東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差 大庭 三枝 千倉書房 2016-08-25 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
中小国の集合であるメコン諸国にとって、最も望ましくないシナリオとは、日本や中国、アメリカから二者択一でパートナーシップを迫られることである。こうした事態を避けるべく、メコン諸国は複数の大国とそれぞれ別の関係を結んだり、大国を含まない制度を構築したりすることで、大国の影響を制御している。ブログ本館の記事で何度も書いたが、大国は二項対立によってがっぷり四つに組んでいる。対立する大国に挟まれた小国には、一方の大国に味方するという選択肢がある。一見すると、大国の庇護を受けられるというメリットがあるように見える。ところが、この立ち居地は極めて危険である。というのも、大国同士は自らが直接衝突すると甚大な被害が出るため、自国に味方する小国を使って代理戦争をさせるからだ。中東や朝鮮半島で起きているのがまさにこれである。
それを避けるためには、大国双方のいいところ取りをして「ちゃんぽん状態」にし、どちらの大国からも攻撃されにくい状態を作ることが有効ではないかと考えている。以前の記事「森田安一『物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国』」では、小国の「ちゃんぽん戦略」の輪郭を整理してみた。政治面と経済面のIN戦略、OUT戦略は何となく明らかになったが、軍事面のIN戦略、OUT戦略はペンディングのままであった。だが、本書を読んで、軍事面のIN戦略とは、対立する双方の大国から武器を輸入すること、OUT戦略とは、対立する双方の大国と軍事交流や合同軍事演習などを行うこと、と整理できるような気がした。
日米同盟を結んでいる日本から見ると、対立する双方の大国と合同軍事演習を行うことなど考えられないが(例えば、日本が現時点で中国やロシアと合同軍事演習することは考えられない)、ASEAN諸国の中には、アメリカ・中国の双方と合同軍事演習を行っている国がある。
マレーシアは、前述の「CARAT」「SEACAT」「バリカタン」「RIMPAC」といった合同軍事演習を通じての(※アメリカとの)軍事協力を進めてきた。(中略)他方中国とは2005年9月に「防衛協力に関する覚書」を採択して以来、安全保障分野における協力や交流が行われてきた。2013年10月、習主席がマレーシアを訪問した際、習主席とナジブ首相は軍事も含めた関係強化で合意した。2014年12月にはクアラルンプールで、中国とマレーシアの初の2国間共同机上演習「平和友誼2014」が行われた。
タイ、シンガポール、インドネシアといったその他のASEANの先発国も、アメリカと中国それぞれとの関係を強化してきた。南シナ海における中国への脅威感がこうした係争国以外のASEAN諸国にも広がる中で、例えばシンガポールが米軍の哨戒機の国内における配備を認めるといった、アメリカ傾斜への動きも見られる。しかし、これら3国とも、中国とも戦略的パートナーシップを締結済みであり、またアメリカ、中国双方と共同軍事演習や共同訓練を行ってきたことにも留意すべきである。例えばインドネシアがアメリカ、中国の双方と合同軍事演習を行うと、アメリカの作戦は中国に、中国の作戦はアメリカに筒抜けになる可能性がある。もちろん、軍事機密であるから簡単に漏れてしまっては双方との信頼関係に関わるのだが、「漏れる可能性がある」と心理的に思わせるだけで、アメリカも中国もインドネシアへの攻撃をためらうことになる。インドネシアの狙いはここにある。
さて、アメリカと中国の関係だが、冷戦時代の米ソ関係とはかなり異質であるようだ。冷戦時代、米ソ間には経済的、文化的、軍事的交流がほとんどなかった。ところが、下記の引用文にあるように、現在のアメリカと中国は経済的に密接な関係にあるだけでなく、軍事面でも様々な交流を行っている。この新しい二項対立の形をいかにして描写するかが、今後の私の課題である。
また、アメリカは南シナ海の領有権問題で中国との立場の違いを明確にしているものの、中国との決定的な対立にまでエスカレートするのを避け、中国との良好な関係の維持には注力している。また、中国も同様の立場を採っているいるように見える。様々な意見の相違を抱えながらも、米中は戦略経済対話を積み重ねている。さらに、「航行の自由作戦」敢行直後には、アメリカ海軍のイージス艦「ステザム」が中国海軍との合同訓練を目的に上海に寄港するなど、両国は南シナ海で対立しつつも軍事交流を続けている。
興味深いのは、報告書が東南アジアを米中の力関係が競合する場とみなしつつ、防疫を共通の課題として同地域で中国を巻き込んだ協力の可能性を示唆している点であろう。中国とアメリカは2009年から国軍の保健衛生機関で交流を行っており、こうした2国間での協力を地域レベルに拡大するという構想は、アメリカが将来的な中国の包摂と協力を企図していることを示している。