中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 (NHK出版新書)中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 (NHK出版新書)
高橋 和夫

NHK出版 2016-06-11

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 《参考記事》
 内藤正典『イスラームから世界を見る』

 《参考記事(ブログ本館)》
 イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?
 山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―イスラム世界の5つの常識、他
 山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―日本はアラブ世界全体に武器を輸出した方がよい?他

 著者は、中東の混乱を安易に宗教対立で説明することに対して批判的である。
 エルサレムおよびヨルダン川西岸地区では、幾度もの紛争が起きてきた。紛争の原因は、「何教が正しいのか?」という神学論争ではない。ありていに言えば、「エルサレムを含むパレスチナという土地を誰が取るか」「ヨルダン川の水を誰が支配するのか」という”地上げ”のような問題だ。土地と水をめぐる問題である。
 とはいえ、中東において宗教集団の存在を無視することは難しく、別の箇所ではイラクに関して次のように述べている。
 もしくは、思い切ってイラクを「分割」した方が、安定に向かうかもしれない。現にイラクでは「分割」が進みつつある。北部のクルド地域が安定していることは既に述べた。スンニー派が多いイラクの中部が混乱しているわけだが、ここを思い切ってスンニー派に任せてしまう手もあるだろう。
 国民をどのように定義するのか、別の言い方をすれば、「何をもって『○○人』と呼ぶのか」という問題については、大きく分けて2つの回答がある。1つは血統主義であり、A国人から生まれた人はA国人とするという考え方である。日本は血統主義の国にあたる。もう1つは出生地主義であり、B国で生まれた人はB人とする。出生地主義はアメリカやカナダなどで採用されている。

 多くの国では、出生地主義と血統主義はほぼイコールである。日本はその典型で、日本で生まれた人はたいてい日本人から生まれている。こういう国では、国民を形成しやすく、ナショナリズムの醸成も容易である。だが、中東の場合はこうはいかない。中東の人々は元々遊牧民であり、土地を重視しない。今でも中東にはちゃんとした住所が存在しない地域が多い。中東で「○○人」という意識を持たせているのは血統主義しかない。そこに、欧米流の土地重視のナショナリズムを持ち込んで、国境線を強引に引いたことが、中東の混乱の原因となっている。

 中東では、土地に縛られない国家のあり方が模索されるべきだと思う。まずは、先ほど述べたように血統主義に従い、部族を形成することである。しかし、部族単位では国家を形成するだけの大きさにならない。外敵から部族民を十分に守ることができない。そこで、複数の部族をまとめて1つの国家にする必要があるのだが、それを可能にするのは、やはり宗教の力だと思う。複数の部族を内包する部族集団が1つの国家を形成し、宗教を中心としてナショナリズムを醸成する。ただし、どの国も特定の領土を持たない。中東には多数の国家が入り乱れ、誰も正確な地図を描くことができない。だが、その方がかえって中東は安定する。
 もしかしたら、超長期の未来において、中東は植民地支配以前の状態に戻るかもしれない。つまり、イランやエジプト、トルコといった歴史性を持つ国家は残るにしても、それ以外の地域はより細分化された”諸部族”の時代に帰る―。これもまたあり得ない話ではない。そうなれば、近代国家の概念で捉えられるような明快さはもはや存在しない。複雑で、多様で、曖昧とした世界が常態化する。