはならない。
 著者の頭の中には、左派に典型的に見られるあの世界観、つまり、「自己と他者の区別がなく、国家もなければ宗教もなく、天国も地獄もない、皆一つになって平和に暮らしている、人類愛に満ち溢れた世界」が描かれていることだろう。それをアジアにあてはめれば、EUに倣って東アジア共同体(East Asian Community)を構築し、各国が主権を東アジア共同体に預けて政治的な統一を果たすとともに、通貨を統一して経済的な統一も目指すということになる。

 しかし、引用文に書かれている著者の構想は、一見バラ色の未来のようであって、実は日本だけが得をする独善的なものである。仮に東アジア共同体が実現されて、通貨がユーロのように統一されたとしよう。東アジア共同体のメンバーとなっている国の大半は、経済発展の途上にある新興国であり、通貨は本質的に弱含みである。よって、統一通貨は円に比べて安くなる。つまり、日本にとっては円安が実現されるのと同じ効果がある。すると、輸出産業が活発化する。

 一方で、新興国にとっては、通貨圏に日本というリスクオフの国家が含まれることで、通貨が割高になる。端的に言い換えれば、新興国はお金持ちになる。日本の輸出産業は、アジアの新興国に向けて輸出を拡大する。新興国のあぶく銭は、日本企業がかすめ取っていく。したがって、通貨統一によって得をするのは日本企業だけということになる。これは、EUで実際に起きたことである。ドイツがマルクを放棄してユーロを受け入れた時、事実上通貨安となったため、輸出産業が活性化された。ドイツ企業が向かった先は、EUの中で比較的貧乏だった国で、ユーロの恩恵を受けてお金持ちとなったギリシアのような国々であった。現在も、EUではドイツ一強の状態が続いているのは周知の通りである。

 日本政府が抱える1,100兆円の債務の半分をアジア諸国に保有してもらうというのも暴論である。日本の国債は、大部分が日本国内だけで消化されているからこそ、為替の変動とはほとんど無関係でいることができる。その国債を海外に向けて開放すると、為替の変動の影響を受けるようになる。繰り返しになるが、アジア統一通貨を採用する国は、新興国が多く、財政基盤が決して盤石とは言えない国も多い。ある国の財政が悪化すれば、アジア統一通貨が暴落する恐れがある。そして、アジア統一通貨の価値が下がると、必然的に国債も暴落する。国債の暴落は、日本にとって借金の増大を意味する。

 EUは、経済成長のレベル、財政の健全さが比較的似通っている(と思われていた)国で構成された共同体である。そのEUでも、ギリシアの財政危機が発覚すると大幅なユーロ安となり、さらにギリシャの危機がスペインやイタリア、ポルトガルにも飛び火して各国の国債が暴落し、EUのみならず世界経済を混乱に陥れた。アジアの国々は、EUに比べるとはるかに多様である。その多様性を抱きかかえるということは、こうしたリスクを日本が背負い込むことを意味する。本書の著者がこの点をどこまで理解していているのかは不明である。