こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

Amazon

エイドリアン・J・スライウォツキー他『デジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のために』―オムニチャネルもIoTも既に予言されていた


デジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のためにデジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のために
エイドリアン・J. スライウォツキー デイビッド・J. モリソン Adrian J. Slywotzky

ダイヤモンド社 2001-11

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 8年前に旧ブログの記事「スライウォツキーの戦略論は面白くて好きだ-『プロフィット・ゾーン経営戦略』」で紹介したことがあるエイドリアン・スライウォツキーの著書。17年前とかなり古い本なのだが、読んでみたら今でいうところのオムニチャネルやIoTのことが既に書かれていた。

 例えば、アメリカの証券会社チャールズ・シュワブは、2000年代のドットコムバブルの時に、多くの新興企業がオンライン証券会社を立ち上げ、格安な手数料で既存企業に勝負を挑んできたのに対し、敢えて実店舗とオンラインチャネルの共存という戦略を打ち出した。というのも、新興のオンライン証券会社はデイトレーダー的な個人投資家をターゲットとしていたが、チャールズ・シュワブの顧客は長期間にわたって株を保有し続ける年配の富裕層が多かったためだ。

 こうした富裕層は、まずはチャールズ・シュワブの実店舗で口座を開き、財産状況や投資の性向などに応じて適切な投資銘柄やポートフォリオをアドバイスしてもらう。その後、オンラインチャネルに移って実際の株式を売買する、という行動を取った。これはオムニチャネルと呼んでよいだろう。その結果、同社の手数料は、最大のライバルであるEトレードの2倍ほどするにもかかわらず、総資産額は順調に増加を続け、同社の収益増に大きく貢献した。

 もう1社の事例はGEである。GEエアクラフト・エンジンズは、航空会社などが特定データを電子的にアップロードすると、自社製の航空機エンジンについて数百項目について監視できるシステムを作り上げた。エンジンの最新動向、欠陥の状況、整備に関する提案や問題解決方法がシステムを通じて毎日、毎週提供され、必要に応じて直ちにサービス担当者を派遣する。本書執筆時点では、ユーザ企業側が航空機エンジンに関する情報を自らアップロードする必要があったようだが、これはまさに今で言うところのIoTの先駆けである。

 ただ、時間の流れと言うのは残酷なもので、現在この2社はともに苦境に立たされている。チャールズ・シュワブに関して言えば、顧客がインターネットなどで投資に関する知識を身につけるにしたがって、実店舗の存在価値が下がり、オンライン取引手数料の価格競争に巻き込まれることになった。同社のETF取引手数料は業界最低水準まで下がっている。代わりに、実店舗で富裕層向けに提供するサービスの手数料が上昇し、これが富裕層の不満を買っている。そこで同社は、ロボットアドバイザリーを導入して手数料を抑えることにした。オムニチャネルの場合、どうしてもオンライン専業企業よりも割高になる。その価格に見合った価値を顧客に提供できているかを常にチェックしなければならない。

 GEはもっと深刻である。今年の1月に同社が発表した決算によると、2017年10~12月期決算で最終損益が98億2600万ドルの赤字(約1兆円)であった。先ほど紹介した航空機エンジンの事業は好調だったものの、同じくIoTを導入している発電タービン事業が大きく足を引っ張った。同事業では、顧客企業がもっと出力の小さい発電タービンへとニーズが移行していたのに、同社のIoTではその情報を吸い上げることができなかった。IoTで膨大な情報を収集しているのだから、顧客ニーズの把握は十分だと過信してはいけないことを教えてくれる例である。むしろ、情報をシステムで多角的に集めれば集めるほど、業界や市場に変化をもたらす重要な情報はシステムの外部からやってくると思った方がよい。だから、経営陣は常に現場に足を運び、自分で直接見聞きすることが重要である。

 本書が教えてくれるもう1つの重要な教訓は、一連の顧客体験をどのように設計すれば総合的な顧客価値が上がるのかを検討する必要があるということである。顧客体験とは、例えば本を購入する場合を考えてみると、「調べたいこと・知りたいことを思いつく⇒本屋に行く⇒目当ての本を探す⇒類似の本の中身を比較検討する⇒本を購入する⇒本を家に持ち帰る⇒本を読む⇒メモを取る⇒メモをまとめる⇒感想を共有する⇒本の内容を思い出す」といった具合になる。単に本を買って読むだけではなく、その前後、すなわち購入を検討するプロセスや、使用した後のプロセスも視野に入れることが大切である。

 ここで、それぞれのプロセスについて、「顧客にやってもらうのか、顧客の代わりにやってあげるのか?」、「デジタルな方法で実現するのか、アナログな方法で実現するのか?」を考える。全てのプロセスを顧客にやらせ、アナログな手法に頼るのが従来型の書店である。そこに殴り込みをかけたのがAmazonであり、一連の顧客行動のほとんど全てをデジタルな方法で実現した。しかも、顧客が「調べたいこと・知りたいことを思いつく」前に、Amazonの方から購買履歴情報を基にお勧めの本の情報を教えてくれるし、「本を家に持ち帰る」というプロセスも、Amazon(正確にはAmazonが契約している運送業者)が肩代わりしてくれる。これによって、Amazonの提供する顧客価値は飛躍的に高まった。

 ただし、Amazonにもまだできていないことはある。例えば、「類似の本の中身を比較検討する」については、一部の本について中身検索ができるようになったものの、基本的には顧客が自分でやらなければならない。また、「メモを取る」という行為は、Kindleによってデジタルな手法で実現されたが、そのメモを自動的にまとめて自分専用の要約を自動作成してくれる機能はない。おそらく、Amazonはこの機能を実現するためにAIに相当投資しているだろう。さらに、「本の内容を思い出す」というプロセスについては、Amazonですら手つかずであり、未だに顧客自身によるアナログな行為に委ねられている。このように考えると、まだまだビジネスチャンスは残されていると言えるだろう。

 逆に、何でもデジタルな手法で解決しようとするAmazonを敬遠する人も一定数いるわけで、既存の書店などはこうした人々を取り込んで新しい顧客価値を設計しようとしている。例えば、紀伊國屋書店は、「Amazon嫌い」な人たちを集めて、Amazonのどこが嫌いなのか、逆に紀伊國屋書店のどこが好きなのかをヒアリングした。その結果を店内のPOPの内容に反映したり、顧客に本を紹介する店員の接客態度を改善したり、書店での読書会を拡充したりといった取り組みにつなげている。Amazonがデジタルな手法中心で、できるだけ顧客に手間をかけさせないことで顧客価値を高めているのに対し、紀伊國屋書店は逆にアナログな手法中心で、敢えて顧客に手間をかけさせることで顧客価値を高めている。

 これはどちらがよいという問題ではない。自社の顧客のニーズや嗜好、特性、性格、価値観、行動様式などをよく踏まえた上で、どのプロセスは顧客にやってもらうのか、逆にどのプロセスは自社が顧客の代わりにやってあげるのかを決める。また、顧客にやってもらうにせよ、顧客の代わりにやってあげるにせよ、デジタルな手法に頼るのか、アナログな手法に頼るのかを決める。前述の通り、顧客の体験というのは、企業が思っているよりもはるかにずっと長いプロセスの連続である。そのそれぞれのプロセスを1つ1つ丁寧に点検し、丹念に作り込んでいくことが、顧客価値向上のカギである。

DHBR2018年7月号『アジャイル人事』―顧客情報を活用した広告のカスタマイズ化は意外とできていない気がする


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年07月号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年07月号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-06-09

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 (※)本号の特集以外の論文に関する記事のため、ブログ別館に書きました。

 レスリー・K・ジョン、タミ・キム、ケイト・バラスの論文「プライバシーを尊重しながら最大の効果を上げる デジタル広告を”炎上”させない5つの方針」では、炎上しやすいデジタル広告の特徴として次の2つが挙げられていた。
 ・別のウェブサイトから入手した情報に基づいて広告を表示する。これは、陰口を叩くのと似ている。
 ・アナリティクスで誰かに関する情報を推測する。これは、誰かについて憶測で物を言うのと似ている。
 1つ目は何となく理解できるものの、2つ目に関しては、Amazonという巨大な例外が存在するように思える。言うまでもなく、Amazonはユーザの購買履歴情報に基づいて、そのユーザが次に買いそうな製品を統計的な推測に基づいて紹介している。だからと言って、Amazonのこのやり方で炎上したという話は聞かない(家族が共有するアカウントで、父親がアダルトビデオを購入した後、娘がAmazonのページを閲覧したら、おすすめ商品がアダルト関連ばかりになって家族が気まずい思いをしたという話は聞いたことがあるが)。

 これは私だけかもしれないが、個人的には、せっかく自分のプライバシー情報を提供しているのだから、企業はもっとアナリティクスを活用して別の製品・サービスを提案してほしいと思う。Googleから楽天のサイトに入って楽天で買い物をした後、Yahooのページを開いたら楽天のGoogle広告が表示されるのだが、既に購入した製品が紹介されることがよくある。さっき購入したばかりなのだから、同じ製品を購入する確率は低いだろう。また、ある製品を購入しようと複数の企業のHPをGoogleで検索し、特定の企業から製品を購入した後、別のページを閲覧したら、Google広告は私が選択の対象から外した企業を表示させることも多い。

 Googleには、楽天で私が購入した製品と同じ製品を購入した人が、その後購入する確率が高い製品を紹介してほしかった。また、私が製品を購入した企業で、他によく売れている製品や、その企業のHPを訪問した後によく訪問される企業のHPを宣伝してほしかった。世間ではビッグデータだのAIだのと騒がれているが、この辺りのアナリティクスはまだまだ発展途上なのかもしれない。

 似たようなことは、クレジットカードや共通ポイントカードにも言える。クレジットカード会社や共通ポイントカードの運営会社は、膨大なユーザ情報と購買履歴情報を保有している。それを活用してもっと積極的に広告を打てばいいのにと思う。昔はクレジットカード会社も毎月の請求書を紙で送っていたから、郵送物の中に自分の購買履歴と関連があると思われる広告が入っていたものである。ところが、請求書がデジタル化されてからは、そのような広告は消えてしまった。Webのマイページ上で、購買履歴情報に基づく広告を表示させているクレジットカードは、少なくとも私が使っているカードの中には存在しない。

 共通ポイントカードは、クレジットカードよりも頻繁に使われるため、さらに購買履歴情報の量が増える。ユーザと類似の属性、行動範囲、購買履歴、消費パターンを持つ他のユーザのデータから、お勧めの企業・店舗や製品・サービスを宣伝することは、技術的には不可能ではないはずだ。しかし、私はTポイントカードのユーザであるが、そのような私向けの広告が配信されたことはないし、Tポイントカードのアプリを開いても、そもそも広告のスペースがない。Tポイントカードを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の企業理念は「マーケティングを通じて社会に貢献すること」である(TSUTAYAはその一手段という位置づけである)。今のところ、その理念は十分に達成できていないように見える。

 もちろん、クレジットカード会社や共通ポイントカード運営会社は、広告を配信しすぎるとユーザの反発を買う恐れがあるため、敢えて広告を配信していない可能性はある。Amazonはお勧め商品を表示させることで、その場でついで買いを誘発できるのに対し、クレジットカード会社や共通ポイントカード運営会社が広告を表示させても、次の購買行動につながるかどうかは解らない。広告に関する費用対効果を検討した結果、広告を打たないという選択をしたのかもしれない。

 そうすると、膨大な購買履歴情報は宝の持ち腐れとなってしまう。そこで、ユーザ向けに広告を配信するというBtoCビジネスの代わりに、加盟店に対して購買履歴情報に基づく最適な製品ミックスなどをコンサルティング提案するというBtoBビジネスを展開することが考えられる。しかし、基本的にクレジットカード会社や共通ポイントカード運営会社のビジネスモデルは”薄利多売”型であり、そのような手の込んだサービスに手を出すかは疑問である。

中田善啓『ビジネスモデルのイノベーション―プラットフォーム戦略の展開』―自動車・建設・医療業界でマルチサイド・プラットフォームが登場したら面白い


ビジネスモデルのイノベーション―プラットフォーム戦略の展開ビジネスモデルのイノベーション―プラットフォーム戦略の展開
中田 善啓

同文舘出版 2009-12

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 この本は私が今年今までに読んだ約70冊の中で一番ひどかった。
 デジタル・コンバージェンスは、プラットフォームがフィーチャをバンドル化することによって、境界が徐々に消滅していくことをいう。
 「まさのChoiceがGoodだから僕は毎回Here we goしている」(水曜どうでしょう藩士にしか伝わらない)並みの文章である。カタカナは外来語を日本語に吸収する際の緩衝材である。よって、カタカナを連発する人というのは、そのカタカナを日本語に昇華することができていない人のことである。

 カタカナだけがひどいのかと思ったら、
 取引費用の節約による費用削減、ないしは探索費用の増大による多様性やアメニティの提供を通じて、消費者、部品・製品供給業者、販売業者の効用ないしは価値が増大するのである。
 日本語も万事こんな具合であり、全くもって意味不明である。本来、この手の駄本は滅多斬りにしてやりたいところだが(滅多斬りにした例が、ブログ本館の記事「土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊」)、内容が理解できず斬ることもできないので、今回の記事では私が好きなことを好きなように書くことにする。

 一応、本書の内容に少しだけ触れておくと、プラットフォーム企業には3つのタイプがある。1つ目が「インテグレーター・プラットフォーム」であり、自動車が該当する。自動車メーカーは、系列参加の部品メーカーから供給されるそれぞれの部品を組み立てて統合(インテグレーション)するためのプラットフォームを持っている。部品メーカーは、プラットフォームが要求する仕様に合わせて部品を製造する。2つ目が「製品プラットフォーム」であり、インテルのMPUがその例である。インテルはPCという製品のコアを担っており、インテルのMPUの仕様、性能、スペックが他の部品の仕様、性能、スペックを拘束する。

 これは見方を変えると、インテグレーター・プラットフォームとは、製造のバリューチェーンの下流に位置するプレイヤーがプラットフォームを有する場合であり、製品プラットフォームとは、製造のバリューチェーンの上流に位置するプレイヤーがプラットフォームを有する場合と言える。それぞれのビジネスモデルについては、随分昔に旧ブログの記事「【第13回】プロセスを分解して特定プロセスに特化する―ビジネスモデル変革のパターン」、「【第18回】プロセスを分解して特定プロセスを独占する―ビジネスモデル変革のパターン」で触れたことがある。

 インテグレーター・プラットフォームが存在する業界では、製造の川下のプレイヤーが少なく、川上に行くほどプレイヤー数が増えていく。これに対して、製品プラットフォームが存在する業界では、製造の川上のプレイヤーが少なく、川下に行くほどプレイヤー数が多くなる。どの業界でもそうだが、製造バリューチェーンの各プロセスを見ると、そのプロセスを担うプレイヤーの数が相対的に多いプロセスと少ないプロセスに分かれる。プレイヤーの数が少ないプロセスにおいては、合従連衡が進んでプラットフォームが出現する可能性がある。

 ここで、なぜプラットフォーム企業は製造バリューチェーンの川上と川下でしか現れず、川中からはなかなか出現しないのか?という素朴な疑問が生じる。この問題は引き続き検討していきたいと思う。

 プラットフォーム企業の3つ目が「マルチサイド・プラットフォーム(MSP)」である。これは、自社に対する供給業者を顧客化することで、プラットフォームを介して2種類の顧客を持つ形態である。MSPは、両者の取引を媒介し、両方の顧客から料金を取る(実際には、ユーザ(=本来の意味での顧客)からは料金をほとんど取らず、供給業者からの料金が収益の柱であるケースが散見される)。

製品・サービスの4分類(①大まかな分類)

【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

製品・サービスの4分類(③具体的な企業)

 上図については、ブログ本館の記事「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」、「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」をご参照いただきたい。

 MSPと最も親和性が高いのは<象限③>である。この象限は必需品ではなく、需要を一から創造しなければならないイノベーションの領域である。この領域には、世界中から一攫千金を狙って数多くのイノベーターが参入してくる。イノベーターは自分のイノベーションこそ最高と信じており、「自分がこれだけ惚れ込んでいるのだから、世界中の人々もきっと同じようにほしがるはずだ」と考えている。そして、世界中にイノベーションを普及させるためならば、自ら多少のお金を払ってもよいと思うようになる。こうしたイノベーターを束ねるのがMSPである。

 世界で最も企業価値が高い10社のうち5社、すなわちApple、Alphabet(Google)、Amazon、Facebook、Microsoftは、いずれもMSPである。5社とも巨大な顧客(ユーザ)基盤を資産としており、Appleは音楽やスマホアプリ、Googleは広告、スマホアプリや音楽、Amazonは書籍、音楽や映像コンテンツ、Facebookは広告、MicrosoftはPC上のソフトウェアの供給業者(イノベーター)を引きつける。そして、供給業者はMSPの顧客基盤にアクセスするために料金を支払うのである。GoogleのAndroid向けアプリを例にとると、開発者はまず、Googleに対して、プラットフォーム(開発環境)を利用するための料金を支払う。そして、自分が開発したアプリがプラットフォームを介してユーザに売れた場合には、料金の一部を手数料としてGoogleに支払う。MSPの場合、このように固定料金+変動料金という2階建ての料金体系を持っているのが普通である。

 (※)上図ではMicrosoftを<象限①>としているが、これは必需品としてのWindows搭載PCが事業の主力となっているためである。Microsoftが提供する開発環境で開発されたPC向けソフトウェアは、他の4社に比べると事業規模が小さい。よって、同社は<象限③>寄りというよりも<象限①>寄りである。

 料金の一部を手数料として支払うだけであれば代理店のビジネスモデルと変わらないのだが、MSPの場合は、プラットフォームに参加する時点で料金を払わなければならない点が大きく異なる。さらに、代理店の場合は、顧客に売れそうな製品・サービスを代理店があらかじめ厳選するのに対し、MSPは倫理的な基準を満たす製品・サービスであれば何でも歓迎する。MSPが取り揃えている製品・サービスの多様性が、顧客にとって魅力となる。何が顧客に売れそうなイノベーションなのかは、実はMSPも解っていない。だから、MSPは常にランキングを作成し、今世界で売れているイノベーションが何なのかを顧客に提示している。

 ただ、MSPも、蓄積されたデータを活用すれば、何がヒットするイノベーションの要件なのか解析することが可能であるような気もする。ブログ本館の記事「『未来を予測する技術(DHBR2017年1月号)』―予測が困難なのにデータ重視のアメリカ、予測が容易なのにデータ軽視の日本、他」でも書いたが、アメリカ企業は少ないデータからでも成功のモデルを導き出そうとする。例えば、映画がヒットするかどうかは、台本の内容や配役によってではなく、単に映画のタイトルで決まるという結論を得たりする(イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』〔文藝春秋、2007年〕より)。あるいは、世界中の人がそのイノベーションを受け入れるように、キリスト教を全世界に布教した方法に倣って(半ば強引な)プロモーションを展開し、消費者の嗜好を変えてしまうこともある。

 MSPはイノベーターに対して、イノベーションの成功要件に従って製品・サービス開発のコンサルティングをしたり、特定のイノベーターを集中的にプロモーションしたりするサービスを提供してもよさそうである。だが、これを行うと、イノベーションがどれも似たり寄ったりになってしまうリスクがある。また、特定のイノベーションに肩入れすることは、多種多様な製品・サービスを揃えるというMSPの本来の姿勢に反する可能性がある。MSPはこの点を恐れているのかもしれない。

 MSPは近年、<象限①>にも現れている。その筆頭がAmazonである。書籍からスタートした同社は、今や日用品、ファッション、食品、ベビー用品など<象限①>の製品も取り扱うようになっている。<象限①>は参入障壁が低く、競争が激しい。別の言い方をすれば、供給過多になりやすい。すると、供給業者の中には、多少のお金を払ってでも、自社の製品を販売したいと考える企業が出てくる。ここから先の展開は<象限③>の場合と同じである。

 ここでもう1つ、<象限②>ではMSPは登場しないのか?という疑問が生じる。MSPが登場するための要件は、1つのカテゴリの中の製品・サービスラインナップが非常に多いこと(例:iTunes、Google Play)、もしくは多数の製品・サービスカテゴリを取り揃えることが可能であること(例:Amazon)であるように思える。だが、自動車や建設、医療業界などは、他の業界に比べるとラインナップが少ない。それに、プラットフォーム上で自動車も住宅も医療サービスも購入しようとする顧客はまずいないだろう。こう考えると、<象限②>ではMSPの成立は難しいのかもしれない。ただ、仮にMSPが成り立つビジネスモデルを考えついたら、非常に魅力的な事業になると思う(私は3時間考えたところで諦めてしまった(早い))。

清家彰敏『顧客組織化のビジネスモデル―小規模事業集団の経営』―「『顧客を組織化する』とはこういうことではないか?」という4形態


顧客組織化のビジネスモデル―小規模事業集団の経営
顧客組織化のビジネスモデル―小規模事業集団の経営
清家 彰敏

中央経済社 2003-04

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 タイトルからして、バラバラの顧客を組織化して顧客同士の絆を強めるビジネスモデルのことであり、また、「小集団事業集団の経営」というサブタイトルから、中小企業中心、ないしは大企業が小規模のグループを多数作り、組織化された顧客との距離を縮め、顧客のロイヤリティを高めることによって持続的に収益を上げるビジネスモデルについての本かと思ったが、全く違った。

 まず、20世紀のモノ中心の市場経済では収穫逓減の法則が働くが、21世紀の知識中心の市場経済では収穫逓増の法則が成り立つと著者は説明する。その上で、「戦略的―戦術的」、「オープン―クローズ」という2軸を使ってマトリクスを作り、収穫逓増のモデルを「選別型(A型:戦術的&クローズ)」、「素材型(B型:戦略的&オープン)」、「組立型(C型:戦略的&クローズ)」、「誘発型(D型:戦術的&オープン)」という4つに分ける(モデルの名称と具体的なモデルの中身の説明が感覚的に一致しないのも、この本を解りにくくしている)。その上で、それぞれのモデルについて顧客組織化の方法が論じられるのかと思いきや、事例の解説に入ると、これとは別のマトリクスが登場する。

 新たに登場するマトリクスも1つならまだ我慢して理解しようとするのだが、事例紹介のたびに別のマトリクスが登場するから非常に解りにくい。「プロダクト―サービス」と「オープン―クローズ」という2軸によってマトリクスを作り、「サービス&オープン」型をWorld Wide型(脱日本型)として最も先進的なモデルとしているのに、別の箇所では「プロダクトがオープンかクローズか?」、「サービスがオープンかクローズか?」という2軸によるマトリクスで、「プロダクト=オープン、サービス=クローズ」というGEが先進事例として紹介されており、サービスをオープン化するのが先進的ではなかったのかと頭が混乱する。

 (※)GEは、製品レベルでは他社の製品も取り扱っており、そのために短期的には利益率が下がるが、保守・修理・メンテナンスなどの粗利が高いサービスをGEが一貫して行うことで、トータルでは高い収益率を実現している。

 著者は「オープン―クローズ」という切り口に強くこだわっているようだが、組織がクローズの場合とオープンの場合で、顧客の組織化の方法がどのように異なるのかについては論じられていない。やっと組織化された顧客のことが登場したかと思うと、それはNPO/NGOのことであった。しかも、企業に対して協力的な存在ではなく、企業に対して敵対的な存在として描かれている。例えば、自動車業界では渋滞や環境など社会的な問題がまだ山積している。これらの課題について、顧客はNPO/NGOという組織を通じて自動車メーカーに圧力をかけなければならないというわけだ。ここまでくると本当に訳が解らない。

顧客組織化の4類型

 私が考える「顧客組織化」はもっとシンプルである。「顧客との関係が強いか弱いか?」、「短期的なコスト減になるか、中長期的な収益増(短期的にはコスト増)となるか?」という2軸でマトリクスを作ってみた。

 左上の<象限①>では、企業がデータベースを用いて顧客のデータを組織化する。企業はあくまでもデータを通じて顧客とつながっているにすぎないため、顧客との関係は弱い。企業は顧客DBに蓄積された様々なデータを解析し、ある顧客と類似の属性を持つ顧客の購買行動に着目して、類似の顧客が購入した製品をその顧客にも提案する。Amazonのレコメンデーション機能が一番解りやすい。IoTにおいても、顧客がどのようなメーカーの製品を組み合わせて工場で使用しているかをモニタリングし、類似の製品構成からなる工場の修理・メンテナンスの実績データを活用して、顧客に対して最適なタイミングで保守や買い替えの提案を行う。システム投資が必要であるため、短期的にはコストがかかるが、中長期的に見ると顧客の囲い込みにつながり、収益増がもたらされる。

 左下の<象限②>は、顧客同士による問題解決である。企業は顧客同士が緩やかにつながるネットワークを形成する。顧客は何か困りごとがあると、ネットワークに対して質問を投げかける。それに対して、別の顧客が回答を寄せる。これはYahoo!知恵袋のようなものである。ITベンダーが導入しているユーザ会が解りやすい例だろう。本来、顧客が何か問題を抱えた場合には企業がそれを解決するはずである。ところが、企業に代わって別の顧客がその問題を解決してくれるので、企業にとっては短期的にコストダウンが達成できる。

 右上の<象限③>は、顧客をコミュニティ化することである。企業と顧客は強い関係で結ばれている。また、顧客同士も強い絆で結ばれている。旧ブログの「ビジネスモデル変革のパターン」シリーズの「【第2回】高級志向の顧客を狙う」」で紹介したハーレー・ダビッドソンが好例である。バイクのユーザは元々コミュニティ志向が強く、同社は顧客のコミュニティ化を支援している。会員制クラブのイベントは臨時社員ではなく正社員が運営しており、同社が顧客とのつながりを重視していることが解る。また、経営陣も頻繁にコミュニティに顔を出し、真の顧客志向を体現している。こうした活動はすぐには売上増につながらないが、長く続けることで顧客のロイヤリティが高まり、中長期的には収益増が実現される。

 右下の<象限④>は、顧客参加型の製品・サービス開発である。企業に対して強い愛着を持っているコアユーザを新製品・サービスの開発の段階から巻き込む。コアユーザに対して、紋切り型のヒアリングをして情報を収集するだけでなく、本当の意味で彼らを製品・サービス開発に参画させる。具体的には、新製品・サービスのコンセプト構想会議に出席し議論に入ってもらう、プロトタイプを一緒に作成してもらう、テストマーケティングにおいて単に新製品・サービスを使ってもらうだけでなく、潜在顧客にそれを勧めてもらう、などといった具合である。企業としては、新製品・サービスの開発コストを削減する効果が期待できる。
お問い合わせ
お問い合わせ
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
YggDoreによる投げ銭(寄付)
YggDore

 本ブログは、他のブログでは読むことができないような独自の視点から、少しでも皆様のお役に立つ記事の掲載を目指しています。もし、「面白かった」と思ってくださいましたら、YggDoreから投げ銭(寄付)をしていただけると大変ありがたいです(※手順は「こちら」)。

 ※クレジットカード決済は本人確認費用と時間が発生するため、銀行振込をお勧めします。ただし、振込手数料は皆様にご負担いただきます。
 ※いずれの方法を選択した場合でも、振込者情報、銀行口座情報、クレジットカード番号などが私に通知されることはありません。
 ※寄付をしていただいても、広告掲載などの見返りは提供しておりません。あしからずご了承ください。
Facebookページ
最新記事
人気ブログランキング
にほんブログ村 本ブログ
FC2ブログランキング
ブログ王ランキング
BlogPeople
ブログのまど
被リンク無料
  • ライブドアブログ