こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,000字程度の読書記録などの集まり。

ASEAN

石川幸一、助川成也、清水一史『ASEAN経済共同体と日本―巨大統合市場の誕生』―6億人の単一市場と見ることが苦手な日本企業


ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生
石川 幸一 助川 成也 清水 一史

文眞堂 2013-12-13

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 2015年12月31日にASEAN経済共同体(AEC:ASEAN Economic Community)が発足した。主たる目的はASEAN域内の関税をなくし、単一市場・単一生産拠点を実現することにある。AECにより、EUの約5億人を上回る約6億人の巨大な市場が誕生する。もっとも、ASEANでは以前からAFTA(ASEAN自由貿易地域)の交渉を通じて関税撤廃が進んでおり、CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)を除く6か国では既に関税ゼロが実現している。残りの4か国についても、2018年をめどに関税が撤廃される予定である。

 一般的に、企業の国際化には大きく4つの段階がある。まずは、①ある1つの国・地域に進出する。②①が上手くいけば、複数の国・地域に進出し、各国・地域の事情に合わせた製品・サービスを提供する。③さらなる成長を目指すには、規模の経済を活かすために、グローバル規模で標準化された製品・サービスを開発し、世界中に展開する、④グローバル市場が成熟してくると、各国・地域の細かいニーズを取り込んでローカライゼーションを行う、というものである。

 ところが、最近のグローバル企業は、①や②をすっ飛ばして、いきなり③から始めることが多い。アメリカのグローバル企業はその典型である。他にも、北欧(デンマーク、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)の企業は③から始めることがある。北欧はいずれも人口規模が小さいため(4か国を合わせても約2,500万人しかいない)、企業は国内市場をあてにせず、すぐに海外に向かう。その際、シンプルなデザインに価値を置き、ローカライズをほとんどしない。デザインがシンプルで、カスタマイズをしないわけだから、低コスト・高収益経営が可能となる。イケアがその一例である(『週刊ダイヤモンド』2015年3月14日号より)。

週刊ダイヤモンド 2015年3/14号 [雑誌]週刊ダイヤモンド 2015年3/14号 [雑誌]
ダイヤモンド社 週刊ダイヤモンド編集部

ダイヤモンド社 2015-03-09

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 意外なところで③から始めるのが上手なのがイスラエルの企業である。イスラエルのグローバル企業は、大規模な多国籍企業が魅力と感じず、地元企業が十分に対応できないといった機会が存在する国や地域に標準を合わせる。別の言い方をすると、ニッチすぎて大企業の関心を引かないが、全世界の各市場をつなぎ合わせると相当規模のチャンスになるようなセグメントを選択する。そして、目立たないやり方でゆっくりと、この中間領域に浸透していく。

 イスラエルの企業にこのようなグローバル経営が可能なのは、経営幹部の多くがイスラエル国防軍(IDF)出身であり、高度な戦術に長けていることも関係している(ジョナサン・フリードリッヒ、アミット・ノーム、エリー・オフェック「多国籍企業と地元企業が不在の「中間領域」を支配する グローバル化の秘訣はイスラエル企業に学べ」〔『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2015年2月号〕より)。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2015年 02月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2015年 02月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2015-01-10

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 翻って日本企業のことを考えてみると、日本企業はいきなり③から始めるのが非常に苦手なのではないかと感じる。日本企業は、市場にべったりと張りつき、顧客に密着して個別ニーズに丁寧に対応していく傾向がある。したがって、海外展開する場合も、1か国ずつ着実に進める道を選択する。近年よく耳にする、「チャイナ・プラスワン戦略」、「タイ・プラスワン戦略」といった言葉がそれをよく表している。いきなり③から始めるには、個別の顧客ニーズの相当部分を犠牲にして製品・サービスを標準化する必要があるが、日本企業の文化からしてそれはなかなか受け入れられない。だから、AECによってASEANが単一市場になっても、日本企業は相も変わらず1か国ずつ攻略することになるのだろうと思う。

小堀景一郎、政岡英樹他『アセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイント』―ブルネイのポイント


アセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイントアセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイント
小堀 景一郎 政岡 英樹 山田 恵子 大野 壮八郎 太田 育宏 中村 洋子 山地 ゆう子

清文社 2012-01-25

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 ブルネイ(ブルネイ・ダルサラーム国)は、人口が約40万人、面積が約5,770平方キロメートル(三重県とほぼ同じ)、経済の中心が石油産業という小国であり、日本企業もほとんど進出していないことから、ASEANの解説本からは外されることが多いのだが、本書はブルネイについても触れており興味深かった。そのブルネイの労務管理のポイントについてのメモ書き。

 ・政府は2011年、180日以上働いている、ブルネイ法により合法的に結婚している公務員の女性に対する産休を8週間から産前2週間産後13週間の15週間に延長した。同規則は、民間部門におけるブルネイの市民と永住者の女性に対しても適用される。国際労働機関(ILO)の勧告では、2000年6月に12週間の出産休暇を14週間に引き上げたが、ブルネイの15週間はこの基準を上回っている。

 ・労働組合法では、団結権、団体交渉権について規定されているが、団体行動権については明記がない。これは日本で言うところの労働関係調整法にあたる法律が存在しないことが影響している。そもそもブルネイには労働組合がほとんど存在せず、ストライキも発生していない。

 ・ブルネイ市民の半数は政府機関に勤務しており、労働条件も国で定められているため、労働紛争の対象となるのは外国人労働者が多数となる。2009年より労働法の改正を行った結果、外国人労働者の紛争案件が改善されて、未払い賃金などの労働紛争が激減している。

 ・よく知られていることだが、ブルネイには個人所得税がない。また、無料の教育・医療制度が特色で、年金制度は北欧並みの社会保障と言われる制度の中で運用されている。法人税はあるが、進出企業は申請を行えば、法人所得税、機械輸入税、原材料輸入税が最大11年間免除となる。

 ・ブルネイの医療保険制度の下では、ブルネイ市民は無料で医療サービスを受けることができ、外国人従業員も最小限の料金を支払えばよい。ブルネイで利用できない医療は、政府の費用負担で海外(シンガポールが多い)で実施される。また、病院がない農村部では、ヘリコプターで最寄りの病院に患者を移送するフライング医療サービスがあるなど、至れり尽くせりの制度となっている。

 ・ブルネイには失業保険がない(ASEANには失業保険がない国が多い。失業保険があるのは、タイとベトナムぐらい)。ただし、雇用はブルネイ市民が優先されるため、失業状態が継続することも少なく、また国王の国民支持率が100%であることを鑑みると、失業ということが市民の生活不安には直結していない。

 ・ブルネイは石油産業によって成り立っている国であるが、いつまでも石油に依存するわけにもいかないため、石油産業以外の産業を育成することが課題となっている。政府は、求職者の能力を向上させるための技術や職業訓練機関を増強しており、ブルネイ工科大学は、石油化学、土木工学、機械工学やコンピュータ研究などの職業訓練システムを212年までに完了させ、2018年にはそれぞれの学科で最小40名、最大80名の学生が卒業できる計画を進行中である。

 また、2011年には、学校職業訓練制度が地元企業との連携に成功し、6か月のOJTを受け、失業者に雇用能力を身につけてもらおうという試みがなされるなど、職業訓練に積極的に取り組んでいる。

石戸光『ASEANの統合と開発―インクルーシヴな東南アジアを目指して』―農業で付加価値や雇用を増やすには?


ASEANの統合と開発――インクルーシヴな東南アジアを目指してASEANの統合と開発――インクルーシヴな東南アジアを目指して
石戸 光

作品社 2017-03-23

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 「インクルーシヴな東南アジアを目指して」という副題がついているが、大半がミャンマーの農業に関する内容であった。ミャンマーでは、1988年以降の政策で、土地が政府に押収され、政府と密接な関係にある有力な個人や企業が経営する大規模農場に割り当て直された。そのため、50エーカー超の農地は全体の1%だが、全農場面積の3分の1以上を占めるといういびつな構造になっている。

 ミャンマーは近年、水産業に力を入れているという。それは、従来の稲作に比べてより多くの付加価値と雇用を生み出すと期待されているからである。農家の中には、所有する農地を養殖池に転換するところも出てきている。ただし、農家が合法的に農地を養殖池に転換するにはLaNa-39という書類を入手する必要がある。政府とのつながりが強い大規模農家がこの書類を入手するのは比較的簡単であるものの、小規模農家にとってはハードルが高い。そのため、違法な手段でこの書類を入手する小規模農家も少なくない。

 ミャンマーが水産業に注力しているのは、付加価値と雇用を増大させるためと書いたが、果たして本当にそれが可能なのか、日本のケースで試算してみた。あちこちの情報源からデータを集めており、かなりざっくりとしたシミュレーションである点はご容赦いただきたい。なお、以下では輸出の影響を無視している。
日本農業分析①
日本農業分析②
日本農業分析③
日本農業分析④

 <原材料>
 ①就業者数・・・畜産、野菜・果物、米・麦は農林水産省「2015年農林業センサス」より、水産は農林水産省「2013年漁業センサス」より取得。

 ②生産量・・・畜産は「主要畜産国の需給」より、水産は農林水産省「平成27年漁業・養殖業生産統計」より、野菜・果物は農林水産省「野菜をめぐる情勢」、「果樹をめぐる情勢」より、米・麦は農林水産省「農業生産に関する統計(2)」、帝国書院「小麦の生産〔2016年〕」より取得。

 ③1人あたり生産量・・・②÷①で計算。畜産の値が突出しているのは、畜産の生産量の中に生乳(7,334千トン)が含まれているためである。

 ④輸入量・・・畜産は「主要畜産国の需給」より、水産は水産庁「水産物の輸出入の動向」より、野菜・果物は農林水産省「野菜をめぐる情勢」、「果樹をめぐる情勢」より、米・麦はJAcom 農業協同組合新聞「再編と買収の果てに(2)」の小麦の輸入量に米のミニマムアクセス量78万トンを加算。

 ⑤全て国内で生産する場合に必要な就業者数・・・輸入の影響を無視しているため、②+④が国内の総需要である。これを、③の1人あたり生産量で割れば、国内需要を全て満たすのに必要な就業者数が求められる。

 ⑥出荷額・・・畜産、野菜・果物、米・麦は帝国書院「日本 都道府県別統計〔農業・漁業・林業〕」より、水産は農林水産量「漁業生産額」より取得。

 ⑦輸入額・・・畜産は独立行政法人農畜産業振興機構「国内統計資料」より、水産は水産庁「水産物の輸出入の動向」より、野菜・果物は独立行政法人農畜産業振興機構「最近の野菜の輸入動向について」、田中直毅『10のポイントで考える日本の成長戦略』(東洋経済新報社、2013年)より、米・麦は農林中金総合研究所「米の国際需給と日本の自給」、「小麦の国際需給と日本の自給」より取得(米・麦については、1ドル=110円で計算)。

 ⑧出荷額+輸入額・・・⑥+⑦で計算。これが国内の市場規模に該当する。

 ⑨うち、加工品用の割合・・・畜産は生で流通することはないため、100%加工に回ると想定。水産は「水産物の流通経路別仕入状況」より、野菜・果物は農林水産省「野菜の生産・流通の現状」の値を使用、米・麦は必ず精米などの工程を経るため、100%加工に回ると想定。

 ⑩加工品用の金額・・・⑧×⑨。これが食品加工業者の原材料費となる。

 <加工品>
 ⑪就業者数・・・「平成24年経済センサス―活動調査 産業別集計(製造業)」より。この中には輸入原材料を加工する者も含まれる。畜産は「畜産食料品製造業」+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.3で計算(カッコ内の加工食品のうち、平均すると3割が畜産物であると仮定)。

 水産は「水産食料品製造業」+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.2で計算(カッコ内の加工食品のうち、平均すると2割が水産物であると仮定)。

 野菜・果物は「野菜缶詰・果実缶詰・農産保存食料品製造業」+「調味料製造業」×0.7+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.3で計算(調味料の原材料のうち、約7割が大豆であると仮定。また、カッコ内の加工食品のうち、平均すると3割が野菜・果物であると仮定)。

 米・麦は「精穀・製粉業」+「パン・菓子製造業」+「調味料製造業」×0.3+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.2で計算(調味料の原材料のうち、約3割が米であると仮定。また、カッコ内の加工食品のうち、平均すると2割が米・麦であると仮定)。

 ⑫出荷額・・・「平成24年経済センサス―活動調査 産業別集計(製造業)」より。⑪と同様にして計算。

 ⑬付加価値額・・・⑫-⑩(食品加工業者にとっての原材料費)で計算。

 ⑭加工業者1人あたり付加価値額・・・⑬÷⑪で計算。

 ⑮加工業者1人あたり出荷額・・・⑫÷⑪で計算。

 ⑯輸入額・・・農林水産省「加工食品の輸出入動向」より取得。

 ⑰輸入品を国内で製造するのに必要な就業者数・・・⑯÷⑮で計算。

 <原材料+加工品>
 ⑱全て国内で自給する場合の就業者数・・・⑤+⑪+⑰で計算。

 以上の試算を見ると、水産加工業の1人あたり付加価値額もそれなりに大きいが、付加価値額を増やすためには畜産加工業を強化する方が有効であることが解る。また、雇用を創出するという意味では、米・麦に注力する方が圧倒的に効果がある。経済の成長ステージや農林水産業の構造が異なるミャンマーと日本を単純に比較することはできないものの、本書が水産業だけにフォーカスしているのはややバランスを欠いているとの印象を受けた。

大庭三枝編『東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差』


東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差
大庭 三枝

千倉書房 2016-08-25

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 中小国の集合であるメコン諸国にとって、最も望ましくないシナリオとは、日本や中国、アメリカから二者択一でパートナーシップを迫られることである。こうした事態を避けるべく、メコン諸国は複数の大国とそれぞれ別の関係を結んだり、大国を含まない制度を構築したりすることで、大国の影響を制御している。
 ブログ本館の記事で何度も書いたが、大国は二項対立によってがっぷり四つに組んでいる。対立する大国に挟まれた小国には、一方の大国に味方するという選択肢がある。一見すると、大国の庇護を受けられるというメリットがあるように見える。ところが、この立ち居地は極めて危険である。というのも、大国同士は自らが直接衝突すると甚大な被害が出るため、自国に味方する小国を使って代理戦争をさせるからだ。中東や朝鮮半島で起きているのがまさにこれである。

 それを避けるためには、大国双方のいいところ取りをして「ちゃんぽん状態」にし、どちらの大国からも攻撃されにくい状態を作ることが有効ではないかと考えている。以前の記事「森田安一『物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国』」では、小国の「ちゃんぽん戦略」の輪郭を整理してみた。政治面と経済面のIN戦略、OUT戦略は何となく明らかになったが、軍事面のIN戦略、OUT戦略はペンディングのままであった。だが、本書を読んで、軍事面のIN戦略とは、対立する双方の大国から武器を輸入すること、OUT戦略とは、対立する双方の大国と軍事交流や合同軍事演習などを行うこと、と整理できるような気がした。

 日米同盟を結んでいる日本から見ると、対立する双方の大国と合同軍事演習を行うことなど考えられないが(例えば、日本が現時点で中国やロシアと合同軍事演習することは考えられない)、ASEAN諸国の中には、アメリカ・中国の双方と合同軍事演習を行っている国がある。
 マレーシアは、前述の「CARAT」「SEACAT」「バリカタン」「RIMPAC」といった合同軍事演習を通じての(※アメリカとの)軍事協力を進めてきた。(中略)他方中国とは2005年9月に「防衛協力に関する覚書」を採択して以来、安全保障分野における協力や交流が行われてきた。2013年10月、習主席がマレーシアを訪問した際、習主席とナジブ首相は軍事も含めた関係強化で合意した。2014年12月にはクアラルンプールで、中国とマレーシアの初の2国間共同机上演習「平和友誼2014」が行われた。
 タイ、シンガポール、インドネシアといったその他のASEANの先発国も、アメリカと中国それぞれとの関係を強化してきた。南シナ海における中国への脅威感がこうした係争国以外のASEAN諸国にも広がる中で、例えばシンガポールが米軍の哨戒機の国内における配備を認めるといった、アメリカ傾斜への動きも見られる。しかし、これら3国とも、中国とも戦略的パートナーシップを締結済みであり、またアメリカ、中国双方と共同軍事演習や共同訓練を行ってきたことにも留意すべきである。
 例えばインドネシアがアメリカ、中国の双方と合同軍事演習を行うと、アメリカの作戦は中国に、中国の作戦はアメリカに筒抜けになる可能性がある。もちろん、軍事機密であるから簡単に漏れてしまっては双方との信頼関係に関わるのだが、「漏れる可能性がある」と心理的に思わせるだけで、アメリカも中国もインドネシアへの攻撃をためらうことになる。インドネシアの狙いはここにある。

 さて、アメリカと中国の関係だが、冷戦時代の米ソ関係とはかなり異質であるようだ。冷戦時代、米ソ間には経済的、文化的、軍事的交流がほとんどなかった。ところが、下記の引用文にあるように、現在のアメリカと中国は経済的に密接な関係にあるだけでなく、軍事面でも様々な交流を行っている。この新しい二項対立の形をいかにして描写するかが、今後の私の課題である。
 また、アメリカは南シナ海の領有権問題で中国との立場の違いを明確にしているものの、中国との決定的な対立にまでエスカレートするのを避け、中国との良好な関係の維持には注力している。また、中国も同様の立場を採っているいるように見える。様々な意見の相違を抱えながらも、米中は戦略経済対話を積み重ねている。さらに、「航行の自由作戦」敢行直後には、アメリカ海軍のイージス艦「ステザム」が中国海軍との合同訓練を目的に上海に寄港するなど、両国は南シナ海で対立しつつも軍事交流を続けている。
 興味深いのは、報告書が東南アジアを米中の力関係が競合する場とみなしつつ、防疫を共通の課題として同地域で中国を巻き込んだ協力の可能性を示唆している点であろう。中国とアメリカは2009年から国軍の保健衛生機関で交流を行っており、こうした2国間での協力を地域レベルに拡大するという構想は、アメリカが将来的な中国の包摂と協力を企図していることを示している。

佐藤考一『ASEANレジーム―ASEANにおける会議外交の発展と課題』


ASEANレジーム―ASEANにおける会議外交の発展と課題ASEANレジーム―ASEANにおける会議外交の発展と課題
佐藤 考一

勁草書房 2003-03

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 ASEANは、東アジアの地域協力組織として1967年に設立された。当初はAMM(外相会議)のみだったが、1975年にAEM(経済閣僚会議)、1976年に首脳会議を設立し、域内諸国による国際会議を中心に活動した。1979年にベトナム軍がカンボジアを占拠した後はPMC(ASEAN拡大外相会議)を設立して、カンボジア紛争やインドシナ難民問題などを含め、域外諸国と本格的な対話を開始した。

 さらに冷戦末期の1988年以降は、域内ではASEANを中心にした経済協力も進めているが、域外諸国との間ではJIM(ジャカルタ非公式会議)、APEC(アジア太平洋経済協力会議)、ARF(ASEAN地域フォーラム)、ASEM(アジア欧州会合)、ASEAML+3(日中韓)の諸国際会議を設立し、経済・安全保障両面にわたる広範な地域協力を開始した。

 本書では、ASEANの会議外交の特徴を以下の5つにまとめている。

 ①会議外交の場となる国際会議に拘束が少なく、政策決定が必要な場合は全会一致制とする、緩やかな会議形態を採用している。会議外交を行う国際会議は、定期的に会合すること(多くは年次会議)以外は、制度化されていない多国間対話の場(フォーラム)である。全会一致制は、全加盟国の意向を反映し、対立を回避できる他、域内のどの国にも内政干渉を招く政策決定への拒否権を与えるものであり、ASEANの内政不干渉原則を反映している。

 ②ASEANの主催する国際会議では、会議に参加している国同士が当事者である紛争を議題とする時、直接の紛争の解決のための交渉よりも、まず紛争当事者の間の対話の維持と継続を優先させる。この方法では迅速な紛争解決はできないが、紛争当事者たちは国際会議で自国に不利な解決を強いられるのではないかという無用な警戒心を持たなくて済むので、会議に参加しやすくなる。場合によっては、過熱した紛争を時間をかけて冷却することもできる。

 ③ASEANが、主催する国際会議を、連帯と団結の強化のために利用し、それを加盟諸国政府の地域協力の促進の基礎としている。これは、ASEAN域内の国際会議では共通の長期的目標、あるいは会議の結集点(rallying point)となる議題を設定する形で行われ、域外対話諸国(多くは大国)との国際会議では集団交渉の形態をとる。域内会議では共通の長期的目標と結集点を持つことで、加盟国の閣僚たちの国際会議と域内協力への関与を強める効果がある。域外大国との会議では、個別には非力で域外諸大国の政府から相手にしてもらえないASEAN諸国政府が、集団で対処することで、大国の政府を交渉の席につかせ、さらに交渉の際の要求の声も大きくすることができる。

 ④ASEANが主催する国際会議のうち、中心的な役割を担ってきたAMMとPMCが、政治・経済両面に渡る議題を扱い、その中で必要に応じて新たな国際会議を設立し、組織の強化と新しい国際環境への適応を図っている。特に域外諸国との間の会議の設立の際には、ASEAN諸国政府は、PMCで域外対話諸国から新たな会議の設立提案が出た時、会議のテーマに応じて、その後の域内のAMMやAEM、場合によっては首脳会議で再度検討を行い、①や⑤に挙げる形態を取り入れて、自らのペースで会議を設立することに努めている。

 ⑤ASEANは域内の国際会議においては、会議の主催国・議長国を加盟諸国が担当する方式を採用しているが、④で述べた域外対話諸国との国際会議の増設に際して、この方式を全部もしくは部分的に採用させている。国際会議の主催は、ASEAN全体と主催国の知名度を上げる効果があるが、さらに議長国となれば、何よりもその裁量で議事進行をある程度までコントロールできるため、取り上げる議題のテーマや時間を制限することも技術的に可能になる。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
◆個人事務所
 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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