こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

致知

『寧静致遠(『致知』2017年6月号)』―国家関係がゼロサムゲームである限り「信」を貫くことは難しい、他


致知2017年6月号寧静致遠 致知2017年6月号

致知出版社 2017-06


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 (1)
 古の王者は、四海を欺かず、覇者は四隣を欺かず、善く國を為(おさ)むる者は、その民を欺かず、善く家を為むる者はのその親を欺かず。善からざる者は之に反し、其の隣国を欺き、其の百姓を欺き、甚だしき者は、其の兄弟を欺き、其の父子を欺き、上は下を信ぜず、下は上を信ぜず、上下、心を離し、以て敗るるに至り。
 荒井桂「『資治通鑑』の名言・卓論に学ぶ人物学」より、司馬光の『資治通鑑』の一説を引用した。司馬光は、「信」があれば、周囲の国を欺くことはないと述べている。記事の著者の荒井氏はここで、『論語』にも言及している。子貢が「3つのうち1つ取り除かなければならないものがあるとしたら何ですか?」と孔子に質問したところ、孔子は「兵」と答えた。子貢が「残りの2つのうち1つ取り除かなければならないとしたら何ですか?」と尋ねると、孔子は「食」と答えた。最後に残ったのは「信」である。『資治通鑑』の内容と合わせて読むと、信義があれば兵を持つことなく、隣国とも良好な関係を保つことができる、ということになるだろう。

 だが、現実の世界はそのようにはなっていない。上記のような古典を持つ中国自体が、覇権主義を振りかざして南シナ海を手中に収め、さらには太平洋へと進出しようとしている。国内では信義を尽くすことが双方のためになるのに対し、国際社会ではこちらが下手に出ればかえってつけ込まれることは、ブログ本館の記事「『絶望の朝鮮半島・・・/言論の自由/世界を動かすスパイ戦(『正論』2017年5月号)』―緊迫する朝鮮半島で起こりそうなあれこれ、他」で書いた。

 国内で通用することがどうして国際社会では通用しなくなるのか?という点は、私の頭を悩ます問題の1つである。おそらく次のように考えることができるであろう。国内の人間関係の場合、相手に信義を尽くすことで相手の利益が大きくなり、それが自分の利益に跳ね返ってくるというWin-Winの関係性がある。これに対して、国際社会は基本的に国家による領土の奪い合いである。こちらが下手に出れば簡単に相手に奪われてしまうゼロサムゲームである。

 このように書くと、国家という枠組みがあるからそういう事態になるのだ、国家という枠組みをなくせばよいと左派は主張するだろう。しかし、世界で農業に有利・不利な気候があり、工業化に必要な資源が偏在しているという状況では、より有利な土地をめぐって国家が対立することは不可避であることは上記のブログ本館の記事でも書いた通りである。左派のユートピアが成り立つには、世界中どこに行っても気候や工業化などの条件が同一でなければならない。

 『資治通鑑』や『論語』の教えを現代に活かすには、領土争いのゼロサムゲームを、双方の国の利益が増すWin-Winのゲームに変える必要がある。単に貿易によって双方の経済が活性化するということ以上の利益が必要である。ただ、どうすればそれが実現できるのか、残念ながら今の私には十分な知恵がない。

 (2)中村学園大学教授・占部賢志氏の「日本の教育を取り戻す」という連載記事がある。安倍政権の教育改革によって道徳が科目化されたが、占部教授は以前から、道徳を1つの教科として独立させることに反対している。道徳が教えるべき価値観は、従来の国語、理科、社会などの科目の中で十分教えることができるし、また教師は価値観を教えられるよう授業を工夫すべきだと主張している。

 それをせずに道徳を単独の科目とすると、「いじめはよくない」、「思いやりが大切」といった抽象的なフレーズだけが子どもたちの頭に残る。そういう子どもが大人になると、今度は「安保法制反対」、「戦争反対」と口走るようになる。しかし、彼らは中国の軍艦が尖閣諸島付近で領海侵犯を繰り返し、北朝鮮がミサイルを立て続けに発射していることに対しては、一切反対の声を上げない。占部氏はこうした矛盾を鋭く指摘している。つまり、現在の道徳教育のままでは、具体性を伴った切迫感のある価値観が醸成されないというわけである。

 私はここで、企業が自社のビジョンや価値観を浸透させる研修やワークショップのことを考えていた。これらの取り組みも、一歩運用を誤ると、ビジョンや価値観を丸暗記するだけに終わってしまう。研修では、自社がビジネスの中で直面する具体的な課題を挙げて、ビジョンや価値観に従って意思決定した場合、どのような決断が最適なのかを徹底的に議論することが重要であろう。あるいは、過去の成功例・失敗例をつぶさに分析して、どのような価値観が成功・失敗のカギを握っていたのかを考えさせることも有効である。とにかく、空理空論に終わらないよう、研修と現場での実践とをリンクさせなければならない。

 もう1つ重要なのは、技能・スキル・知識の習得を目的とする研修に、自社のビジョンや価値観を反映させることである。ビジョンや価値観の研修を行っている企業は多数あるが、一般の研修にビジョンや価値観を反映させている企業はそれほど多くないと感じる。なぜ我が社ではこのような技能・スキル・知識が必要なのか?その技能・スキル・知識を用いてどのような業務を行うのか?その業務は我が社のどのような価値観に基づいて設計されているのか?研修の企画担当者は、これらの問いに答えることが要求されるだろう。

『人を育てる(『致知』2016年12月号)』


致知2016年12月号人を育てる 致知2016年12月号

致知出版社 2016-12


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 そこで行われているマインド・フルネスをひと言で説明すると、光よりも早く駆け巡る人間の頭の中の思考を止めることです。吸う息、吐く息だけに意識を集中しながら、一切の妄想から離れる訓練をするのです。
(鈴木秀子「人生を照らす言葉〔連載90〕」)
 現在、アメリカではマインドフルネスが流行しているようである。グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどがこれを取り入れているという。私の安直な考えだが、このマインドフルネスは、数年前にこれまたアメリカで流行した「U理論」とよく似ていると思う。U理論もマインドフルネスも、人間関係に起因する様々なしがらみやトラウマから離れ、精神を集中させることで、宇宙全体を覆う意識とつながることができるという考え方である。

 非常に雑駁な言い方をすれば、他者との関係は一旦脇に置いて、個人が宇宙という絶対と直接につながることを目指している。それでいながら、個人が宇宙とつながれば、他者ともつながることができ、そこから変革が自ずと発生するという。つまり、1は全体でありかつ絶対である。これを人々は全体主義と呼ぶのではないだろうか?全体主義においては、時間の流れは存在しない。現在という1点が全てであり正しい。引用文にも、「光よりも早く駆け巡る人間の頭の中の思考を止める」とあり、現在という1点が強調されている。

 《参考記事(ブログ本館)》
 オットー・シャーマー『U理論』―デイビッド・ボームの「内蔵秩序」を知らないとこの本の理解は難しい
 安岡正篤『活字活眼』―U理論では他者の存在がないがしろにされている気がする?

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 全体主義は言いすぎたかもしれないが、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどがマインドフルネスを取り入れているのは、上図を眺めるとよく理解できる(図の説明については、ブログ本館の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」や、以前の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」などを参照)。

 私の理解では、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックスは左上の象限に位置する。IBMは右下の象限に位置するのだが、近年はAIに力を入れており、またプラットフォーム事業にも乗り出しているから、左上の象限に移動しつつあると言える。左上の象限はイノベーションの世界である。市場にはまだニーズが存在しないため、伝統的な市場調査は無力である。代わりに、リーダーが自分自身を最初の顧客に見立て、「私ならこういう製品・サービスがほしい。私がほしいということは、世界中の人々も同じくほしがるに違いない」と信じる。そして、そのイノベーションを全世界に普及(布教)させることを唯一絶対の神と契約する。

 リーダーがイノベーションに関して神と契約するプロセスは、マインドフルネスやU理論のプロセスと酷似している。いずれも、神や宇宙という絶対性に触れることで、世界中の人々とつながることができるという全体性を強調している。だから、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどがマインドフルネスに注力している理由がよく解ると述べたわけである。

 ところで、マインドフルネスは日本の禅の影響を受けているという。私は禅について無知なので何とも言えないのだが、本来の禅とは、絶対性や全体性の獲得を目指すものだったのであろうか?確かに禅には、静謐な空間で、他者との交わりを断って厳しい修練を積むというイメージがある。しかし、その修行の目的は、他者の異質性を認め、顔の見える他者と血の通った交流をじわじわと広め、さらにその関係を深化させることにあるのではないだろうか?禅とマインドフルネスの相違点を整理することが、今後の私の課題である。

『人生の要訣(『致知』2016年10月号)』


致知2016年10月号人生の要訣 致知2016年10月号

致知出版社 2016-10


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 以前の記事「『メガバンク 地銀 証券 金融エリートの没落/全てはボールペン軸から始まった 「加工の匠」積水化学の開発力(『週刊ダイヤモンド』2016年9月3日号)』」でも書いたが、現在私はある中小企業向けの補助金事業の事務局員をしている。簡単に言うと、中小企業が事前に提出した事業計画に基づいて購入した機械装置などについて、伝票類をもれなく整理してもらい、加えて事業の結果を報告書にまとめてもらう。我々はそれらの書類をチェックし、問題がなければ中小企業に補助金をお支払いする、という仕事である。ただ、私のような30代の人間は皆無に等しく、大部分は50代、60代以上の中小企業診断士か、大手企業のOBである。事務局内での仕事を観察していると、興味深いことに気づく。

 まず、事務局員は私からすれば人生の大先輩であるにもかかわらず、中にはあまり仕事ができない人がいる(あまりこういうことを書くと怒られるかもしれないが・・・)。書類の処理が遅い人、メールへのレスポンスが遅い人、電話で敬語が正しく使えない人、中小企業の社長に対して高圧的な態度で接する人、中小企業は補助金を使って不正を働くに違いないと常に疑いの目で見ている人などである。事務局員によって能力・態度に大きな差があることは、だんだんと中小企業側も理解し始めたようで、「この事務局員が自社の担当になると当たり、あの事務局員が担当になると外れ」という情報が中小企業の間で出回っているらしい。

 一方の中小企業も、様々なタイプの企業や経営者がいる。書類の締め切りを守らない企業、補助金のルールを守らない企業、不正を試みる企業、グレーな部分をめぐって執拗に議論を吹っかけてくる企業、事務局判断で補助金の減額・査定を伝えると激怒する企業などがある。中には怪しいコンサルタントを仲介させて余計に話をややこしくしたり、中小企業庁にクレームを入れたり、政治家の元に陳情に行ったりする企業もあると聞く。

 私が興味深いことに気づいたというのは、あまり仕事ができない事務局員に限って、厄介な中小企業を担当することになるケースが多いということである。グレーな事業計画書をメールで提出した中小企業に対して、事務局員がそのメールを1週間ほど放置した挙句に、「こんな計画ではダメだ」などと高圧的に応対するものだから、そこから大きなトラブルに発展するケースなどを見てきた。私が思うに、心根が汚い事務局員は、同じように心根が汚い企業を引き寄せてしまう。幸いにも私は、そういうトラブルメーカーを担当したことはほとんどなく(全体の1%ぐらいだと思う)、日頃の心がけのおかげだと密かに胸を張っていた。

 ところが、『致知』2016年10月号の次の文章を読んで、私は自分の認識を反省した。私が比較的手のかからない中小企業ばかりを担当しているのは、私がこの仕事に対して本気ではないことを表しているかもしれないのだ。
 運よく、カルカッタの礼拝堂でマザーに面会することのできた私は、「どうしてあなた方は、あの汚い、怖い乞食を抱きかかえられるのですか?」と尋ねました。マザーは即座に、「あの人たちは乞食ではありません」とおっしゃるので、私は驚いて「えっ、あの人たちが乞食でなくていったい何ですか?」と聞くと、「イエス・キリストです」とお答えになったのです。私の人生を変えるひと言でした。

 マザーはさらにこうおっしゃいました。「イエス・キリストは、この仕事をしているあなたが本物かどうか、そしてこの仕事をしているあなたが本気かどうかを確かめるために、あなたの一番受け入れがたい姿であなたの前に現れるのです」
(上甲晃「松下幸之助に学んだ人生の要訣 自らを省みて自ら変わる」)
 もちろんこれは、私もクレーマーみたいな中小企業を担当しなければならない、ということを意味しているわけではないと解釈している。もっと対応が難しい中小企業、具体的に言えば、非常に優れた事業計画で社長や現場の担当者にもやる気があるのだが、購入物品が多岐に渡る上に事務処理能力に問題があって、なかなか補助金申請用の書類が整わない中小企業に対して、あの手この手のサポートを施し、無事に満額の補助金を受け取ってもらう、という厳しい仕事を通じて自分を鍛えよということなのだと思う。

『視座を高める(『致知』2016年5月号)』


致知2016年5月号視座を高める 致知2016年5月号

致知出版社 2016-05


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 防衛やテロ対策、地域紛争処理、災害救助など、ペンタゴンのすべての任務は一歩間違えれば、尊い多くの人命をも巻き込みかねないものばかりです。そこにはただ1つ、「正解」という答えしかあってはならないのです。
(カイゾン・コーテ「ペンタゴンが教える心の鍛え方」)
 私は、アメリカ人というのはどんな分野でも正解は1つしかないと考えているように思える。ブログ本館の記事「『しなやかな交渉術(DHBR2016年5月号)』―「固定型」のアメリカ、「成長型」の日本、他」で述べたように、アメリカは「固定型」の文化である。アメリカ人は、生まれる前に唯一絶対の神から、この世で果たすべき使命を定められており、その使命を達成するのに必要な能力と知識を与えられた状態で生まれてくる。人生とは、その能力や知識が発露する過程である。

 アメリカ人は、成長するにつれて「これこそが私の使命だ」と思えるものにたどり着く。そして、その使命を果たすことを神と約束(契約)する。神の思惑と本人の意図が合致すれば、すなわち1つしかない正解にたどり着くことができれば、その人は大成功を収める。他方で、神が与えた正解に気づかず、間違った使命に向かって進む者は、惨めな人生を送る。たいていは、正解にたどり着くことができた一握りの人たちに搾取される。だから、アメリカでは深刻な経済格差が生じる。

 正解が1つしかない世界は、多くの日本人にとっては非常に息苦しく映るかもしれない。とりわけ、幼少期に受けた詰め込み教育の影響で、正解が1つしかないと聞くだけで、社会に出てからは役に立たないと思い込んでしまう。ただ、私は必ずしもそうではないと言いたい。同じように正解が1つしかなくても、歴史の問題と数学の問題は全くの別物である。そして、数学のような思考方法は、正解が1つしかない世界において非常に有効である。

 歴史の問題は、暗記した用語を回答すれば十分であるケースが多い。一方、数学の場合は、問題文に書かれた状況設定をじっくりと分析し、使えそうな定理や公式を組み合わせて論理的に計算を積み重ね、最終的に1つの解にたどり着く。この作法は、実世界においても何ら変わりがない。まず、神と本人が等しく抱く使命=あるべき世界の姿と、現実の世界の間のギャップを分析する。そして、そのギャップを埋めるために何をすべきか、様々な施策を設計する。施策間の因果関係を厳密に予測することで、正解に到達する可能性を高める。

 「正解が1つしかない数学など社会で役に立たない」と安易に批判する人は、自分が脆弱な論理しか構築できないことを隠して、都合のよい言い訳をしているにすぎない。そういう人は、大して成果を上げることができない(ブログ本館の記事「「必ず解がある数学は、解のない実世界には役立たない」という意見へのちょっとした反論(1)(2)」を参照)。

 アメリカという国家そのものが、自由、平等、基本的人権、民主主義、資本主義といった普遍的価値観=唯一の正解を信奉している。そして、アメリカにとっては、それを世界中に広めることこそが国家の使命である。だから、独裁国家の政権を転覆させて親米政権=民主主義政権を樹立したり、経済システムに介入して閉鎖的な市場を開放させたりする。その手口はほとんど標準化されている。

 一方で、アメリカはインテリジェンスに多大な投資をしている。これは、相手国の現状を深く理解し、アメリカが掲げる理想や標準からどのくらい乖離しているのか?その差を埋めるために何をすべきか?を見極めるためである。ただ、最近はアメリカのインテリジェンスが弱っているらしい。池上彰氏は、イラクが未だに不安定なのは、インテリジェンスが不十分だったからだと指摘する。イラクの現状をよく理解せずに、お仕着せの施策を展開したため、余計に混乱してしまったのだと言う。これはイラクに限らず、アメリカの中東政策全般に言えるかもしれない。

 正解が1つしかない世界は、成功か失敗か、そのどちらかしかない非常に厳しい世界であるかのようにも見える。ただ、冒頭の引用文で紹介したカイゾン・コーテ氏は、同じ記事の中で次のようにも述べている。
 北極でも砂漠でも、真面目で普段は完璧に任務をこなす優秀な部下が途端に全く機能しなくなることがあります。このような問題は人それぞれに条件も症状も異なり、すべて同じ方法で解決できるわけではありません。しかし、私はその解決方法に1つの共通点があることに気づきました。「自らの弱さを受容し、失敗を許す」ということである。
 正解は1つしかないが、失敗はしてもよいのである。具体的には、自分が正しいと思っていた使命が実は間違いだったと気づき、別の使命を設定し直してもよい。あるいは、使命そのものは正しいのだけれども、そこに至る道のりが間違っていたと気づき、途中で軌道修正してもよい。そういう失敗は許容されるし、失敗からの学習は本当の正解に近づくために不可欠である。

 冒頭で書いたブログ本館の参考記事では、ビジネスの世界でイノベーションを起こすには、神と正しい契約を結ぶ必要があると書いた。逆に言えば、神と正しい契約が結べるまでは、何度でも失敗してよい。だから、イノベーションを目指す企業は、社員の失敗に対して寛容にならなければならない。

『夷険一節(『致知』2016年4月号)』


致知2016年4月号夷険一節 致知2016年4月号

致知出版社 2016-4


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 《参考記事(ブログ本館)》
 日本とアメリカの戦略比較試論(前半)(後半)
 『目標達成(DHBR2015年2月号)』―「条件をつけた計画」で計画の実行率を上げる、他
 『稲盛和夫の経営論(DHBR2015年9月号)』―「人間として何が正しいのか?」という判断軸
 森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他

製品・サービスの4分類(修正)

 またしてもこの図(※何度も言うが未完成である)を用いることをご容赦いただきたい。アメリカが強い左上の象限のイノベーションは、どういう製品・サービスが成功するか予測が困難であると書いた。ただ、過去のイノベーションを見てみると、いくつかの共通項は存在するようである。

 ①作り手の思いを強く反映させる
 イノベーションは必需品ではないため、前もって市場のニーズを予測できない。今まで誰もほしいと思わなかったものを作り出すわけだから当然である。イノベーターは、典型的な市場調査に頼ることができない。その代わりに、自分を最初の顧客に見立てて、自分が心の底からほしいと思うものを自分で作るのである。そして、聖書にある「己の欲する所を人に施せ」方式で、世界中にイノベーションを普及させる。Appleのスティーブ・ジョブズも、facebookのマーク・ザッカーバーグも、twitterのジャック・ドーシーも、自分がほしいものを形にしたと語っていた。

 ②顧客に敢えて不自由を経験させる
 以前の記事「『デザイン思考の進化(DHBR2016年4月号)』」でも書いたが、イノベーションは快―不快で判断される。だから、顧客に経験価値を提供することが重要となる。必需品が効率性で評価されるのとは違うわけだ。ところが、この”快”という感情は非常に複雑で、顧客がすんなりと価値を享受できれば快く感じるかというと、必ずしもそうではない。ディズニーランドのアトラクションには何時間も待たなければ乗ることができない。ヒット曲はサビが重要だが(そして、たいていの人はサビしか覚えないのだが)、サビに至るAメロやBメロがなければ曲として成立しない。それでも(いや、それゆえに)、顧客は満足する。

 ③顧客から見ればどうでもいいところに強くこだわる
 ①で、イノベーターは製品・サービスに自分の思いを強く反映させると書いた。だが、往々にしてイノベーターの強すぎる思いは、顧客への提供価値とはあまり関係ない部分にまで注入される。AppleがAppleⅡを開発した時のジョブズのエピソードは有名である。開発スタッフにジョブズが要求したのは「マシン内部の配線を真っ直ぐにしろ」ということであった。「内部の配線など誰が見るのか?」と反論するスタッフに対し、ジョブズはこう言い放った。「僕が見るのだ」と。

 (※)ここまでの内容は、ブログ本館の記事「『創造性VS生産性(DHBR2014年11月号)』―創造的な製品・サービスは、敢えて「非効率」や「不自由」を取り込んでみる」を参照。

 私はブログの自己紹介でも書いているように、北海道テレビの水曜どうでしょうが大好きである。水曜どうでしょうはテレビ界におけるイノベーションだと思っているのだが、ここまでに書いた①~③の要件を満たしている。

 ①の作り手の思いに関しては、4人が「旅のプランを事前に計画しない」、「笑いの素材は旅先で現地調達する」という価値観で一致しており、それが番組にも色濃く反映されている。②については、①の結果でもあるのだが、番組を見ていても旅が一向に進展しないし、脇道ばかりに逸れる。ひどい場合は、旅が終わらないうちに企画が乱暴に終了してしまう。③としては、藤村Dの緻密な編集が挙げられる。水曜どうでしょうは、他の番組と異なり、映像と音声をかなり自由に切り貼りして組み立てられている。また、文字スーパーの使い方にも独特の特徴がある。

 前置きが大分長くなってしまったが、『致知』2016年4月号を読んでいて、花仙庵 仙人温泉 岩の湯(長野県須坂市)が上記の②を非常に重視して旅館サービスを設計していることを知った。同旅館は1年先まで予約がいっぱいだそうだ。
 廊下の一部はそれまであった壁やガラス張りの部分を取り外し、外の自然と融合できる空間にしました。暖房の効いた廊下の先にある自動ドアが開くと、そこには屋根と廊下しかない豊かな雪景色が広がり、その空間を抜けて次の自動ドアを進むと再び暖かい廊下が待っているというイメージです。紅葉のシーズンですと、枯れ葉が舞い落ちます。それを踏んで自然の感触を味わっていただく、遠くの絶景ではなく身近な環境です。

 このような廊下を随所に作ったのは、現代人が便利さや快適さを追求する一方で、忘れてしまっているものがあるように思ったからです。私たちは不足、不便、不揃いという不の部分にこそ、便利さに慣れた現代人の心の奥底にある潜在ニーズがあると考え、それらを最高に生かすことをとても大事にしています。
(金井辰巳「飽くなき理想土の追求が山間の温泉宿を変えた」)
 旅館業でもIT化が進む中、うちにはホームページはありませんし、受付はすべて電話です。人間はそんなに器用ではないですから、便利さに慣れると逆に見えない世界が生まれてきます。人間的であるべきと思うところは退路を断ってアナログをとことん磨いていくということなのです。(同上)
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
◆個人事務所
 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

【中小企業診断士は独学で取れる】中小企業診断士に独学で合格するなら「資格スクエア」中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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