こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

転職


沼波正太郎『40歳からのキャリア戦略―図解 あなたの「不安」を展望に変える!』―「転職は危険」と言っておきながら転職を勧めている


40歳からのキャリア戦略―図解 あなたの「不安」を展望に変える!40歳からのキャリア戦略―図解 あなたの「不安」を展望に変える!
沼波 正太郎

新水社 2005-07

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 この本も昨日の記事「楠山精彦『40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術』―職務経歴書に「確約」を書く点が斬新」で取り上げた書籍と同様、私が前職の教育研修&経営コンサルティング会社にいた10年ほど前に、ミドル(40代)向けのキャリア研修を開発しようという話になって、ミドルのキャリア開発とはどういうものかを勉強するために買った本である。

 本書は3つの点で矛盾を抱えている。まず、
 これといって「売り」のない一般の求職者の方たちに対して、「もう、何がなんでもという正社員願望は、捨てたほうがいいですよ」と、私はいつも言っています。特に35歳を超えると、求人は一気に激減します。「正社員にこだわればこだわるほど、再就職は難しくなる」という市場原理が働きます。
と言っておきながら、市場価値力=転職・再就職力を磨けとアドバイスしている点がおかしい。特に、40代になったら、人生を一旦リセットして(著者によれば、女性の方がリセット願望が強いらしい)、新しい仕事を探すことを勧めている。

 だが、別の箇所では、
 私の友人に、市場価値測定研究所を主宰している藤田聰さんという人がいます。『あなたの市場価値教えます』(祥伝社刊)などの本も出して、すべてのビジネスパーソンに共通のコアスキルを測定するプログラムを提案していますが、彼によりますと「業種や職種に関係なく、現在の年収を超える市場価値を持った人は、1割にも満たない」そうです。そのくらい「市場価値力」という「売り」を身に付けるのは厳しいことなのです。
とも述べている。つまり、ビジネスパーソンの年収というのは、本人の市場価値に、勤め先企業のネームバリューが加わってかさ上げされている。転職をすれば、せっかくのネームバリューを手放さなければならない。中高年で転職する際、多くの場合において年収がダウンするのはこのためである。だとすればなおさら、40代になってから転職しようと考えるのではなく、まずは今の勤め先でいかにキャリア開発をするべきかという視点が必要であるように思える。

 2つ目は、キャリアビジョンの描き方についてである。本書も他のキャリア開発関連の書籍と同様、まずは自分の価値観と強みを再確認して、キャリアビジョンを描くというステップを踏んでいる。ところが、本書で紹介されているどの事例を読んでも、価値観・強みとキャリアビジョンの内容が上手く結びついていない。価値観や強みは一応分析するものの、最終的には本人の「これをやりたい」という願望が先行しているように感じる。マーケティングの言葉を借りれば、これはプロダクトアウト的な発想であり、企業や業界が現在あるいは将来的にどのような人材を求めているのかをとらえるというマーケットインの発想が欠けている。

 正直に言って、40代にもなって「これをやりたい」という夢を追いかけているようでは、人生を甘く見ている。本書の事例に登場するどの人も、「何だかふわふわした人生だ」という印象が否めない。40代にもなれば、社会という大きな枠組みの中で、それなりの重責を期待される年齢である。社会からの期待を受け止めて、それに自分の価値観や強みをどうあてはめていくのか、価値観や強みを活用しながらどうやって期待を超える成果を上げるのかを考えなければならない。

 本書では、孔子の「四十にして天命を知る」という言葉が紹介されている。ただ、孔子が生きた時代は人生50年の時代であり、現在は人生80年の時代であるから、40歳×80/50=64歳で天命を知れば十分だとも書かれている。だから著者は、40代ではまだ自分の夢を追いかけていてもよいと考えたのかもしれない。しかし、孔子は72歳まで長生きし、「七十にして矩を超えず」という言葉を残している。よって、「四十にして天命を知る」という言葉は、額面通りに受け取るべきであろう。せいぜい、40歳×80/70=45歳までには天命を知っておきたいものだ。

 3つ目は、次の部分である。
 「最後まであきらめないこと」です。最後まであきらめず、「必ず、夢・ビジョンを実現するぞ」という強い信念を持って、取り組みを継続できる人こそが、「天職」にめぐりあえ、充実した人生を送れるのだと信じています。
 この「頑張れば必ず報われる」という信仰は、未だに日本人の中に根強く残っている。これは、高度経済成長期の遺産である。現代は、企業の寿命が30年ほどに縮み、新規事業の成功確率は10分の1とも100分の1とも言われる時代である。長く努力を続ければ必ず成功するとは限らないのである。こういう時代に必要なキャリア観とは、引用文のようなものではなく、金井壽宏氏(神戸大学大学院経営学研究科教授)が唱える「キャリア・ドリフト」である。つまり、人生の節目ごとに大まかなキャリアビジョンは描くものの、後は時間と環境の変化に身を委ねて、ビジョンを柔軟に変更するという姿勢である。引用文のような硬直的なビジョンにとらわれず、「レジリエンス(再起力)」を鍛えることが重要である。

 ただし、ブログ本館の記事「DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他」でも書いたように、将来の人口ピラミッドを前提として、日本の伝統的な階層組織を維持するならば、20代を底辺とし、60代を頂点とする従来型の組織に加え、40代を底辺とし、70代~80代を頂点とする新しい組織が必要になると私は予測する。これは、厚生労働省が最近打ち出している「人生100年時代構想」とも合致する。

 従来型の組織では、40代になるとポストが不足し、多くの人がそれ以上昇進できなくなる。そのため、新しいタイプの組織を自ら起業するか、新しいタイプの組織に転職するという選択肢を取らなければならない。40代のキャリア開発とは、第一義的にはその企業の中でどのようなキャリアを構築するかを検討するが、合わせて新しいタイプの組織への移行をも視野に入れる必要がある。

 その意味では、本書が40代の転職や起業を勧めている点は一応正しい。とはいえ、「何となく人生をリセットして自分のやりたいことをやる」というぼんやりした見通しではなく、自分は今の企業に残るべきか、外に出るべきか?自分は社会からどのような役割を求められているのか?自分はどうすれば社会に対し十分な貢献をすることができるか?を厳しく問うものでなければならない。

楠山精彦『40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術』―職務経歴書に「確約」を書く点が斬新


40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術40歳からのキャリアチェンジ―中高年のための求職・転職術
楠山 精彦

日本経団連出版 2005-03-01

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 私が前職の教育研修&経営コンサルティング会社にいた10年ほど前に、ミドル(40代)向けのキャリア研修を開発しようという話になって、ミドルのキャリア開発とはどういうものかを勉強するために買った本である。結局、ミドル向けキャリア研修は開発せず、この本もずっと本棚に眠ったままであったのだが、私自身が40歳に近づいてきたこともあって、自分事としてこの本を読んでみることにした。

 本書のユニークな点は2つある。1つ目は、転職サイトなどの求人情報(これを著者は「顕在市場」と呼ぶ)に注目するのではなく、求人情報を出していない企業(これを著者は「潜在市場」と呼ぶ)に直接アプローチするという点である。いくら労働力不足で売り手市場になっているとはいえ、中高年の転職市場に限定すれば、依然として求人情報は限られており、そこで勝負するとレッドオーシャンに巻き込まれる。そうではなく、潜在市場の中にいる企業に対して、「この人材は我が社の即戦力として使えそうだ」と思わせることができれば、激しい競争に巻き込まれずに済むというわけである。

 ただし、求人情報を出していない=人材が必要だとは思っていない企業に対して、自分が必要不可欠な人材だと納得させるためには、それだけの材料が必要である。2つ目のポイントとして、著者は職務経歴書を書く際に、単にこれまでの職歴をつらつらと並べるだけではなく、自分がその企業に転職したらどのような成果を上げることができるのかを「確約(目標)」として書くとよいと述べている。確約の書き方は、例えばこんな具合である。
 学卒後の通算29年の業務体験を通して研鑽蓄積した物流業務全般のプロフェショナルとして、貴社において以下の項目を達成、実現することにより、業績伸長に必ず貢献することをお約束いたします。
 (1)貴社の物流品質の抜本的な向上対策を策定し、推進展開することにより、貴社製品のトータルなイメージアップをはかります。
 (2)確立した独自の物流ノウハウを駆使して異業種との共配プランを策定することにより、貴社の運送経費の大幅な削減(削減目標年間1億円)をはかります。
 (3)貴社の支店、営業所、倉庫に独自の物流管理システムを導入し、大幅な人件費、事務諸経費の削減(削減目標年間2000万円)をはかります。
 多くのキャリア開発の研修や書籍では、まず自分の価値観を見つめ直し、これまでの職務経験から自分の強みを発見して、その価値観と強みを活かして何がしたいかというキャリアビジョンを描くのが一般的である。ただ、このやり方ではややもすると自分勝手なキャリアビジョンになりがちで、労働市場における需要サイドを見ていないという欠点がある。その点、本書の方法は、需要サイドも分析し、自分がこれから応募しようとする企業がどのような人材を必要としているのか、自分はその人材像にあてはまるのかを問うている点で優れていると言える。

 欲を言えば、その需要サイドの分析方法についてもう少し詳しい解説がほしいところであった。転職が決まった後に、
 会社の経営理念、経営方針、事業内容、会社経歴、取り扱い商品などに加え、できれば業界事情、業界動向、取引関係、そして人事制度、組織構成、人間関係などにまで精通すべきです。
とは書かれているが、これらの情報はできるだけ転職活動時に入手すべきであろう。HPから企業理念、企業概要、事業計画、事業内容、製品・サービスの内容、決算書などの情報を入手し、新聞や雑誌でその企業が取り上げられているページを切り抜き、時には多少お金をかけてでも信用調査会社から調査レポートを購入して、これらの情報を基に、応募しようとしている企業がどのような経営・業務課題を抱えているかを推測する方法が紹介されているとなおよかった。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
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