TPPで日本は世界一の農業大国になるTPPで日本は世界一の農業大国になる
浅川 芳裕

ベストセラーズ 2012-03-16

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 彼らが「農業壊滅論」を主張する”公式の”根拠となっているのが、農水省が2010年10月、当時の菅政権がTPP参加検討を表明した直後に発表した数値だ。「農産物生産額が4.1兆円減少、食料自給率が14%に低下する」という試算である。(中略)コメの生産減少額だけで、4.1兆円のうち約半分の1兆9700億円を占めるという。この金額は、最新のコメの生産額1兆5517億円(農水省「2010年農業総産出額」)より大きい。TPPに参加すると、日本のコメ農家は収穫したコメを全てタダで配ったうえに、マイナス分の4183億円を蓄えから差し出さないと合わない。
 2010年の農林水産省はなぜこんなガバガバな試算を公開したのだろうか?ひょっとすると、試算チームの中にTPP賛成派が隠れていて、農林水産省に恥をかかせて世論をTPP賛成に傾けようと仕向けたのではないか?と勘ぐってしまう。同じ試算では、TPPによって340万人の農業雇用が失われるとされている。ところが、2014年の農業就業人口は226.6万人であるから、やはり辻褄が合わない。

 農林水産省は何かにつけて食料自給率を持ち出すが、日本の食料自給率は虚構である。まず、カロリーベースで統計を取っているのは、先進国で日本だけだ。野菜と畜産物では畜産物の方がカロリーが高いから、いくら野菜の国内生産を増やしても、畜産物の輸入が多ければ、食料自給率は上がらない。しかも、畜産物の計算にはからくりがある。畜産物は大量の飼料を消費する。その飼料が輸入品の場合は、生産される畜産物も輸入品扱いになるのである。だから、日本の畜産農家がいくら頑張っても、食料自給率は上がらない。

 畜産物が飼料を必要とするように、農産物は肥料を必要とする。肥料の原料となるリン酸やカリは世界に遍在しており、日本では採取できない。よって、肥料を完全に国産で作ることは不可能である。ところが、肥料(および肥料の原料)が輸入品であっても、農産物は輸入扱いにならない。この点だけを取り上げても、食料自給率は恣意的な数字であることが解る(仮に輸入肥料で作った農産物を輸入品扱いにしたら、食料自給率は恐ろしく低くなるに違いない)。

 さらに、昨日の記事「廣宮孝信、青木文鷹『TPPが日本を壊す』」でも書いたように、農林水産省は国内産のコメを減反政策で減らす一方、輸入小麦の消費を増やそうとしている。自分で食料自給率を押し下げておきながら、食料自給率が低くて大変だと騒いでいるのが今の農林水産省である。

 上記の記事で、TPPはグローバル規模の水平分業体制を作るものだと書いた。ただ、もう少しつけ加えると、私は日本が少しでも比較劣位にあるものは全て海外からの輸入に頼り、日本は圧倒的な比較優位にあるものだけに集中すればよい、と単純に考えているわけではない。まずは、あらゆる製品・サービスを可能な限り日本国内で作ることを第一とする。その上で、どうしても国内で供給できないものは海外から輸入するのが望ましい、というスタンスである。

 そう書くと、食料自給率を上げるべきではないか?と言われそうだが、ちょっと違う。食料自給率の向上を絶対化してはならない。国内の需要は人口動態、嗜好の変化などを踏まえるとどのように推移するか?それに対して、国内の供給能力はどの程度か?需給ギャップが生じるものは何で、それはどのくらいの量なのか?不足分はどの国からどのくらい輸入すればよいのか?その国と良好な関係を構築するにはどのような政治的働きかけをするべきか?と戦略的に考え、国民が食に困らない体制を構築することが必要だと言いたいのである。
 TPPで関税撤廃+国家マージンがなくなると、海外小麦は国際価格のキロ20円前後で取引されるようになる。これに引きずられる形で、国産価格もキロ20円かそれ以下に落ちる。その結果、生産額はざっと200億円程度に減少するが、メイン収入源の補助金が残るとすれば(政府はTPP対策で増額の方向性)、農家の手取りで言えば1、2割減る程度だ。
 農家向け補助金の扱いが今回のTPP交渉でどのように決まったのかはよく解らない。だが、自由貿易を推進するというTPPの趣旨に照らし合わせれば、過度に安い価格設定が可能となる補助金は廃止になるはずだ。安倍総理は、平成27年度補正予算でTPP対策費として農家向け補助金を計上する考えである。これは、今回の交渉で例外的に認められたことなのだろうか?
 WTOの枠組みによる多国間交渉が進展しない一番の理由は、先進国の農業補助金の存在である。裕福な先進国は毎年3000億ドルを農業補助金に使っており、その分、途上国は主要産品である農産物の輸出市場を失っている。
 アメリカやフランスが食料自給率100%以上を達成し、余剰分を世界中に輸出しまくっているのは、政府が多額の補助金をつけているからだと言われる。だが、引用文の書きぶりを見ると、そういう補助金は今後通用しなくなる可能性が高い。

 我々国民は、「我々の税金で農家が補助金漬けになっている」としばしば批判する。しかし他方で、その補助金漬けになっている農水畜産物を日々口にし、恩恵を被っているという事実を忘れている。我々も、意図的ではないにせよ、市場競争を歪めることに加担しているのである。我々はTPPによって、そういう心根の悪い消費から脱却することが求められているかもしれない。