企業の設備投資決定―考え方の枠組みと実践化の手だて企業の設備投資決定―考え方の枠組みと実践化の手だて
宮 俊一郎

有斐閣 2005-02

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 本書を読んでようやく、「終価係数」、「現価係数」、「年金終価係数」、「年金現価係数」、「資本回収係数」、「減債基金係数」の違いがよく解った(遅すぎ)。それぞれの説明は「ファイナンシャル・プランニング 6つの係数」に譲る。

 設備投資の意思決定を下す際には、回収期間法、投資収益率法、NPV(正味原価価値)法、IRR法(内部収益率法)など様々な方法が用いられる。著者は、設備投資によって将来発生するキャッシュの現在価値の合計を現在の投資額と比較して投資の可否を決定すべきであると一貫して主張している。したがって、回収期間法や投資収益率法は直ちに否定される。
 会計上の投資利益率の致命的な欠陥は、お金の時間価値を適切に取り扱えない、というところにある。(中略)会計上の利益のような計算上の金額は、お金の時間価値と関係しない。そうした金額に終価係数や現価係数を掛けても、無意味なのである。
 回収期間法は、初期投資額を回収した後の現金収支を無視するのであるから、「収益性」を測定しているとは言えない。1,000万円を投資して、1年後に1回だけ1,050万円の報収が得られる投資案は、回収期間が1年である。一方、同じ1,000万円の投資をして、1年後に950万円、2年後に1,000万円の報収をもたらす投資案は、回収期間が2年である。この場合に、回収期間が短いから、一番目の投資案のほうが収益性が高いと考える人はあるまい。
 NPV法とは、毎年発生するキャッシュをそれぞれ現在価値に割り戻してその合計を求め、現在の投資額と比較する方法である。IRR法は、前述のようにして計算した現在価値の合計が投資額と等しくなるような割引率を求める方法である。だから、この2つは同じようなことを計算しているものだとてっきり思い込んでいた。ところが、著者によれば、IRR法には重大な欠陥があるという。
 たとえば、次のような二つの投資案AとBとを比較してみよう。投資案Aは、スタート時点で600万円の初期投資を行うと、5年後に1回限り1,373万円の報収が得られるとする。一方、投資案Bの場合は、同じ600万円の初期投資で、その後5年間にわたって、毎年214万円ずつのキャッシュフローがもたらされるとする。

 二つの投資案の内部利益率を計算してみると、Aのほうは18%、Bのほうは23%になる。この比較では、投資案Bのほうが有利と判定される。ところが、いま割引率を10%として正味現在価値を求めると、投資案Aの正味現在価値は、およそ253万円になる。それに対してBのほうは、正味現在価値は211万円である。つまり、正味現在価値の比較では、投資案Aのほうが有利になる。(中略)

 こう考えると、少なくとも現金収支の時間パターンが大きく異なっているときには、内部利益率法は、明らかにつじつまの合わない結論をもたらすということになる。
 投資対効果を適切に把握するには、NPV法が最適である。私も中小企業診断士の勉強をした時にそう習ったし、たいていの財務会計のテキストにもそのように書いてある。皆、頭の中ではNPV法にした方がよいと解っている。著者が自身の「投資の採算判断セミナー」に参加した企業人約250人に対して、投資の収益性を判定する尺度としてどのような条件を重視するかアンケートを取ったところ、「投資案の生涯にわたるキャッシュフローをベースにして経済性を測定していること」が、11個の条件の中で3位だったことが紹介されている。

 ところが、企業の現場ではNPV法はほとんど使われていない。著者が行った別の調査によると、企業が投資の収益性を判定するために用いている手法としては、回収期間法が6割以上と圧倒的に高かった。次いでIRR法が約3割だが、投資利益率法が約25%と肉薄している。NPV法は2割を切っていた。

 日本企業はアメリカ企業に比べて収益性が低い。その要因の1つは、アメリカ企業が選択と集中を徹底するのに対し、日本企業はできるだけ多くの顧客に様々な製品・サービスを使ってもらうべく多角化するためであると推測される。しかも、日米の戦略観の違いは、宗教観の違いを反映している。唯一絶対神を信じるアメリカ企業は、正しい製品・サービスは1つのみと考える。他方、多神教文化の下にある日本企業は、同じ顧客に様々な種類の製品・サービスを幅広く提供したり、同じ種類の製品・サービスであっても顧客ごとに細かくカスタマイズしたりする。

 これに加えてもう1つの要因をつけ加えるならば、投資対効果の考え方の違いが挙げられるのかもしれない。キャッシュフローを重視するアメリカ企業はNPV法を採用する。これに対して、日本企業は前述の通り、回収期間法や投資収益率法を使う。これらの方法は、将来のキャッシュを割引率で割り引かないため、将来の利益が過大評価される。したがって、NPV法で計算したら本当は低収益の案件に対しても、日本企業は投資をしているのではないかと考えられる。