ビジネスモデル革命―競争優位から共創優位へビジネスモデル革命―競争優位から共創優位へ
寺本 義也 近藤 正浩 岩崎 尚人

生産性出版 2007-05

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 本書では、次のような「第5世代のビジネスモデル」が提示されている。
 P*NP∬NW∬SV(H+S)
 日本語で説明するならば、まずハードウェアだけでなく、ソフトウェアを組み合わせたサービスを提供しなければならない。そしてそのサービスは、自社が全て提供することにこだわらず、他社と手を組んでネットワークで提供する。その目的は営利であると同時に非営利でなければならない。つまり、経済的ニーズを満たすと同時に社会的ニーズも満たさなければならないというわけである。

 本書は10年以上前の本なので事例が古い点はご容赦いただきたいのだが、本書の中では、他社と手を組んでネットワークで顧客価値を実現した例として、Appleとサトー(プリンタ、プリンタ関連製品、ハンドラベラー、自動ラベル貼付機器、シールなど自動認識ソリューションを提供)が挙げられている。Appleは携帯音楽プレイヤー事業に参入するにあたって、自社を単なるプレイヤーのメーカーとは見なさなかった。もしAppleがただのメーカーであったならば、そのバリューチェーンは、部品調達⇒組立という単調なものになっていただろう。Appleは音楽レーベル(レコード会社)と手を組むことで、顧客に対して新しい音楽体験を提供することに成功した。Appleのビジネスモデル図には、一般の製造業ではまず登場しない音楽レーベルという存在が書き込まれていた。

 サトーが取り扱う製品の中には、TECをはじめとする大手企業が参入し、サトーにとっては競合相手となり得るものも存在する。大手企業との体力勝負では勝ち目が少ないため、同社は大手企業の製品をむしろシステムの一環として仕入れることで、大手企業とは同じ土俵に立たない仕組みを確立した。これにより、大手企業にとってサトーは競合他社であると同時に大口顧客となった。

 また、本書ではビジネスモデルを4つのサブモデルに分けている。すなわち、①顧客価値創造モデル、②収益モデル、③ファイナンスモデル、④人材モデルの4つである。ブログ本館の記事「DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他」で戦略立案プロセスについて整理したが、人材については、ビジネスモデルやビジネスプロセスを描いた後の戦略的打ち手として、資金調達については、将来の予測損益計算書・貸借対照表を作成した後に検討することを想定していた。このファイナンスや人材を、ビジネスモデルを構想する段階で検討しておくべきだという本書の提言は一聞に値する。

 例えば、セコムは機械警備の導入にあたって、「支払いは3か月分前金、2年契約、契約破棄にはペナルティを課す」という条件をつけた。セコムは、料金を前払いにすることで、莫大な設備投資の資金を調達することに成功した。つまり、セコムのビジネスモデルには、収益モデルだけでなく資金調達の方法についてもあらかじめ盛り込まれていたわけだ。また、本書ではサトーの中途採用を中心としたユニークな人材育成の方法についても紹介されている(ただし、それがサトーの提供する各種サービスとどう関連しているのかがやや不透明であった)。

 ○図1
企業のサブ目的

 ○図2
企業のステークホルダー

 ここからは本書に対する不満。図1についてはブログ本館の記事「【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―「にじみ絵型」の日本、「モザイク画型」のアメリカ、図2については「『一橋ビジネスレビュー』2017WIN.65巻3号『コーポレートガバナンス』―コーポレートガバナンスは株主ではなく顧客のためにある」を参照していただきたい(この2つの図は統合したい(特に、図1からは取引先が抜けている)のだが、私の怠慢で進んでいない)。

 企業がネットワークで価値を提供するという場合、そのネットワークには垂直方向と水平方向の2つがある。垂直方向には自社に対してモノを提供する取引先と、市場や社会のルールを制定する行政がある。企業は取引先を単なる仕入先、外注先として下に見るのではなく、対等なパートナーとしてどのように協業できるかを考えなければならない。また、行政に対しては、行政が市場や社会に対して課している様々な規制のうち、顧客のために変更した方がよい、または導入・撤廃した方がよいものを積極的に提案する役割が今後は求められるだろう(私はこれを山本七平の言葉を借りて「下剋上」と呼んでいる)。

 さらに、これからのビジネスモデルには、モノを提供する取引先だけでなく、ヒトを提供する家族、カネを提供する株主・金融機関、知識を提供する学校も描かれる必要があると考える。そして、取引先をパートナーとするのと同様に、これらのプレイヤーもパートナーと見なす。パートナーとして見なすということは、彼らの目的の達成を企業が支援するということである。取引先に対しては「その企業の業績が向上するために自社として何ができるか?」、家族に対しては「家族の構成員が健康を取り戻すために自社として何ができるか?」、株主・金融機関に対しては「彼らが望むリターンを獲得するために自社として何ができるか?」、学校に対しては「学校が教育ある人を輩出するために自社として何ができるか?」と問う(これを山本七平の言葉を借りて「下問」と呼んでいる)。

 図1では「サブ目的」という表現を使った。これは、企業の第一目的はドラッカーが言うように「顧客の創造」であり、前述の問いに答えることは2次的な目的であるという意味合いである。だが最近は、サブ目的というよりも、第一目的を達成するための「ルール」という表現をした方がよいと考えるようになった。企業は第一義的に顧客の創造を目指すが、その過程で例えば取引先の業績も向上させなければならない。これは必ず守らなければならないルールである。ちょうど、100m走において、目的は「速く走ること」であるのに対し、「決められたレーンの中を走らなければならない」ことがルールであるのと同じ関係である。この辺りはもっと論理的に整理が必要なので、もう少し時間をいただきたい。

 《2018年5月22日追記》
 ブログ本館で、企業の目的と従うべきルールについて整理してみました。
 【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察


 水平方向のネットワークとしては、図1にあるように、まず競合他社や異業種企業との連携がある。これは、自社の経営資源だけではカバーできない顧客ニーズを満たすための協業である。あるいは、協業を通じて顧客に対して新たな価値を顧客に提供することである。もう1つの連携先として、NPOがある。これは、企業が社会的ニーズを満たすための連携である。NPOは社会的ニーズを抱えた人々を多数抱えているが、ニーズに応えるための製品・サービスをどのように開発し、それを事業としてどうマネジメントするかについてはノウハウが乏しい。この点を補う役割が企業には期待される。いずれの連携も顧客の幅を広げるものであり、先ほど書いた企業の第一目的である「顧客の創造」につながっていく。

 このように、第5世代のビジネスモデルにおけるネットワークはかなり広範囲に及び、かつダイナミズムにあふれているのだが、本書の事例(Google、mixi、Apple、サトー、JR東日本、セコム)ではそこまで詳細な分析がなされていなかった。特に、第5世代のビジネスモデルの最大の特徴として非営利を追求する、つまり社会的ニーズを充足するという点が強調されていながら、どの事例もこの点に触れていなかったのが残念である。

 本書には「競争優位から共創優位へ」というサブタイトルがついている。ここで言う共創とは、第1には競合他社や異業種企業、NPOとの協業を通じた価値の創造であり、第2には行政に対する下剋上、自社に経営資源を提供する各パートナーへの下問を通じて達成されるものであると私は理解している。ところが、本書を読むと、googleやmixiが、ユーザの作成するコンテンツをベースに無料で資源を獲得している点を共創ととらえている節がある。いわゆるCGM(Consumer Generated Media:消費者生成メディア)のことである。確かに顧客との共創かもしれないが、これでは共創の意味をかなり限定してしまうような気がする。