はじめての言語学 (講談社現代新書)はじめての言語学 (講談社現代新書)
黒田 龍之助

講談社 2004-01-21

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 「言語学」というと、世界各国や諸民族の言語の文法的な分析、構造的特徴の成立過程、言葉の語源などを研究する学問だと勝手に思い込んでいたのだが、本書によるとどうやら違うらしい。言語学では「音」にこだわる。世界中の音を示すために、「国際音声字母(IPA:Inernational Phonetic Alphabet)」という国際規格が用いられる。我々が英語の授業で学習した発音記号がこれに該当するが、言語学では発音記号とは言わずIPAと呼ぶ。

 世界には様々な音があり、舌打音が言語音として用いられている場合もある。もっと変わった音に放出音というものがある。まず、お腹に力を入れて喉の奥の声門を閉じる。次に、肺から上がってくる空気を溜める。そして、その圧力で声門を押し開くと、喉の奥から「ポコン」、「グエ」といった音が出る。こういう変わった音も含めて、言語学者はIPAが定める音を出せるようになる必要があるそうだ。若い学者たちは、空いた時間を見つけては人知れず音の練習をしているらしい。

 以下、本書から得られた面白い発見を3つ。

 ・「単語」という言葉を国語辞典で引くと、「文法上の意味・職能を有する、言語の最小単位」と定義されているが、言語学的には全く違うらしい。例えば、Every morning my wife drinks coffee.という文は、6つの単語から成り立つが、意味のまとまりは6つではない。言語学では、drinksをdrinkと-sに分ける。drinkは語彙を表し、-sは文法を表す。最も小さな意味の単位を、言語学では「形素態」と呼ぶ。

 ・比較言語学によって、祖先を同じくする言語や、言語同士の親戚関係など、言語のつながりが明らかになった。同じグループに属する言語群を「語族」と呼ぶ。ところで、私が高校生の時には、世界史の授業で「アルタイ語族」というものを習った。私が今でも持っている山川出版社の『詳説世界史』(1998年)には、アルタイ語族に属する言語として、トルコ語、モンゴル語、ツングース語、朝鮮語(朝鮮語だけは「?」がついている)が挙げられている。

 ところが、著者によれば、アルタイ語族などという語族は言語学的に認められていないそうだ。中には、アルタイ語族がウラル語族(ハンガリー語、フィンランド語、モルドヴィン語、エストニア語)と密接な関係があるとして、ウラル・アルタイ語族と呼ぶ人がいるが、当然これも誤りである。ウラル・アルタイ語族には韓国・朝鮮語、さらには日本語まで含まれるという説は、もっと大きな間違いである。

 ・これは小ネタ。「蒲焼」のことを我々は「カバ」と「ヤキ」に分けて考えたくなる。著者が調べたある国語辞典では、「もとウナギを縦に串刺にして丸焼にした形が蒲の穂に似るから」と説明されていた。しかし、著者の調査によれば、本来は「か(香)ばやき(早き)」であったそうだ。それがいつの間にか分け方が変わって、「カバ」と「ヤキ」になってしまった。こういう解釈を言語学では民間語源と言う。