習近平の中国 (新潮新書)習近平の中国 (新潮新書)
宮本 雄二

新潮社 2015-05-16

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 (1)中国では常に権力闘争が繰り広げられている。江沢民は総書記を退いた後も、政治局常務委員会(事実上の国家最高指導部)を7人から9人に増やし、その過半数を自分に近い人物で固めて影響力を保持し続けた。また、新たに増えた2人のうち1人には政法部門という重要な部門を担当させた。これによって、当時の総書記である胡錦濤には10年間まともな仕事をさせなかった。

 胡錦濤の後を継いだ習近平は、自らに権力を集中させることに苦心した。総書記になってから早々に、人民解放軍を指揮する重要ポストを握った。次に、常務委員会の人数を9人から7人に戻し、政法部門を習近平自身が所轄することとした。政治リーダーが自らの望む改革を実施するためには、権力を掌握することが重要である。権力闘争は一種のアートと言えよう。地頭がいいだけの人間が強い政治家になれないのはそのためである。

 一方で、権力は腐敗の問題をはらむ。習近平は「ハエもトラも叩く」と宣言して、腐敗撲滅に躍起になっている。そして、最大のトラである徐才厚と周永康を失脚させた。そもそも、腐敗が起きる理由を考えてみると、実は権力が強すぎるからではないかと思う。潤沢な情報や資金を持ち、重要な意思決定の権限を握っている人の元には、便宜を図ってもらいたいという人間が自ずと集まってくる。

 だから、習近平が権力を握れば握るほど、腐敗の誘惑に駆られるはずだ。事実、腐敗撲滅キャンペーンは、習近平の身近な人間には甘いとの批判がある。したがって、腐敗をなくすためには、権力を分散させなければならない。地位的には重要なポストに就いているが、その人一人では事実上ほとんど何も決められない、という状態を作らなければならない。

 このことは、党の末端組織にも当てはまる。共産党の腐敗は上層部よりも末端の方がひどいと言われる。「上が政策を作ると、下は対策を作る」という言葉があるほど、末端は強い力を持っている。この末端の力をはがすことも、腐敗撲滅には不可欠であろう。共産党の組織は上下の階層が非常に多く、また縦(機能別)にも細かく細分化されているという。その形態だけを見れば、権力が分散していそうなものだが、何せ13億人の人口を抱える中国だ。共産党組織内のポストが多くても、1つ1つのポストは強大な権力を持っているのかもしれない。

 政治家は、改革を実行するためには権力を集中させる必要がある。一方で、権力を腐敗から守るためには権力を分散させなければならない。両者の均衡点をどこに見出すかが、習近平にとっての重要な課題であろう。

 (2)時折、中国とアメリカは似ていると思うことがある。中国には太古より易姓革命の考え方がある。為政者は絶対的な天から治世を任されている。ところが、為政者が徳を離れ、人民を蔑ろにするような政治を行うと、政治の正統性が失われ、為政者の交代が起きる、という考え方だ。

 別の言い方をすると、最初はAという政治で突っ走っていたが、Aが機能不全を起こしBという全く別の政治に取って代わられる。Bという政治もある時期まではよかったが、やがて機能不全を起こしさらに別のCという政治に取って代わられる。こういう政治交代が繰り返されているのが中国である。

 アメリカの大統領も、唯一絶対のキリストに誓って政治を行う。しかし、神は大統領の普遍性を約束するわけではない。アメリカの大統領は合衆国憲法で三選が禁じられているため、おおよそ8年サイクルで大統領が交代する。そして、多くの場合は大統領の出身政党も変わる。つまり、アメリカでは共和党と民主党の政治が定期的に振り子のように入れ替わる。

 中国は「一対多」の国であり、かつその一が他の多を凌駕する。しかし、凌駕されていた多の中から新たな一が現れ、社会を支配する。これが数百年サイクルで繰り返される。一方でアメリカは「二項対立」の国であり、一方の他方に対する優勢が比較的短期間で変更される。このような違いはあるものの、中国とアメリカに共通するのは、政治が極端な方向に走りやすい、ということである。

 政治を握った勢力は、自分に近い人間を集め、逆に自分と対立する人間は排除する。そうすることで、自らが望む政治を実現しやすくする。習近平が前代の胡錦濤の影響力を排し、対立勢力を腐敗撲滅キャンペーンで叩くのも、アメリカ大統領がスポイルズ・システム(猟官制)によって官僚を総入れ替えするのも、本質的には変わらない。ただ問題なのは、リーダーが敵を排除するその行為によって、将来的に自分に刃を向けることになる敵を自ら作り出してしまうことである。

 (3)習近平は強い中国を作り、共産党の正統性を確保するために、あと10~15年ほどで改革の成果を出したいと考えているようだ。習近平の改革の方向性は、2013年に下された「改革の全面的深化に関する決定」に表れている。

 本書ではその項目が紹介されていたが、政治、財政、経済、文化、国防、農村問題、環境など非常に多岐に渡る。これだけの改革項目を掲げられると、宋の王安石の改革案を想起せざるにはいられない(ブログ本館の記事「山本七平『指導力―「宋名臣言行録」の読み方』―王安石の失敗から学ぶ、人々に受け入れられる改革案の作り方」を参照)。

 先ほど、共産党の組織は縦割り化が進んでいると書いた。習近平は縦割り組織の弊害をなくすために、部門横断的な組織をいくつも設置している。中国では「○○小組」、「○○委員会」と呼ばれる組織がそれだ。そして、習近平自身がこれらの組織のトップとなることで、組織内はもちろんのこと、その組織が関連する各部門にも影響力を発揮しようとしている。

 だが、容易に想像がつくことだが、縦割り化が進んでいる組織で部門横断型組織を作ると、部門横断型組織と各部門との間で人材の引っ張り合いが起き、また利害調整やコミュニケーションに多大な時間がかかることになる。この辺りの問題をどのようにマネジメントするのか、習近平の手腕が問われる。