メキシコ経済の基礎知識 中畑 貴雄 ジェトロ 2014-04 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
以前の記事「星野妙子『メキシコ自動車産業のサプライチェーン―メキシコ企業の参入は可能か』」で、メキシコの裾野産業がタイに比べて脆弱であることに触れたが、本書に具体的な数字が出ていた。2011年時点のメキシコの自動車部品産業の企業数は約1,560社だが、そのうち地場企業は約3割しかなく、残りは全て外資企業である。これに対してタイの場合は、約2,400社ある自動車部品企業数のうち、地場企業の割合は約8割に上る。
メキシコ経済・社会の構造的な問題を7点ほどまとめておく。
(1)過度なアメリカ依存
メキシコはアメリカに近いという地理的特性を活かして、アメリカ市場への輸出拠点として発展してきた。しかし、裏を返せばアメリカへの依存度が高いということでもある。「アメリカがくしゃみをすればメキシコが風邪をひく」という言葉がある。ITバブル崩壊後と、リーマンショック後の米墨の経済を比較すると、メキシコのGDPはアメリカよりも落ち込みが大きく、かつ回復に時間がかかっている。
そういうこともあって、近年はラテンアメリカやEU諸国との貿易を増やし、収益源の多角化を図っている。メキシコはFTA先進国と言われるほど、非常に多くの国とFTA/EPAを締結しているが、これはそうした取り組みの表れだろう。
(2)脆弱な歳入構造
2012年のメキシコの歳入はGDPの22.7%で、OECD加盟国の中で最低である。歳入構造も脆弱であり、税収は9.8%(2012年)にすぎず、OECD平均(2011年)の4割弱である(ちなみに、日本の歳入はGDPの32.6%、歳入のうち税収が占める割合は52.1%である〔数字はともに2014年〕)。
メキシコの場合、付加価値税(IVAなど)の割合が低い。これは、食品や医薬品、農薬・肥料など課税対象外となる品目が他国に比べて多いためである。政府は何度かIVA改革を試みたが、野党の反対で失敗に終わっている。
(3)大きなインフォーマルセクター
インフォーマル部門にはいくつかの定義があるが、INEGI(国立統計地理情報院)は「法人格を持たない家内企業的な性格を持つ全ての活動主体」と定義している。例えば、露天商、靴磨き、車の窓拭きなど特定の事業所を持たない形態や家庭内で行われるもので、資本と労働の区別や、経営と家計の区別が明確でない経済活動を指す。彼らの大半は税金を納めていない。インフォーマル部門の就業者数は、2013年第2四半期時点で28.6%に達する。
たとえ合法的な事業所に雇用されている労働者であっても、社会保険登録がされておらず、当該雇用が法的枠組みによる保護を受けていない場合、その労働者を「非正規」労働者と見なす分類もある。メキシコでは被雇用者の4分の1以上が社会保険庁に加入しておらず、医療保険、年金、労災保険などの社会保険の適用を受けられない非正規労働者であるとされる。
(4)旧態依然とした労働法
メキシコでは臨時雇用や期限つき採用が原則として認められていない。そのため、臨時に人を雇う際には、人材派遣会社を利用して間接的に雇用する必要がある。また、定年制がないため終身雇用が前提である。2012年10月までは試用期間の設定も原則として認められていなかった。
メキシコの労働法は、会社の利益の10%を労働者に分配する労働者利益分配金(PTU)という制度や、労働者が有給休暇を取得する際にボーナスを支給する休暇手当といった社会主義的な制度があり、企業に大きな負担を強いている。
(5)国家に独占され、そして枯渇する炭化水素資源
メキシコは憲法で炭化水素資源の国家独占を定めているため、上流から下流までほぼ全てをPEMEXが独占している。炭化水素資源開発に関しては、社会主義国のキューバや左派政権のベネズエラよりも自由化が遅れている。しかも、政府の税収不足を補うために、PEMEXには非常に高い税金が課される。その額は何と売上高の54.8%、営業利益の129.6%(いずれも2012年)に上る。
メキシコの原油の可採年数は10.2年しかなく、新たな埋蔵量の確認が急務である。しかし、政府に高い税金を支払っているPEMEXは、十分な資源探索活動ができない。他にも、石油精製設備の老朽化が進むなど、問題が山積している。
(6)アジア諸国との競争の激化
アメリカのコンサルティング企業アリックスパートナーズが2009年5月に発表した報告書(AlixPartners 2009 US Manufacturing-Outsourcing Cost Index)によると、メキシコはアメリカ向けの委託製造拠点として、2007年に中国、インドを抜いて「ベストコスト国」=最も低コストで製造可能な国となった。2008年時点の委託製造コストは、アメリカを100%とすると、中国94%、インド81%、ブラジル102%に対し、メキシコは75%で最も低コストであった。
しかし、品目別に見ると、違った現実が浮かび上がってくる。アパレルとコンピューター・同ユニットの2分野について、アメリカの輸入統計を見てみる。2000年当時において、メキシコはアメリカにとって最大のアパレル輸入相手国であったが、2001年末の中国のWTO加盟以降、中国が急速にシェアを拡大し始めた。現在、中国のシェアは4割近くに上るのに対し、メキシコのシェアは5%程度であり、ベトナムなど他のアジア諸国にも負けている。
コンピューター・同ユニットの輸入を見ると、2000年当時はメキシコがアメリカにとって日本、シンガポール、台湾に次ぐ4位の輸入相手国であり、11.5%のシェアを占めていた。ところが、2008年には中国がシェア52.8%を獲得した。メキシコのシェアは9.7%まで縮小し、マレーシアなどのアジア諸国にもシェアを奪われた(ただし、2009年にレノボがメキシコで大規模な北米向けPC製造工場を稼働させるという画期的な出来事が起きたため、メキシコのシェアは回復傾向にある)。
(7)教育分野の遅れ
メキシコの小学校の就学率は98%に上るが、中学校を卒業するのは68%にすぎない。高校に入学するのは40%、高校を卒業するのは22%、大学を卒業するのは18%にとどまる。人口の若いメキシコでは単純労働力は比較的豊富だが、専門的な能力を持った人材が不足している。
学力水準にも大きな懸念がある。2013年12月に発表されたPISA(生徒の学習到達度調査)の結果によると、メキシコは数学、読解、科学の全てでOECD加盟国中最下位となり、OECDの平均点を大きく下回った。