TPP参加という決断 渡邊 頼純 ウェッジ 2011-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者の渡邊頼純氏は、日本・メキシコEPA(経済連携協定)で首席交渉官を務めた方である。TPPは一言で言えば関税を原則として全て撤廃する取り決めである。そもそも、なぜ関税が存在するのか、少しだけ考えてみた(あくまで推測)。
数百年前、まだ世界各国がほとんど経済発展していない時代には、どの国も似たような製品・サービスを製造していた。ある国の製品・サービスは、別の国の同じ製品・サービスと真正面からぶつかり合う。この状況で、他国からの輸入を無制限に受け入れると、国内の産業が崩壊する。しかも、当時は今ほど製品・サービスのバリエーションが多くないため、崩壊した産業を別の産業に移行することが難しい。国内産業の崩壊は、そのまま国家の崩壊を意味する。それを防ぐため、どの国も高い関税をかけて自国産業を保護したと考えられる。
だが、現代世界は経済成長のステージが全く異なる様々な国から構成されている。また、製造される製品・サービスも昔とは比べ物にならないほど多様だ。よって、ある国の製品・サービスが別の国でも同じように製造されている可能性は低くなった(もちろん、ゼロではないからTPP交渉は難航した)。あらゆる国には、製品・サービスの得意、不得意があり、それは国によってバラバラである。この状況では、関税がかつてほどの意味を持たない。むしろ、関税をなくして、比較優位論に基づく相互補完関係を構築した方が、世界経済は効率的になる。
上図はブログ本館で何度か用いたものである(この図自体ははなはだ不完全であり、補足説明を「日本とアメリカの戦略比較試論(前半)|(後半)」などで書いたので、そちらも参照)。左上の象限に強いのがアメリカ、右下の象限に強いのが欧州と日本、左下の象限に強いのが新興国と、現在の世界は大まかな役割分担ができている(※)。新興国は左下、すなわち品質要求がそれほど高くない必需品分野で産業を構築し、世界中へ輸出する。それにより経済が大きくなると、今度は右下の品質要求が厳しい必需品分野へと投資し、高付加価値化を図る。
左上に強いアメリカは、イノベーションによって新製品・サービスを生み出す。それらは最初は必需品ではない。しかし、時間が経つにつれて、そのうちの一部は必需品となり、左下や右下の象限に移行する。右下の象限にいる欧州や日本は、成長する新興国の挑戦を受けるものの、アメリカが品質要求の厳しい必需品を創り出してくれることで、産業の転換を図ることが可能となる。これは非常に大雑把な図式だが、TPPはこういう分業体制を加速させるのではないだろうか?
(※)もちろん、先進国のグローバル企業でも右下の象限に強い企業はある。そのようなグローバル企業は、新興国の地場企業と激しいコスト競争を繰り広げる。だが、グローバル企業は本社機能などがもともと高コストであるため、現地企業とまともに勝負しても勝ち目がない。そこで、新興国内の中堅企業をパートナー企業とし、彼らを安く買い叩いて製造コストを引き下げる。それが行き過ぎると、労働法無視、人権無視だとNPO・NGOなどからしばしば批判される。