超高齢社会の基礎知識 (講談社現代新書)超高齢社会の基礎知識 (講談社現代新書)
鈴木隆雄

講談社 2012-01-20

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 (1)本書では、医療従事者の8割が「延命のための胃瘻(ろう)による栄養補給」に反対していることが紹介されている。だが一方で、実際には胃婁による延命措置が止められない医療現場の実情にも触れている。

 欧米では、胃瘻による延命措置はほとんどないそうだ。「食べられなくなった時は神に召される時」という宗教的な意識が関係している。欧米人は未来のある一点にゴールや終着点を設定し、そこから逆算して現在をどう生きるかというバックキャスティング的な発想をする。だから、死は人間が逃れられない終点であることが最初から自然と受け入れられている。

 これに対して日本人は、欧米人のような未来志向ではなく、現在志向である。しかも、芸術分野における「道」という概念に現れるように、特定のゴールを持たず、現在を限りなく改善し続けることが美徳とされる。明日は今日の延長にある。だが、明日は今日と同じではなく、努力すれば今日とは少し違う明日を見ることができるかもしれないと期待する。こういう発想が医療現場に持ち込まれると、延命措置が止められないということになるのかもしれない。

 (2)本書に言及があるが、厚生労働省「終末期医療に関する調査」(2008年)によると、60パーセント以上の国民が終末期における自宅療養を望んでいるという。こうした要望に応えるためにも、在宅医療体制の構築が急務である。

 だが、賃貸に住む高齢者が自宅で死亡すると、どうしても物件の価値が下がる。よって、不動産会社としては、できるだけ病院で最期を迎えてほしいと考えるかもしれない。事実、高齢者に部屋を貸すことを嫌がる不動産会社もあると聞く。日本の総世帯数約5,200万世帯の内訳は、以下のように推計されている(国土交通省「平成26年度 住宅経済関連データ」<7>住宅政策の展望と課題 1.本格的な少子高齢化社会の到来 (3)高齢者世帯の推移 より)。

 ○高齢者世帯(世帯主が65歳以上)・・・1,889万世帯
  -単身世帯・・・601万世帯
  -夫婦のみ世帯・・・621万世帯
  -その他・・・667万世帯
 ○その他一般世帯・・・3,402万世帯

 総務省「平成25年住宅・土地統計調査」(2014年7月29日)によると、高齢者のいる夫婦のみ世帯で共同住宅に住む割合が18.9%、高齢者単身世帯で共同住宅に住む割合が38.0%となっている。国土交通省のデータと合わせて計算すると、約460万人の高齢者が共同住宅に住んでいることになる。

 居住者が室内で死亡しても物件の価値が下がらないように日本人の意識を変えるという手もあるが、これはなかなか難しい。病院から在宅へという流れと同時に、このような数字を踏まえて、病院でも適切に最期を迎えられるように体制を整備することが重要であるように思える。

 (3)本書によれば、生活習慣病による死亡率のピークは70~75歳だという。疾病予防の観点からすると、この年齢以前に予防対策を打つことが重要となる。ところが、日本の場合は疾病予防対策が既に飽和状態で、これ以上対策を打っても死亡率を下げることはできないそうだ。

 代わりに、70代以降で重要になるのが介護予防である。75歳になると身体機能が急激に衰える。男性は血管系が、女性は骨肉系が弱くなる。顕著に衰えが現れるのが歩行スピードである。歩行速度が1秒間に1メートルを切ると、青信号で交差点を渡り切ることができない。すると、外出がおっくうになり引きこもりがちになる。その結果、社会的な関わりが減って認知症になりやすくなる。また、家の中でも転倒することが増え、骨折などによって寝たきりになるリスクが高まる。

 要介護状態をできるだけ先送りにするためには、適度に運動をし、適切な食事を摂ることが重要となる。本書では、70代以上の高齢者を対象に、運動療法や食事療法を行うと、どの程度効果があるのか研究を行った結果がいくつか紹介されている(運動や食事が有効であることは直感的にも明らかなのだが、実際に医療・介護制度に反映させるためには科学的なエビデンスが必要であり、厳密な実証が求められるという。なかなか大変な作業である)。70代になってからの予防で間に合うのかと疑問だったのだが、研究によれば十分な効果があるそうだ。

 ここからはやや暴論になるがご容赦いただきたい。介護予防に加えて、私は「高齢者が自分勝手な性格にならないように自制する訓練」を高齢者側に要求したいと思う。最近、私の親ほど年齢が離れた人と仕事する機会が増えた。彼らの職務経験・人生経験には私も敬意を払っているつもりだ。しかし、電車の中で携帯電話で話をする、職場で携帯電話をマナーモードにしない、相手が自分より年下だと解ると相手が社長であっても敬語を使わなくなる、自分の経験を盾にとって高圧的な態度に出る、といった点はどうも我慢がならない。

 仕事以外でも、カフェで大声で話す(日中から酩酊しているのかと思うほど汚い声と汚い言葉遣いで話している)、飲食店でくちゃくちゃと音を立てて食べる、食事後に歯の隙間からチューチューと空気を吸って食べかすを取り除こうとする(配偶者は日頃からそういう行為を注意しないのか?と思ってしまう。ひどい時は夫婦揃ってチューチューと音を立てている)など、がっかりさせられることがある。

 こういう習慣は長年の蓄積の結果であるから、介護予防のように短期間で効果が出るとは考えにくい。取り除くには本人に相当の自制心が必要だと思われる。