月刊正論 2018年 03月号 [雑誌]月刊正論 2018年 03月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2018-02-01

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 安倍:拉致問題に取り組んでいる私に対し、「変わっている」という視線が自民党の中でもあったのは事実です。安倍政権が6年目を迎える今においても解決できていないのは痛恨の極みですが、安倍政権の使命としてこれからも全力を傾けて行きたいです。
(安倍晋三、櫻井よしこ他「戦後のタブーを破れ!安倍政権」)
 安倍首相が早くから拉致問題に取り組んできたことは、著書『美しい国へ』で述べられている。だが、第2次安倍政権になってから6年近くが経っても、拉致問題は解決するどころか、一歩も進展していないように感じる。3月に南北首脳会談が行われ、4月の終わりから5月の頭にかけて米朝首脳会談が開催される見通しとなった。拉致被害者はこれを「千載一遇のチャンス」ととらえているようだが、残念ながら米朝首脳会談で拉致問題が解決することはないだろう。

美しい国へ (文春新書)美しい国へ (文春新書)
安倍 晋三

文藝春秋 2006-07

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 アメリカが目指すのは北朝鮮の非核化である。外交における交渉とは、お互いに対称的な手持ちのカードを切り合うことであるから、非核化を要求された北朝鮮はアメリカに相応の見返りを求める。その見返りとは在韓米軍の撤退である。そうすれば、北朝鮮はアメリカの脅威を朝鮮半島から消すことができる。

 ところで、南北首脳会談の時に、金正恩委員長は満面の笑みを浮かべていた。韓国・文在寅大統領の親書の内容に十分に満足したからであろうが、それは「韓国は将来的に韓米同盟の破棄を検討する」という密約が含まれていたためではないかと推測する。アメリカもそのぐらいのことは解っていて、在韓米軍を撤退させれば米韓同盟の破棄につながり、ゆくゆくは南北が統一されると思っている。それでも、非核化を優先するならば、韓国を見捨てる可能性もある。そして、非核化が実現すれば、アメリカは北朝鮮に課していた制裁を解除する。

 ここでのポイントは、アメリカが課している制裁は、北朝鮮の核が原因であるという点である。前述のストーリーの通り、アメリカは「核を放棄すれば、(その核が理由となっている)制裁を解除してやる」と考えている。そこに日本が非対称な拉致問題を持ち込むと、交渉がおかしなことになる。「核と拉致の問題を解決すれば、核が理由となっている制裁を解除してやる」という奇妙奇天烈な論理になってしまう。下手をすれば、北朝鮮が態度を硬化させ、実現の可能性もあった非核化すら水泡と化す恐れがある。だから、日本がアメリカに便乗してこの機会に拉致問題を解決しようというのはあまりに無謀かつ危険である。

 トランプ大統領は拉致問題に一定の理解を示しているように見せかけているが、大半のアメリカの政治家とアメリカ人にとっては、日本の拉致問題など関心がない。だから、日本は別のアプローチで拉致問題を解決するしかない。

 日本は、国連人権理事会などで、EUとともに北朝鮮の人権問題を取り上げてきた。日本は、拉致問題という狭い範囲でこの問題をとらえるのではなく、拉致問題よりももっと根が深い北朝鮮の人権問題について、国際社会と連携し(「国際社会と連携」という言葉は安倍首相がよく使うが、所詮は「アメリカとの連携」を意味するにとどまっている)、安保理決議へと持っていく必要がある。ただし、このアプローチを取る場合、日本だけが抜け駆けして拉致問題を解決することは困難になる。北朝鮮の人権問題の被害となっている全ての国と連携し、被害の実態について十分な理解を示し、各国の歩調を揃えなければならない。安倍首相に、いや今の日本の政治家に、この一大プロジェクトを主導できるだろうか?

 拉致問題は「解決できない」のではなく、拉致問題は「解決したくない」のだと言う人がいる。最も簡単に思いつく理由としては、拉致問題が票になるからであろう。不破利晴「安倍首相は解決を望んでいない!? 北朝鮮による日本人拉致問題の『闇』」(『MONEY VOICE』2016年7月10日)にはこう書かれていた。
 拉致被害者は政治家の「集票マスコット」
 さらに政治家に至っては始末に負えない。政治家と握手をしようものなら必ず写真を撮られ、翌日のHPにはアップされてしまう。「私は拉致問題に取り組んでますよ」といった政治家のPRに利用されてしまうのだ。

 また、講演会をやろうものなら、どこで聞き及んだのか地元の政治家が挨拶をさせてくれと押しかけ、それで握手をしたと思ったら講演も聞かずに帰ってしまう。

 同様に、政治家に講演に来てくれと呼ばれれば、その政治家の政策報告会とセットになっている。蓮池透氏はまるで政治家の“集票マスコット”のようだったと告白している。
 だが、これだけ拉致問題が長引くと、国民の関心も薄れてしまい、拉致被害者とその家族にとっては酷な話だが、票を集めるネタにならなくなる。となると、日本政府や政治家、官僚の間にかなりの数の北朝鮮工作員が紛れ込んでいて、拉致問題が解決すると困る人が相当数いるのではないかという仮説が頭をもたげてくる。ただ、これはあまりにダークな世界であり、今の私の手には負えない。