週刊ダイヤモンド 2016年 5/14 号 [雑誌] (カリスマ退場 流通帝国はどこへ向かうのか)週刊ダイヤモンド 2016年 5/14 号 [雑誌] (カリスマ退場 流通帝国はどこへ向かうのか)
 

ダイヤモンド社 2016-05-09

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 鈴木敏文氏がセブン&アイグループから去った。直接の原因は、セブンイレブン・ジャパン社長である井阪隆一氏の解任案が取締役会で反対されたこととなっているが、トップダウン型の経営で過去にも色々と軋轢を生んできたであろうと容易に想像できる鈴木氏が、この1件だけで引退するとは到底思えない。83歳という年齢など、他にも様々な要因があったに違いない。

 さて、セブンイレブンと言えば、「仮説と検証」のサイクルを徹底的に繰り返すことで高業績を上げてきたとされる。競合他社と日販を比べてみると、ローソンやファミリーマートが50万円台であるのに対し、セブンイレブンは65.6万円とずば抜けている。セブンイレブンの各店舗には、商圏の人口・世帯構成などの基礎情報に加え、過去に発生した商圏特有のイベント、その時の天候と各商品の売上実績など、ありとあらゆる情報がある。その情報を基に、「今日はこういうイベントがあるが、天気が若干悪いので、この商品はこのぐらい売れるはずだ」という仮説を立てて商品を発注する。そして、実績値が確定すれば、仮説の修正を行う。

 ただ、冒頭でも書いたように、セブン&アイグループは鈴木氏が長年トップダウン経営で牽引してきたグループでもある。セブン&アイ・ホールディングス社長に就任することとなった井阪氏は次のように述べている。
 鈴木会長は偉大な方で、まねができる人はこの世にいないでしょう。従ってこれからは、顧客が何を必要としているかを、組織全体で考える体制に変えないといけない。(中略)そういう意味では、トップダウンとボトムアップの組み合わせが重要になるでしょう。
 ということは、今までは顧客が何を必要としているかは鈴木氏が考えており、トップダウンで社員に実行させていたことを意味する。セブンイレブンは「仮説と検証」を地道に繰り返していると聞くと、組織の自律的な学習能力がさぞかし高いのだろうと思ってしまう。しかし、実態は鈴木氏の専制であり、どうも相容れない。
 2014年11月、その(※イトーヨーカ堂とそごう・西武とのコラボ)1つとして紳士物のシャツの販売を開始したのだが、「3万枚」という販売計画に、セブン&アイの鈴木敏文会長がぶち切れた。鈴木会長いわく、「ユニクロは1商品で最低100万枚売るんだぞ。3万枚なんて少な過ぎる!」と。結局、販売計画はこの鶴の一声で覆され、新たに「10万枚」の計画で話は収まった。

 ところが、本当の問題はこの後に起こった。現場から、「それほど芳しい結果が出なかった」との報告が上がっていたにもかかわらず、鈴木会長に取り巻きたちが、「好調に売れている」と偽って報告したというのだ。
 そごう・西武からは「同一価格で同一商品を導入しろという鈴木会長の一声でセブンプレミアムを導入させられたが、やはり百貨店の顧客には期待したほど売れていない。独自路線を歩ませてほしい」との声が上がる。
 仮に、セブンイレブンの「仮説と検証」の文化が他のグループ企業にも浸透していれば、こんなことは起こらなかっただろう。

 実のところ、セブン&アイグループはセブンイレブン1社で持っているようなグループであり、不採算企業も多い。本誌によれば、セブン&アイホールディングスの連結営業利益は3,523億円であるが、そのうちセブンイレブンだけで3,041億円を叩き出している。これに対して、イトーヨーカ堂は139億円の営業赤字、ニッセンホールディングスは133億円の営業赤字である。本当に「仮説と検証」に強いのだとすれば、こんなに大きな赤字を出すことは考えにくい。

 非常に意地悪な見方をすれば、実はセブンイレブンの高業績の秘訣は、「仮説と検証」とは別のところにあるのではないかとも考えられる。すなわち、鈴木氏の”天性の勘”でである。天性の勘であるから、大当たりもあれば大外しもある。これまではたまたま、大当たりがセブンイレブンに集中していた。その代わり、大外しのツケが全て他のグループ企業に回ってしまったというわけである。

 ただ、これではあまりにも意地悪すぎるので、もう少し別の考え方もしてみよう。セブンイレブンはほぼ毎日のように顧客が来るため、膨大なトランザクションデータが得られる。そのデータを分析すれば、精度の高いインテリジェンスを導くことが可能だ。これに対して、イトーヨーカ堂(の中でも特に不振と言われる衣料品部門)やニッセン、そごう・西武は、コンビニに比べると顧客の購買頻度が大きく下がる。だから、データ重視の経営が通用しにくい。よって、顧客の潜在ニーズを丁寧に拾い上げるには、もっと別のアプローチが必要になるのだろう。