知識ゼロからのインド経済入門知識ゼロからのインド経済入門
山田 剛

幻冬舎 2012-05-25

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 BRICsという言葉が世界中に広がるきっかけとなったのは、ゴールドマン・サックス(GS)が2003年10月1日に発表した"Dreaming With BRICs: The Path to 2050"というレポートである。同レポートでは、BRICsの2050年までの経済成長が予想されていた。レポート発表から10年以上が経ち、2015年まではGDPの実績値が確定したので、予想に対して実際がどうだったのかグラフを作成してみた。

ブラジルGDP予想と実際

ロシアGDP予想と実際

インドGDP予想と実際
中国GDP予想と実際

 (※)「世界経済のネタ帳」より作成。

 だいたいこういう将来予想は悪い方向に外れるものだが、4か国とも予想をはるかに上回るスピードで成長していた。ただし、ブラジルとロシアは近年の資源安が直撃してGDPが急落しているし、中国も過剰投資が原因で景気が減退している点には注意が必要だろう。GSとしては、高すぎる予想を出してそれが外れると、投資家から「お宅のレポートのせいで大損をした」とクレームをつけられる。しかし、低すぎる予想を出して高い方に外れても、機会損失があるとはいえ、投資家の財布が直接的に痛むことはないから、GSの評価もさほど傷つかない。

 さて、ブログ本館や別館では、現代の大国はアメリカ、ドイツ、ロシア、中国の4か国であると書いてきた。これまで「大国」というものをきちんと定義してこなかったのだが、大国の特徴を挙げれば、①地政学的に見て広大な土地を有する、②領土拡大の野心がある、③単一で明快な価値観に基づき政治・経済が回っている、という3点になると思う。ロシアと中国はこの定義にぴったりあてはまる。

 アメリカは、自身がもともとイギリスの植民地から独立したという歴史を持つため、帝国主義的な領土拡大はしない。代わりに、世界中の国々をアメリカの金融システムに組み込むことで、資本主義を通じた支配を目指している。また、独裁政権には容赦なく介入し、これを転覆させて民主主義を根づかせようとする。ドイツは領土こそ小さいが、これは第2次世界大戦で敗れた結果であり、歴史をさかのぼればヨーロッパに巨大な帝国を築いていた。現在でも、EUはほとんどドイツの力で成り立っているようなものであり、ヨーロッパ≒ドイツである。

 インドは、①には該当するが、②③を満たさない。インドは不思議な国で、北西から民族が流入して帝国を築いても、北東のヒマラヤ山脈を超えて領土拡大を目指す王朝は現れなかった。また、現在でこそデカン高原以南はインドの領土であるものの、ビンディア山脈を超えてインド南部を支配した王朝はほとんどない。

 ③に関して言えば、インドは極めて多様性に富んだ国である。国民の約80%が帰依するヒンドゥー教を筆頭に、イスラム教、キリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教など数多くの宗教が信仰されている。それぞれの宗教には重要な祝日があるが、国民の宗教がばらばらであるため、国が定める全国共通の祝日は非常に少ない。各州政府が、自州の主要宗教に応じて独自に祝日を定めている。

 インドでは、ヒンディー語と英語を含む22の言語が憲法で公認されている。その他の言語や方言を含めると、その数は何百にも上る。だから、州が異なると言葉が通じないことがよくある。ビジネスにおいては、準公用語とされる英語が問題なく通じるものの、インド全体で見ると英語を話せるのは1~3割程度にすぎない。インドはその多様性をEUに例えられる。だが、EUは資本主義や基本的人権という共通価値観を持つのに対し、インドはてんでバラバラの国の集合体である。

 以上のような事情ともあって、私はインドを現代の大国に入れなかった。インドを「小国」と呼ぶにはあまりに国家規模が巨大すぎるのだが、インドは小国的な戦略で国際政治を生き抜いていくものと思われる。つまり、大国のいずれにも過度に味方せず、対立する大国からの相矛盾するアプローチをのらりくらりとかわし、大国のいいところどりをしながら、大国からは理解しがたい独自の制度・文化圏を構築するという戦略である。

 ブログ本館の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」では、ベトナムが「八方美人」外交をしていると書いた。本書によれば、インドも下図のように「全方位外交」を展開している。特筆すべきは、インドがアメリカとロシアの両国と原子力分野において協力していることである。これによって、アメリカとロシアは下手にインドに手出しができなくなる。アメリカがインドにロシアを攻撃させようとしても、その攻撃の先が急にアメリカに向く可能性があるからだ。

インド全方位外交