事業計画書は1枚にまとめなさい―――公庫の元融資課長が教える開業資金らくらく攻略法事業計画書は1枚にまとめなさい―――公庫の元融資課長が教える開業資金らくらく攻略法
上野 光夫

ダイヤモンド社 2016-04-22

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 著者は、日本政策金融公庫(「にほんせいさくきんゆうこうこ」と読まれることが多いが、正しくは「にっぽんせいさくきんゆうこうこ」である)で5,000人超の起業家を見てきた方である。事業計画書と言うと、パワーポイントで何十枚にも及ぶ資料を作らなければならないと思われがちだが、日本政策金融公庫の開業資金融資では1枚でよい。実際に下記リンクから「創業計画書」をダウンロードしてみると、なるほど確かに1枚だ。しかも、このフォーマットは約30年の間ほとんど変わっていないそうだ。さらに、開業後5年後の企業の生存率を見てみると、一般的な生存率よりも、日本政策金融公庫が融資した企業の生存率の方が高いことも本書で示されている。開業資金の融資の可否を判断するには1枚で十分なのだ。

 https://www.jfc.go.jp/n/service/dl_kokumin.html

 本書を読んで一番驚いたのは、「開業資金の融資の可否を判断する明確な基準は存在しない」ということであった。既に創業・設立から数年が経過している企業であれば、過去の業績データなどに基づき、スコアリングの手法を用いて融資の可否を判断できる。しかし、これから創業しようとする人の場合は、利用できる情報がない。だから、明確な判断基準もない。確かに、言われてみればそうである。日本政策金融公庫では、ある時期に開業資金の融資の可否を判断するためのスコアリングモデルを構築しようとしたが、上手くいかなかったそうである。

 ただ、そうは言っても完全に勘に頼っているわけではなく、一応①経営者の資質、②財政状況(申込者が現在持っている資産と抱えている負債、開業後に必要な運転資金や設備資金の額など)、③収支の見通し(開業直後と、事業が軌道に乗った頃〔開業から半年~1年後ぐらい〕の売上高、経費、利益の見通し)という3つの観点に立って評価を行っているという。①~③をどのように総合評価するかは、融資担当者の暗黙知になっている。

 面白いことに、上記の創業計画書には、冒頭に「創業の動機」を記入する欄があるものの、融資担当者はこの欄をほとんど見ていないそうだ。融資担当者にとっては、本人のやる気やきっかけはどうでもよくて、本人にその事業を経営できる能力があるかどうかの方が問題だ。この考え方には私も大いに賛成する。

 私の専門は人事・人材育成なのだが、採用面接で応募者に志望動機を尋ねることに強い疑問を抱いている。モチベーションは、入社後の仕事内容、上司や同僚との人間関係、職場環境、福利厚生などによって、いかようにも上下させることができる。だから、採用面接時にモチベーションが高いというのは、何の参考にもならないのである。それよりも、応募者が入社後に一定のパフォーマンスを上げることができる能力を持っているかどうかを評価するべきである。

 私は最近、国の補助金である創業補助金の書面審査員をやらせていただいた。創業補助金の応募書類には、創業後6か年の収支計画を記入する表がある。しかし、私をひどく失望させたのは、数字の根拠を書いていた応募者が皆無だったことである。販売する製品・サービスの価格はいくらなのか、目標顧客数は何人なのか、平均顧客単価はどれくらいなのかといった情報がなければ、6か年計画の売上高の妥当性を判断できない。審査項目の中には「事業の収益性」という項目があったが、残念ながら私が審査した分はほとんど0点にした。

 これは応募者にも非があるとはいえ、フォーマットを用意した国にも非がある。表の下に「数字の根拠を明記するように」と国が一言添えていれば、事態は違っていたであろう。この点、日本政策金融公庫の創業計画書には、ちゃんと「売上高、売上原価(仕入高)、経費を計算された根拠をご記入ください」という欄がついている。日本政策金融公庫は国が100%出資している金融機関なのだから、国ももっと日本政策金融公庫のノウハウを活用すべきではないだろうか?