実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント 高原 彦二郎 陳 軼凡 日本経済新聞出版社 2011-05-14 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本にいるとストライキを経験することはまずないが、海外で事業展開する上では、ストライキが1つの重要な労務リスクとなる。ASEANに目を向けると、フィリピン(ストライキの件数=8(2010)⇒2(2011)⇒2(2012)⇒1(2013))、タイ(同=8(2010)⇒2(2011)⇒2(2012)⇒1(2013))は比較的件数が少ないのに対し、インドネシア(同=192(2010)⇒196(2011)⇒51(2012)⇒239(2013))やベトナム(同=423(2010)⇒981(2011)⇒468(2012)⇒327(2013))では件数が非常に多くなっている。また、正確な数値情報が入手できていないのだが、カンボジアやミャンマーでも労働争議が増えているとの情報も耳にする。
もっとも、ASEANにおけるストライキの対象となっているのは中国・台湾・韓国系の企業であり、日系企業がターゲットとなることは少ない。日本企業は社員を大切にする経営を昔から実践している一方で、中国・台湾・韓国系の企業は、社員を物のように扱って使い捨てにする傾向があるため、ストライキが発生する。ただ、だからと言って、日本企業が絶対にストライキの対象にならないとは言いきれず、ストライキへの対処方法を知っておくことは有用であろう。本書は中国における事例を扱っているが、対処方法はアジア全般で共通であると考える。
ストライキが発生する直接的な原因は様々である。代表的なものは、企業から不当に解雇された、解雇補償金が安すぎる、というものである。また、上司からの評価が不当に低い、人事考課の結果が不服であるというのもストライキにつながりやすい。それ以外には、使用期間後に採用してもらえなかった、派遣社員の首を切られた(国によっては、派遣社員が派遣先企業の労働組合に加入する)、就業規則は企業側が一方的に決めたものであり、内容に納得できない(例えば、競業禁止や秘密保持の規定が厳しすぎる)、といったケースがある。
本書では、ストライキを解決する糸口をコミュニケーションに求めている。まず、ストライキが長期化する要因であるが、著者は「インナーコミュニケーション」と「アウターコミュニケーション」の2つに分けて解説している。
インナーコミュニケーションの1つ目としては、労働組合とのコミュニケーション不足が挙げられる。これが十分でないと、社員の仕事や職場環境、待遇などに関するニーズを把握することができず、ストライキが長期化する。インナーコミュニケーションの2つ目としては、社内の適切な情報ルートが確立されていないことが指摘できる。ストライキには必ず影の首謀者がおり、彼らが労働組合や社員を扇動しているものである。影の首謀者を特定するための社内の情報ルートを確保しておかないと、彼らの真の動機がつかめず、ストライキ解決が難航する。
アウターコミュニケーションの1つ目としては、労働組合の上部組織とのコミュニケーションが挙げられる。例えば、インドネシアにはKSPI(インドネシア労働組合総連合)という上位組織があり、ストライキが生じた場合には彼らの協力を仰がないと、ストライキを鎮静化することができない。アウターコミュニケーションの2つ目としては、地元政府や行政とのコミュニケーションを指摘することができる。地元政府や行政とのコミュニケーションが不足していると、ストライキ解決にあたって彼らから必要な協力を引き出すことができない。
以上は、ストライキが長期化する要因であるが、できることならばストライキを未然に防ぎたいものである。ここでも著者は、インナーコミュニケーションとアウターコミュニケーションの重要性を強調している。
インナーコミュニケーションとしては、労働組合が茶話会や食事会などを実施して社員のニーズや苦情を吸い上げ、経営陣と共有する仕組みを作り上げることが大切である。相談窓口という箱を作るよりも、お茶や食事をしながらの方が、社員も自分の意見を言いやすい。そして、経営陣は社員の声を聞いた以上は、それに対して何らかのアクションを起こす。すると、社員は「労働組合に話を持っていけば、経営陣が聞く耳を持ってくれる」と思ってくれるようになる。こうした空気を醸成した後に、経営陣が社員と直接対話する場を設けるとなお有効である。
時折、社員のニーズや苦情を吸い上げるために「目安箱」のようなものを設置するケースがあるが、これはあまりお勧めできない。というのも、目安箱を設置すると、「我が社は『目安箱』を置かないと重要な情報が上層部に伝達されない組織である」という誤ったメッセージを社員に送ってしまうからだ。また、目安箱に入れられる意見の大半は罵詈雑言、読むに堪えない悪口であり、精神衛生上もよくない。さらに、匿名で意見を投票したはずなのに、「あの意見を書いたのは一体誰なのか?」と犯人探しが始まり、かえって職場の雰囲気が悪化する。
アウターコミュニケーションで重要なのは、第一に地域政府や行政と日常的に良好な関係を構築しておくことである。特に行政に関しては、日頃から様々な監督・監査を受ける。こうした監査などに対して、企業として真摯に協力しておくと、いざストライキが起きた時に行政からの協力が得られやすい。第二に、自社が「企業市民」であるというメッセージを発信することである。言い換えれば、「我が社の利益は地域の利益と一致している」ことを強調する。そのメッセージを具体化したアクションとして、地域のボランティア活動に企業として参加する、地元の学校に寄付をする、などといった行動をとることが有効である。